01 昏きに暗く
世界は黄昏の中で停止していた。
黒々とした影を引いて、化物が笑い声を上げる。
そのたびに目と口から溶けた鉄がドロドロと流れ落ち、周辺を焼いていく。
俺は一気に間合いを詰めて踏み込むと、斬撃を叩き込んだ。
化物の黄金色の目が動き、澄んだ音がする。
それが耳に届いたとき、俺は吹き飛ばされていた。
身体がボールみたいに転がる。
天地が目まぐるしく入れ替わり、意識が飛びそうになる。
気づくと黒いドレスを着た女が、俺の身体を受け止めていた。
「……硬てぇ」
握った刀が真ん中から折れていた。
「破軍招雷、急急如律令!」
俺の身体を抱きかかえた女が掌を突き出すと、閃光が散って化物に青白い雷撃が束になって落ちる。
だがそれは化物に落ちる刹那、枝分かれして霧散した。
「きっとチャンスはあるはずです! それまで私がなんとか……」
女は唇を噛みしめる。
つややかな黒髪が熱風で揺れていた。
火炎の中で陰影に沈むその憂い顔ですら、見る者は魅了されるだろう。
「そりゃ、そうだよな。女神様なんだし」
俺は女の柔らかな胸に抱かれたまま、苦笑いした。
「……いまさら気づきますか。遅すぎるのでは?」
「いや、いまも少し疑ってる」
ジト目で女が口を尖らせる。
そういう表情には、あどけなさが残っていた。
「私は柴田さんの女神です。……逃げても、どこまでも! どこまででも! 付きまといますよ!」
「あー! ありがてえ、ありがてえ! いっぱいお供えした甲斐があるってもんだわ!」
俺は立ち上がると折れた刀を捨て、腰に残ったもう一本を引き抜いた。
「……防御と時間圧縮のパワーを攻撃に回す。全部だ」
「ダメです、そんなこと! すでに柴田さんの身体は────」
化物から放たれた鉄の杭を、女が手で払う。
凄まじい火花が散って、軌道のそれた鉄の杭が後ろの建物を吹き飛ばした。砕けた破片が雨のごとく降り注ぐ。
「……戻ったら。あの服な、買っていいから」
「柴田さんに見ていただかないと。そんなの意味がないじゃないですか……」
女が哀しげに目を伏せる。
長いまつ毛が震えていた。
「頼む。悪夢を終わらせたい。世界を────」