42 拉致マインドツイスター
前回までのあらすじ
ボッチコミュ障の高校生・柴田は、電脳の女神エレクトラにだまされて契約を結ばれてしまう。
彼女の目的は、自分の神格を上げること。そのためには有名人になり、お供えを捧げ、魔鬼を倒せというハードモード!
和とバニャを見送った柴田は、突然拉致されてしまった……!
頭から袋をかぶせられた俺は、大声で叫びながら身体をばたつかせた。
しかし、袋が厚手のせいで声がくぐもっている。
「あー、すいません。ちょっと仲間内で動画撮ってるんすよ」
少し離れたところでそんな声がして、俺の近くで何人かの男の明るい笑い声が聞こえる。まるで友達同士がじゃれ合っているような感じ。
俺は両足を抱えられて、そのまま運ばれていく。
なんだよ、これ。
何が起こってるんだ?
それだけが頭の中で堂々巡りしていた。
車のドアが勢いよくスライドする音がする。
「そっち持て、はやく!」
俺は暴れ続けていたが、何人かの手で強引に車に引きずり込まれる。身体のあちこちをぶつけたが、興奮と混乱状態で痛みを感じない。
まじで、どうなってるんだよ!!!
「出せ、出せ!」
車が動き始める振動が背中に伝わってくる。
「抑えとけって!」
ビリビリとテープを引っ張る音がして、俺の手首と足首が巻かれていく。
「おい! 暴れると刺すぞ!」
二、三度、荒っぽく頭をはたかれる。
俺はそれで一気に怖くなって抵抗をやめた。
俺のポケットから財布とスマホが抜き取られる。
「柴田さん!」
見えないが、エレクトラの声がする。
「拡張します!」
その声とともに意識が遠くなり、影の世界で目を覚ます。
俺は大きなバンの中にいた。
車の中には「俺の身体」のほかに、運転手と助手席、後部座席に俺の肩を押さえる男、足を持つ男、俺の財布を確認している男、そして席に座って青ざめた男──俺があのときタイマンした野郎がいた。
「なんだよ、こいつら!」
まだ冷静になれない俺は、自分の頭の袋を剥ぎ取ろうとするが、手ごたえがなかった。
「エレクトラ! なんで俺の身体に触れないんだよ!」
「落ち着いてください! 魔鬼や柴田さんが拡張世界で触れているのは、魂魄──いわば実体の影のようなものです。今の柴田さんは影そのものなので、実体を触ることはできません」
「くそ、じゃあどうすりゃいいんだ! これ拉致られてんだよな!?」
「目撃者が警察に通報してくれればいいんですけど……」
「それじゃ間に合わねえだろ! なんで俺が」
わざわざふざけた感じを出していたから、見た人は騙されたかもしれない。このまま車でどこかへ連れていかれて……。
俺はその先を想像して寒気を覚えた。
「どうすりゃいいんだ? これどうすんだよ! なんで俺が……なんで……」
俺は頭を抱えて自分の身体の周りをぐるぐる回る。
拡張で時間が停止しても、身体を動かせないんじゃ意味がない。エレクトラは影じゃ実体は掴めないと言ったし。
いや。でも……
「エレクトラ、こいつらの影は掴めるのか?」
「柴田さん、それはダメです」
いつになくエレクトラの声が冷たかった。
「なんでだよ! こいつら、俺を殺すかもしれないんだぞ!」
「それだけはやってはダメです。それをしてしまえば、柴田さんと私の契約が切れます。それどころか、柴田さんは人ではなくなってしまいます。道徳的な意味ではなく、文字通り生きたまま魔鬼に……」
「だけど……!」
どうすりゃいいんだよ!
