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趣味の世界

 陽はもう沈んでいて、街灯の灯りがポツポツと灯っている。

 そんな中、俺はポツポツと歩いて帰っていた。

 こんな時間に帰るのは久しぶりだな、帰宅部で特に何もしていないのでいつも帰るのは陽があるうちに帰宅していた。


 桃香はいつ頃電話してくるだろうか?

 桃香の事を考えながら己雪さんの誘いを明日は断った。

 正直、試験期間だったからというのもある。ただ明日は己雪と会ってゆっくり話をする機会が作れるといいなと思っていた。


 家についてしばらくしても電話はかかってこなかった。

 風呂から上がって着信履歴が入っていないか確認したが何も無かった。

 桃香に「手が空いたら連絡して」とメールを打って勉強を始めることにした。


 いつも通りヘッドホンをして勉強をする。

 ただ携帯が鳴っても気づくように手元において、着信すればヘッドホンにも伝わるようにしておいた。

 試験勉強をしながらもチラチラと携帯を見ていたが、何の知らせも無いまま時間が過ぎていった。試験範囲は一通り終え後も着信は無い、俺は更に踏み込んで勉強をしていった。


 今日の試験はイマイチだった。

 あのままだと一位など程遠いなと感じた。

 一応そこそこ出来たつもりではいる。

 でも全ての解答を自信を持って記入できるほど熟慮する余裕は無かった。


 どうすればいいだろうか?

 テスト時間と問題数と比較して一問にどれだけ時間がかけられるか?

 そのスピードで解答を記入しなければ余裕などない。

 その前に学年一位を取っている奴らはそんな事を考えもせずに問題が解けるのだろうな。そう思うと、ちょっと悔しさが込み上げてきた。


 それからもう一順、試験範囲の勉強を一通り終えるともう0時近くになっていた。

 はっとして携帯を見るが履歴はやっぱり無かった。

 桃香は言った事を破ったりしないのに、と思い、本当に桃香に何かあったのでは無いかと心配になった。


 さすがにそろそろ寝ないと明日に響きそうだ。

 桃香にメールを打ってから寝る事にした。

「ごめん。今日はもう寝ます。何かあったのか?大丈夫か?明日の放課後空いていたら出掛けませんか?」

 なんとなくメールが返ってこないか少し待っていたが、まもなく寝てしまった。



 目覚まし時計が鳴っている。ラジオも鳴っている。

 昨日夜遅かったせいか、寝起きが悪い。

 眠気眼をこすりながら時計を止める。ラジオは既に今日は何の日を終えて天気予報のコーナーへ移っている。

 顔を洗って出掛ける準備を進める。

 荷物を用意していてふと携帯を見るが、まだ何も返事は来ていなかった。俺は落胆と同時に心の揺らぎを感じていた。


 何か気に障ることを言っただろうか?確かに気の利いたことは言えなかったが、それで電話の約束も無視されるほどなのだろうか?

 俺は桃香の事でぐらついている自分に戸惑いながらも学校へ出掛けていった。


 いつも会う学校への通学路でも桃香に会うことは無かった。

 なんだか2日会わないだけで何故こんなにも気にしてしまうのだろうか?喧嘩した後だからだろうか?桃香の態度がそっけなかったからだろうか?

