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紅と黒の霊媒師  作者: 麦猫
第1章 希望の紅色
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第三話


 輪は駆けていた。


 路地裏の曲がり角を上手く使い、一定間隔の距離を保ちながら、障害物を交わしていく。輪の動きは、始めから知っている手慣れさを感じさせる正確さだった。

 そして真っ黒に染まった手が、影から這いよるかのように輪の背後を襲う。背後から放つ気配に察知した輪は、前に飛び込みながら、懐から銃を取り出す。


 人の半身を残す、燐光を放つ羽を生やした蛾。

 吸蛾の女王(クイーン)


 もう彼、彼女は人ではない。悪霊に魂を売った憑依者だ。理由はどうあれ、ここまで融合が進んでいると助けることはできないだろう。

 悔やむ気持ちを抑え、輪は銃口を向けた。まだ人である以上弱点は心臓で変わらない。銃の中心線に手首を合わせ、浄化弾を撃ち込む。だが狙いが甘かったらしく微かに身動きして、口から緑の液体を吐き出し、最後の抵抗をし始めた。


 「ギュゥルルルルルゥ」


 瞬時に吐き出された地点から離れたが、不意打ちあったためで微かに飛沫をもらい、緑色のどろっとした液体が、輪の衣服に付着してじゅわじゅわと溶け始めた。


 この緑の液体は、吸蛾の女王(クイーン)が備え持つ攻撃の一つだ。一滴でも肉体に付着すれば、数秒で肉液にさせる強力な酸であるが、下位に位置する雑霊が固有能力を使うのは珍しい。


 すっかりその事を忘れていた輪は、急いでコートを脱ぎ捨てるも、周囲に潜めていた大量の吸蛾が視界を覆い隠し、再度吐き出された真上に降り注ぐ液体への対処が数秒遅れる。


 ここで躊躇していたら、間違いなく重症を負う可能性があるため、止む得なく結界核(アクアダイト)を使い防衛する。

 それ結構いい値段するだよと思いながら、吸蛾の女王(クイーン)の頭部を撃ち抜くと、悲鳴染みた雄叫びを上げて光の粒子へと消えていく。


 溜め息を溢し輪は安堵した。経験を積んだからといって、悪霊に憑依した人間を殺すのは気が引ける。慣れてしまえば、簡単に済む程度のことであるが、慣れたら何が壊れてしまいそうで恐かった。


 ポーチから水筒を取り出すと、軽く口に含んで吐き出す。悪霊が放つ瘴気は、少量であるならば大して有害ではないが、如何せん吸蛾の大量発生中であるため、息をするだけで穢れしまうので定期的に浄化しなけばならない。


 「ぷぁあ」


 浄化し終えると、輪は勢いよくがぶ飲みして乾いた喉を潤す。清められた水でなければ、水道の水と味は変わらないのに、美味しいと感じるのは気分の問題だからだろう。


 時間帯も夕暮れ時を過ぎ去り、夜7時である。あれから戦況が大きく変わり、人民への避難が完了したのちに、霊媒師らが交戦的に動き始め、銃音や爆発音が夜中の街を鳴らしている。 


 強いて言うと、報告通り吸蛾が大量発生していたが、言うほど稼げた気分はしなかった。発生してからあまり時間が経っていないと聞いていたが、人の負の感情を蓄え続けた影響で吸蛾の女王(クイーン)の力が想像よりも強まり、固有能力を状態まで成長を遂げていた。


 吸蛾の女王(クイーン)とその賢族に当たる吸蛾は、浮遊霊の怨念の集合体なので、悪霊の中では底辺クラスに属し比較的に倒しやすい。発生してから直ぐに対処すれば、わずか数時間程度で済むが、今回は運が悪かったらしく、時間が経つごとに勢力を増し、大規模な乱戦状態に陥ってしまったらしい。


 浮遊霊に属する大半の悪霊は力がなく貧弱であるが、その分を補うため特徴的な力を持つ傾向がある。そして、吸蛾の女王(クイーン)もつ特性は一言で言えば“成長”と言い合わせられる。

