例えばこんな愛の形。
須藤夏紀、享年85才。夫である須藤和夫とはお見合い結婚であったが、仲睦まじくおしどり夫婦として有名であった。
《和夫さんに会えて良かった》《和夫さんがいてくれたから生きてこれた》《和夫さんが大好き》《和夫さんと子供達の命を天秤にかけたら…和夫さんを選んだ後に、子供達に詫びるために死ぬわ》
生前彼女はよくそんな事を呟いていた。
病室に見舞いに行くと、和夫氏が必ずいて彼女と笑顔で迎えてくれた。
《私が先に逝くけど、和夫さんはゆっくり来てね。再婚しても良いけど、絶対に私よりも料理が上手で私よりも和夫さんを愛して幸せにしてくれる人を選んでね》
同じ年齢のラブラブ万年バカップルの片割れが、伴侶を亡くしたからといって再婚を選択するはずがなかった。
彼が選んだのは後追いだった。
「おじいちゃん、そろそろ式が始まるから行こうよって何してんだよ!おじいちゃんっ」
鴨居にロープを吊して輪を造りさあ今から自殺しますよの和夫氏を慌てて引き留めた。
「おおっ。見つかっちゃったよ。いや、なっちゃんをやっぱり一人にさせたくないからな。寂しがりやだもん。あんな良い女、閻魔様だって惚れちまうに決まっているからな。…ノリちゃんは夏紀ちゃんに似て感が鋭いな。泣かないで、見つかっちゃったからもう後追いはしないからさ。夏紀ちゃんと約束したから。追いかけてきても良いけど、子供達やお婿さんにお嫁さん、孫達に見つかっちゃったら寿命をまっとうしてねって。最後にした約束だから絶対に守るからさ」
孫としてなんというか、力が抜けた。
おばあちゃんが《紀夫君にお願いがあります。おばあちゃんが亡くなったら、おばあちゃんのお葬式に和夫さんが出たくないって駄々をこねます。だから紀夫君はお葬式の日におじいちゃんの部屋のドアを問答無用に蹴破って下さい。お願いね》
おばあちゃんはおじいちゃんの行動を見通していました。
98まで生きた祖父は《…やっと、会いにいけるね…なっちゃん……》
と呟いて亡くなった。
亡くなった祖母へのラブレターも遺言通りに一緒に納棺した。
なんというか、愛の形は色々とあるが祖母と祖父の関係を羨ましいと思った。