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断罪聖女の禁忌書架  作者: カルーア
第一章 紅柩の主と禁呪使いの継承者
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第十三話 脳裏の悪魔 



嵐が去った翌日の青天の下、アンティエーゼ王国の戴冠祭を祝う人々で国全体が盛り上がりを見せていた。それは大通りに屋台が立ち並び、群衆が道の隙間を余すところなく埋め尽くすといった具合にである。


華やかな通りに面する建物は鷲を象徴とする御旗を掲げ、賑やかな声に混ざってこの国の姫についての話題があちこちで聞こえてくる。そんな人が人を呼び込む祭りを見物しようとクレア達一行は宿のある西地区から少し離れた南地区に来ていたのだ。


「ねぇ、ベアトリス。この国のお姫様って何だか愛され過ぎじゃないかしら?」


「あらあら、クレアが嫉妬だなんて珍しいわね。」


「ち・が・う・わ・よ!この光景が異常だって言っているの。」


国家同士の文化の違いとは言い切れない程に肌で感じた違和感を述べたクレアはベアトリスにからかわれ、顔を真っ赤に染めながらも強く主張する。多くの国では執政に庶民は疎く、祭典そのものを祝い事という概念に落として楽しむのが通例であるという彼女の常識からこの国は聊か外れていたのだ。


注意深く街並みを観察するクレアとは異なり、レオナルドとアルメアは彼女から渡されたお小遣いで何を買おうかと横で屋台を物色していた。一介の冒険者に過ぎないアルメアは別として、警護役であるレオナルドまでが遊び惚けている事にクレアは眉を吊り上げる。


そんな彼女の苛立ちに感づく素振りのない鈍感なレオナルドは、隣で目を輝かせていたはずのアルメアの劇的ともいえる表情の変化に不思議と気が付いた。全身を小動物のように震わせる彼女はゆっくりと彼の背後に近づいてくる悪鬼の類を垣間見たのだ。


「どうしたんだ、そんな怯えた顔をして。」


「う、後ろです。」


「後ろ?後ろに何が……。」


レオナルドの肩に優しく乗せられたその手は触れた時とは違って今は彼の肩を鷲摑みにして逃がさないように圧力をかけていた。ようやく背後に誰がいるのかを気が付いた彼は冷や汗を大量に流しながら弁明の言葉を探し始める。


「貴方は何をやっているのかしら?」


懸命に言葉を捻り出そうとしている彼の耳元では、内心の感情とは真逆の穏やかな口調でクレアの言葉が紡がれていたのだ。残念ながら彼の言い訳が口に出る前にクレアによって彼の耳は千切れんばかりに容赦なく引っ張られていた。


「ちょっと、痛いです、痛いですってクレア様。」


「そう、痛いのね、良かったわ。そのつもりでやっているもの、反省するまで止めないわよ。」


痛さのあまりに目に涙を浮かべながら泣き言を言う彼は誰の目にも親に叱られている子供にしか見えない。そんな主従の間柄とは思えぬ程に仲の良い様子を傍から呆然と見ていたアルメアにベアトリスは笑いながら話しかける。


「ふふふふ、驚いたでしょ?昨日はアルメアさんを随分と警戒して気も立っていたけれど、何時もはこんな感じなのよ。」


「はい、何と言いますか、まるで家族みたいですね。」


「家族、ね……そうかもしれないわ。何せお互いの背中に命を預けられるくらい信頼しているもの。」


ベアトリスはそう言い残すと手を叩きながら未だにじゃれ合っている二人の仲裁に入っていった。彼女が割って入った事でクレアが素直に引き下がるという一連の流れから、アルメアには目の前の三人がどのような役回りでいるのか容易に想像がついた。


彼女たちにどのような過去があるのかは窺い知れないが、それでも彼女たちはその辺りの家族よりも家族らしいとアルメアには思えた。昨夜の剣幕とは打って変わった日常に和やかな気持ちでいると、突如としてその平穏を乱す声が聞こえてくる。


「盗人よ、誰かそいつを捕まえて!」


遠くで聞こえる女性の悲鳴によると人を突き飛ばしながら進む大柄の男は盗人らしく、凶器を振りかざして周囲の人の波を捌いていた。付近の出来事ではないためクレア達には視認しずらいが、それでも徐々にその男が近づいてくるのが群衆の様子から明白であった。


そんな状況を漫然と見ていたはずのアルメアは自身の身体の奥底から沸き上がる突然の熱に戸惑っていた。全身に流れる血が沸騰し、病にうなされたような朦朧とした意識に彼女は侵されていたのだ。


周りにいる人間の叫び声が耳から掠れ出し、自身の脈動する心音ばかりが彼女には殊更に大きく聞こえていた。身体中が熱で満たされ自由に身動きする事すら彼女には既にできなくなっていたのだ。


そんな時に脳裏で話しかけてくる存在が一人。


(咎人には鉄槌を、死をもって償わせなさい。それが貴方の役目でしょう?)


聞いた事のない女性の声が頭の中で鐘のように何度も木霊し続けた。アルメアにとって確かに聞き覚えのない声ではあるが、どこかで忘れかけていたはずの記憶にその断片が埋もれているような気がしてならなかった。


すると、彼女が首から掛けている木彫りのペンダントが薄っすらと輝き、それまでにはなかった魔力としての熱が籠もり出した。それに呼応して系統樹を示したような枝分けれした細工の一筋に菫色の光が浮かび上がっていく。


(貴方は何のためにそこにいるのかしら?貴方に許された行為は何だったかしら?)


女性の声が響くたびにアルメアとしての意識が途切れ、彼女の身体の感覚が細部から失われていく。ずっと眠っていたはずの存在が目を覚まして病魔の如くアルメアの身体を蝕み始めたのだ。


前方に気を取られていたクレアは事の次第に気が付くのが遅れ、そんなアルメアの魔力の変化に大きく目を見開いた。そしてアルメアが呪文使いである事に驚いた昨夜の自分を回顧し、クレアはそのような感情を抱いた理由を思い出した。


クレアがかつて読破した呪文使いの伝承という本に記された呪文使いの姿とは、氷のような心を持った存在であるとされている。その魔力は人を凍てつかせる程に冷たく、人を傷つける事に躊躇のない悪魔のように描かれていたのだ。


そんな呪文使いの伝承の一端に触れていた彼女は話の一部が現実に起きている事態に驚愕する。アルメアの藍色であった眼が軽い点滅の後に菫色に移り変わり、まるで別人のような魔力の波長に今にも切り替わろうとしていたのだ。


「殺さないと……。」


アルメアは機械的な声で静かに呟くと、藍色から菫色に変色した自身の眼に魔術式を書き出していた。何段にも連なる文字列が異常なまでの速さで発動せんと術式を構築し始め、そんな彼女を中心とした魔力の渦が生命を与えるかのように一本一本の銀髪を揺らしていたのだった。



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