気になりながらも別の新しい事に惹かれる
翌朝
いつもの時間に目覚めるが、昨日のこともあっていつもにも増して目覚めが悪かった。
朝食は適当に済まして学校へ向かう。
いつもならロックを聞いてテンションもどんどん上がってくるような状態で学校へ行くのだが、今日はそんな気分にもならなかった。
桃香にあってどうしようと、それを考えていた。
結局はただの幼馴染で、あいつがただのおせっかい焼きなだけなのだ。
俺は自由に過ごしたい。
そんな気持ちもあったが、別に桃香のことが邪魔とかそんな風に思う事もなかった。
いろいろ心配して学校まで歩いていたが、何故か地元の駅から学校まで桃香に全く会うことなく学校に着いた。
ここで会わないと校舎も違うのでわざわざ会いに行ったりしないと会うことも無い。
何故だろうか?会わなくてちょっとほっとしていたが、同時に会って桃香の機嫌というか、雰囲気がわからないのが妙に心に引っかかった。
それでも校舎の前でただ立っているのは周りの視線に耐えられない。最後に後ろを振り向いて桃香の影が見えないのを確認して教室に向かった。
教室に着くと望がもう来ていた。若干にやにやしながら、近づいてきて話しかけてきた。
「おはよう、馨くん、昨日の話は覚えているかな?」
「わりぃ、そんな話する雰囲気にならなかった」
「オー、ノー!馨くん、ひどいじゃないか。」
「だから、悪かったって。」
「どうしたんだい?なんか元気ないねぇ、もしかして桃香ちゃんと喧嘩した?」
「まぁな、だからわりぃ、昨日は話できなかった」
「全くしょうがないね、薫くんは。仲良しの幼馴染と喧嘩してブルーだなんて、どれだけ桃香ちゃんが大切だったのか、胸にしみているんだねぇ」
「わかった、わかった。悪かった。」
俺はなんだか恥ずかしくなって、もうこの話題を止めたかった。
「ほら、馨くんはすぐに適当な返事をする。それがどれだけ僕の心を傷つけるか」
「いや、悪かったよ」
俺は、「適当な返事」という言葉を思い出して、昨日の喧嘩を思い出してしまった。そして反射的にもう一度誤ってしまうのだった。
「悪かった、適当な返事をして悪かった、すまんな」
「ほんと、どうしたんだ?馨?いつもなら減らず口叩いてくるのに。やけに大人しいな」
「そうか?いつもと一緒だよ」
俺はなんとなく、桃香の事が胸にひっかかったままだったが、いつも通りと返事をしてやり過ごそうとした。
「だからそれが適当な返事なんだよねぇ、馨くんには理解できないかなぁ。」
「そうか?俺の返事は適当なのか・・・・・・」
俺は「適当」という言葉と言われて少しショックを受けていた。。
「おや?図星なのかな?まぁ、馨は馨のままで良いと思うよ。そのぼんやりとした所も含めてなんでも適当に受け止めてくれるのは馨のいいところでもあると思うよ。」
「それ、褒めてるのか?」
「なんだよ、やけに自身無いのな。気にしすぎなんだよ。そんなに駄目なら俺がもっと言ってるよ。適当にも良い適当と、悪い適当があるんだよ。お前のは8:2くらいか?」
「お前励ます気あるのかよ・・・・・・」
「おっ、いつもどおりの反応ありがとうございます。まぁ嘘を言ったところで馨は喜ばないだろ。俺なりの気の使い方だ。」
望は望なりの優しい言葉をかけてくれた。
俺は「ありがとう」といって、授業に向けて準備を始めた。
授業中、いつもならソフトを打ち込むのが楽しくて止まらなかったが、今日はやけに気が乗らない。
試験範囲を聞いたんだった。
試験勉強でもしてようかとも思うけど、文字が頭に入ってこない。
先生が板書している内容を何気なく見つめてぼんやりとしていた。
心が動揺している。
幼馴染を怒らせただけで、こんなにも自分が左右されている事に驚いている部分もある。いつもなら、と思う事が何故こんなにもねじれてしまったのだろう。
「俺は悪くない」
と思いたいが、俺が悪いのだろう。
普段何気なく会話していた事も、それだけで相手を傷つけてしまっていたかもしれないと、思うと哀しかった。
正直どうしたらいいのか分からない。顔を見てなんて話をすればいいのだろう?今朝会わなかったは、桃香が俺に会いたくなかったからなのだろうか?
俺から連絡をとるべきなのか?
