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断罪聖女の禁忌書架  作者: カルーア
第一章 紅柩の主と禁呪使いの継承者
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第二十四話 西地区の魔法陣



暖炉に焚かれた薪は時折火花を飛ばしつつ部屋を熱で充たしていく。それなのに自分一人を除いて誰もいない部屋は妙に肌寒く、ベアトリスは重い溜息を吐きながら机に置かれた三角帽子を手に取った。


その中にアルメアを閉じ込めた数刻前の出来事を夢であって欲しいと願いながらも、自分の苦い過去が交差される現実にベアトリスは随分と辟易としていたのだ。


「いつまで眠っているつもりかしら?もう檻の鍵は開いているはずなのに……。」


ベアトリスの勘ではアルメアの浅い目覚めは突発的なものであり、本格的な覚醒までに時間がかかると踏んでいた。それ故アルメアを危険視するには至らないが、彼女が自身の身体を未だに制御しきれていない事態は唯一の不安材料でもあったのだ。


しかし次も似たような事が起これば檻に閉じ込めればよいとどこかベアトリスは楽観しており、そんな邪念を払うかのように城から盛大な花火が何発も上空へと打ち上げられた。それは戴冠式の終わりを告げる合図であり、ようやく孤独から解放される事にベアトリスは心を軽くする。


「まぁ、綺麗な花火。そろそろクレアが帰って来るかもしれないわ。」


大輪のように咲く花火を間近で見ようと思ったベアトリスは、窓越しに西地区の大通りを埋め尽くさんばかりの馬車の行列を目にした。恐らくは戴冠式を終えて帰路につく貴族の馬車であろうと彼女は予想する。


すると舗装された平坦な石畳を進む馬車の馬が突如として嘶きながら暴れ出し、御者の鞭にも構わず勝手な方向へと走り出したのだ。その様子にベアトリスは疑問符を浮かべる間なく、次の瞬間には西地区全体が大きな地鳴りと共に激しく左右に振動し始めた。


そんな事態に立っていられる人はおらず、ベアトリスもまた揺れに任せて壁に強く背中を打ち付ける。暖炉の薪は飛び散り、窓の硝子は勢いよく破片と化していた。揺れが暫くして収まると、痛みに顔を歪ませつつも彼女は置かれた状況を把握しようと割れた窓から周囲を確認する。


そこに広がっていたのは西地区全体の地面に貼り付いた謎の魔法陣であった。建物の倒壊や火災といった悲惨な景色を明々と照らし出すその魔法陣は発動せんと、内側から外側にかけて徐々に光沢を増していく。


「何であんなものが……。とにかくクレアの事が心配だわ。」


ベアトリスは三角帽子を被ると急いで白銀のケースと意匠の施された剣を持って宿の外へと向かった。彼女と同じように何が起きたのかと人々は外に出張ってきており、床の魔法陣を不思議そうに眺めている存在で溢れていたのだ。


「何か嫌な予感がするわね。」


先程の地震で負傷した者を治癒魔法やポーションを用いながら助け合う姿は人間生来の群れの習性を表し、誰一人として事態を俯瞰する者などいなかった。多くの人々は地震を天災の一つとして見ているかもしれないが、ベアトリスはそれを魔法陣の発動の前兆であると疑っていたのだ。


ベアトリスが全力で城を目指して駆け抜けている中で魔法陣の完成は淡々と近づいていく。薄っすらと完成を前に魔法陣の円状の範囲を示すように光の壁が天に向けて伸び始め、人々は驚嘆の声を各々に呟き出した。


「……もうすぐ来るのかしら?準備は、しておいた方が良さそうね。」


走りながら右手に握っていた剣を白銀のケースを持つ左腕の脇に挟み、ベアトリスは右腕を自由にさせていつでも対応できるように辺りを警戒する。すると魔法陣が完成を示すように突然と閃光を発し、大通りにいた人々はあまりの眩しさに目を覆った。


ベアトリスもその例外ではなかったが、五感を研ぎ澄ました事による鋭利な彼女の聴覚が僅かな音に何とか反応したのだ。目を閉じながら彼女は音の聞こえない方へ意識を向けつつ、背後から迫る何かから逃れるように右手で指を鳴らす。


再び目を開けたベアトリスの視界には自身が先程いた場所に魔法陣から射出された無数の鎖が地面に突き刺さっている様子が飛び込んできた。それだけではなく、大通りにいた人々の身体が無数の鎖に貫かれる事で生命が吸い取られるかのように干乾びていったのだ。


「え……。人の生命、いえ、魔力を吸い取っているのかしら?それに飽き足らず、魔力の源泉である身体そのものまで……間違いなく一度でもあの鎖に捕まると死ぬまで搾り取られるわ。」


ベアトリスを貫くはずであった鎖は彼女の行方を捜すように彷徨い、新たに魔法陣から無数の鎖が生き残りの存在を求めて射出され続けた。それらは大通りに剥き出しの人々のみならず、建物に潜んでいた人々すらも壁を壊して貫いていったのだ。


襲い来る鎖の嵐を寸でのところで捌きながら、ベアトリスは僅かに開いた鎖のない安全地帯へと空間を繋げて移動する。彼女は鎖を躱しながらも、クレア達に早く今ある荷物を届けないと窮地に立たせてしまう事を危惧していたのだ。


「早くここから出ない…と……?」


その時、ベアトリスは轟音と共に飛来してくる存在を捉えた。日輪の如く輝き、流星の如く迫るそれは彼女の遥か頭上を駆け抜ける。


過ぎ去る時の風圧に巻き込まれたベアトリスは何度も石畳に身体を弾ませ転がり続けた。遠くで聞こえた二度の爆音の後、彼女は何が起きたのかと立ち込める土煙に咳込みながら体を起こす。


「もぉ、次から次へと何なのよ。さっきのあれの所為かしら?」


未だに視界を曖昧にさせる土煙は消える様子もなく、薄っすらとしかベアトリスは状況を掴めずにいた。それでも先程の爪痕と思われる剥がれ落ちた屋根や吹き飛ばされた人々は付近の限られた視野にはっきりと映っていたのだ。


立て続けに起きた出来事にベアトリスの頭は容量を超え、事態の収拾を後回しにする。頭に残った仲間の顔を思い浮かべ、取り合えず彼女は吹き飛ばされた帽子や抱えていた物を探しに向かった。



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