38 ヒメガミ育成計画
前回までのあらすじ
ボッチコミュ障の高校生・柴田は、電脳の女神エレクトラにだまされて契約を結ばれてしまう。
彼女の目的は、自分の神格を上げること。そのためには有名人になり、お供えを捧げ、魔鬼を倒せというハードモード!
ギビョウの力を借り、なんとか院華子の魔鬼を撃退した柴田。
神ポイントを大量にゲットしたエレクトラに変化が……。
放課後、俺はバイトに向かった。
和も一緒だ。
今日はバニャとVRMMORPGでスキル解放クエストをやるらしい。傍目でもVR空間に慣れてきて、楽しそうに見えるが。
「毎回ソロプレイヤーに行くの面倒くさくないか?」
「えっ……?」
「ご両親とか心配してない?」
「ちゃんと説明してるので、そこは大丈夫ですけど」
「PCは親父さんのがあるんだろ? いっそVRデバイス買ったら? まあ安い買い物じゃないから、無理にとは言いにくいけど……」
「……私、ゲームだけじゃなくて、お店も好きなんです。ネットカフェも初めてだったし、バニャちゃんと会うのも楽しいし、あと……」
「あ、ちょっと悪い」
俺は通りで露天商のお姉さんを見つけて駆け寄る。
「お疲れさまっす」
「あ、柴田くん。身体は大丈夫?」
「はいっす」
ギビョウの爺さんと初遭遇した時、俺を心配してくれたお姉さんである。
「そのアクセサリーとかって、お姉さんが作ってるんですか?」
「そう、全部ハンドメイド」
「材料とかって、やっぱ仕入れるんすよね?」
「そうねー。友達がそういうアクセサリーパーツの販売やってるから、だいたいはそこから」
「なるほど~。宝石とかもですか?」
「ああ、これほとんどレジンとか樹脂を固めたやつだよ?」
「へえ。本物の宝石とか、貴金属とかって使わないんスね」
「自分とか友達用に作ることはあるけどね」
「あ、そうですか。それでちょっと相談っていうか──」
俺がお姉さんと会話を終え、戻ると和は変な顔をしていた。
「……私、ときどき騙されてるのかなって思うんですよね」
「え? 誰に?」
「先輩って、ボッチじゃないですよね」
「えぇ!?」
なんだ、そりゃ。
俺がリア充だとしたら、全人類リア充だろ。世界平和が達成されるぞ、おい。
「男衾先輩やバニャちゃんと仲いいですし、ゲームの中でもお友達多いですよね?」
「いや、ゲームのフレンドって、プライベートとは別っていうかさ……」
「それに……ぜっんぜんコミュ障でもないですよね!」
「えぇ?」
ふくれっ面で俺を見る和。
「わ、私と初めて話したときなんて、あんなにあたふたしてたのに……」
「ちょ、もしかして今のお姉さんと話したのを言ってるのか?」
「なんかニヤニヤ笑ってるし、手慣れてて……お兄ちゃんみたい」
「ちょお!」
ぷいと顔を背けると、和は先に行ってしまった。
「あーあー、ヤキモチとか可愛いですねえ~」
現れたエレクトラが横で笑う。
「いや、あれヤキモチなの!? 眉村みたいなナンパ野郎と同列って、ショックなんだが……」
「まあ確かに? 最近の柴田さんはチャラくなりましたよね~」
「どーこーがーだよ! いっぱいいっぱいだが!? 華子におかしな因縁つけられるわ、命狙われるわ、こんなもんチャラくもリア充でもねえぞ!」
「華子さんの件は盲点でしたねえ」
「そもそもお前、俺と縁のある人間の魔鬼しか見えないとか言ってたよな? どういうことだよ、あれ!」
「逆縁も縁と言いましょうか」
「はあ?」
「いがみ合い忌み嫌うのも縁ということですよ。繋がり、きっかけというのは、なにが正しいとかありませんからね」
「くそフラグすぎる!」
ラッキースケベ&ビンタから始まるラブコメじゃあるまいし……。
「……あれ」
俺はいまさらながらにエレクトラを見つめる。
「な、なんです……」
まじまじと見つめられて、思わず警戒するエレクトラ。
「なんか、おまえ……育ってね?」
「はい?」
「背とか、髪の長さとか、あと……胸とか」
「はああ!?」
エレクトラが両腕を胸に回して、眉を逆立てる。
「またセクシャル&ハラスメントですか! 近頃おとなしくなってきたと油断していれば、和さんだけでなく私まで……! ──どれ、おっきくなったか確かめてやろうとか言い出すんですね? 柴田セクトラとかに改名なさってはどうですかっ!?」
「カルトっぽい呼び方すんじゃねえ! あと和だけでなくって、どういう意味だよ!」
「……女神、知ってます。柴田さんが、ときどき和さんのお胸やおみ足をチラチラ盗み見しているのを────ほら!」
エレクトラがごてごてしたスマホを出すと、俺が鼻の下を伸ばして和の胸元を覗き込んでいる画面が……!
