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気落ちしたまま臨む試験

 翌朝、目が覚めて携帯を見ると桃香から着信とメールが入っていた。

 着信履歴を見て「しまった」と思わず口に出る。

 昨晩、桃香に電話しようとしていた事を思い出した。

 時間は午後十時、ヘッドホンして勉強していた時だった。


 メールの文は簡単だった。


「なんで電話出てくれないの?怒ってるの?」


 どうやら一昨日に荒れていたのを少しは反省しているようだ。

 それはそれでありがたいが、勝手に反省されてしおらしくなられてもこっちの反応をどうしたらいいか迷う。意地悪っぽく突っぱねてみるか?いや、ここで調子に乗るとまた取り返しがつかなくなるかもしれない。

 

 望の海の話もあるし、反省してるなら来いとか言ってみるか?いや、それもなんだか足元を見ているようで嫌だな。俺自身、あいつに姑息な手を使って何かをやらせるのに自分の理に反しているような気がした。


 ここは敢えて普通に行こうじゃないか。


 ただ、まぁあまり適当な返事をせずに。

 でもまぁ、何か返事は返しておくべきかな。朝、顔を見る前には何かしら返事をしておきたいと思ったが、うまい言葉はすぐに出てこなかった。

とりあえず電車の中で返事を打とうと思い出かける準備に入った。



 電車の中で考えていてもいい言葉は出てこなかった。

 なんとなく焦ってくる。桃香はもう俺が起きてメールを見ていると思っているだろう。

 電話がかかってくるか、メールの返信があるか、もう電車に乗っている時間だ。来てもメールが来るかどうかと考えているはずだ。それともあの内容で電話してこない俺にイラついていないだろうか?


 そう思っているなら、さっさと何か返事を書かないと。


 そう考えていたが深く考えるごとにどんどんどうしたらいいのか分からなくなっていった。

 駅に到着する直前に「えいっ」と何も返さないよりはましだと思って軽くメールを返した。


「おはよう。怒ってないよ。ヘッドホンしていて電話気づかなかった。ごめん。」


 最悪だ・・・・・・。俺は特に気の利いた事も言えない自分にがっかりしていた。

 これはこれで、桃香に会った時なんて話をしよう。

 駅を降りて学校に向かう。

 桃香はどこから現れるか分からない。俺はさりげなく、不自然にならないように周りを見渡しながら歩いていた。


「誰か探してるの?」

 ふと声をかけられる。

 聞きなれた声だったので、それが誰かすぐに分かった。

 しかし振り返って顔を見るのに一瞬のためらいがあった。


「いや、探しているというか、今日はいい天気だなぁと」

 俺はなんでこういう事を言ってしまうのだろう。

 情けない自分にしまったと思い、右手を頭にあてて思わずため息をついてしまった。


「なんなのよ。朝から挙動不審なのはいつも通りだからそんな気にしないわよ。」


「おはよう、馨」

 もう話をしているのだが、改めて朝の挨拶をくれる。

「あぁ、おはおう、桃香」

 挨拶をして沈黙が流れる。


 俺!、気の利いた事を言えよ。


 そう自分に何度も言い聞かせてやっと出たセリフが

「今日はラジオの本放送が始まった日らしいよ。毎日ラジオを聞いているけど、今日が記念すべき本放送の日なんて、ちょっと感動しちゃったよ」


「そう…」


沈黙が流れる。


 しまった!そう思ったが後の祭りだった。

 あぁ、これは駄目だぞ。

 今日は駄目だ。

 サラリーマンみたいなネタじゃ桃香さんは反応してくれない。もっと優しくて心に響く一言が何か。もう学校着いちゃうよ?どうした馨くん。君は幼馴染なんだろう?普通でいいじゃないか?


 俺は心の中で、一人つぶやいていた。それでやっとの思いで出たのは結局一言だけだった。


「桃香、ごめん」


 そう一言言うと、「いいのよ」と一言だけ返ってきた。



 俺はなんだか申し訳なくて顔もまともにみられずにいた。桃香がどんな顔をしていたのか、そこではっきりと見ておくべきだったのかもしれない。

 校門の前について俺は何もないまま分かれるのが辛くて最後に

「試験がんばって」

そう言って別れた。

「そうね、馨もがんばって」

 そう桃香は返事をして消えていった。



 教室について、お通やみたいな顔をした俺を見ると望が話しかけてきた。

「おはよう、朝からしけた面してるなぁ、お前まだ喧嘩しているのかよ」

「あぁ、おはよう。駄目だ。俺は駄目だ。」

「おぃおぃ、どうしたんだよ。駄目だだけじゃよく分からないよ。どうしたんだ?」

 俺は朝の桃香とのやりとりを望に話をした。


「お前なぁ、もっと気の利いた事言ってやれよ。桃香ちゃんだって気まずいところ話しかけてきてくれたんだろ?そしたらさぁ、なんで今日はなんの日になるのかなぁ?馨くん、君はお説教だねぇ、これは」