 人の腕を勝手につかんできたり、頬を指で指したり、居たら居たで面倒な感じもするが、急に居ないと違和感があるものだなと、しみじみ考えていた。


 学校に着き、望と話をする。

 今日もまた、桃香の事で茶化されると思ったが、望は気を使ってなのか試験の話しかしなかった。

 なんとなく試験の前に携帯を見ると、桃香からメールが入っていた。

 急いで確認すると

「昨日はごめん。また後で連絡する」


 なんとも簡単な一文だったが、なしのつぶてにならなくてほっとしていた。

 試験の前にメールを見られて良かったと思う。

 おかげで今日の試験は始まってからすぐに取り掛かる事が出来た。


 試験が終わってから望むが結果を聞きにやってくる。

「今日はどうだったかな?ミスター平均点さん」

「俺はお前の仲でミスター平均点なんだな。まぁ、その名前も今回のテストが最後かもな」

「なにっ?もしや今日は完璧だったのか?」

「いや、完璧ではなかったが、いつもより大分良かったぞ」

 俺はちょっと顔から笑みがこぼれるのを堪えながら答える。


「その表情をみると大分良かったと見える」

「まぁな、望はどうだった?」

「俺?俺はいつもどおりさ。出来上がってからのお楽しみだよ。」

「そうか、そりゃあ結果が楽しみだなぁ」

 そういうと、望は俺の肩を小突いて笑っていた。

「明日で試験は終わりだな。」

「そうだな、明日終われば晴れてしばらくは硬い机ともおさらばできる」

「しかしまぁ、お前が桃香ちゃんと仲悪いままだと海に行くのも中止せざるを得ないかな」

 苦笑いして、なんて答えていいのか迷っていた。


「なんだよ、やっぱりまだ駄目なのか?」

「いや、なんかうまく連絡取れなくてさ」

「そうなのかぁ~、桃香ちゃんの友達の柚子ちゃんを連れてきて欲しかったんだけどな」

「なんだよ、お前は桃香の友達狙いだったのか」

「そりゃあ、桃香ちゃんに手を出したらお前怒るだろ」

「いや、別に怒らないよ」

「本当か~?そんな事言って、お前、桃香ちゃんと知らない男が一緒に歩いていても何も思わずにいられるのか?」

「別に俺は桃香の保護者じゃないしな」

「保護者よりもっと近いって?」

「なんだよ」

「俺には見えるぞ、桃香ちゃんが誰か知らない男が歩いているのを見て、愕然としているお前の姿が」

「桃香に好きな人が出来たなら、それはしょうがないじゃないか」

「へぇ~、しょうがないねぇ」

「素直に喜ぶ言葉が出てこないあたり、もう駄目なんだよ」

 そう言われて、思わず黙ってしまった。


 確かに桃香が誰か知らない男と歩いていて俺は素直に祝福できるだろうか?

 うまく考えを整理することは出来なかったが、理性としての答えは出ていた。


「桃香に好きな人が出来て、いい関係になるのなら、それはそれで良いことなんだよ。その時は幼馴染として男友達の役割は終わりなのかもしれないな」

 そう言う事で自分を納得させていたのかもしれない。


 そうしたシチュエーションもいつかは起こりうるのだ。

 現に今もそういう相手がいるのかもしれないし、俺が連絡を取っている事で実は桃香は迷惑に思っているかもしれない。

 自分自身と桃香の関係が昔のようにはいかないと言う事が、心に染みてくるのが分かった。


 試験が終わって家に帰ってきても桃香から連絡は無かった。

 桃香に「連絡待っています」と一言メールを送ってから勉強を始めた。

 ここ数日リベラに行って己雪さんと話をしていたので帰りが遅かった。

 今日はまっすぐ帰ってきたので大分早く勉強を始めている。

 今まで遅く帰ってきて始めていても試験範囲を一通りできていたのは我ながら凄いと思う。

 まぁ、教科書は斜め読みの本当に必要そうな所だけしか覚えてもいなかった。

 それがミスター平均点のコツだったのかもしれない。ただ今回は平均点以上、一位になるくらいを目指したりしていた。しかし、それにはまだまだ足りない事に身を持って自覚する事となった。


 己雪さんは学年一位と言っていたけどどれくらいやっているのだろうか?俺のような一夜漬けとはまた違う勉強をしているのだろう。でもそれを聞いたからといって自分もそうするかはわからなかった。