「バ! バカやめろぉ!!!」
それを奪おうとするが、エレクトラの身体をスルッと抜ける。
「ちょっと! いま胸触りましたね!」
「スカスカで触るもクソもあるか!」
「……ん。たしかにちょっと大きくなったような」
エレクトラは頬を赤らめて、自分の胸に手を置く。
はっきり分かるぐらい、エレクトラは成長していた。
出会ってからずっとローティーンって感じだったが、今日はスレンダーで童顔ではあるものの、高校生にいてもおかしくない背格好だ。
「ま、ゼロに何かけてもゼロだけどな」
「き! 天に唾するその発言、私がナイスバデーになったとき、後悔させてやりますよ!」
「ハハッ! お前がぁ? ナイナイ。もし俺が後悔する時が来たら、なんでも言うこと聞いてやるよ」
「ログとりましたから。吐いた唾飲まないでくださいよ!」
「あー、はいはい。──それで、神格は上がったのか?」
和の魔鬼を撃退したときのように、今回も華子の魔鬼で神ポイントやらは増えてるんだろう。
「ええ、もちろんです! なんと────ダラララララララ」
「ドラムロールやんな。昭和か」
「じゃじゃん! 38! です!」
「うお、まじかよ!」
とはいうものの、あんな危ない目にあったんだから、それぐらいの見返りないとな。
「ギビョウが私の眷属となったこともポイント加算されているようです」
「そういうのもあるのか」
俺の起点レベルとエレクトラの神格は順調に伸びている。
しかし問題はお供えパワーだ。
どれだけ強化しても継戦能力がなけりゃ、まさに張り子のトラ。
これからも華子の魔鬼を警戒しなけりゃいけないし、なにより和の魔鬼と早く決着をつけてしまいたい。もうレベル差はそれほどないはずだし。
「……もしかしてだけどよ、和とか華子の魔鬼を倒しきらないで、延々と殴り続ければ無限増殖できるんじゃねえか?」
「さすがワルトラさん。残虐非道なことを思いつきます」
「巨大ヒーローみたいな呼び方すんな」
それこそお供えパワーが切れるだろうし、時間圧縮しているとはいえ現実世界でどんな副作用が出るかわからない。
VRMMOでも現実感喪失、感覚遊離とかの「クライン壺症候群」が問題視されている。
あんなおっかない世界でずっといた日にゃ、どんなことが起こるやら。
☆★☆★
俺はソロプレイヤーの休憩室に向かった。
「オハヨウゴザイマース」
「オ~ハ~イ~オ~」
和はこっちを見ない。
俺に気づいてバニャがにやっと笑う。
ち、無駄に勘がいい。
俺はロッカーにカバンを放り込み、エプロンを付けた。
シフトまで時間はあるから、ドリンクもらってマンガ読むかな……。
「ん……?」
和とバニャは休憩室の裏口を開けて、しゃがみこんでいる。
見てみると、ネコがいた。
皿に載せられた餌を食っている。
それを二人して撫でている。
「野良猫か?」
「地域猫ダナ~。攫われないように、誰かが首輪つけてっけど~」
「ふーん、いいもの食ってんなー。お前があげたの?」
「まぁまぁ高いやつだけど、こいつそれしか食わねぇかんな」
なるほど、テーブルの上に空になった猫缶が置いてある。
「ああ、これのマグロ味うまいよな」
「……‥!」
「………?」
バニャがギョッとし、和はキョトンとして振り返る。
しまったあ!
「い、いや、猫が好きだって意味だよ! 猫大好きまっしぐら! だろ!?」
「……」
バニャが俺に警戒しながら冷蔵庫の猫缶を自分のロッカーにしまう。
和もさっきと違った表情で目を合わせてくれない。
「じょ、冗談だって! なあ、ちょっとした目立ちたがり屋さんのジョークだよ!」
俺が必死に弁解するものの、二人は明らかに聞こえないふりをする。
「ネバネバ、この近所に猫神社あるんだぜぇ。ゲームするまえにちょっと見に行こっか~?」
「え……?」
「入り口に狛猫がいてよぉ~、超ウケルんだわ。な、行こうぜ!」
「あ、うん……」
二人は部屋を出ていった……。
「……」
やっちまった。
ちょっと変なヤツか、ウケを狙ってドン滑りしたヤツぐらいに見えてりゃいいんだが……。
「なぉ」
猫が食べるのをやめ、一声鳴いて俺を見上げる。
「……いや、いらねえよ」
なんとなく返答すると、猫はまた食べ始めた。
☆★☆★
「お疲れさまっス」
「おう、お疲れ。気をつけて帰れよ」
「はいっす」
呼び込みのお兄さんがたと一言二言言葉をかわし、俺は帰路についた。
和も一緒だ。
「……」
和はずっと言葉少なだった。
俺はどうしていいか分からず途方に暮れる。
和がなにを考えているのか、どう思っているのかが分からない。
電車は仕事帰りのサラリーマンやら遊びに出かける若者でまあまあ混んでいた。一人分だけ席が空いていたので、俺は和に座るよう促す。
和はそれを断って、俺の横で吊革を握った。
街の灯りが途切れるたび、ガラス窓に俺と和の姿が映る。
その消えては現れる鏡の中で、和は俺を見つめていた。
俺はそれに耐えきれなくなって、下を向いてしまった。
電車が俺の最寄り駅に着いた。
「き、気をつけてな……」
「……」
俺は電車を降りた。
なんか、コミュ障同士で気まずいことは何度もあったけど、和とこんな感じって初めてだな。
明日は土曜だし、週末を挟めば機嫌を直してくれるかもしれない。
そんなことをぼんやり考えた。
「……あれ、和!?」
和まで駅で降りていた。
まだこの先なのに。
ドアが締まる。
「あ、ちょ」
電車は行ってしまった……。
改札口へ向かう人々が、俺と和の間を通り過ぎていく。
「や、和……?」