「分かってる、分かっているよ。俺が駄目なのは分かっているよ。お説教でも何でも受け入れます。ごめんなさい。でも駄目でした。」


「駄目だこりゃ、とりあえず、放課後でも電話してみろよ。」

「そうだな、なんて電話しようか」

「それくらい自分で考えろよ。話がしたいとか、ごめんなさいのお詫びにスイーツご馳走します。でもなんでもいいだろ?」

「会って何はなせばいいんだろうか?駄目だ。何も思い浮かばない。望、一緒に来てくれ」

「馨くん、君は桃香ちゃんどれだけの付き合いなんだよ?」

「だいたい十年くらいです。」

「ねぇ、十年の付き合いがそんなに簡単に崩れてもいいのかい?」

 俺はもう何も言えず突っ伏して、駄目だ、駄目だといい続けていた。


 望はそんな俺をみて、しっかりしろよ。気合注入といって肩を両手で「バシッ」っと力強く叩いた後、「とりあえず試験はクリアしろよ」と言って自分の席に戻っていった。

 俺は肩を叩かれて多少気が落ち着きましたがまだ心は折れたままだった。さすがに去っていく望には一瞬「ありがとう」と顔を上げてそのあとしばらく突っ伏していた。


 試験官が来て、試験が始まる。

 昨日勉強はしたものの試験を前にしても身が入りにくかった。

 問題を見つめながら桃香の事が頭に浮かぶ。

 あぁ、もしかしたらあいつもこんな風に思って試験受けているのかな?

 そう思うと朝、気の利いた事を言えなくてより一層桃香に申し訳ない気分になった。

 さすがに試験が始まって十分もしたのに何も書いていないとちょっと焦ってきた。


 この試験が終わったら桃香に電話かメールをしよう。


 とりあえずこのモヤモヤを一度落ち着けないとまずい。

 試験は試験だ。

 俺は気を取り直して頭の中で昨日聞いていたロックを再現していた。

 聞いていた旋律と共に記憶が蘇ってくる。頭の中で再生されるメロディに心を委ねて自分の気持ちを高ませるように集中した。爆音が周りの雑音をかき消してゆく。俺は試験問題にやっととりかかり始めた。