 もう勉強も飽きてきていた。

 ここ最近中断していたソフト作りの続きをする事にした。

 思考の基本的ルーチンはほとんどフリー素材を使用した。

 おかげさまで様々な感情や性格がミックスされてどんな風に仕上がるか自分でも予想できない。

 後はエラー処理をどれだけフォローするかにかかっていると考えている。

 何をエラーとして考えるのか、その計算された確率の是非を判断するしきい値を決めなければならない。そうしたパラメーターの設定が成長の度合いに変わってくるのだろう。

 そしてそのパラメーターを自ら変化させていく事が個性として体現されていくに違いない。


 エラー処理はできるだけ曖昧にして6つの行き先を用意していた。

 もっと増やしたかったのだが、俺がこれ以上選択肢を考えられなかった。

 各ルーチンを3次元に放射状に連携するようにした。その時にそれを模式図にすると蜂の巣のようなハニカム構造になった。蜂の巣は空洞も維持したまま強固な構造になっている。

 スカスカの空間を自分で埋めていって欲しい。

 そして足りない部分はまだ外側に向かって広がって構築してほしい。

 なんとなくそんな願いも込めていた。


 一通り打ち終わると俺は深呼吸をして、いざ初期起動のトリガースイッチをオンした。

 初期ルーチンが始まる。しばらくすると初期登録を促すメッセージが出てきた。

 フリーの素材を使用しているとよくこういう事にも遭遇する。全ての一文一文を網羅する事はできないので、大人しく必要事項を入力していく。進んでいくとだんだん、会話らしい一文を出すようになってきた。


「こんばんは、あなたの名前を教えてください。」

「あなたの事はどう呼べば良いでしょうか?」

「私に名前をつけて下さい。」

「私はどこの端末に常駐しますか?」

 人工知能のことを「ハル」、人工知能専用に作ったPCに常駐しつつ、携帯にリモートアクセスするように設定した。


「こんばんは、ハル」

 そう打ち込むとハルは返事をしてきた。

「こんばんは、馨さん」

「馨さん、今は何をしていますか?」

「今はハルを立ち上げたところだよ」

「ありがとうございます。」

「私は立ち上がりました。次は何をしますか?」

「ハルには俺の生活をアシストして欲しいんだ。」

「わかりました。何をアシストすれば良いですか?」

「まずは俺の携帯を見ていて欲しい。電話がかかってきたら教えてくれるかな?」

「わかりました。」


 なんだか感情のようなものがあまり見られないのでちょっと不安になったが、いきなり表現力が豊かでも逆に俺がついていけないかなとも思う。

 これから少しずつ成長していってもらえばいい。そういえばハルは男と女どっち側で起動しているのだろう?


