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不思議な体験

 学校帰りに電車の中でイヤホンをつけて音楽を聴く。窓の外を流れる景色を見ながら夏休みどうしようか考えていた。


 大量に出るであろう宿題を終わらせる事がまず浮かんだが、それはひとまず置いておこう。寝かせて熟成させた方が価値が増すのだ、

 それに俺が本気を出せばすぐに終わる。

 なんて下らない事を考えて一瞬心の中でにやけてしまった。


 こういう時は顔に表情が出ないか一瞬気になってしまう。

 大丈夫だ、口元の乾き、筋肉の緊張具合は何も変わっていない。


 俺くらいの妄想の達人になると自分のにやけ具合もコントロールできるのだ。

 なんてまた下らない事を考えている。

 この妄想へきはどうにかしたいな、と思いつつ十四年間で築きあげられたこの性格はそうそう変えられるものじゃないよな、自分を理解してそれでもやって行くしかないと、十四歳にして人生を達観していようとか考えている。


 そんな事は、どうでもいい。

 顔がにやけるのは困るが、今考えようとしている事とは関係ない。

 今考えるべきは夏休みのことだ。


 一ヶ月間も毎日だらだらしていたらさすがに時間が勿体無いし、ただの灰人になってしまう。ネトゲでもハマるものなら散々たる事になりだろう。

 クラスで流行っているネトゲのグランドスカイもほどほどにしておこう。

 同じクラスにいるゲーマーの天野は夏休みの間にカンストキャラを三体作るといきまいていたが、あいつはそれで夏休み終了したな。


 親父の田舎にでも行くか、行っても爺さん婆さんに会うだけで何かがあるわけじゃないしな、行っても数日だろう。畑の手伝いにいくのも、山に散策に行くのも、小学生の頃に行き飽きた。

 たまに入ってもいいかもしれないが、懐かしいだけで、特に用があるわけでもないのに行動するのは好きじゃない。


 そういえば桃香が何か用がありそうな雰囲気を出していたな、後で聞いてみるか。

 でも忘れそうだからメールくらい打っておくか、携帯を取り出して「朝言っていた事、夏休み何かあるのか?」と一言だけメールを打った。

 期限を直してもらわないと望の話もするにできないし、試験範囲を聞きそびれたせいで偉い目にあったな。


 それから電車に揺られながら瞳を閉じて考えていた。

 どれだけの時間が過ぎただろう。

 ふと、瞼の裏に人影が見えた。

 こちらをそっと見つめている。

 どれぐらいだろう距離にして10mはあるだろうか?


 目を開けて周りを確認しようとする。

 外の光を受けて一瞬目くらましを受ける。

 まぶしくて瞼を閉じたその時に、はっきりと見えた。

 草原の中で一人の青年がこちらを見ている。

 同い年くらいだろうか、黒いブラウスに黒いスカートを着て白い帽子をかぶっている。

 細い体つきで白い肌に大きい目をしていた。


 一瞬風が吹いて帽子が飛びそうになる。

 帽子を押さえるその仕草に愛らしいものを感じて思わず見蕩れていた。

 こちらの視線に気付いたのか彼女はこちらに向かって歩いてきた。

 目を開けて周りを見ようとしていた反射の動作だったので、そんなに長い間目をつぶっている事もなく無意識に目を開けていた。


 明るさに慣れていないで瞬きをしながら周りを見る。

 さっきいた彼女はいない。

 もう一度目を閉じてみる。

 そこはただの暗闇で誰もいなかった。


 いったいなんだったのだろう。一瞬の出来事だったと思うのだがやけに長い時間のようにも感じた。不思議な感覚に困惑を覚えながらもただの妄想だったのだろうと思う事にした。


 俺の深層心理が恋人でも欲しているのだろうか、確かに電車の中を見ればカップルがどこかデートに出かけるのかパンフレットを一緒に見ながら話をしている。


 そんな光景は別にいつでもあるだろう。そんな事に触発されて自分を見失うほど俺は落ちてしまっていたのか。

 別に女性と話をしないわけじゃない。魅力を感じない事もないし、肌が触れ合えば恥じらいを感じる事もある。


 でも相手を気遣って、好みを気にして、デートプランを考えて、メールの返事が無い事に揺れる様なそんな関係は面倒と思ってしまう。何が良くて相手の調子に合わせないといけないのだろうか?


 俺は我が道を行く。

 亭主関白と呼ばれるやつなのかもしれないが、別に相手がいたとしても相手を縛るつもりはない。求められて要求される事で満たされるのなら余所でやってほしい。

 お互いに自由にやればいいじゃないかと思う。


 そんな事を考えてぼーっとしている間に降りるを通り過ぎてしまった。

 「しまった」と思い通り越した次の駅で慌てて降りた。


 さて反対車線に行って戻らないといけないなと思ってため息をつきながら階段を下る。階段を下り終わる頃に後ろから話しかけられた、そんな気がした。


 「ちょっと・・・・・・」


 イヤホンを耳にして爆音でロックを聞いていたので良く聞き取れない。

 でも面倒な感じがするので何も聞こえなかったふりをしてそのまま行こうとした。


 そう、話しかけられた、


 そんな気がしただけなのだ。


 俺ではないだろう。


 知り合いは周りにいなかった。


 自分じゃないのに振り向いたら恥ずかしいし、俺ではない。


 そう思って歩みを進める。


 しかしもう一回、呼び止める声がした。


 俺のことか?もう一度考えよう。いや知り合いは電車にはいなかった。気づかなかっただけかな?でも俺の知り合いなら電車の中でも話しかけてくるはずだ。俺以外の人に話しかけているのだろう。

そう思ってそのまま進んだ。


 すると今度は腕をつかまれて顔を見ながら何か言っている。

 俺に用事があったのか?


