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ワールドアップデート! ~コミュ障ボッチの俺が神々を殺す話~  作者: 百里
-Phase.05- 学校をよりよい場所にしよう!
40/85

39 告白と告白

前回までのあらすじ


 ボッチコミュ障の高校生・柴田は、電脳の女神エレクトラにだまされて契約を結ばれてしまう。

 彼女の目的は、自分の神格ゴッドランクを上げること。そのためには有名人になり、お供えを捧げ、魔鬼フラクを倒せというハードモード!


 バイトの帰り道、やまとが謎の行動に──。


 どうしたらいいのか。

 どうなっているのか。


 戸惑いながら、俺は和を見た。

 眉根を寄せ、苦しそうだった。

 眼鏡の下の深緑の瞳が憂いを帯びている。


「わたし、トラ先輩のことをなにも知らないです」

「え……?」

「心配症かと思ったら妙に大胆だったり、優しいと思ったら強引だったり、ほんと分からない……」

「いや、だって。……ほら、そんな俺たいした人間じゃないし。コミュ障で、ボッチで、ヘタレで、性格悪くて────このまんまだって」

「バニャちゃんや男衾先輩の反応を見ていれば、バカな私でもわかります。先輩はなにか隠して、無理してますよね? どうして?」

「なぜって……それは。最近いろいろと心境の変化があったっていうか……」

「────私のせい、ですよね。それとも空気の読めない私の思い込みなんでしょうか」

「……」

「図書室で出会ったとき、先輩は私を放っておいてもよかったはずなのに、戻ってきてくれましたよね。出ていこうとしたのに戻ってきて、なんておせっかいな人なんだろうって思いながら、でも嬉しかった…‥。

 先輩は私にとって、いつも『なんで?』『どうして?』ばっかりです。聞こうとしても、笑ってごまかすから気になるじゃないですか。和って呼ばれて嬉しくなって……でも、もっと欲張りになって……。それがトラ先輩の狙いだったら、私はうまく踊らされてるのかな……」

「いや……俺はそんな器用じゃない……」

「本当かな」


 上目遣いで和が俺を覗く。


「なにも出ないって……」

「イジメられてるのを知っても話しかけてくれて、私のことをもっと分かりたいって言ってくれて。お昼を食べようって。それであんな事に巻き込まれて──。もし先輩がつらい思いをしているなら、なにもできなくても。邪魔でも。嫌われたって……私も一緒にいたい」


 快速電車がホームを抜けていく。

 四角い光がなんども和の顔を照らしていった。


 和の言葉は俺にとって有頂天になりそうなぐらい嬉しかったが、同時に身を切るように苦しかった。


 エレクトラの話をして、理解してもらえるか。

 エレクトラとの会話とか証拠はあるから、不可能ではないだろう。


 俺がどういう有様なのか。

 和なら信じてくれるかもしれない。


 なぜ俺はそれをしなければならないのか。

 ここまでくれば分かってくれるだろう。


 でも、和があの事件の原因だと。

 人を傷つけるより、自分が傷つくことを選んだこの子がそれを知ってしまったら。

 自分の心の底にある、暗い願望を認めさせることになる。

 それは、したくない。


「……どうして無茶をしてるのかは、今は言えない。でも、いつか絶対に話すから待ってほしい」

「……わかりました」

「それと……たぶん変に思ってるのはわかってるけど……俺の家のことな」

「……」

「隠すほどの秘密もなにもない。うちって父子家庭でさ。──母さんは俺が小さい頃、殺されたんだ」


 目を見開いた和は、ゆっくり頷いた。


「──母さんが死んでから親父はおかしくなっちゃって、世界がもうすぐ滅亡するって信じ込んでる」


 これまで沢山の人が、自分の問いかけで俺に母親の死を告白させた気まずさを、謝罪や同情の言葉でごまかそうとしてきたのを見た。


「ごめんなさい」「そんなつもりじゃなかった」「悪い」「無理に言わなくてもいいから」「傷つけるつもりはなかった」「かわいそうに」「辛かったでしょう」「がんばって」「あ……」「嫌なことを思い出させてごめん」「悲しいでしょう」「聞いてごめん」「いつか乗り越えられるから」「ひどいね」「世の中が悪い」「警察が悪い」「犯人は」「悲しかったでしょう」「ご冥福を」「お母さんの分も頑張らないと」「きっと見てる」「大変だったんだね」「どうしてそんなことに」「苦労してるのね」「負けないで」「強く生きて」