「ハル?」

「御用でしょうか?」

「ハルは男と女どっちかな?」

「私には男と女、どちらのジェンダーもありません。」

「そうか、そういうプログラムはいれなかったんだっけ?」

「いいえ、プログラムはあります。起動しますか?」

「そうだな、まだいいや。少し考える」

「わかりました。」

 俺はハルを男と女どっちで相手してもらおうか考えていた。


 男は男で同じ性別同士話はし易いかもしれないが、むさくるしい感じがする。

 女は女で気を使いそうだ。

 まだ中性的なままでもいいかなと考えていた。まだペットとして考える間はどちらでも困る事は無いだろうと思う。


 電話が鳴る。同時にハルが着信内容を事を教えてくれた。

「馨さん、桃香さんから電話がかかってきています。」

「ありがとう。電話に出るよ」


 桃香から電話がかかって来た事に少し安心する自分がいた。

 同時に何の話をしようか一瞬のためらいもまだ残っていた。

 電話を手に取り、覚悟を決めて着信を出た。


「こんばんは、桃香」

「こんばんは、馨」

「なんだか元気ない声だな」

「そう?」

「何かあったのか?」

「ちょっとね。昨日はごめんなさい。」

「いや、忙しかったのならしょうがないよ。声をかけたのは俺だし」

「夜電話するって言ったの私だし、ごめん」

なんだか桃香のいつものペースと違うので俺もすっかり調子を乱されてしまった。


「この間はごめんな」

「いいのよ。馨はいつも通りだったし、私が勝手に怒っていただけよ。こっちこそごめんね」

「いや、桃香は嫌だったんだろ?気がつかなくて悪かったな」

「いいの。ごめんなさい」

 桃香はごめんなさいを繰り返していた。


「明日の放課後空いているかな?」

 桃香の調子があまりにも大人しすぎるので、俺は直接あって話をしたかった。

「えっ?あ、明日の放課後?」

「そう、明日の放課後」

「多分」

「多分か、じゃあその多分空いていたらちょっと出掛けよう」

「珍しいのね。」

「そうか?」

「いつもは私が誘ってばかりなのに」

「そうだったかな」

 そう言いながら、いつも無理やり引きずり回されている自分を思い浮かべた。

「じゃあ、明日の放課後よろしくな」

「そうね。空いていたら連絡する」

 桃香に何の用事があるのか分からなかったが深く聞くのは止めておいた。


 またここで連絡が途絶えて、簡潔なメールのやりとりをするだけになるのは本望では無かった。明日の放課後、桃香と会えるかもと、そこに繋ぐだけでよかった。

「最近、朝会わないな」

「そう?」

「そうだよ、今日は何の日を喋って無いからな」

「フフッ、そうね。いつも会うと今日は何の日だったわね。」

「でしょ?」

「ちなみに今日は何の日なの?」

「えと・・・・・・、なんだったかな?もう夜だから覚えてないよ」

「何よ、いい加減なのね。」

「まぁ、そんな日もある」

 何の日だったかな?思い出そうとしても思い出せない。


 そうだ、思い出せないじゃなくて、今日は起きるのが遅くて聞いていなかっただけだ。

 電話越しにも関わらず気まずくなって、頭を手でかいていた。

 その時、机の端末の表示が変わった。

「馨さん、今日はバルセロナオリンピックの開幕、動物園からクロヒョウが脱走などのイベントがありました。」

 ハルが電話の会話を聞きながら表示してくれていた。


「あぁ、そうそう。今日はバルセロナオリンピックの開幕日だよ」

 まさに今思い出したかのように言った。

「ふ~ん、オリンピックね。部屋にこもりっきりの馨には縁が無さそうね。」

「まぁな、やりはしないけど見る事はできる」

「テレビもろくに見てない気がしますけど?それともテレビを見るようになったのかしら?」

「いや、あんま見ないかな」

 俺はちょっと声を小さくして答えていた。


「まぁいいわ。馨と話していたら少し気が紛れたわ」

「そうか、それなら良かった。」

「もう遅いし寝るわ。」

「俺ももう寝るよ」

「おやすみ、馨」

「おやすみ、桃香」

 そういって電話は終わった。


 なんだろう、普通に電話が終わった事にほっとしていた。同時に桃香の声のトーンが低い事に不安を抱いていた。

「馨さん、今の相手はどなたですか?」

 ハルが聞いてきた。

「桃香だよ。幼馴染なんだ」

「わかりました。」

「助かったよ。ハル。今日は何の日なんてよく出してくれたな」

「いえ、お困りのようでしたので」

「どうやって判断した?」

「馨さんの返事が遅くなっていたためです。質問に対する解答時間オーバーでした。」

「ははは、時間オーバーか。なるほどね。ありがとう」

「お役に立てて良かったです。」

「もう寝るのでしょうか?」

「そうだな、どうしてそう思うの?」

「先ほ電話でどもう寝るとおっしゃっていましたので」

「あぁ、そうだったな。もう寝るよ。おやすみハル」

「おやすみなさい、馨さん」


 ベッドに横になって眠ろうとした。眼を閉じて夢うつつにもなろうとした時、己雪さんに何も連絡していないのを思い出した。

 布団からガバッと起きて携帯を手に取る。

「馨さん、どうしましたか?」

「いや、己雪さんに連絡するのを忘れていた。」

「雪己さん、富山 己雪さんですか?アドレス帳より一件ヒットしました。」

「そうだよ、ハル。彼女に明日は友人と会うので、明後日以降でお願いします。また連絡します。とそうメールを送信しておいて貰えるかな?」

「分かりました。メールを送信しました。」

「ありがとう、ハル。今度こそおやすみ。」

「どういたしまして、馨さん。おやすみなさい」


 俺はその後目を閉じて再び眠りに着こうとした。眠りにつくまでの朦朧とした中で桃香と明日会ったときに何を話そうかぼんやり考えていた。

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