45 会議トラトラ
前回までのあらすじ
ボッチコミュ障の高校生・柴田は、電脳の女神エレクトラにだまされて契約を結ばれてしまう。
彼女の目的は、自分の神格ゴッドランクを上げること。そのためには有名人になり、お供えを捧げ、魔鬼を倒せというハードモード!
スマホと財布を失って万策尽きた柴田。
諦めかけたところに──。
野郎は俺を待っていた。
首の白いカラーが目を引く。
初めて会った時のように怒っているわけでもなく、あの夜のように青ざめているわけでもない、落ち着いた表情だ。
──たぶん大丈夫だろう。
俺が近づいていくと、野郎はカバンから財布とスマホを取り出し俺に渡した。
「……悪かった」
それだけ言うと、校舎へと入っていった。
☆★☆★
「いやー、よかったですね!」
「……で、なんでお前そんな恰好なわけ?」
「柴田さんと再会を祝うわけですから、学校らしい服装で出迎えようと思いまして、えへへへへ」
紺の冬服なのを抜きにすれば、セーラー服はよく似合っている。
成長するエレクトラの美貌と合わせればアイドル級。言いたくないけど、認めざるを得ない。言いたくないけどな!
「ま~た無駄にお供えパワー使ったのか」
「まあまあ、そんな大したことじゃありませんよ。それより、これでまたトラトラコンビ復活ですね!」
「なんだ、その真珠湾で叫びそうな名前」
「エレクトラ&シシトラで、トラトラコンビですよ!」
「はあ、なるほど」
俺は拍子抜けしていた。
昨日のドタバタは何だったんだ。拉致の時も野郎は乗り気じゃない様子だったし、今回のことで毒気を抜かれたんだろうか。
「エレクトラ、あの野郎は3年だよな?」
「山崎さんですか?」
「ああ、そういう名前なのか」
「ええ。3年生で空手部部員ですね」
「どおりで」
ケンカ慣れしてるし、蹴りが痛いわけだ。
「あの様子だとまた拉致されるとかはなさそうだけど、何かわかるか?」
「さて。私も柴田さんから離れると力が弱まるのであまり情報収集できていませんが、いまのところ行動を起こすというのはなさそうです」
「そっか」
「念のため、あの人たちがやり取りしていたチャットのスクショをお送りしますね」
「オーケー、またあとで見る」
財布の中身もそのままだったし、この件はこれで終わりってことだな。
「ああ、それとお供えパワーのことなんだけどな、踊りとか歌ってどうだ?」
「え? ああ、そういうのもありますね」
「……俺がやったら喜ぶ?」
「朝の女児向けアニメのオープニングを歌いながら、裸踊りで町内を回っていただければ……あるいは?」
「それ人生懸けて一回しか無理だよね? しかも、『あるいは』ってことは、喜ぶ可能性低いってこと!?」
「そりゃ柴田さんがスーザン・ボ◯ル並みの超絶美声で、マ◯ケル並みの伝説的パフォーマーなら満点ですよ?」
「要求値だけは高いなお前!」
「では問いますが、そこらへんにいるパッとしない男子高校生がモジモジとハンパな恥じらいを見せて、どヘタな歌や踊りを披露するなんて、柴田さんは見たいですか?」
「いいえ」
「Quod Erat Demonstrandum!」
「じゃあ、俺じゃなかったらいいのかよ!?」
「いま申し上げたことを、可愛い衣装を着た女の子で想像してください」
「いける……!」
「さもありなん、ですよ」
世はまさにJK黄金時代。
その絶対王政の前に、DKなんざ人権なしだ。JKにあらずんば人にあらず。
「可愛い衣装の女の子ねえ……」
そういえば最近、女の子といろいろ縁があるなあ。
エレクトラに和、それからバニャ、院華子とか……。
それぞれクセは強いが美少女っていや、美少女ではある。
ゴスロリポンコツ女神に、地味メガネっ子後輩、声のヘンな小動物系に、前髪パッツン冷血女。うーん……。
「あと今までお前に任せてきたけど、お供えパワーの仕様って、どうなってんだ?」
「………………にこっ」
「な~に笑顔でとぼけてんだよ! そろそろ和の魔鬼を本気でなんとかしたいんだよ、俺は」
「わかりました。たしかに今の柴田さんの起点レベルなら、渡り合えるでしょうね」
「だから作戦を立てたいんだよ。目安ぐらいないのかよ」
「そうですねえ。例えば、あのとき和さんの魔鬼との戦いで使ったお供えパワーを3万6000としましょうか」
「それ俺が燃やしたお札の金額じゃねえか」
「わかりやすく数値化しろとおっしゃったじゃないですか」
「生々しすぎる……」
「あれを3万6000パワーとすると、毎日柴田さんの食事でお供えする分が1000パワーぐらいですね」
「てことは、もう少しマシな武器に時間圧縮と防御、最低でもあの時の倍の時間動くとしたら、どれくらい必要だ?」
「そうですねえ……。だいたい10万パワーもあれば、確実でしょうか?」
「10万……」
そういえば初めて会った時にエレクトラが拡張したダークエルフのアバターが、5分20万とか言ってたな。
「歌と踊りって、どんなもんだ?」
「そりゃ、私の愉悦度しだいですよ」
「そんなどこかの金ピカ王じゃあるまいし……」
俺がつぶやくと、エレクトラは大きくなった胸をそらし、得意げな顔をした。
「慢心せずして、何が神か!」
「やめろ! やめろ!」
まったく。
☆★☆★
「じゃ、第ニ回生徒会選挙対策会議を始めまーす」
俺と和、男衾は昼休みの図書室に集合していた。
「この間からなにか進展あったか?」
俺の問いかけに男衾がまずアンケート用紙を取り出した。
「おお、多いな」
「ツテのないクラブはまだだ。あと院の所属している茶道部は避けた」
「ナイス判断」
俺はざっと目を通す。
予想通り大体が部費不足と部室が狭いって不満だ。
とくにコンクールなどがないところは実績がアピールしにくくて、部費は雀の涙だし、部室が相部屋だったりと苦労している様子。
部員獲得でも運動部が目立ちすぎてやりにくいとか、校内でイベントを開催したいのに生徒会の許可が降りないみたいな愚痴もある。
「残りは期末試験が終わったら、俺が回ることにするわ」
「柴田と直接話したいって声もあったぞ」
「それもひっくるめてだな」
向こうから俺と話したいってことは、興味はあるってことだな。会ってみなけりゃわからないけど。
「和の方はどうだった?」
「どうやら父母会の会計報告書は、会議に参加していないと配られていないようです。そのことでやはり疑問に思う人がいたらしくて、全員に配るべきっていう意見が出ているようですが、なにかモメているみたいです」
「どういう内容かはわかるか?」
「お金の使い道ではっきりしない部分があるみたいですが、参加しない人はもともと興味が薄いので、一部の人が言っても相手にされないと言った感じみたいです。うちの母親もあまり関心がないようです」
「そうか」
「それと兄が昨日、運動部のミーティングと言って出かけました。ファミレスで集まっているのがこちらです」
和がスマホを出して、画像を開く。
「え? これ隠し撮りか?」
「声も録音したかったんですけど、あまり近づくとバレちゃうのでなんとか全員の顔を撮りました!」
「まじかよ! すげえな!」
軽く様子を探ってくれりゃいいと思ってたら、探偵みたいなことしてたよ!
