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断罪聖女の禁忌書架  作者: カルーア
第一章 紅柩の主と禁呪使いの継承者
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第九話 亡き王妃の書斎 



中庭に活けられた花々は昨日の雨で潤い、反射した露が宝石のような輝きを見せる。そんな穏やかな幻想に小さな生き物たちが嵐の終わりを見計らって、草木の下から這い出していた。


朝日が差し込む中庭の様子を窓越しに眺めながら物思いに耽るアレクシアは十字の首飾りをそっと握りしめる。万民に降り注ぐ幸福の在り処を探してきた彼女にとって、目の前の明るい世界は祈り難いくらいに眩しく感じられてしまった。


幸福の在り処、正義の在り処、贖罪の在り処、その全てを一身に受ける彼女にとって選択という言葉はまやかし程度にしか思えなかったが、それでも叶えたい願いが彼女の中で燻り続けていたのだ。


「届かない祈りって……どこに行ってしまったのかしら。犠牲の上に成り立った慈愛も、嘆きを掻き消した安寧も、内に抱いた願いは全て偽りと呼べるかもしれないわね。」


目を瞑る事で瞼の裏側に描き出されたのは黒い人影であった。詳しく思い出せない寂しさはその映像に雑音を入れ、その影にあったはずの温もりすらも奪い去っていく。


それでも自分の名前を呼ぶ影の声音を一度として忘れた事はなかった。肌の温もりはなくても、何時も傍にいて抱きしめてくれる愛情の温かさだけは永遠に心の中で寄り添い続けてくれていたのだ。


「お母様、私は天に仇名す欲ばかりが全身を焦がしていく気がしてならないの。もしかしたら、もう自分の幻影を追いかけているかもしれないわ。」


アレクシアは机の上に置かれた研究記録の束に触れながら自責の念に囚われていく。そんな彼女を優しく包んでいる部屋が亡き王妃が使っていた書斎であり、彼女は未だにそこを母親の居場所であると言って立ち入りを固く禁じていた。


城内で働く者の多くはそんなアレクシアの不憫さを哀れみ彼女を悲劇の主人公のように扱っている。彼女の母親である王妃が暗殺されてからというものの、城内を守る者たちは彼女を外敵から遠ざけようと必死で守護してきたのだ。


「きっと優しすぎたのよ、万民の幸せを願うお母様は。でもね、私はそんなお母様が大好きだったわ。」


そんな一室でアレクシアは独り語ちながら著名な考古学者でもあった母親の残した研究記録を読む。そして、彼女が数年をかけて積み上げてきた知識の泉とも言える綿密な計画書と照らし合わせる。そこには柩と遺跡の情報が記載されており、魔術における考察が詳細になされていた。


疲れを紛らわすようにアレクシアはふと棚に置いてある母親の日記を手に取ろうと椅子から立ち上がり、黄ばんだ本に混ざって手入れの行き届いた日記を開く。それを綴る母親の姿を想像しながら泣きそうな顔で彼女は読み進めた。


「ふふふ、お母様ったら、こんなことも書かれていらしたのね。私も昔は迷惑をかけてばかりで、それは大変だったでしょう。……お父様が決めた戴冠日までは酷く退屈だと最初は思ったけれど、振り返ってみるとそうではなかったわ。」


母親が亡くなり父親が病に臥せってからというものの、多くの困難に立ち向かってきたアレクシアは当時の辛さを振り返る。突然に公務から為政者としての執務に変わり、数多の学問を収めつつも国を傾けないように懸命に努力してきた昔の自分がそこにいたのだ。


「ねぇ、お母様。これは正しい事なのかしら?」


母親が何時も首から掛けていた形見としての十字の首飾りに再び触れたアレクシアは自身の抱えている心の不安を吐露した。この母親の書斎だけは強がりな彼女が本当の姿でいる事を許してくれていたのだ。


今後起こるであろう計画の内容をアレクシアは予想しながら罪悪感の檻に閉じ込められている気分に浸った。自分が何をしているのかを理解していても、彼女にはその結果が実際にどうなるのかは分からない。


そんな曖昧な推測に縋るしかない自身の無力さを呪い、それでも叶えたい願いのために全てを犠牲にしても構わないとアレクシアは思ってしまったのだ。


「お母様は私の事をきっとお怒りになるわよね。最悪、親子の縁をお切りになるのかも。ふふ、本当に私は親不孝者よ。しかしそれでも……それでも私は構わないの。」


アレクシアは自身が思い描く最良の結末を夢に見ながら温かく優しい心を閉ざしていく。それはまるで大切な宝物を箱にしまい込んで鍵をかける行為であった。


本当の自分が喚かないように、嘆かないように幾重にも鎖を箱にかける。この瞬間からアレクシアは冷酷な為政者になることを誓い、自身の願いを何よりも優先する傲慢な王として振る舞うことに決めたのだった。


それすなわち、万民の幸せを願った母親のようになるのではなく、犠牲の上に許された国の在り処を定める王を目指すことに人生を捧げるということを意味していた。


そんなアレクシアの決意などを全く知らない従者たちは慌ただしい日常を繰り返す。それはセバスであっても変わらない。彼は扉を二回ほど軽やかに叩き書斎にアレクシアの存在を問うた。


「お嬢様、いらっしゃいますか?」


聞きなれた深みのある声からアレクシアはすぐにセバスが扉の向こうにいる事に気が付いた。彼女は母親との感傷に浸るのを止めて頭を切り替える。


これからの計画のためにもその感傷は不要のものであると切り捨て、彼女は今夜の戴冠式で王として威厳を見せつけなければならないという緊張を全身に刻み付けた。


「いるわよ。何かしら?」


「朝の支度が整いました。どうなされますか?」


「待ってて、今向かうわ。」


アレクシアは名残惜しそうに数々の本を棚に戻して多くの書類を引き出しに入れて鍵をかけ、この部屋に入る前の整理された状況を彼女は急いで作り出す。それは誰かがこの部屋に誤って入ったとしても何も知ることはない、唯の日当たりの良い書斎の姿であった。



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