03 レベルファイバー
前回までのあらすじ
柴田の前に突如として現れた電脳の女神エレクトラ。
彼女が放った光で柴田はダークエルフの美女に変身してしまった──。
「きったあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっっっ!!!!!」
俺は全力で両拳を天に突き上げ、絶叫した。
「これ転生しちゃった? セカンドライフきちゃった? リスタートのゼロループ、やり直しのタイムリープでリライフな円環の世界線で強くてニューゲームはっじまっるよううううぅぅ!!!!!」
俺は思わずゲーム内でやっている決めポーズを取る。
「おぉ?」
と、俺の部屋が割れてスライド、下からさっきの女神エレクトラがいた部屋がスクロールしてきてカチッとはまる。
「これで話を聞いていただけますか?」
部屋ではゴスロリ女神のエレクトラが玉座に座っていて、微笑んでいた。
なんだこれ!
もう理屈がどうとか夢でどうとか言うレベルじゃない。こいつ本当に……。
「いまの柴田獅子虎さんの姿は、私が拡張したものです」
「……つまり拡張現実ってこと?」
「拡張したのは現実世界にある肉体ではなく、魂魄──”存在の最小単位”とでもいいますか」
「これでリアル世界を冒険とかできるの? 拡張世界で他のプレイヤーと対戦とか、ダンジョン攻略とか、モンスターを倒してアイテムゲットとか!」
ちょっとだけだが、わくわくしてきた、これ!
「いや、ちょっとムリですね」
煙たそうな顔で小さく手を振るエレクトラ。
「話を聞いてもらおうとしたことが、かえって余計な願望を誘引させてしまったことは謝ります。なので、拡張を解除しますね」
エレクトラがタップすると、あっけなく俺の姿がもとに戻った。
「もー! なんだよー!」
「まあまあ、話をまず聞いてください」
「はぁ……」
「柴田獅子虎さん、あなたにお願いがあるんです」
妖しくエレクトラの瞳が光る。
「私は電脳の女神と言いましたが、あなたのいる現実世界に属する神でもあります。電脳世界というのは、現実世界を起点とした仮想空間であるからです」
「物理的なハードや回線があるんだから、そりゃそうだわな」
サーバーの電源を引っこ抜けば、どんな広大無辺な仮想世界でも一瞬で消える。
「私たちのような新たな神が生まれるには、いろいろな条件があります。──電脳世界の依代たる端末を多くの人が持ち歩き、女神としての個を受け入れやすい日本だからこそ、私は産まれ出でたといえます」
「……つまりネット中毒と擬人化萌えのオタクだらけってことか」
「はっきり言い過ぎでは」
「回りくどい、そのお願いとかまず言えよ」
ウソつきほどもっともらしい設定重ねてくるからな。
「もう、わかりましたよ──柴田さんには、氏子になっていただいて、私の神格を上げるお手伝いをしてほしいんです。もちろん相応の恩恵もあります」
「えー、お前の信者になれってことぉ?」
巨乳のダークエルフお姉さんだったら、俺土下座して下僕になる。靴だって舐めちゃう。
だが、こんなペッタンコちんちくりんはノーセンキュー。
「……目がすごく無礼なことを語っている気がしますが」
「トンデモナーイ」
「むう……。いいですか、崇め奉るだけが神ではありません。恃み、誓い、畏れるのもまた神です」
「で、具体的にどうしろと」
「そうですね……」
エレクトラはスマホを俺にかざす。
「たったの5か……ゴミめ」
「いまなんて?」
「独り言です」
ニッコリ笑うエレクトラに、まるで温かみを感じないのはなぜだろう。
「柴田さんにはとりあえず、歩きスマホしている人を優しく注意したり、ゲームのし過ぎで眼精疲労の人にビタミンBを勧めるといった活動をしていただきます」
「帰る」
「ち、ちょっと待って下さい! ええと………便利なショートカットキーを教えたり、視聴回数の少ないユーチ◯ーバーに応援コメントをしてあげるとかもありますよ!」
「ネトゲの続きするから帰して、早くっ!」
「せめて元は取らないと……! うんとおっしゃるまで、ここから絶対に帰しませーん!」
通せんぼのポーズで鼻息荒く言うエレクトラ。それ意味あるの?