しかも和の顔がちょっと誇らしげで笑える。
「かなり人数いるなあ。しかもほとんど3年だろうから、これ俺じゃわかんねえわ」
遠めのものが多いが、男子だけじゃなくて女子生徒もいる。
てことは女子運動部も参加してるんだな。当たり前だけど。
しかしこの枚数、よく和は撮ったもんだ。
「22人いました。どの部か分かった人は、このリストでチェック入れてあります。全国大会で成績を残しているとネットでも顔が出ていますから、それで見つけた人もいます」
「サッカー部に弓道部、水泳部、テニス、バスケ、空手部……」
俺はふと思いついて画像をスライドする。
首にカラーを巻いたゴツい生徒。────山崎だ。
「部長だったのか」
俺の独り言に少し険しい顔をした。
「あの、先輩」
「ん?」
「……なにかあったんですか?」
「ああ……。えっとこの間の土曜日に偶然会ってさ、そこでちょっとな」
「……そうですか」
「たぶん円満解決してるから、そんな顔するなよ」
朝、山崎から財布とスマホを返されたのを和が見たかどうか。ちょっと苦しいけど、無駄な心配をかけることもない。
「半分以上はどこの部か不明だけど、どちらにせよ眉村が複数の運動部に担がれてるのは分かった。あと院の支持層がどのあたりなのかだな。男衾はどう思う?」
「まんべんなくといった感じじゃないか?」
「1年でも院さんは人気あります」
「そりゃそうだけど、傾向っていうかな。とくに熱心に院華子を支持する層ってのが知りたい。朝の挨拶で集まってる連中みたいな」
「そう言われてみると、女子生徒が多いですね」
和の言葉に男衾がうなずく。
「教室でも院に話しかけているのは女子生徒が多いな」
「まあ同性って気安さもあるだろうし、女子生徒が多いのは自然なことか」
「でも朝の挨拶って、1,2年が多いですね」
「ああ、そうなんだ」
俺ははっきり見ていないから、学年まで注意して見ていなかった。
「和、また言いにくいことを聞くんだけどさ」
「はい」
「あの予備教室にいた女子って、みんな1年の生徒だったよな?」
「そうですね。女子生徒はみんな1年生です。私と違うクラスの子もいましたけど」
「男子生徒に1年ていたか?」
「いえ」
男子生徒は2年と3年生だ。
学校の聞き取りや警察での事情聴取の様子だと、1年の男子生徒はいなかったはず。
あの池で俺と和に文句を言いに来たのは1年の女子生徒だったが、俺を拉致したのは学校外の人間。さっきエレクトラがくれたSNSのスクリーンショットでそれは明らかだ。
つまり、あの事件に居合わせた女子生徒には校内で味方がいるが、男子生徒にはいないのかもしれない。まあ、イジメの中心が1年の女子生徒だったわけだし、男子生徒は関わりが薄いんだろう。
てことは、院華子がの流した「みんなで乗り越えよう!」「一緒に前に進もう!」といったSNSのメッセージに共感しているのは、1年生の女子が多いのかも知れない。
「院の方はもうちょっと詳しく調べたいな。男衾、教室で院と仲がいい生徒とか、わかるか?」
「いたような気はするが、誰かまでは意識してないな」
「じゃそのあたり、探ってくれ」
「分かった」
「ま、いまはこんなもんか」
「先輩、他にできることありますか?」
「あー、今のところはないかな」
「そうですか」
「この画像だけで大手柄だぞ。ほんとよくやってくれた」
「いえ」
物足りない顔の和。
まあ和は俺と同じくボッチだし、情報源てのも少ないだろう。それよりなにより、和はやはり目立ちすぎる。ヘタにまたトラブルに巻き込まれるのが心配だ。
「じゃ解散! あっと、そうだ。俺、放課後ちょっと調べたいことがあるから、二人は帰ってくれ」
☆★☆★
放課後、俺は空手部の道場にいた。
幸いというべきか、部員はいない。
3年の部長、山崎を除いて。
「こんにちはっす」
俺が頭を下げると、床を雑巾がけしていた山崎が振り返った。