ここに「あの野郎」がいるってことは、疑いもなく復讐ってことだ。
ほかの男は明らかに高校生じゃない。
見た目からしてもまともな連中にも見えない。
車のガラスには濃いスモークが貼ってあって、外からは見えないだろう。
つまり自力で俺に逃げる方法はない。
「……ギビョウとスイキョウを呼びましょう」
エレクトラが俺に言った。
「なんとかなるのか?」
「彼らなら柴田さんを救えると思います」
「じゃあ、頼む!」
「ただし、この決断をすれば柴田さんと私はもっと多くの魔鬼に目をつけられることになります」
「……え?」
「柴田さんの恐や和さんの暴、華子さんの砉のように人に寄って来るもの、ギビョウやスイキョウのように独立していて友好的に接してくるもの。そして何より私たちを受け入れない、認めない、攻撃的なものたちの目に入ることになります」
「いや、でも和のときみたいに魔鬼が人を傷つけることはあるんだろ!?」
俺は座席で縮こまっている野郎を指さす。
「端的に言えば、私と柴田さんがそれだけ有名になってきたということです。ギビョウやスイキョウが現れたのは、明らかに私の神格上昇と柴田さんの活動のせいです。とくに華子さんの魔鬼は強力ですから、あれと一戦交えたことは影響が大きかったはずです」
「はあ? 現実だけじゃなくて、バケモノにも悪目立ちかよ! 冗談じゃねえぞ!」
「だから覚悟してください」
「……その攻撃的なやつって、ヤバいのか?」
エレクトラは難しい顔をして首を振る。
「はっきりとはわかりません。でもギビョウのように自らを神と名乗るものたちですから、一筋縄ではいかないでしょうね」
「……どっちみち、そうなる予定だったのか?」
「え?」
「初めて会ったとき、お前は魔鬼を倒して神格を上げろっつってたよな。実際、歩きスマホの注意なんかじゃほとんど上がらないし、うまくやっても途中でできなくなった。てことは、魔鬼を倒すしかない。お前、いずれはそうなるってわかってたんだろ?」
「それは……」
「お前の上司と連絡が取れないっつってたけど、今は取れてるのか?」
「いえ……」
「そもそもその上司って、実在するのか?」
俺の問いかけにエレクトラは驚いたように目を開いた。
「い、いますよ! 柴田さんも一目見て土下座するような超絶美人の神様です!」
「……俺が会うことはできるか?」
「連絡が取れれば、お願いしてみます」
「わかった。話はその時まで保留だな」
とにかく今のこれを何とかしないと、先の話をするどころじゃない。
「あの……騙すつもりとかなかったんです。本当ですよ? 私は……そりゃ神格
という目的はありますが、でも柴田さんと楽しくしたいだけで……」
「あー、まあお前がちょっと抜けてるのはわかってる」
「ごめんなさい……」
こんなしおらしいエレクトラも珍しい。
いつもなら一言いえば、十倍ぐらいで返してくるやつだが、よほどばつが悪いんだろう。
「とにかく。これ何とかしようぜ!」
「……そうですね! まず目の前のことからやりましょう!」
エレクトラはスマホを取り出すと、耳に当てる。
「ギビョウ、スイキョウ、参れ!」
車の外に燃え立つような影がゆれて、黒い獣と馬に乗った少女が現れる。
「主上、ご下命を」
「あは! あはは! スイキョウちゃん、参上!」
ギビョウはともかく、スイキョウは相変わらずゆらゆらしている。馬も泡を吹いていて目つきがおかしい。まじで大丈夫なんだろうな……。
「見ての通り、柴田さんが捕らわれています。この者たちを排除しなさい」
「喰ろうてよろしいので?」
ギビョウがのそりと歩いて車を嗅ぎまわる。
「いえ、柴田さんが逃げれる程度に手加減してください」
「では手前でなく、スイキョウに任せるのがよろしいかと」
「そうですか。ではスイキョウ、頼みます」
「あはははは! ご指名ありがとうございまーす! エレクトラ様の霊結びが終わり次第、とっちめてやりますね!」
「くれぐれも、やりすぎないようにですよ!」
「あーい!」
エレクトラがスマホをいじる。
「では──拡張解除!!!」
影が晴れて俺の視界は蒸した袋の中に戻った。
心臓がまだドキドキしている。
しかしさっきよりずっと頭は冷静だった。
このままスイキョウを信じてチャンスを待つしかない。
「あ、おい!」
「え?」
運転席のほうで声がする。
「バカ、通り過ぎたって!」
「すいません!」
「いいから、次のカド曲がれ」
「……どっちっすかね」
「右だろ、右!」
「ああ……」
「おい!」
車は直進し続けている。
「てめ、ナメてんの?」
「……右って、どっちですっけ」
「こっちだよこっち! テンパってんじゃねえぞ、こら!」
「……これどうするんすかね?」
「イチビッてんじゃねえぞ、てめえ!」
「違うんす、あの、マジで、どうやってこれ動かしたらいいんすかね?」
「前みろ! まえ!」
クラクションの音がけたたましく鳴る。
後部座席の連中も毒づき始める。
「おい運転変われ!」
俺の頭上で声がする
「路肩寄せろや」
「ど、どうやったらこれ止まるんすか」
「バカヤロウ! スピード落とせ! ぶつかんぞ!」
運転席でもめているのか、車が蛇行し始めた。
「サイドブレーキ!」
後部座席から声がする。
「あれ? あれ? サイドブレーキ?」
今度は助手席のほうから混乱する声が聞こえる。
「さっさと引けや、ボケェ!」
「はやくしろって!」
車が揺れるせいで俺につまづいて誰かが倒れた。
「サイドブレーキって……なんだっけ」
助手席からそんな声が聞こえたと同時に、衝撃とすごい音がした。
車がスピンして男たちが叫び声を上げるなか、俺の身体は天井につくぐらい浮き上がり、頭から落ちる。その上に人の身体が重なって落ちてきた。
「いまです、逃げてください!」
おいー!