 試験終了の合図が聞こえる。

 俺は何とか最後まで解き終える事ができた。

 正直ぎりぎりだった。

 これじゃあ学年一位は無理かもな。俺は自分の実力を痛感していた。

 休み時間の間に桃香に電話しようと席を離れる。

 携帯を手にしながらも、何を話しようかまだ迷っていた。

 そうだ、己雪さんにも連絡しないといけないな。

 今日はごめんなさいをしないといけないな。

 限られた休み時間を無駄にしないためにも俺は考えるよりも先に桃香に電話をかけていた。


 桃香に通じる。

 一瞬の緊張が走る。

 でも言う事はもう決めていた。


「どうしたの?学校いる間に電話なんて珍しいね」

「今日放課後あいてる?ちょっと話がしたいんだけど」

「今日の放課後?」

「そう」


「悪いけど、今日は無理。明日でもいい?」


 これはちょっと予想外だった。桃香はたいてい誘った時は「いいよ」と返事を返してくれていたから、駄目な理由がひっかかってしまっていた。


「そうか、今日は無理なのか」

 俺はちょっと残念そうに繰り返した。


「なに?急ぎなの?」

「早い方が良かったな。」

「そう、じゃあ夜電話するから。今日は出てよね。」

「分かった。じゃあ今日の夜な」

「じゃあ、試験あるから切るね」

「あぁ、試験がんばれよ」

「それ朝も聞いた。」

「じゃあね」

 俺は、なんだが自分が桃香にすがっているような気がしてすごく惨めな気持ちになった。


 あぁ、なんで。なんでだろうなぁ、なんとはなしに、天を仰いでいた。

 己雪さんに連絡する前で良かった。

 今日は己雪さんに会いに行こう。

 まぁ、そのためにも試験はそれなりに頑張っておかないとな。それに桃香とは夜電話する事にした。とりあえず桃香の事は置いておいて試験に集中しよう。

 そう思って、俺は教室に戻り机に座った。




「終わった、終わったなぁ、馨。」

 今日の試験が終わって望が背伸びをしながら近づいてきた。

「お前の終わったはどっちの意味なんだよ。」

「ん?それは結果が出てからのお楽しみだ」

「なんだそれ?まるでおみくじでも引いてるみたいだな」

「ま、その言い方も外れではないがね。」

そういうと望はちょっとげんなりした顔になった。


 望は選択問題を適当に解答しておみくじと言っているのだろう。あまり突っ込むと逆襲されそうな気がしたので、「頑張れ」とだけ言って受け流した。

「そういう馨はどうなんだよ?ミスター平均点さんは継続ですか?」

「そうだな、今回はとりあえずミスター平均点さんよりは上を目指してみた。」

「おっ、ついに本気モードですか?」

「いや、平均点以上を狙ったが大して解けなかったからすごい中途半端な感じになりそうだ」

「なんだそれ、嫌味か?」

 望はちょっと目を細くしてこっちに視線を送ってきた。


「なんだよ、焚きつけたのは望じゃないかよ、俺はやろうとしてもそれまでだったという事を言ってるだけだよ。」

「なるほどねぇ。」

「なんだよ」

「怪しい」

「何が?」

「いや、今までさんざん焚きつけて、全くの不感症だったのに。馨がここに来て頑張るとは思ってもいなかった。」

「そうか?」

「何かあっただろ?」

「無いよ」

「言えよ」

「無いってば」

「怪しいなぁ」

 望がしつこい。


「何だよ、藪から棒に」

「それは俺のセリフなんだけどなぁ。まぁ、いいや。本当に頑張っていたかどうかは結果を見れば分かるからな」

「そうして下さい、堪忍して下さい。」

 俺は望の執拗な尋問にもう耐えかねてそういった。

「それより明日も頑張れよ」

 俺は人の事ばかり追求する望に反撃するため望を焚きつける事にした。

「ん?まぁ適当に頑張るよ。」


「またそう言って、望は結構まじめに授業聞いてるじゃないかよ」

「聞いてるだけだよ」

「聞いてるだけでも充分頭には入ってるだろ?それなら試験も余裕だよな」

「何をおっしゃいますか、馨さん。私の出来の悪さはご存知でしょう?」

「いや、知らないねぇ」

「いやいやいや」

「知らないから、望はできると思っているよ」

「いや、そういうの止めようよ」

 そうはいかないと思い、俺は顔がニヤニヤしていた。


「悪い顔になってますぜ、馨さん」

「及び腰になってますぜ、望さん」

「そういう事いって、駄目だった時のショックの大きさを考えてないでしょう?」

「そんな事にならないように明日まで勉強するんでしょう?」

 ぐぬぬ、と望はかみ締めるようにうなっていた。

 しばらくお互いにけん制して何を言おうか考えていたが、望が沈黙を破った。

「まぁ、桃香ちゃんと海にいけるとなったら、頑張れるかもな」

「そうか、お前は桃香と海に行きたいのか」

 俺は桃香という言葉を聴いて少し、意気を落とした。


「なんだよ、桃香ちゃんの事出すだけで、そうなっちまうとは。重症だな」

「うるせぇよ」

「試験終わった顔見て、復活したと思ったがとんだ勘違いだった」

「なんだよ」

「桃香ちゃん誘ったのか?」

「断られた」

「お前・・・・・・」

「放課後は無理だから、夜電話する事になった」

「そうか」

「まぁ、全く拒否されたわけじゃないなら良かった」

「そうだな」

「電話でヘマするなよ」

「できれば俺もそうしたいよ」

 ちょっと自信なさげに答える。

「じゃあな、今日は帰るよ」

「あぁ、ちゃんと勉強しろよ」

「ほどほどにね~」

そう言って望は帰っていった。


 俺も帰るとしよう。己雪さんと会う時間まで、まだ間に合うな。

桃香が放課後に何の用事があるのか気にはなったが、夜には電話をする事になっている。俺は俺で用事があったので早々にリベラまで歩みを進めた。

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