表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪聖女の禁忌書架  作者: カルーア
第一章 紅柩の主と禁呪使いの継承者
1/22

プロローグ 二人の傀儡

群像劇となります。視点変更にはご注意下さい。PCが一番読みやすい長さとなっています。抜けている話数は即時挿入予定です。抜けていても話は読めるようになっております。



狂った月夜に濡れる銀糸の束はどこか儚げで、天を焦がす火柱がありとあらゆる感情を塗り潰そうと躍起になっていた。この日、この時に目覚めるはずのない赤き悪魔は永遠かと思われていた眠りから解き放たれ、夢の中で感じ取った喧騒の宴に目を細めながら悲哀に満ちた声で嘆き始めたのだ。


「……いつの世も、死の臭いというものは変わらんな。忘れ去られる事を、消えゆく事すら望ませてはくれないのか。」


人と何ら異なることのない姿をした赤き悪魔は自身の身体を駆け巡る魔術の発露を感じていた。彼女は眠っていた魔術回路を無理やりに繋げられ、半ば暴走状態に陥っている自分の姿にかつての記憶を垣間見る。


溢れ出た魔力の波動は周囲を勢いよく薙ぎ払い、熱を帯び始めた大気は彼女を取り巻くように揺らめき出す。


そんな彼女の視線の先にいたのは銀髪の少女であった。


「また人間か、何度も懲りずに助けを請うとは。」


彼女を呼び覚ました時の魔力の波動で壁にぶつけられた少女は朧な意識を覚醒させようと身体に力を入れる。そんな少女の首を掴み、軽々と持ち上げながら彼女は積年の怒りをぶつけた。


「今まで虐げてきた存在に殺される気持ちとは如何様か?今まで裏切ってきた存在に翻される心地とは如何様か?他の存在を理解せよとは申さぬ、しかし、何故これほどまで人間とは傲慢なのか……教えてはくれまいか?」


無表情の中に憤怒の色を見せ、少女を絞め殺さんばかりに首を握る手に力を籠める。そんな行為に抵抗しようと悪魔の素肌に触れた途端、少女の手の平からは肉の焦げる音が痛々しげに耳をつんざいた。


それでも抗い続ける非力な少女は精一杯に掴む手を引っ掻き、何とか呼吸を確保しようと試みていた。引っ掻き傷から流れた僅かな血液は悪魔の手を濡らし、少女の薄肌には痣が染みついていく。


建物が既に瓦礫と化したこの都の中で、人々が逃げまどい、泣き叫ぶ声ばかりが木霊していた。あちこちでは飛竜による火の手が上がり、街路を駆け抜ける黒き獣たちは人を余すことなく食らっていく。気が付けば生者は死体と化し、都はさながら生きた廃墟の様相を呈していたのだ。


「其方にも聞こえるであろう?助けを呼ぶ声が、痛みに嘆く声が、諦めぬ声が、祈る声が……それでいても時が経てば人間は忘れてゆく。しかし残念なことに、私のような傀儡は忘れる事はできなんだ。」


悪魔は顔を強張らせる事もなく、歪ませる事もなく、静かに淡々と涙を流し始めた。宝石のような瑠璃色の瞳には何が映っていたのか少女には理解し得なかったが、それでも目の前の存在は人間以上に人間らしい、そう思ったのだ。


不安定な心を描き出すかのように悪魔から滲み出る魔力は陽炎の如く揺らめき、そのおびただしいまでの熱量で周囲を灼熱の溶岩に作り替えていく。深紅の髪を逆向きに靡かせ続ける彼女に少女は自分の映し鏡を見ているような気分になった。


そう、悪魔の心の内は少女が抱き続けたものと何一つ変わらないものであったのだ。


熱された空気を少女の肺は拒むように浅い呼吸を繰り返し、少女はどうしても伝えようと心の内に残留し続けていた思いを言葉に綴り始めた。


「私も……私も傀儡でした。生きる希望を失いながらも只々時間に身を任せ、全てを諦めました。願っていた事があるとすれば、死ぬことの一点だけ。どんな時でも願い事をするなんて、やはり人間とはどこまで行っても傲慢なのかもしれません。」


かつての自分の過去の記憶を余す事なく、嘘偽りなく少女は述べたのだ。忘れかけていた古臭い記憶の扉の鍵を開け、一枚一枚の瞬間を記録した写真が頭の中を流れていく。少女にとって、変わらない病室の風景だけが心を暗く蝕んでいく気がしてならなかった。


「ささやかな、誰にでも願う資格のある幸せすら手から零れ落ち、絶望という名の苦しみだけが手の平に残るなんて……本当に嫌になりますよね。」


心を見透かされたと気が付いた悪魔は初めて優しく自嘲気味に笑いながら本来の姿を露呈させた。するとどういうわけか、彼女の瞳に新たに宿ったのは懺悔の色であった。


「全く、傀儡同士では結論が出んではないか。しかし、こんな私も叶えたい願いがあるのでな、今死ぬわけにもいかなんだ。せめて人間を恨んで殺せたらと思うたが、上手くいかぬものよな。」


「今死ぬわけにはいかない?……やはりそうですか、そういう事でしたか。では、この命は貴方にお預けするとしましょう。」


彼女の中に慈悲深く温かい心を見出した少女は、あろうことか潔く命を手放す決意をしてしまったのだ。降って湧いた命に初めはしがみ付いていた少女であったが、本当ならば終えるべきであった過去の人生と向き合う事に決めたのだ。


「だが……。」


「貴方を目覚めさせたのはこの私です。それに貴方には全てを犠牲にしても叶えたい願いがあるのでしょう? どうせ泡のような命ですから、ひと時の楽しみが夢のように終わることもありましょう。」


「赦せ、私とてこんなやり方しか知らぬ故、其方に恨まれても仕方あるまい。せめてもの償いとして、其方を忘れぬように名前を伺いたい。」


「ふふ、変な人ですね。私の名前はアルメアです、唯のアルメアです。さぁ、一息に……。」


赤き悪魔は少女の命を奪う事に躊躇をしなかった。できる限り痛みを感じさせずに少女を眠らせる事が悪魔にできた唯一の弔いであったのだ。


瞬きをするよりも早く、悪魔は少女の身体を貫き心臓を抜き取った。主人を失っても脈動する心臓に対し、その主人は目をつぶったままの傀儡に成り果てていた。


悪魔は自らのしでかした事の大きさを改めて自覚し、手に取った心臓を一気に飲み干す。


かつて人々は残虐さの前に悪魔呼ばわりしたわけであるが、それ以上に悪魔は人間の心を持った人形であった。深紅の髪をした情熱的な人形、瑠璃色の瞳をした優しい人形、見目麗しい女性の姿をした人形は、悪魔というよりは恐ろしいほどに人間であった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