家で見るいつもの景色
家に帰るなりベッドに横になって天井を仰ぐ。
目を閉じて今の自分を想像してみる。
今は家に一人。
今想像する風景がそのまま家の中と一緒になるくらい詳細にイメージしようとした。
「あぁ、だめだ」
雑念がよぎって想像は途中で途切れた。
一度何か飲んで一息つこう。そう思い立ち上がってキッチンへ足を運んだ。
キッチンに行くまでの間、いつもより周りを気にしてみてみる。
いつもは何気無く通り過ぎるいつもの風景なのにどことなく違って見える。人の認識がこれほど曖昧なものかと知らされた感じがする。食器の位置、机に置いてあるタブレット、ソファの色、ちゃんと分かっているつもりなのに何かが違う気がする、キッチンについて冷蔵庫を開けるとアイスコーヒーが入っていた。
またコーヒーかと思ったが、気分を集中させるにはいいかなと思い、コーヒーを一杯飲んで部屋に戻った。
部屋に戻り、ふと携帯を見ると、桃香から電話が入っていた。
リベラで巳雪さんと一緒にいる時間だ。
サイレントモードにしていたせいか気がつかなかったようだ。俺は電話をかけ直す事に一瞬躊躇したが、昨日の怒り爆発のままの状態は嫌だったので電話をかけることにした。
着信までの音楽が鳴る。
ルルルルル…
繋がらない。
今は携帯を放しているのだろうか?
桃香の携帯は首にかけるタイプだからそうそう外さないのだけど、何かあったのかな?
しばらく呼び続けても出ないのでまた後でかけなおす事にした。
桃香の事も気になったが、具体的に家の中をイメージできるようにもう一度みて回る事にしよう。俺はまるで新居に引っ越してきたかのようにいろんな部屋を開けていったりきたりしながら家の中を記憶していった。
一通り見て回ってからもう一度目を閉じて想像してみた。
家の中を歩き回る自分、それを見ている自分、いったい俺は何をやっているんだろうと思う。
エフというなんとも人が聞けば妄言と思われるような事を修得するために家の中をイメージしている。なんだか俺は純真なやつなんだなぁ、と部屋の中を歩き回る自分を見ながら一人勝手に感心していた。
だいぶ長い事、イメージの中に浸っていた。目を開けて時計をみると二時間経過していた。目を開けると部屋の照明がまぶしかった。
ベッドに寝転がっていたのでただ眠っていただけなのかもしれない。今の二時間が寝ていた夢だったのか、頭の中でイメージしていて起きていたのか微妙に境界がわからなかった。集中するということはこういうことなのだろうか?
ヘッドホンをして音楽を聴きながら別のことをしていると、間で聞いていた曲がまったく思い出せない時がある。聞いているようで聞いていないのだ。自分はその場その場のリズムに気分が高揚したりしているはずなのに、後から考えるとわからない。
それも集中しているから頭の中にしっかりと入ってこないからなのだろうか?もし新しい曲を聴いていたとしたら聴き逃している事になる。それはそれでもったいないなぁと思う。
次はヘッドホンをしながらイメージしてみようかな。
無音の中で集中するのも良かったが、俺にはやっぱり音楽が必要だなと思う。いつも勉強するときもソフトを作っている時も音楽を聴きながらしている方が集中に入る時間までが短かったと思う。
むしろ音楽がないと、禁断症状が出て指でリズムを刻みながら手が進まない事もあった。そして脳内ヘッドホンを鳴らすために頭の中の領域が占領されてしまう感じがした。
俺はヘッドホンをしてロックを爆音でかけ始めた。鼓膜が破れてしまうのではないかと一瞬心配にもなるが、この音の振動と響きとリズムが心地よかった。
そして、その状態で試験勉強にとりかかり始めた。
いろんな公式や計算が音とともに頭に記憶されていく。今回はこのCDかなと、最近お気に入りのアルバムをリピート設定にしてヘビープレイする事にした。ドラムの音が響いて早弾きするギターのタッピングが頭の中を駆け巡る。
俺は旋律とともに試験に必要な事象を記憶していった。
こうして気分がハイになっている時に数式を見ると、ソフトの作成に対してインスピレーションをもらうことがある。そうか、そうだよな、とか勝手に頷きながら知識を吸収していった。
俺はいつもやる程度の勉強が終わると一度手を置いて、娯楽に走ろうと思った。だが、己雪さんの一位を目指してみれば?という言葉がちょっと気になって、もう少し続きをやる事にした。
「何故?こんなこと終わらせてソフトを打ち込んである程度形に仕上げたいじゃないのか?あともうちょっとで基礎が出来上がるんじゃなかったのかな?」
俺の中のもう一人の自分が話しかけてくる。
「いや、今回はもうちょっとやる、何故かわからないけどやる」
自分に言い聞かせていた。ほんと何故だろうか?自分のプライドなのか?ちょっと言われたくらいで触発されるようなそんな心だったのだろうか?
俺の心が己雪さんによって大分揺り動かされているのは事実だと受け止めよう。ただ「やる」「やらない」を決めているのは自分なのだ。そうも自分に言い聞かせて机に向かっていた。
どれくらい経っただろうか、そろそろヘッドホンの音が大きすぎて耳が痛くなってきた。
あ、これはちょっと良くないな。
そう思いながらも勉強が一区切り着くところまでは終わらせてからヘッドホンを外した。
ヘッドホンを外した瞬間の耳の冷やりとした感覚が妙にむず痒い。ヘッドホンのクッションが体温で暖かい。夏が近いせいか汗をかいてちょっと湿っぽくなっている。ヘッドホンをおいてベッドに横になった。
無音の空間。
俺の耳はしばらく爆音にさらされていたので、小さい音には鈍くなっていた。
ぼんやりと外で車が通る音が聞こえてくる。
なんだか少しやりきったかのような達成感があってぼんやりとしていた。
まぁこれが一夜漬けってやつなんだけどな。
自分で自分にそれじゃあ身にならねぇよ、と突っ込みながらちょっとにやけていた。
時計を見るともう夜の十一時になっていた。
我ながらすごい集中力だなと感心することがある。
今日はもう風呂に入って寝よう。そう思って、机の上の教科書を閉じた。