「もう、なんなんだよ……」
こいつが本当に神だとしてこんな場所に連れてこられたら、俺みたいなちっぽけな人間がどうこうできそうもない。カゴの中の鳥。
こりゃ適当に合わせて、お茶を濁すか……。
「はいはい、分かったよ。あとで考えるから、とりあえずリアル世界に戻してくれ」
俺が呆れて言うと、エレクトラがキラリと目を光らせる。
「”はい”、と言いましたね? 契約した”あと”に考えると言いましたね?」
「あ? え?」
「契・約・成・立・ですっ!」
俺の身体からモヤのような光が立ち昇り、エレクトラの持っているスマホに吸い込まれていく。と同時に、エレクトラの身体がびっかーとレインボーに光った。
「契約完了! そして契約書転送!」
「まてまて、お前なにやってるんだよ! その契約書見せろ!」
俺がスマホを奪おうとすると、エレクトラはぴょんぴょんしながら逃げ回る。
「ふっふふー、これは神との契約ですから、履行しなければすんごい罰が下りますよっ」
「はあ? ふざけんな!」
後先考えず、俺はエレクトラに掴みかかって首をギリギリと締め上げる。
「それ取り消せ~~!」
「えひぃ! 一度転送してしまうとムリです! 私、さっき言いましたけど、眷属ですから! 契約は主神の律に従うので、私にはなにもできないんです!」
「おまぇえええ!!!」
眷属。
従者とか、部下みたいなものだ。
つまりこいつは使いっ走り。
しかし、主神とかいうやつが出てきても、こいつの親玉だろ?
どうせ一筋縄でいかないこと間違いない。
かと言って、歩きスマホを注意しろとかアホみたいなことやる気にもならない。
というか、そんなもんでこいつの”神格”とやらが本当に上がるのか?
「はあ……。しょうがないから話聞いてやるよ。さっきの拡張?みたいので、変身できるとか面白いことあるなら、協力してやってもいいし」
「……本当です?」
「ほかに手がないだろ」
俺がヤケクソ気味に言い捨てると、エレクトラの顔がぱあ~と輝く。
「──では~! まず大まかに説明して、気になる部分は質問していただくという形にしましょう!」
「はいはい」
エレクトラは乱れた服装を整えると、玉座に座りなおす。
「まず。私の神格を上げるには、穢を払うことが一番です。この世界の不具合を修正するということですね」
「ふーん。つまり、さっきのスマホ歩きとか、ビタミンBとかもそういう意味なの?」
「それは私個神の霊験ですが、一応そうです。──まあ、しょせん焼け石に水ですけどー」
「お前がやれって……」
こいつ、いろいろと酷い。
「本来は、私に力を与えられた柴田さんが魔鬼と呼ばれる、あるべきでない者を打ち倒すことがベストなんですけど、いまは無理ですね」
「なんでだよ」
「柴田さんのレベルが5だからです。ザコだからです」
「……」
なぜこいつは俺を選んだ。
「じゃあよー、まずは俺のレベル上げだろ。どうすりゃいいんだ?」
「現実世界で柴田さんの存在がより認知されることで、レベルは上がります」
「……存在の認知? ピンとこないんだが」
「より強力な拡張を行うには、その起点となる柴田さんの”存在感”が重要なんです」
「レベル上げたら、高性能な装備使えるってこと?」
「呑み込みが早いですね。さすが目の下真っ黒でマウスタコつくっちゃうネトゲ廃人ですね!」
「………」
少々物言いが引っかかるが、電脳の女神っていうくらいだから悪意はないのだろう。
「まあ、ネトゲ廃人なんてリアルじゃ何の役にも立たないですけどね! その熱意と集中力を現実世界で使えば、何をしても成功するでしょうに」
小馬鹿にするようにケタケタ笑うエレクトラ。
悪意しかなかった。
「分かりやすくするために、その存在感を起点レベルとでも言いましょうか」
「存在感なあ……。要するに、目立てばいいのか」
「手っ取り早い方法ではありますね」
「……あれ? さっき俺のレベル5って言ってたよな」
「スカウターアプリで見る限りは」
そのアプリの名前、大丈夫?
怒られたりしない?
