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断罪聖女の禁忌書架  作者: カルーア
第一章 紅柩の主と禁呪使いの継承者
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第十六話 甘味処の時間 



城外へと出たオリヴィアは砂を纏った突風に目を瞑り、帽子が再び飛ばされないように頭を抑えた。駅構内で風に吹かれて帽子が飛ばされた事への動揺が瞬時の判断を鋭敏にさせていたのだ。


一秒にも満たない行動であるが、オリヴィアが目を開けた時には既にグレンの姿が視界にあった。待ち合わせの時間丁度にやって来た彼はさも当たり前のように歩み寄る。


「グレン、その登場はいい加減に止めて下さい。」


「せっかく私なりに驚かそうとしたんですが。」


「一度同じ手を使ったら次は別のがいいですね。それよりも、私はどこかで休みたいのですが。」


オリヴィアの休憩という言葉の含有する意味を違える事なく、グレンは都で人気の甘味処に案内する。そこは城からとても近い距離にあるため、城内で働く侍女たちが昼休みに抜け出して来る事もよくある店であった。


大抵の昼の時間帯は行列ができる程の盛況ぶりであるが、戴冠祭当日ばかりは客足が遠のいていた。空いた店内に入ると二人は窓際の席に通され、店員に目玉商品を勧められるがままに注文する。


「オリヴィア、それで十字列車の一等客室はどうでしたか?」


「初めて乗りましたが、もう至れり尽くせりで凄いとしか形容できませんね。食事車両なんて上流世界の一端にいる感じがしましたし……グレンが電報なんか送って来なければ貴族の気分でいられたんですけど。」


「今回は緊急なので特別ですよ。電報を受け取れるのは十字列車の一等客室ぐらいしかありませんから。」


「電報の件については、言われた通りにダグラス卿を煽っておきました。これで万事うまくいくんですか?」


「正直なところ、想定外な人物がいるので何とも。まさか今回の主役の側に黄昏の魔女が付いてるなんて思いませんでしたから。」


店員が出来立ての柑橘系のタルトを運んでくると会話は一時中断され、オリヴィアは生地がこぼれ落ちないように丁寧に咀嚼する。舌でじっくりと味わう彼女はさながら料理の審査員のようであり、その様子をグレンは固唾を飲んで見守った。


オリヴィアが頬に手を当てながらうっとりとした表情を見せると、グレンは彼女の目に適った甘味を提供できた事にほっとする。オリヴィアの機嫌を損ねないように毎回店選びに悩まされるグレンであるが、その苦労よりも機嫌を損ねた際に彼女の針で突くかのような小言の応酬の方が彼にとっては苦痛であったのだ。


「甘くて口の中で蕩けるこの味、満点です!あ、そう言えば想定外な事なら私にもありましたよ。駅で私の帽子を拾ってくれた人なんですけど、この眼鏡を通しても魔術回路の自動複製を遮断できなくて驚きました。」


掛けている眼鏡を取ったオリヴィアはそれをグレンに渡して点検させた。さして傷など一見して分かる変化はなく、その作成者であるグレンは不思議そうに眺めながら彼女に尋ねる。


「取り立てて壊れた箇所は見当たりませんね。遮断されなかったのはその時だけですか?」


「はい、その時だけですね。自動で他人の魔術回路を複製しないための眼鏡でしたが、例外ができてしまったので今はどうしようかと。グレン、新しいのを新調できますか?」


「原因を特定できないと新調する事は難しいですね。それにしても例外ですか……まさかとは思いますが、共鳴の線が疑わしくなるなんて。その人物の容姿は覚えていますか?」


グレンの中では一つの結論に達しようとしているが、オリヴィアは全く彼の共鳴という発言の意味が理解できなかった。怪訝そうな顔をみせながらも彼女は駅での出来事を帽子が飛ばされたところから頭の中で再生する。


「確か、雲のようにふわりとした黒髪だったような。移動系統の魔術回路の方が遥かに印象的だったので詳しくは分かりません。」


グレンは暫く俯きながら黙って思案していた。グレンの知る限りで共鳴のできる存在は数える程しかおらず、その中でも黒髪は一人しかいない。加えて移動系統という単語からグレンの考える人物像が確信的なくらいに定まっていったのだ。


「グレン、どうしたんですか?」


「なるほど、ようやく謎が解けました。恐らくですが、その人物はオリヴィアの姉妹に当たる方でしょう。どちらが姉で妹なのかは分かりませんが、つまりはオリヴィアと同じ人形です。」


「え!あの人が私の姉妹なんですか?……というより、知っているなら何故教えてくれなかったんですか?」


「転移のリズとして教会では有名ですが、預言者と繋がりがあるので交友を結ぶと非常に面倒な事になります。それに彼女は勤勉で博識ですし、存在自体が厄介の塊ですから。」


「……そうですか。少し残念ですが、グレンがそう言うなら仕方ありませんね。」


オリヴィアが駅で出会ったリズは預言者の特命の使いである事に疑いようがなく、グレンにとって問題なのは誰が相棒の聖人であるのかという一点に尽きる。先日のファーガスがグレンに注意を喚起したような相手ではない事を彼は心から祈った。


「は〜、この店は大満足でした。それで、次はどこに行くんですか?」


「一旦はファーガス司教のいる教会に戻ります。そこでオリヴィアの向こうで得た話を聞きながら時間を潰すとしましょう。」


「その言い方だと私の話が無駄話に聞こえるんですが……。それと言い忘れましたが、先刻仕掛けたのはグレンですよね?」


「何がですか?」


「ふふふ、惚けてもダメですよ。此方にも心の準備が必要なので、勝手に目覚めさせるのは感心しませんね。」


陽気な声でオリヴィアは人差し指を左右に振りながらグレンに対して説教をする。グレンはそんな彼女の言葉から全ての人形が目覚めに呼応している可能性に改めて至った。人形同士の魔力感知や連結具合が如何程のものかは分からないが、少なくとも互いに集まろうと動き出す未来は想像に難くなかった。


「それは申し訳ない事をしました。」


「よろしい。」


太陽のように明るく笑うオリヴィアにグレンは後ろ暗い方法を取った事を決して言えなかった。ダグラスという悪人を裁くのに躊躇をする事はないが、善人を悪人に仕立て上げる事は褒められる行為では無い。


グレンは心の中で人を操り盗人として利用した事を詫び、彼の大望のための犠牲になる事を願った。最小の犠牲で全てを終わらせようと彼の計画は始まりつつあったのだ。



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