否、連絡をとるにしても少し早い気がする。
いや駄目だ、こういう時は時間を空けない方がいいんだ。
でも、どうやって話を振ればいいのだろうか・・・・・・。
結局良い案なんて思い浮かばない。
そう考えている間に、時間は過ぎて一日終わってしまった。
望は「気にしすぎた。試験勉強しないとミスター平均点にすら慣れないぞ」と言って多少気遣ってくれたのか、所々で声をかけてくれていた。
帰り道、電車に揺られてぼんやりと外を見ていた。
すると急に声をかけられたものだから「びくっ」っとしてしまった。
「やぁ、馨くん、また電車の中で会ったね。」
振り返ると己雪さんがいた。
「今日は電車の中で話しかけてくれるんですね。」
「そうだね。昨日は電車の中で話しかけるには少し勇気が必要だったからね」
「その割りに腕を掴んできたり、結構大胆な所もあるんですね」
「それは馨くんが人の話を聞かないで歩いていっちゃうからだろう」
「それは失礼いたしました。」
「行き先は同じなんだ。声をかけるくらい普通だろう。それとも電車の中で見かけたのにもじもじして話しかけないでこっそり君の事覗いている方が良かったかな?」
「それは勘弁してください。」
俺は少し半笑いして答えた。
「今日は制服なんですね」
「そりゃあ私も学生だからね。私は西中の二年生だ。」
「俺は東中の二年生です。同級生だったんですね。」
「そうだね。君が後輩だったらビシバシいっていた所だったのだが、少々やりづらくなったな」
巳雪さんは顎に手を当ててちょっと悩ましげな顔つきになった
「今更何言ってるんですか、お互い同級生なんですから仲良くやりましょうよ」
会話をしているとすぐに時間が経って、リベラまで着いた。昨日と同じようにコーヒーを注文する。ほどなくし席まで運ばれてくる。
巳雪さんは少し真面目な顔つきになり、エフについての話を始めた。
「さて、馨くん。昨日は良く眠れたかな?」
「そうですね、ちょっとあって、疲れきってぐっすり寝ましたよ」
「おや、エフとか別の世界を見せられて眠れない夜を過ごしているのではないかと思ったけど、いらない心配だったみたいですね。」
「そうですね、そんな事考える余裕も無かったですね。」
そういいながら、桃香の顔を思い浮かべていた。
「では、エフについて話を続けよう」
「エフは一度アクセスすると、エフと君との間に新しい繋がりができる。その繋がりは切る事はできないし、断ち切ろうものなら君は精神と肉体が切り離される事になるだろう」
俺は少しごくりと唾を飲み込んだ。
「まぁ、そう断ち切れるものでもないし、一度できたものはうまく付き合っていくしかない。使い方によっては便利な事もあるしな。他人が持とうとしても持てない能力を身に着けたんだ。別に悪い気はしないだろう?」
「まぁ、そういわれると、ちょっとお得な気がしますね」
「悲観的に考えてくれなくて助かるよ」
そう言うと己雪さんHコーヒーに手を伸ばした。
「エフは人のイメージが作り出した仮想世界とでも言えるだろう。私はエフには目を閉じてアクセスするが、それは今見ている世界とイメージを別にして集中するためでもある。」
「集中ですか?」
「そうだね、エフに意図的にアクセスするためには精神を集中して、エフと自分とのつながりを伝っていく必要がある。まずは自分の中にあるエフにアクセスすることから始めよう。」
「自分の中のエフですか」
「そう、自己理解というか、自分自身の内面と対峙することでEFとの繋がりを探すのだ」
「ん~、言葉で言われるだけだと、どうしたらいいのか」
「そうだね、君は自分の部屋はあるかな?」
「ありますよ」
「では、目を閉じて想像するんだ。自分の部屋にいる自分を、それを見ている自分を。客観的に自分が何をやっているか」
俺は目を閉じて、自分の姿を想像した。
俺はいつも何やっていたっけな?
