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断罪聖女の禁忌書架  作者: カルーア
第一章 紅柩の主と禁呪使いの継承者
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第六話 救済への手掛かり 



硝子でできた窓を通して外の様子を漫然と眺めていた女性は仲間の事を思案する。時折轟く雷鳴の音の大きさに加え、誰も出歩いていない通りの気配が不穏の空気をもたらしていた。


昼の朗らかな陽光とは対照的な夜の乱調気味な雑音に多くの人間たちが恐怖する。思考に差し込まれ続ける雨音が全ての事象に干渉する事を皆嫌うのだ。


彼女も例外ではなく、一抹の不安を拭い切れていなかった。鷲の御旗を掲げるこの国、この都の何かに彼女は違和感を唱え続けていたのだった。


「そう言えば、西門は閉まるのが早かった気が。もしかしたら、他の門から入らざるを得なかったのかしら?」


廊下を駆ける足音が聞こえるや否や、尖った三角帽子を被った艶やかな女性が出迎えるために扉の前に向かう。すると、部屋の鍵が開かれると同時に外気の香りが勢いよく飛び込んできた。


そこに現れたのは二人の仲間と見知らぬ少女であった。少女はレオナルドの肩に担がれており、覇気のない様子がすぐに見て取れた。


「あらあら、二人とも濡れちゃって……この子は?」


「ベアトリス、悪いけど今からこの子をお風呂に入れてあげて。それから回復ポーションも惜しまないで。」


「それは必要な事なのね?」


「ええ、この子には聞きたい事があるの。説明は後でするわ、だからお願い。」


仲間の突然の我儘を聞き入れ、仕方なさそうにベアトリスは少女を抱いて浴室に向かった。二人は脱いだ外套を壁にかけて近くの椅子に腰をかける。


部屋の暖炉の方を向きつつ二人は冷えた身体を温める。燃える薪が火の粉をまき散らしている様を眺め、クレアは少女から回収した金属製の腕輪を観察しながらレオナルドに謝罪した。


「急に無茶を言って悪かったわ。貴方は私の護衛役であるというのに私自らが厄災を招くなんて、本当に私は迷惑な存在よね。」


「昔からずっとクレア様はそうですよ。今になって始まったことではありません、それにクレア様が取った行動が間違っていた事はただの一度もありませんから。」


「そう言ってくれるとありがたいわ。」


「で、その認識票から何か分かった事はあるんですか?」


「そうね~、どうやら拾った子はアルメアって名前らしいけど、他には……えっ、嘘でしょ。あの子が銀等級の呪文使いだと言ったら信じられるかしら?」


クレアは訝しげに観察していた腕輪をレオナルドに投げて渡した。彼女はこれまで集めた情報の整理を頭の中で始め、今回の冒険者の遺跡調査における意味を考え直したのだ。


そんな彼女と違って能天気なレオナルドは腕輪を一瞥しただけで、机に置かれた湯沸かし器に魔力を通して二人分のお茶をつくり始めた。


「はい、クレア様の分ですよ。熱いのでお気を付けください。」


「え?ええ、ありがとう。」


容器に注がれたお茶は冷たくなった身体を芯から温め、安堵のもとに二人は一息を入れる。落ち着いてお茶を飲むだけの長い沈黙がそれからは続いた。レオナルドはクレアの邪魔にならないように、暖炉の薪が燃えゆく様を暇そうに見つめるだけであった。


「今更ですけどクレア様、この件に首を突っ込まない方がよろしいかと。」


長い沈黙を破るように、レオナルドはクレアの今までの行為に素直な意見を述べた。彼女は渡されたお茶の湯気を視界に収めながら、暫く考えた上で皮肉交じりに答える。


「私を心配してくれているのかしら?もしそうなら有難い話よね、一緒に死んでくれるっていうのだから。」


「そこまで状況は芳しくないと?」


「ええ、絶望的にね。王位継承権の第一候補はそれ以外の候補者を一人残らず喰らうつもりよ?王位継承権争いの理由を問われれば仕方のない話だけど、白旗を上げて能力の譲渡を希望した候補者も喰い殺されたわ。」


「となると、今最大の勢力は第一候補である例の王子ですか。既に三人も王子が下したからクレア様は焦っている訳ですね。」


「その通りよ、あと三人じゃなくて四人。国から逃げ出さずに迎え撃った候補者が毒殺されたって報告を確認したわ。残りは私を含めて五人よ、まさに危機的な事態に陥って他の候補者たちも涙目ね。」


「他に策はないんですか?」


「亡命先がなければ逃げた先で殺されるか、一生追われ続けるか。亡命先があったとしても協力してくれるかは別よ、それがなければ単なる時間稼ぎにしかならないわ。今のところ、これが最善なの……。」


今後のあり方を悩むクレアの思考を浴室の扉の開く音が途絶えさせる。そこから現れたのは綺麗な銀糸の束をした少女であった。あらゆる汚れを落とした少女は先程とは別人のようであり、魅惑的に誰もに映ったのだった。


「うふふ、この子は逸材よ。どこで見つけてきたのかしら?」


ベアトリスの舐めるような口調が周囲の思考を曖昧にし、それが輪をかけて少女の存在に錯覚を覚えさせる。いち早く我に返ったクレアは咳払いをして、淡々と事前に用意していた言葉を並べた。


「さてと……早々に悪いけど、知っている事を全て話して欲しいの。勿論、情報の対価は払うわ。もし貴方が何も知らないなら、話さないならそれで終わり。今すぐにここから立ち去って貰うわ。」


軽い調子でクレアは目の前の少女に取引を持ち掛け、この場の主導権を握ったのだ。机の上に置かれた少女の所持品である腕輪を手に取って、クレアは彼女に見せびらかすように掲げた。


「ではアルメアさん、貴方について教えてくださるかしら?」


クレアは金属製の腕輪に記されたアルメアという名前を読み上げ優しく質問する。それに対して、アルメアと呼ばれた少女は頑なに思考を止めたままであった。


「知りません、私は何も。」


「そう、分かったわ。」


椅子に腰かけながらクレアはアルメアの態度を見て鼻で笑うと、彼女の方を向きながら大声で叫んだ。


「ベアトリス、窓を開けなさい!」


クレアの突然の命令に笑いながらベアトリスは指を鳴らす。すると窓が勝手に勢いよく開き、豪雨が部屋の中を襲い始めた。その様子はクレアの心の激情そのものであり、クレアはアルメアの胸ぐらを掴んで彼女の身体を少しばかり窓の外にのけ反らせる。


乾かせた金髪を再び雨風に濡らし、鬼のような形相でクレアはアルメアを睨んだ。碧眼に怒りの炎を宿しながら静かな口調でクレアは彼女を責め立てる。


「私はね、貴方を見ていると無性に嫌な気分になるの。腹立たしくて、憎らしくて、まるで昔の私を見ているようで……この意味が分かるかしら?」


晒された死への恐怖にアルメアは頷き、自身の生死の権利をクレアが握っている事を思い出した。そして、既に生死の天秤が死に傾きつつあることをアルメアは実感したのだ。



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