第十五話 新聞記者の取材事由
豪華な客間に通されたオリヴィアは長時間の取材をとある貴族に対して行っていた。昨夜の寒さは忘れ去られ、少しばかり蒸し暑い午後に城内の一室で二人は軽い調子で会話を続けている。
室内であるというのに特徴的な格子模様の鳥打帽を被ったまま、眼鏡をかけたオリヴィアは陽気な性格を見せつけるように貴族に対して質問を重ねた。
「では、今晩の遅い時間帯に起こるであろう皆既日食に合わせて戴冠日を本日にしたという訳ですか?」
「そうですね、現国王陛下からはそう聞き及んでいます。アレクシア姫が女王陛下になっての初日ということで、やはり特別な日にしたいという思いが強かったそうです。」
走り書きのメモを取った後、オリヴィアはペンを置いてメモ帳を閉じた。それを取材終了の合図だと勘違いした貴族は席を立とうと腰を浮かせた時、彼女は貴族にぐっと無表情な顔を近づけてわざとらしく笑ってみせた。
貴族は眼鏡を通してオリヴィアの中に潜む得体の知れない何かに捕捉されている獲物のような気分であった。動物由来の人間の本能である危機を直感で感じ取った彼は激しくなった動悸に気の所為だと身体に言い聞かせる。
「なるほどなるほど、それでは最後の質問となります。昨夜捕らえられた男性はダグラス卿の差し金であったそうで、欲しかったものは手に入りましたか?」
陽気な雰囲気は何も変わらぬオリヴィアに対して、明らかに質問内容が彼女に似つかわしくない後ろめたさを帯びていた。不意打ちのような質問に思い当たる節があるのか、ダグラスの様子が友好的なものから攻撃的なものへと切り替わる。
外見と内面が一致しないオリヴィアに警戒心を高めたダグラスは、次に彼女がどんな行動を取るのかを窺う事に決めた。そして少し間を置いた後、ダグラスは目の前のオリヴィアの不気味さに注意を向けつつとぼけてみせた。
「……何のお話ですか?根拠もない事をおっしゃるなんて、オリヴィアさんは何をお考えで。」
それは幾つかオリヴィアが想定した反応の一つであったらしく、彼女は席を立って窓から外の庭園を眺めながらダグラスに背を向ける。穏やかな感情をそのまま抑揚に乗せ、静かにダグラスを底なし沼に彼女は時間に任せて嵌めていく。
「いえいえ、どうという事はないのです。今のダグラス卿では決して手に入らないはずなのに、どうしてそこまで協力できるのかが私には不思議でなりません。もしかして、騙されたんですか?」
「……。」
後ろを振り向いたオリヴィアは沈黙を続けるダグラスに更なる一押しを加える。彼の性格を見るためにわざと背中を向けて隙を作ったが、彼女を亡き者にしようと考えないあたりに言葉で組み伏せることができる相手であると彼女は確信したのだ。
少しずつ情報を小出しにしながらダグラスを掌握するまでに必要な要素をオリヴィアは頭に並べていき、事前に調べておいた彼の望みをもって揺さぶる算段を立てる。
「永遠の命、エリクサー、賢者の石、その他にも呼び名は色々とあるでしょう。錬金術の世界も奥深いと言いますからね、ダグラス卿の思う通りですよ。ただ……。」
「ただ、何ですか?」
「残念な事に条件が足りていませんね、卿は何よりも重要な前提を欠いています。」
「条件、ですか……。それを教えていただけますか?誓って貴方が誰であるかなんて調べたりもしませんし、協力できる範囲の事なら何でもしましょう。」
オリヴィアは切実な思いで条件を提示してきたダグラスを冷めた目で見下ろした後、あたかもそれが彼女の欲した譲歩であるかのように微笑んだ。譲歩をするのは逆である彼女の方であるという立場の分別を未だに彼は理解できていなかったのだ。
立たされた状況を認識できていないダグラスを心の中でオリヴィアは馬鹿にする。彼女は彼の全てを把握しており、数年前から用意してきた役者に穴などは一切無かったのだ。
座っているダグラスの後ろにゆっくりと忍び寄ったオリヴィアは笑いながら彼の両肩に手を滑らせ、取材時に一度も発したことのない大人っぽい声で彼の耳元に悪魔の如く囁いた。
「分かりました、お答えしましょう。その条件とは、器ですよ、器。万能器とも言うんですかね、それが卿には足りていない。」
「万能器、ですか。その意味とは如何なもので?」
「ダグラス卿の中には魂がありますからね、簡単に言うとそれが邪魔なんですよ。人間である卿が取るべき手段はもう一つの方、万能器を探して下さい。」
「あの……その万能器の手掛かりについてはご存じないのですか?」
ダグラスは震える声で不安を必死に隠しながらオリヴィアにおそるおそる尋ねた。そんな彼の気持ちを嘲笑うかのように彼女は取材時の明るい声音で彼の両肩を叩きながら重い雰囲気を消し飛ばす。
「そうですね〜、器が未だに完成されてはいないって専らの噂です。あくまで推測ですが、欠片を集めて完成させるんじゃないんですかね。」
「そんな……。」
「その辺の事は囚われの身と成り果てた昨夜の侵入者が知っているはずですよ。ではでは、これにて取材は終了となります、本日はありがとうございました!」
剽軽な様子で退室するオリヴィアを横目にダグラスは自身の愚かさを猛省して項垂れる。情報が漏れている事実への恐怖よりも、自分が誰かの手の平の上で踊らされていた事が彼には許せなかったのだ。
これまで築き上げて来た彼の持つ全てを犠牲にしてまでも手に入れようとした願いが踏み躪られ、取引相手に裏切られた事実に彼は腸が煮えくり返る気持ちでいた。
「許さんぞ、あの下種共が……。」
ダグラスは歯軋りをしながら爪が食い込んで血が滲むほど拳を握る。そんな彼の姿を見たオリヴィアは自分の果たすべき仕事を終えた満足感に包まれ、軽い足取りで城内の廊下を歩いていく。
「可哀想な人、いえ、それこそが彼の配役でしたね。最後の仕上げには…欠かせませ……ん?」
オリヴィアは一瞬だけ突然の電撃が身体に走った事に首を傾げる。衝撃的なくらいに自身の魔術回路が熱くほだされ、何かに反応していたのだ。
それは一瞬の出来事であっても感覚だけは長く尾を引き、その原因をすぐさまオリヴィアは思い浮かべる。彼女は深呼吸した後で鳥打帽を被り直し、今後の展開を楽しそうに予想しながら満面の笑みを顔に貼り付けていた。




