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断罪聖女の禁忌書架  作者: カルーア
第一章 紅柩の主と禁呪使いの継承者
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第一話 盲目の十字架 



純白の大理石の階段には深紅に染められた絨毯が敷かれ、正面に飾られたステンドグラスからは色違いの光が漏れ出していた。静謐ともいえる空間を満たすのは信仰という名の罪過ばかりであり、伝統の重圧が息苦しくさえ感じられる。


そんな大聖堂の荘厳な扉が僅かに開き、隙間からはささやかな花の香りと月明りが顔を覗かせた。それは暗闇をこじ開けるかのような一瞬の出来事であり、差し伸べられた光の糸はすぐに途絶えてしまう。


濃色な絨毯ですら色合いが判らぬ程に景色は暗く、聖者の行進をようやく照らし出したのはステンドグラスの導く彩りだけであった。徐々に足元から黒い影が実体となり、仮面をつけた二人組の存在が姿を見せる。


一人は顔の下半分を覆い、もう一人は顔の左半分を覆っていた。それは単に顔を隠すだけの仮面とも思えず、何かしらの意味合いを含んだもののような気がしてならない。そんな両者は天を仰ぐかのように階段の手前で跪き、上段の椅子に佇む白装束を纏った女性に敬意を示した。


「まずは、遠路遥々ご苦労様です。長旅になった任務を労いたいところですが、貴方たちに新しい依頼ができてしまいました。申し訳ありません。」


「そのお言葉だけで十分です。私たちの事など気にせず、何なりとご命じ下さい。」


顔の下部を仮面で覆う者が相槌の如く返すと、その言葉を待っていたかのように白装束の女性は怪しく笑った。彼女の床に垂れる薄紫色の長髪がその姿に艶美さを加え、余計に魔性ともいえる雰囲気を忍ばせていく。


「ふふふ、そうですか、そうですか。では、貴方たちには明日からアンティエーゼ王国に向けて出立して貰います。」


「また遺跡絡みの一件でしょうか?」


「半分はそうですね、もう半分は柩の話です。かの国では冒険者たちを使って柩を遺跡から掘り起こしたそうですよ……なんと愚かしい事をとは思いましたが、探す手間が省けました。」


白装束の女性は眠っていると勘違いしてしまう程に目を閉じたまま手招きをする。彼女の細く伸びた白い指からは人とは思えぬ妖気が滲み出ており、整えられてはいてもその長い爪は存在としての異様さを照らし出していた。


「マリアンヌ、貴方に渡すべきものがあります。もっと近くにおいでなさい。」


名前を呼ばれて階段を一段ずつ登り始めたのは先程の者であり、絹糸のように柔らかい青色の髪をした女性であった。白装束の女性が片方の手の平を見せるように掲げると光の粒子が集まり出し、そこに装飾の施された小さな箱が現れる。


「後ほど新調しておいた貴方の祭具を送り届けます、今は一旦これだけを。」


マリアンヌは渡された箱を開けて中身を確認すると、そこには取っ手が菱形状の銀色の鍵が収められていた。まるで童話に出てきそうな鍵に少しばかり彼女は物珍しく見入ってしまい、白装束の女性は満足げな表情を見せる。


「淀みのない魔力の流れが分かりますか?この鍵は一度しか使えませんが、次元の境界を揺らせる程の代物です。」


「次元といいますと、魔法のですか。魔術師である私にはどうも掴みかねますが……。」


「事象の情報変換を主とする魔術とは異なり、魔法は異次元から事象を発現させるとご存知でしょう?」


「えっと、境界を揺らして魔法を阻止できるという事ですか?」


「ふふふ、理解が早くて助かります。きっと必要になる時が来るはずですから……。」


「分かりました、困った際には是非とも使わせて頂きます。」


マリアンヌの快い返事に納得した白装束の女性はそのまま彼女らを帰らせようとした時、側近と思われる目隠しをした男性によって突然の切り込みが入れられた。


「星詠みついてのお告げを忘れてはいませんか?」


白装束の女性の傍でまるで銅像のように仁王立ちをしているその男性の頬には大きな傷跡があり、腰に下げた彼の身長を超える長さの大剣はそれ以上に一同の目を引き付ける。


しかし、彼の主人の存在感が大きすぎるために不思議と威圧感は感じられなかった。それは彼の声で仮面の二人組がようやく存在を認識し、今まで何故気が付かなかったのかを疑問に思う程のものであった。


「そうでしたね。今回の一件に秩序が乱れる星が見られました。それは、次なる継承者が円環の鎖を紐解く可能性すら示唆する不安定なものでした。果たして、どうなることやら……。」


「そのような不安を煽る言葉をおっしゃられてはなりません。」


「ふふふ、分かっていますよ。ほんのちょっと心の声が漏れただけですとも、ええ、本当に。」


おどけた調子で語る彼女とは対照的に男の生真面目さが浮かび上がる。彼の様相のもたらす印象とはかけ離れた態度に誰しもが驚くが、彼女には見た目という概念が存在しないために未だに周囲の感情を読み取れずにいた。


「最後にマリアンヌ、墓守としての矜持を失ってはなりませんよ?貴方は聊か聖人である事を気負いすぎですから、運命に翻弄されてはいけません。」


「承知いたしました。」


救済を与える墓守という聖人の役目について、マリアンヌに断片的にしか伝えていない事を白装束の女性は苦心する。そのため女性は前から気がかりであったマリアンヌの性格を思い出し、いつの日か自ら死を招かないように念を押したのだ。


伝えるべき事を終えた女性は深く椅子に掛け直し、それと同時にゆっくりと扉が音を立てて開いていく。そして、彼女は後方で待機する顔の左側を仮面で覆う者に向かって笑顔を向けた。


「リズ、貴方のお姉さんだといいですね。」


「はい、そうであったらどれほど素晴らしいことでしょう。長年探し求めていた答えが見つかるかもしれません。」


気にかけてもらえて嬉しそうにリズと呼ばれた少女は上ずった調子で返答した。女性が頷くと仮面の二人組は名残惜しそうに踵を返し、深々と絨毯を踏みしめていったのだ。


「きっと、また逢えるのかしら?それとも、また逃げるのかしら?」


白装束の女性は盲目を示す灰色の澱んだ目を開けながら楽しそうに少しずつ口角を上げていく。しかし、既に何一つ意味を持たない形骸化された濁った瞳からは何も生まれはしない。


それでも彼女はずっと誰かを見ている気分でいたのだ。忘れないように繰り返し焼き付けた映像はとても鮮やかで、狂おしいくらいに誰かを追いかける。


「願わくば、思い通りにあらんことを。」


彼女の不気味な変化に気がついた側近は仕えるべき主人を毎度のように間違えたと後悔していた。預言者として聖者を代表する存在がこれほどまでに想像と合致しないのは珍しいと、彼は常々信仰心について悩む日々を送っていたのだった。



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