部屋にいる自分、机に座っている。体は斜めだ。あぁ、骨盤がゆがみそうな悪い体制しているなぁ。大体はいつも一緒か、ヘッドホンをつけて、プログラムをひたすら打っている。
他にやる事無いのかよと思う。
「想像できたかな?」
「そうですね、部屋でやってることなんていつも一緒なので」
「そうか、まぁみんなそんなもんだ。では次に家全体を思い浮かべるんだ。別に人は君ひとりで構わない。」
俺は自分の部屋を基点に家全体を思い浮かべた。
外の廊下、両親の部屋、リビング、キッチン、風呂、トイレ、玄関・・・・・・、あぁ駄目だ、リビングが消えてしまった。
「ん~、なかなか難しいですね」
「はは、ちょっと広すぎたかな、でも君はエフに一度アクセスしたんだ。それくらいの空間把握はできるはずだよ。一度視点を落として家の中を自由に歩き回るイメージで考えてみるんだ。」
「はい、やってみます」
また目を閉じて想像の世界に入る。部屋にいる自分、そこから視点を落として部屋の外にでる。廊下を伝って一階に降りる。
リビングのソファに触れながらキッチンに移動する。
冷蔵庫の中は…、やめておこう。細かすぎる。
流しを見ると飲みかけのコップがおいてある。そういや昨日片付けなかったな。
次は風呂へ移動する。
昨日の夜のまま、桃香から電話がかかってくる前に入っておいて良かったな。そのままトイレを覗いて玄関まで来る。
これで部屋は回ったかな?
「家の中を歩き回りました。」
「そうか、君は飲み込みが早いな」
目を閉じているので己雪さんがどんな顔をしているのか分からない。
俺はどんな顔をしているだろうか?
喫茶店で相手を目の前にして目を閉じているとか、ちょっと間抜けというか失礼な光景だろうなぁ、と自分の家を思い浮かべながら考えていた。
「では次に、もう一度視点を上の方に移してみよう。」
俺は言われたとおりに今まで歩いていた家を上の方から眺めてみた。
家の屋根しか見えない。
というよりこんな屋根だったっけ?
まじまじと屋根なんか見た事無かったけど、こんな屋根だったような気もする。
「屋根が見えます」
そう思わず言ってしまった。
「あのなぁ、馨くん。今まで家の中を歩き回っていたのにどうして屋根になっちゃうのさ。確かに視点を上に移してとは言ったけど、家の中をみてほしかっただけだよ。」
俺は一度目を開けて、己雪さんの方を見た。己雪さんは笑っていた。
「すいません、思わず自分が上に上がって家を見てしまいました。」
ちょっと照れ笑いをしながら答える。
「馨くんは面白い人だね。」
「いや、そんな事はないです。」
「じゃあもう一度やってみようか。屋根を見てもいいけど、その後家の中も見てね」
「はい、家の中ですよね。」
俺は再び目を閉じて想像を始めた。
家の中にいる自分、部屋の調度品、自分がものを落としてつけた傷も見つける。自分一人しかいない家の中はちょっと薄暗く一抹の寂しさを感じた。
俺は家に一人でいても寂しくないのだろうか?
眼鏡を通して映し出されたデバイスを操作してソフトを作っているのだろう。
眼の焦点は手元と正面と行き来していた。桃香も俺の事をこうやって見ていたのだろうか?家の中を想像しながらいろいろと考えていた。
「どうかな?できたかな?」
眼を閉じたままずっと黙っていたので巳雪さんが聞いてきた。
俺は目を開けて巳雪さんの方を見ながら答える。
「そうですね、家の中は想像できました。」
「そうか、君は空間把握がうまいようだな。今日はもうこれくらいにしておこう。また明日も来られるかな?」
「えぇ、よろしくお願いします。」
「試験前ですけど、巳雪さんは大丈夫なんでしょうか?」
「私?私は平気だよ。これでも学年一位の成績だからね。」
ちょっと照れたように巳雪さんは答える。
「すごいですね。俺なんか友人にミスター平均点とか言われているんですよ」
「はは、馨くんはミスター平均点なのか」
「えぇ、いつも適当に平均点くらいの勉強しかしないので」
「今回もそうなのか?」
「そうですね。そこそこやって平均点取れればいいと思ってます。」
「まぁ、そこは考え方次第だからね。今回の試験も平均点狙いなのかな?」
「そうですね、それ以上頑張るつもりないです。己雪さんは今回も学年一位目指すんのでしょうか?」
「まぁ、特別何かやっているつもりは無いのだけどね。」
「そうなんですか?それで一位ならすごいですね。」
「馨くんは平均点程度とかいってないで、やればもっとできるんじゃないのかな?口調からは随分余裕がありそうに感じるけど」
己雪さんが目を細くして聞いてきた。
「どうでしょうね?そんなやったことないから分からないです。」
「一度くらい挑戦してみる事をお勧めするよ。それとも私が家庭教師をしてあげようか?」
ちょっと意地悪そうに巳雪さんが言ってきた。
「そうですね、考えときます。」
俺はそういって、苦笑いをした。
「それじゃあ、また明日ここで、今日家の中を想像して曖昧だった所は見直してきてね。具体的にイメージできるようには本物をちゃんと知らないとね。」
「分かりました。また明日お願いします。」
そう言ってリベラを出て帰路についた。