むちゃくちゃだろ!
こんなの誰が予想するんだよ!
しかも両手足縛られててどうしろって?
ちゃんと打ち合わせしときゃ良かったよ、もう!
「ガムテープは私が切りますので!」
手と脚にビシッと電気が奔る。
いってぇ!
俺はとにかくも頭の袋をもぎとって、自分の状況を確認する。
身体の上の男を押しのけ、にじり出るとレバーを引いてドアを開けた。
俺はそこから芋虫のように転げ落ち、ともかくも脱出。
路上には車やガラスの破片が飛び散ってライトに光っている。車からはもうもうと煙が上がっていた。
「ごらあっ! てめえ!」
後ろから鬼の形相をした男が降りてきて、俺のズボンの尻を掴む。
俺は勢いに押され、前のめりに倒れた。
「山崎ぃ! 手ぇかせや!」
もう一人、後部座席から降りてきた「野郎」が硬い表情で俺の腕をつかむ。
「逃げてんじゃねえぞ、ガキ!」
俺の髪が掴まれて引き上げられた。
ブチブチと髪の千切れる音が頭蓋に響く。
おい、ぜんぜん逃げれないぞ!
「スイキョウー!」
助けを求めようとしたとき、髪が放された。
俺がアスファルトの上で両手をつきながら振り返ると、男は自分の胸に手を当てて目を白黒させている。野郎のほうも苦しそうに首を触っている。
「ぐ……がっ……」
男は顔を硬直させてブルブルと震えているが、どうやら息ができないらしい。なんども口をパクパクとさせて力むが、そのたびに唾が飛ぶだけで呼吸をしていない。みるみる顔が赤くなっていく。
どういうことなのかさっぱりわからないが、いま逃げるしかない!
俺は一目散に走り出した。
☆★☆★
息が上がっては立ち止まり、周囲を見まわしてはまた恐怖に駆られて走るを繰り返した。
時間感覚が完全にマヒしていたので、どれぐらいだったのかはわからない。
「エ、エレクトラ……」
ジーンズの膝に血が付いていた。
よくみると両手が血だらけ。
ガラスの破片で切ったのか。
「おいって」
エレクトラなら俺より警戒の範囲は広い。
人のこと盗み見るのが趣味のくせにさっき拉致されたときも直前まで気づかなかったし、ほんと俺しか監視してないのかよ、あいつ。なにが神は遍在するだ。思い切り偏在してんじゃねえか!
「エレクトラ!」
息も絶え絶えに俺が呼ばわっても、エレクトラは現れなかった。
はっとしてポケットをまさぐる。
「……!」
俺は慌てて自分の走って来たほうを振り返った。
財布とスマホ、取られたままじゃねえか!
「スイキョウ! ギビョウ!」
魔鬼たちも現れない。
「なんでだよ……」
ギビョウはスマホがない時でも現れたのに。
『柴田殿。この界隈は我が領域なれば、困ったことがあれば申されよ』
繁華街でのあの言葉。
もしかして、自分の守備範囲外じゃ、エレクトラがいないと来ないのか?
「ああ、くっそお~!」
俺はしばらく右往左往してから、走り出した。