29 空腹ヘイト・コントロール
前回までのあらすじ
ボッチコミュ障の高校生・柴田は、電脳の女神エレクトラにだまされて契約を結ばれてしまう。
彼女の目的は、自分の神格を上げること。
そのためには有名人になり、お供えを捧げ、魔鬼を倒せというハードモード!
自分の行動が和を巻き込んでしまうことに気づいた柴田は、魔鬼と対決することを決心するが──。
休み時間。
俺は一人で教室にいた。
和は職員室に呼び出されている。なぜなら、俺が朝1-Dの担任に嫌がらせのことを話したからだ。
その教師は俺のことを知らなかった。
1学年で1000人あまり、全学年で3000人以上いるマンモス校だ。顔も名前も知らなくて当然だろう。
教師は俺の話を聞いて、納得がいったように頷いた。
自分も気になっていたと。和から話を聞くとも申し出てくれた。
『和、聞いてほしい』
『……はい』
『朝、1-Dの担任に和のことを話した。担任は本人から話を聞くと言ってた』
『……どうしてです』
『あんなことを野放しにするのは良くない。もう俺も首を突っ込んるから、他人事じゃない。眉村も遅かれ早かれ気づくことになるはずだし、そうなってからだともっと大事になる』
『私は先輩が私をかばってひどい目に会ったりするほうが嫌です』
『俺はボッチだし、もともと性格悪いから平気だって。でも和はこんな風になりたかったわけじゃないだろ』
『でも』
『頼む。状況が良くなるかどうかは分からないけど、勇気を出してくれ』
『……わかりました』
『よし! 昼、楽しみにしてるから』
『今日こそ、ちゃんとした三角おにぎりを食べてもらいます』
『腹減らせて待ってるわ!』
そんなやり取りがあり、今というわけだ。
「これで一安心ですかね?」
「どうだかな」
チクりというのは、学生の間では裏切り行為だ。自分たちの閉じられた秩序世界に強制介入してくる禁じ手みたいなもの。チート、ズルだ。
眉村尊の目を盗んで上手くやっていた連中が、おとなしく諦めるかどうか。最悪の場合、嫌がらせはもっとひどくなる。かと言って、このままで事態が良くなるとは思えない。打てる手は打っておくべきだと考えた。
結果がどうなったかは、昼休みに和からそれとなく聞くことにしよう。
☆★☆★
昼休み。
20分経っても和は待ち合わせ場所に来なかった。
「エレクトラ、和のスマホをハックしてくれ」
「わかりました!」
結局、俺がやったことは逆効果だったのか。
それともまた眉村尊か。
「スマホは教室ですが、カメラやマイクだと和さんはそこじゃないかと」
「じゃあ、この前のクラスメートのスマホ」
「了解です!」
まず1年学舎に向かおう。
1-Dの教室にスマホがあるということは、この待ち合わせ場所に来る途中で止められたわけではないだろう。教室からどこかへ移動した。スマホは俺を呼ばないよう教室に残された。
「柴田さん、位置は1年学舎です」
「わかった」
俺は1ーDの教室に向かった。
入り口すぐで机を並べている男子生徒に声をかけた。
「眉村和さんの席、どこ?」
「え……」
戸惑いながらも生徒は席を指差す。
俺はその机の中を見る。
何もない。
「だ、誰か、眉村和さんのスマホ知りませんか?」
大きな声で言うと、教室が静まり返った。
だが、どこからも返答の声は出てこない。
「誰か、知らないか? 見てた人いない?」
俺はもう一度声を出して、教室の生徒たちを見回す。
残っているのは半分ぐらいだ。例のグループはたぶんいない。やはり和と一緒にいるのだろうか。
「……掃除用具入れに」
一番初めに声をかけた気弱そうな男子生徒が言った。
掃除用具入れのドアを開けると、モップの下にスマホが置いてあった。
俺はスマホの埃を払ってポケットに仕舞う。
「ありがとうな」
「いえ……3階にいるかも」
小声で教えてくれた。
こいつにもクラスでの立場があるだろう。自分の身が可愛ければ黙っている方がいいに決まってる。
それなのに言ってくれた。そういう人間もいると、和に教えてやりたい。
俺は教室を出て、階段を駆け上がった。
3階と言っても、どこだ。
「エレクトラ、方向は」
「校舎の端っこです。いまの柴田さんから見て、右奥ですよ!」
俺は廊下を走った。
端の二つの教室は使われていないようだ。生徒人数が多いので、どの学年でも人数調整で使っていない予備の教室がある。
一番端の教室、廊下に面した地窓に隙間があった。ここから出入りしているのだろう。
しゃがんで様子をうかがうと、人の言い争う気配がする。
俺は地窓の戸を引くと這いつくばって中へ入った。
