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断罪聖女の禁忌書架  作者: カルーア
第一章 紅柩の主と禁呪使いの継承者
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第七話 鴉の監視者 



命の価値というものは不変というわけではない。誰かによって必要とされるか否かで常に変動し続ける相対的なものが命である。


そんな生死の天秤が確定的な計測を終える寸前のところであと一つの錘が死の器に乗せられずにいた。クレアは秤の対象であるアルメアの価値を見誤らないように慎重に判断していたのだ。


死への恐怖が生への執着を呼び覚まし、アルメアの意識に警鐘を鳴らし始める。死にたくないという生に対する妄念が彼女の瞳に描かれ、緊張の糸が彼女の鼓動を高めていった。


クレアは人間らしさを取り戻していくアルメアの変化に満足しつつ、瀬戸際に咲いた生命の華の真価を見定める。


「私は優しいから、もう一度だけ貴方に生きる機会を与えてあげる。貴方は冒険者として大規模な遺跡に挑んだはず、それについて教えなさい。」


アルメアは自身の記憶を辿りながら白黒の映像に鮮やかな絵の具を入れ始めた。忘れたかった、忘れるべきであった残酷な現実が彼女の頭に何度も蘇る。


数多くいた同胞は皆死んだのだ。ある者は痛みに耐えきれずに絶叫し、ある者は永遠に来ない助けを求め続け、ある者は死んだ事にすら気が付かない、そんな嫌な映像が連なって心の底に置いてきた悲哀の激情を引き上げていった。


「……最初は割のいい仕事だと思って皆引き受けたんです。遺跡には危険もなく、最深部の隠し部屋の中に目当ての柩がありました。」


「それで?」


「柩を運び出してから遺跡の構造そのものが変わったんです。出口のない迷宮に大量の魔物が目を覚まし、数々の罠が私たちを襲いました。」


「遺跡というのならある程度の可能性は予想できるはずでしょ?それに貴方以外にも銀等級あたりの冒険者がいるはずだし、大量の冒険者が雇われていたって聞いたわ。」


クレアの当然とも言える疑問にアルメアは虚ろな目で悲しそうに乾いた笑みを見せた。その様子に息をのんだクレアはアルメアの身体を支える手の力を緩ませる。


「……死なない魔物に出会った事はありますか?」


「少なくとも私は出会っていないわ。死なない魔物なんているのなら、それは怪物よ。この世の均衡を崩しかねない存在を信じろというのかしら?」


「信じてもらえませんと仲間の死が無駄になります。魔物が傷を修復し、時には分裂し、その上迷宮ですから皆死んでいきました。」


アルメアの話に大きな疑問を抱いたクレアは彼女を部屋に戻して窓を閉める。力なく壁にもたれるアルメアにクレアは申し訳なさそうな声で問い詰めた。


クレアの本心ではアルメアを休ませてあげたい気持ちで一杯であったが、決定的な鍵を握っているかもしれない彼女に事の次第を尋ねない訳にはいかなかったのだ。


「私が報告を耳にするに、冒険者の死体と柩は何故か遺跡の外に放り出されたと聞いたけど心当たりはあるかしら?」


「あの時……私の意識が途絶える時だったはずです。柩が光り出して、確か幾つかの魔術の紋様が浮かび上がったかと思うと遺跡全体が揺れ出して……目が覚めたら外にいました。」


「そう、そんな経緯があったとはね。貴方が往路で倒れていたのは?」


「恐らくは、死体と間違えて運び込まれた荷台から落ちてしまったのだと。その辺りは記憶があまりなくて、ごめんなさい。」


「いいのよ、話してくれてありがとう。今日はここに泊まりなさい……すまなかったわね。」


ベアトリスから渡された布で髪を拭いたクレアはそのまま歩いて寝床に無言で入り、布団を頭から恥ずかしさを隠すように被った。そんな劇場の結末を遠くから伺っていたベアトリスは溜息を吐きながらアルメアの傍まで近づいていく。


「クレアの事を許してくれるかしら。今は時間がなくて焦っていたっていうのもあるけれど、きっと貴方の事が最初から最後まで自分に似ていたんだと思うの。」


面妖なベアトリスに髪を拭かれながら小さな声で囁かれたアルメアは自分の行いを改めて反省した。助けて貰った恩に初めから報いるべきであったと彼女は深く後悔していたのだった。


「いえ、そんな。悪いのは私ですし、助けて下さった恩もあります。」


「そう言ってくれるとありがたいわね。ねぇ、お風呂場でもずっと気になっていたけれど、胸につけてるそれって何かしら?」


「これですか?これは大切な、大切な……「明かりを消して頂戴!」」


布団の中から籠ったクレアの声が聞こえ、アルメアのペンダントに関心を寄せていたベアトリスは仕方なさそうに指を鳴らす。部屋全体に灯っていた明かりが一斉に消え、ベアトリスはアルメアの手を取って自身の寝床へと誘った。


そんな一連の様子を外の建物の屋根からずっと眺めていた一羽の鴉がいた。宵闇に紛れた黒い姿は誰からも存在を認識される事はなく、夜の景色に同化する。


不思議な事にその鴉は雨宿りをせずに空を仰ぎ続ける。翼を雨で重くしようとも一向に構わない姿はそこに佇む意味を醸し出す。


いつからそこにいたのかは誰にも分からないが、少なくともその場所に終わりがある事は知っていた。重くなった翼を大きく動かし、ようやく夜空に羽ばたいた鴉は霧のように消えていく。


全員が眠りにつこうとしている最中、アルメアだけは妙な感覚に囚われていた。


「私の大切な何だっけ……ずっと失くさないように言われていた気がする。」


彼女は最も大切にしていたペンダントについての一部の記憶が思い出せずにいた。何らかの重要な意味合いを含んでいるという謎の確信だけがあるだけで、それが一体何なのかは分からない。


そればかりか自分に関する幾つかの記憶が抜け落ちている事に不安を覚えており、それが雷鳴の響きと相まって恐怖を助長させていたのだ。


「きっと大丈夫、疲れているだけ。明日になれば思い出すかもしれない、一眠りすれば。」


根拠のない思考の逃避を行うアルメアの身体はその時は余計に小さく見えた。その姿は何故だか銀等級の呪文使いであるという肩書きを嘘のように感じさせる。


寝息を立て始めたアルメアの隣では未だに眠れないベアトリスが考え事に耽っていた。彼女はアルメアの述べた転移前の柩の輝きと魔術の紋様という発言に一つの仮説を導き出す。


「ねぇ、アルメアさん。その魔術の紋様って三つあったのではないかし……もう寝てしまったわね。」


彼女はこの鷲を象徴とする国に入った時の違和感の正体を見抜くことができないまま、それが一つの可能性と繋がっている気がしてならなかったのだ。しかし、そんな不安を消し飛ばすほどのレオナルドの鼾が彼女を安心させていた。



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