「……参考までに、5ってどれくらい?」
「街角の郵便ポストが6です。ポスト以下です」
「………」
………。
「あっ……。で、でもあの、起点レベルは時と場合によって上下しますから、たまに勝てるかもしれませんよ? だから、そこまで深刻にならなくても──」
「……そりゃそうだよな、みんなが大事な手紙入れる箱だもん。存在感ありまくりだよな。真っ赤だし」
「あ、あの柴田さん?」
「よーし、ちょっと赤いペンキくれ」
「落ち着いて! 間違いではないですが、正解でもないです!」
なんか悲しくなってきた。
「……で。俺が頑張って郵便ポストに勝ったら、さっきみたいな拡張でカッコよくなれるの? それで敵をバッサバッサとやれるの?」
「そうです。私の神格が上がればさらに強力になっていきますよ! あと……それ相応のものを頂ければ、私からのご利益として活動できる範囲や時間、武具の数がアップしますよ!」
「まてまて! お前契約だので縛っといて、まだ搾り取るのかよ……」
「しょうがないじゃないですか! 今まで氏子ゼロだから、お供えが必要なんですよ! お賽銭が! 資金力のないカリスマ経営者になにができますか? 融資があってこそですよ!」
自分をカリスマ経営者と例える図々しさ、嫌いじゃないぜ?
「まあ、だいたいわかった」
「本当ですかぁ~?」
にっくたらしい顔しやがって。
「ああ。──結局、金なんだろ」
「身も蓋もありませんが、まあそうですね。かつては生贄を要求する神もいたわけですし、それと比べれば可愛いものです」
微笑んでいるが、目が笑っていない。
こいつやっぱり怪しすぎる。
美少女ではある。
ゴスロリ衣装といい、黙ってあの禍々しい玉座に座っていれば、どこかの最新ゲームエンジンで作られたCGキャラだといわれても驚かないほど、その容姿は浮世離れしている。
だが、だからって女神だの神だのと言われて、あんなふうにゲーマーなら少なからず憧れるような力を見せられても、はいそうですかと信じられるわけがない。
俺の頭がおかしくなっていないなら、異常な事態であることは確かだが。
「……まあいいや。とりあえず今日は帰してくれよ」
「契約、忘れないでくださいよ。学生証コピーしていいですか?」
「ダメに決まってるだろ!」
「えー」
「考えておくから、とりあえず帰せって」
「はぁーい」
しぶしぶといった感じでスマホをいじるエレクトラ。
正直、突然すぎてどうすればいいのかわからない。冷静に考えるために時間を稼ぎたいというのが本音だ。
エレクトラの指がスマホ画面に触れると、世界が分解した。
その後ろから俺の部屋が出てきて、カチリと音がする。なんだか安っぽい動画のエフェクトみたいだが、生身で体験するとキツい。
「う……」
軽くめまいがした。
部屋はなにも変わらないまま、いつも通りだ。
気を取り直してオンラインゲームをやろうかとも思ったが、どうにも萎えた。
時刻は午前0時になるところだ。
エレクトラに拉致られてから色々あったのに、15分も経っていないというのが恐ろしく気味悪い。
「ふう……寝るか」
眠れるかどうかはわからないけど。
考えるのは明日にしよう。
部屋の電気を消してベッドに転がり、スマホをいじる。
「……ん?」
ホーム画面に見覚えのないアプリのアイコンが追加されている。
いや、なんとなーく見覚えのあるゴスロリ少女に見えるのは気のせいだろうか!
「ち」
俺は素早くそのアプリを削除する。
直後、通話の着信音が。
「発信:エレクトラですよー」とかあったので、しぶしぶ耳を当てる。
つか勝手にアドレス登録するなよ。
「……なんだよ」
「あれ私のお手製アプリなんですよ? 神アプリなんですよ? なぜ削除するんです? いろいろ便利な機能があるというか、あれないと柴田さん病気になりますよ?」
「ふぁ? どういうことっ!?」
「私と契約したので、柴田さんは神気を帯びています。それ自体は肩こりが取れたりご飯がおいしくなったりと、とってもいいことなんですが、アプリで神気をコントロールしないと自家中毒で精神がヤられます。あっ、神気というのはですね──」
「説明はいいから! ──とにかく、アプリ送ってくれ!」
そういう大事なことは先に言っとくもんだろ!
「はい、どうぞ。──あと私とインスタントメッセージのやりとりもできちゃいますよ!」
「その機能はいらん」
「なにいってるんですか! 音声通話とかどれだけ力使うと思ってるんですか!? 文字のほうがデータ量が少なくて助かるんですよ」
神もパケ代払ってるのか。
俺はエレクトラから送られてきたアプリをインストールし直す。
「あのー、それとですねー。少しでいいのでお供えしてくれませんか? 私のネットバンク口座の番号は──」
俺は通話を切った。