アシカかオットセイのようにくぐるとすぐ立ち上がる。
俺のいきなりの出現に、教室にいた女子生徒たちがギョっとした顔をした。
ははは、マヌケどもめ。
「和、なにしてんのー?」
俺は無理矢理にニヤニヤ顔を作って、その一団へと近づいていく。
和を除いて5人。たった5人が中心なのだ。
「先輩!」
「遅いから迎えに来たわ。で、この人たちはお友達?」
俺が見回すと、女子生徒たちは目を合わせまいと下を向く。
「友達じゃないよな~。スマホ隠したり、弁当ひっくり返したり、インケンなことしてる奴らだもん」
「……証拠あるわけ」
5人のうちの1人が言い返してくる。
見た目はごくごく普通の女子生徒。
「アホか、お前? 犯人しかそんなこと言わんわ」
「お前2年のボッチでしょ。調子のんなよ」
「ああ、ボッチだけど? 調子のってるけど? おめーら見たいなクズよりはマシだね」
「うちらの友達の男子に言うから。3年の彼氏持ちもいるし。お前、ボコられるからな」
「うわーでたよ、でたでた! 自分はクソザコだから強いヤツの名前出して脅すやつ。ダッサ!」
「今呼ぶから逃げんなよ、ボッチ」
そう言うと女子生徒はスマホをいじりだす。
あー、マズイな。
そういうの予想してなかった。煽りすぎたか。
やっぱ慣れてるわ、こいつら。
エレクトラにスマホハックさせて妨害は……意味ないな。直に呼ばれたら終わり。俺も誰か呼ぶか? 院華子? 眉村尊? どっちもお茶濁すだけで解決にはならないし、下手するとさらにこじれるかもしれん。
ここを逃げるってのもダメ。教師を呼んでもダメ。たぶん違うタイミングで同じことになる。
せめてもの対応策って言えば。
「和、帰れ」
「……」
和はカバンを胸に抱いたまま、首を横に振る。
「いいから!」
「いや」
和は俺のそばに寄ってくる。
あー、強情なんだよな。分かってた。
「ブス、彼氏置いて逃げんなよ」
「あ、そういう関係じゃなくてね?」
「キモっ。頭おかしいんじゃない?」
「へ、へへへ。最近、よく言われるわ」
「土下座したり、院さんに話しかけたり、こいつマジでキモい」
「ちょっと女できたからって、色ボケしてんでしょ。サル」
「その髪型なんなわけ? 自分で切ってんの? ダサすぎるんだけど」
これキツいわー!
マジでヘコむ。シャレなってねえ。
ボッチだからイジメとか初体験だけど、こんなん毎日言われるわけ?
死にたくなるわ。
「オーッス」
「どうしたん」
内鍵が開けてあったのか、ドアから男子生徒がぞろぞろ入ってくる。10人はいる……。
多いって! こんなもんどうするんだよ、俺。
「なにこいつ?」
「なんかうちらのことアホとか言って、ケンカ売ってくんだよね」
「へー」
先頭のゴツイ野郎が俺に胸を当ててくる。
なに、当ててんのよ、とか言うの? 大胸筋はいらないよ?
「誰?」
「2年の……柴田です」
「知らん」
「……」
「で、ケンカ売るの?」
「話、聞いてくれます?」
「あ? 俺が聞いてるんだよ」
「……ケンカ、売らないです」
「じゃあ、こいつらウソついて俺ら呼んだって?」
「いや。誤解です」
「こいつらウソついたわけ? ならお前に謝らせるから」
「いや……」
「お前がウソついたのか?」
「そこは誤解っていうかですね」
「うるせえよ。ケンカ売ってるのか?」
野郎が俺の胸ぐらをつかむ。
それだけで俺はつま先立ちになった。
だいたいが話して通じるわけないんだ。相手は用心棒みたいなもんで、いきさつなんて聞いてなくて、トラブルに出てくるだけなんだから。
「ケンカ売ってないです。ただ、この子がずっと弁当捨てられたりですね」
「あ? だからつってお前、女同士の話にでしゃばってきたの?」
「5対1じゃ、不公平でしょうよ」
「じゃあ女と男も不公平だろ」
「それは……」
こいつー!
脳筋野郎かと思ったら口先も立つじゃん。
ケンカ慣れってこういうのも言うのな。屁理屈のごね合いなんだけど。
ヒップホップにラップバトルがあるわけだよ!
「それでやるの?」
「いや、やらないです」
「じゃあよ、これどうするんだよ。お前のせいでモメてるんだぞ」
「……」
目の端で女子共がニヤニヤしているのが分かる。
あーあー、そうかよ。
土下座がお望みかね。
クソ、失敗した!!!
これで土下座しても何も解決しねえぞ。むしろ調子のらせて、和に嫌がらせが増えるだけだろ。和へのヘイトを削いで、俺にヘイトを増やすには、どうすりゃいい。
「どう、するんだよっ!」
「……」
和のヘイトを減らして、俺のヘイトを増やす。俺に注目させる。俺だけに。
「……じゃあ、タイマンお願いします」