 悪霊は負の感情を捕食する際に、断片的に人の記憶を見ることが出来るらしく、より多くの記憶を見て少しずつ理性を確立していくらしい。


 つまり急速に倒さなければ状況が悪くなる一方であるので、時間を掛けてやるような相手ではないのだ。


 「休憩するか」


 輪の身体は筋肉痛で悲鳴を挙げている。粗方周辺の吸蛾の女王クイーンを倒したので、今の所悪霊の姿は見られないが、輪はこの場所から一歩も離れる気は無かった。

 今さら移動しても、他の霊媒師とかち合う可能性が高いし、探知するのを含めると時間の無駄なのが目に見えている。ここでゆっくり過ごした方が効率で良かろう。


 手頃のベンチを見つけた輪は、周囲に簡易な結界を張る。悪霊からの不意打ちに備えるため、安心して休憩できるように、配慮を兼ねてのことだ。


 一時間粘って、何も来なかったら早々に自宅へ帰ろうと思い、ベンチに腰を下ろす。無意識に我慢していたらしく、重度の倦怠感に襲われ、急に目蓋が重く感じ始めた。


 2日間ろくに休息も取っていなかったので、その付けが今に成って戻ってきたのだろう。輪は睡魔に抗えず、寝息を立てながら、深い眠りにつくのであった。



 # # #


 時は少し遡り。


 紅雛琴音(くれひな ことね)は迷子になっていた。


 人が行き交う駅内では未だ混雑が衰えず、時間が立つに連れて人波の勢いが増しているようである。

 駅内で見掛ける配布パンフレットを片手持ち、琴音は待機席で一人愚痴りながら、座り込んでいた。自宅である紅雛家を離れ、久しぶりに味わう一人旅を楽しんでいたものも、乗り換えの電車を一つ間違えたらしく一人途方に暮れていた。


 そして考えれば考えるほど、目的地から遠ざかっていくように感じ、頭がこんがらがっていくのであった。


 「なんで都会の駅って、こんなに複雑なのかな。もう」


 今は新学期の真っ最中であり、それと旅行団体がちらぽらと見受けられる時期問わず混雑する休日。人混みの中を掻け別けていくのは、それなりに慣れが必要らしく訓練したからといって疲れを感じないと言う訳でないのだ。


 琴音が思い悩んでいると、20代前後の男性の駅員が話しかけてくる。まだ微かに光沢を残し、シワ1つ見受けられない制服から、彼が新人であることを察した。


 「君、迷子かな。さっきからこの辺りをうろちょろしているようだけど、目的地があるのなら、お兄さんが教えて挙げるよ」


 切羽住まっている琴音にとって、有り難い申しであるがどうも子ども扱いされているようで、勘に障った。


 「いいえ、大丈夫です。待ち合わせの時間までの暇潰しをしていましたから」


 鋭い眼光で回答した琴音は、駅員を置いてきぼりにして人混みの中へと進んでいく。見えない位置まで距離を置くと、琴音は素直に慣れない自分に後悔した。いつも思うが自分の悪癖には嫌気を差している。


 琴音は山奥で暮らしていたため、他者との関わりが少なく殆ど身内とでしか話をしてこなかった。そのため、環境で慣れてしまった癖はそんじょ其処らで治るもんでもなく、必然的に他者との距離感を掴まないのは致し方ないだろう。


 お爺様が琴音のためを思って、なるべく“先祖返り”であることを知りつつ信用に置ける者しか立ち寄らせず、必死に人選していたのは幼い時から解っていたことだ。そして親のように育ててくれたお爺様を恨むのは小門違いだろう。


 「だけど、よかった。髪のことは気付いていないようで」


 髪留めで束ねられた髪は赤色ではなく、黒色であった。術で一時的に色素を変えられるがそれだと髪が痛むだろう、とお爺様がお祝い記念として下さったのが、好みで髪色が変えられる術品である。


 髪留めに装飾されている小型宝石に手を触れながら念じると色が変わり、数秒で望む色に早変わりする。だが変色するさえにも多少のタイムラグが発生するため、なるべく人目がつかない所で使うようにと言われている。


 旅行客がお土産を買ったりと、駅内が賑わいを見せていく。来てからまだ数時間足らずであるが、改めて人の多さに驚かされる。

 人が蟻の群れのように増えていく様子を上から眺めるのは好きであるが、いざ自分がその立場に成ってみると疲労が溜まるにこの上無かったのだった。


 「もういいや、あの子呼んで空から行こう」


 琴音は見かけた好物のお土産を衝動買いし、にっこりと微笑みながら出口へと向かう。

 黒髪であっても琴音の前向きな精神は変わることはなく、遠くから眺めていた駅員は大丈夫そうだな、と判断すると仕事に戻るのだった。



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