プロローグ
仄かに揺れる火は、暗闇に染まった部屋を照らしている。傍観するかのように庭園に立つ大樹は、葉を揺らしながら、桜の花びらを撒き散らしていた。
ひとえに一流の霊媒師が見れば、すぐにわかるだろう。
周囲に取り巻く高濃度の霊力は、たった一本の大樹から放出され、半径五キロにいる生命体存在を隠している。濃霧のよう残痕する霊気は、いまも悠々と辺りを覆い尽くしていた。
「……やっと、やっと」
大樹を庭園から眺めた少女は、拳を強く握り締めていた。まだ薄着では涼しく、冷風が肌に吹くたびに、体温が奪われていく。
薄着から除く肌白い肌は、神秘さを放っているも健康的な色合いであった。
枝から覗く朝日を浴びると、少女の髪は共鳴するように赤く染まり始めた。日差しがあたった部分から徐々に変色し、ほんの数秒で真っ赤な髪へと色を変える。
紅石のような鮮やかな髪は、風が吹くたびに綺麗な光沢を放っていた。幻想でも見ているかのような神秘的な光景は、もし人がいたならならば多くの人を魅了していただろう。
先祖返り。
霊力を扱う者ならば、知らない者はいない。
人間でありながら、妖鬼を宿す陰陽道の忘れ形見だからだ。
妖鬼とは、肉体にもう一つ魂を宿す者。その魂が人間のものとは限らない悪霊、精霊、天使、悪魔など、人間ではない方が多いとされている。
そして力を宿した者は、どちらかの魂が消滅しない限り、一生解けない死の呪縛を身に受けるとされていた。
「琴音や、ここにいたのか。もう時期時間じゃ、荷物の準備をしなさい」
「はい、お爺様」
琴音と呼ばれた少女は、着崩れた服を正す。
お世話になった部屋へ感謝を込め、一呼吸してからお辞儀する。洗練されたその一つ一つ動作は、彼女が誠実であることを物語っていた。
浴衣を着た老人は、離れていく孫娘を見つめていた。その表情は、旅立つ小鳥を見るかのような不安な顔つきである。
「そうか、子供の成長は早いと聞くがもうこんな歳になるとはな」
蝋燭が揺れる薄暗い部屋でも、老人が放つ圧倒的な霊力は大樹と同等かそれ以上の強烈な圧力であった。
もし、その場に見習いの霊媒師がいたならば、すぐに気を失っていただろう。
そのぐらい、老人の霊力は凄まじかった。
気持ちを切り替えるかのように、霊力量も調節した老人はどのような別れをいうか思い悩んだ。
「うぅぬ」
その後、琴音は泣き出すお爺様に見送られ、実家である紅雛家を後にするのだった。