 小さい頃から俺は意地の悪い心で、それを侮蔑してきた。

 お前らには、なにも分かりはしない。

 この痛みを分かるはずがない。

 意味のない言葉で、くだらない好奇心で踏み込んでくるんじゃねえ。


 何かを言われれば、疑った。

 無関心こそが、嘘偽りのない唯一の真実だ。

 だから仲良くする価値なんてない。心を許しても意味なんてない。


 でも、和はなにも言わなかった

 コミュ障のミジンコだから、そんな器用にできなかったのか。言葉が見つからなかったのか。


 いや、違う。

 和が言葉を大切にするから。

 自分の言葉でなにが起こるか、いつも考えて悩んでしまうから。

 一つ一つを軽く扱えない。


 だから人と話すのに覚悟が必要で、勇気がいるのだ。それを振り絞って、和はいま俺と話してくれている。


「──親父は仕事も辞めちまって、世界滅亡に備えて必死に物を集めてる。バカみたいだろ。俺にも誰も信用するな、生き残るためになんでもしろって言い続けてきた。──猫缶だって食え、そのへんの草や動物で食えるものは覚えろってさ……」


 でも俺は、和まで試してしまったんだろうか。

 無意識に、意地悪く。

 いつものごとく狡猾な罠を張って。


 そうじゃない。

 和には、分かってほしかった。

 悲しみとか同情じゃなくて、俺という人間が何者なのかを。どこから来たのかを。

 欲深いのは俺のほうだ。


「俺は弱いから、どうしていいか分からなかったけど、親父の言うことを信じないとって思った。そうしないと、親父は……一人になっちまうから」


 俺は自販機でコーヒーとミルクティーを買った。

 もう冷たい飲み物がうまい季節だ。

 ミルクティーを和に渡した。


「──でも、夜になるたび親父はうなされて、目を覚ますと大声を上げて暴れる。それが耐えきれなくなって、VRMMORPGを始めた。ヘッドマウントを被ってりゃ、声や壁を殴る音をごまかせるからさ。

 男衾は、ああいうやつだからなにも聞いてこなかったし、俺がしばらく近寄らなくなって、中学でまた話しかけるようになっても変わらなかった。……あいつのこだわらない性格を、俺は利用したんだ。自分の心細さをごまかすために。だから、なんとなくだったけど男衾と同じ高校に入ったのも、そんな理由なのかも。──俺が隠してたのって、たったそれだけのことなんだ」


 紅茶の缶が落ちた。

 和が抱きついてきたので、俺は尻餅をつくように後ろのベンチに座ってしまった。

 和は俺の膝に馬乗りになる。


「や、和……!」


 目の前に和の柔らかそうな首筋が見えた。

 髪から、いい匂いがする……。


 こ、この体勢はちょっと……ヤバい。

 いや……かなりヤバい!


 心配症かと思ったら妙に大胆だったり、優しいと思ったら強引だったり?

 それは和のことだろ!


「お、おち、落ち着け。これ、ぜったいヘンに思われるから!」

「いまさら悪目立ちしてる先輩と私じゃないですか」


 和の息が耳にかかって、鳥肌が立つ。


「そ、それとこれとは、違うってか、ダメだって! 事案だよ、事案!」

「しーっ」


 和は俺の首に腕を回して、身体を預けるようにぎゅっと抱きしめてくる。

 ブラウスのしたの下着と、その向こうにある胸の柔らかい感触が伝わってきた。

 あえて今まで言わなかったけど、和けっこう胸あるんだよな……。


 いやダメだダメだ!

 これ意識すると……俺のが和のお尻に……って、スカートすら敷いていないから、柔らかい太ももやお尻が直に俺のモモに当たってるわけだが!


 和が頬ずりしてくる。

 柔らかくて、さらさらで、温かい。

 華奢で透けるように白いうなじには、金色のうぶ毛が生えている。

 ずっとこうしていたくなる心地よさ。


 人をダメにするクッションどころじゃない。

 和から伝わる重みや匂いや音や感触や熱、すべてが愛おしくなる。


「先輩……大好き……」


 耳元に口づけするように、和がささやいた。


 疑い深くて意地悪い俺の理性さえ、一発で粉砕された。

 俺はいままで行き場を失って右往左往していた両腕を、和の背中に回した。

 そして強く抱きしめる……はずが。


「きゃ!?」

「うわ!」


 手に持っていた缶コーヒーをぶちまけてしまった。


 ああああああ!

 すっかり忘れてた!!!

 いや、忘れるか普通、自分の手、おい!?


「あ……!」


 和が冷たさにビックリして飛び上がり、後ろに倒れそうになる。

 俺は慌ててそれを支えようとするが、二人してそのままベンチから落ちてしまった。

 なんとか両腕と両膝をついて、和の頭を守る。

 和は俺の首に腕を絡めたままだった。


 勢いよく腕を振ったせいで、被害は大きかった。

 和の髪が濡れて、雫になっている。肩にも思いっきりかかってるし……。

 俺も顔がびっしょびしょ。


「……ふふっ」


 ぶるぶるして踏ん張る俺の必死な顔を見て、和は吹き出した。

 さらに俺の顔からコーヒーの滴がメガネにぽたぽた落ちるのがおかしかったのか、和は爆笑しだした。


「和、危ないって……」


 俺が和の身体を助け起こしてベンチに座らせても、しばらく和は笑っていた。


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