第十四話 隠された物語
魔法とは異なる魔術の深淵に誰もが魅了される。紛い物の体を為す万人の魔法と個人に定められた宿命ともいえる起源の魔術は大きく一線を画していた。それは比較するのが馬鹿らしくなるくらいの隔たりを見せていた。
しかし、古代の文字に象られる魔術式は今では誰にも知られる事なく風化していくばかり。そんな喪われた叡智の欠片がまさにアルメアと呼ばれた少女に顕現していたのだ。
「殺さないと……。」
依然としてアルメアの脳裏に過り続ける女性の声が頭の奥にこびり付いており、全くと言っていいほど離れる様子はなかった。彼女の思考はその女性の感情一色に染め上げられ、急かされるままに魔術の発動を目論み眼前に迫りくるであろう盗人に焦点を定める。
(さぁ、早くなさい。この世に穢れた存在は不要なのよ、それを浄化するのが貴方の役目。)
我を忘れているアルメアにとって与えられた使命に絶対的な忠誠を誓う事しか考えられなかった。それ故アルメアには明確ともいえる意志はなく、奥底に眠る誰かに操られるまま盗人を目掛けてゆっくりと歩を進めていく。
魔術式を書き出し続けるアルメアの魔力の波長は以前のものとは比べものにならない程に揺れ動いていた。その様はまるで二人の人間が一つになろうと螺旋のように絡まり合っているようでもあった。
「ちょっと待ちなさい、アルメア!」
異様ともいえるアルメアの変化にいち早く気が付いたクレアは危機を察知し、発動手前の魔術を止めるために無意識に彼女の身体の一部を掴もうと手を伸ばす。
しかし、その咄嗟の行動はベアトリスがクレアの伸ばした腕を横から力強く掴む事によって封じられてしまった。その意外過ぎる行動に少しの間は呆気にとられたものの、即座に自分の判断を否定されたような気分になり尖った声で責め立てる。
「何をするのよ、ベアトリス!」
突発的な怒りに打ち震えるクレアの叱責をものともせず、アルメアの方を向いて無言のまま指を鳴らす。するとアルメアの頭上にベアトリスが被っていたはずの尖った黒い三角帽子が忽然と現れ、それが全ての抵抗を無視して勢いよく重力に任せて落ちていったのだ。
魔術式の書き出しに集中していたアルメアは付近の異変に気が付くのに遅れ、焦って上を見上げた時にはその場に帽子しか残らなかった。彼女はベアトリスの帽子の中に吸い込まれるようにして入っていったのであった。
地面に落ちた帽子を拾い上げ、付着した砂埃を軽く払いながらベアトリスはそれを被りなおす。そんな落ち着いた様子の彼女を刺し貫く程の眼光でクレアは理由を求めるように睨みつけた。
「どういう事かしら?アルメアをいきなり帽子の中に閉じ込めるなんて。」
「深い眠りの彼女だから閉じ込められたけれど、完全に目覚めていたらこの程度の檻は簡単に食い破って来るわ。これでも限りなく譲歩したつもりなのだけど。」
「それだけじゃ全く分からないわね。ベアトリス、貴方は何を隠しているのかしら?」
「……そうねぇ、呪文使いの中に本物がいるって事かしら。きっとクレアが知らないもう一つの真実がそこにあると思うの。呪文使いの伝承には始まりも終わりもないなんて、そんな馬鹿な話はないでしょ?」
「本物って何よ、聞いた事もないわ。」
「言葉通りの意味ということかしらね。」
顔を逸らしたベアトリスは付近を巡回していた警備兵に盗人が身柄を押さえられた様子に安堵の吐息を洩らす。未だに事態を呑み込めていないレオナルドは両者の重苦しい空気を感じ取り、一応の事と剣の柄に手を掛け抜刀の構えを見せていた。
咎めるような厳しい目つきをするクレアにベアトリスは観念し、糸を手繰るように過去の出来事を思い出す。意図的に隠していた訳ではないが、それまで確固たる根拠を見つけられなかったために彼女は話しそびれていたのだ。
しかし、そんな彼女の事情を具に知らないクレアは信じ難い突然の行為に疑念を抱かずにはいられなかった。レオナルドはクレアの側に立ち、二人はベアトリスの次に出てくる言葉を、納得のいく説明を待った。
「どの文献にも見当たらないだろうけど、呪文使いの中には禁呪を使える一族がいるのよ。これは噂でもお伽話でもない実在する話、何せ私が嘗て偶然にも出会ってしまったのだから。」
「その含みからすると……アルメアじゃないのね?」
「ええ、勿論彼女ではなかったわ。でも今なら彼女が禁呪使いである事を私は確信、いえ断言できるかしら。」
「隠された物語が真実という話になると、いつかの昔の誰かにとって都合が悪い事になるわ。そういう事なのね?」
「私が当事者ではないのだけど、まぁそうなるわ。」
「……一から十まで洗いざらい全て宿で話しなさい。それとレオナルド、もう大丈夫だから。」
盗人によって両脇に押し込められていた人々が再び大通りを喧騒の中心に据え、閑散とした雰囲気を払拭させる。そんな様子とは対照的に宿に帰るクレア達の間には灰のように冷たい空気が流れていた。
宿に戻る道すがら、ベアトリスは昔話をする事に嫌悪感を抱き苦悩する。彼女にとって昔話は埃の被った日記としての価値しかないが、それでも過去は苦い味で満たされた記憶でもあった。
そんなクレア達一行とは異なり、隔絶された空間に閉じ込められたアルメアは周りに何もない暗闇の中を漂っていた。話しかけていた存在は身を潜め、彼女自身も何をしようとしていたのかすら一切覚えていない。
「ここは、一体どこでしょうか。いえ、今はそれよりも……。」
急に襲ってきた睡魔に耐えきれずにアルメアは身を委ねるようにして眠りに落ちていった。何もかもから逃れるようにして眠りに入る彼女の中で暴れていた魔力は徐々に鎮火されていく。
途中まで綴られた魔術式は完成を目前に失効し、閉じられゆく瞼の裏側で色褪せながら霧散していった。それに合わせてアルメアの身体は以前の彼女のものに戻っていったのだ。