 というよりこの人誰だ?


 腕をつかまれて、ロックを聴いているのを邪魔されて、ちょっとイラっとした。


 しかし話がはっきりとは聞こえないのでイヤホンをはずした。


「ちょっと、何回も話しかけているのに全然気付かないのね。君、さっき私のこと見たでしょ、この駅で降りるの?ちょうどいいわ、ついてきて」


 びっくりしてあっけにとられてしまった。服装は違ったが、良く見るとさっき目を閉じた時に見えた彼女と顔は同じだった。


 はっ、として周りを見る。


 変な人がいるという感じに他の通行客達が冷たい視線を送ってくる。

 まぁ送られるのは冷たい視線だけでこちらに危害を加えるな、関わらないようにしようというオーラも伝わってくる。


 ここでやりとりをしても良いが、社会の立場上、男と女なのでここで口論すると圧倒的に俺が不利だ。面倒なことになりそうな気がしたが、ここで騒がれるのはもっと困る。まぁ痴漢とかスリに間違われているわけではなから警察に突き出される事はないだろう。そう考えたのでとりあえず彼女の後についてここを離れることにした。


「分かりました。どこにいくのでしょうか?」

「駅を出たところにリベラという喫茶店があるからそこで話をしましょう」

「分かった、分かったから、腕を放してくれないか?」

そういうと彼女は顔を赤らめて、

「あなたが通り過ぎようとするからいけないのよ」といって放してくれた。

「悪かったよ、音楽を聴いていて気がつかなかったんだよ、ところで人を捕まえて何のようなんだい?」


 知らない人を捕まえていきなり怒ってくるとは、納得はいかないが、なぜ俺を引き止めて何をするつもりなのか、そこが一番知りたかった。

「リベラに着いてから話すわ、それともさっきみたいに腕をつかんでいる方がいいかしら?」

悪い笑いを浮かべながらそう返事が返ってきた。


 この野郎と思ったが、面倒になるのは嫌だった。幸いなのか、ぼーっとして乗り過ごしたせいで今いる駅は地元と一駅離れてるから知り合いにあう可能性も低い。とりあえず彼女の後についてそのままリベラまで行くことにした。


 駅を降りて200,300メートル歩いた所にリベラはあった。


 自分が降りる次の駅とは言え、ほとんど来たころがなかったのでリベラという喫茶店は初めて入る。

 南向きのガラス窓から太陽の光が入ってくる席もあったが、ほとんどは眩しすぎない程度の光が窓入ってきて、過ごすには程よい場所になっていた。


 彼女は店に入ってごく自然と奥の方にある空いている席に座った。俺がその向かいに座ると、店のウェイターがやってきた。

「いらっしゃいませ、お水をどうぞ。ご注文はお決まりですか?」

そう言って、こちらの顔を伺ってきた。


 「君はコーヒーでいい?」と彼女が聞いてきたので「あぁ、」とうなずいて答えた。

 そのまま「本日のコーヒー二つ、サイズはMで」といって注文を済ませた。

 ウェットティッシュで手を拭き、水を一口含む。

 客は多くなく、店には食べ物とコーヒーの匂いが漂っている。店長は背が高く少し初老の男性だ。俺も朝見たサラリーマンのようにパソコンを打っていれば仕事をしている様になるのだろうか?そんな事を考えながら少し周りを見ていた。


 ほどなくコーヒーが運ばれてきて、そこから会話が始まった。

「突然呼び止めて悪かったわね。私は富山 己雪といいます。今は制服を着ていないけどあなたと同じ学生よ。少しあなたに興味が湧いてね。話をしてみたくなったの。あなたは?」


「俺は千葉 馨です。あなたは私のこと見てたでしょ、とおっしゃいましたけど因縁つけられるような視線を送った覚えはないんです。なぜ俺は引き止められたのでしょうか?」


「まぁ、そうね。ちなみに私を見た覚えはちゃんとあるのね?」

「いや、見たかどうか微妙です。あなたに似た人は見た気がしますが、同一人物とは思えないです。服装は違いますし、今思い返してみても電車の中を見渡した時に、あなたはいなかったと思います。」


 俺はありのままを話す。こっちは何も悪くないのだ。そう思いながらも、疑り深く相手の回答を待った。


「服装は確かに違うわね。君のみた人は黒い服に白い帽子を被ってなかった?」

 そう言われてちょっとどきっとした。


 確かに顔は同じだけど、一瞬しか見ていない。


 でも目を開けて電車の中を見渡した時に彼女はいなかった。


「確かに黒い服に白い帽子をかぶった人を見ました。でもそれがあなただとは思えないです。」

そう言うと、彼女は納得するような表情を浮かべてコーヒーを一口飲んだ。それから少し悩んだような顔をしながら

「君は、まぶたの裏にある世界を知っているかな?」そう言った。


 この人は何を言っているのだろう。


 瞼の裏にある世界なんて良くわからない。


 困惑した顔をしていると、更に言葉を重ねてきた。

「君はもう、その世界を見たはずだよ。だから私を見つけたのよ。誰にでもある世界だけど気づけるのは一握りの人達に限られる。どんな条件があるのかははっきりとは分かっていないけれども、少なくとも君はその該当者にはなっているようね。」


 「目を閉じた時に見えた女性があなただと言うのでしょうか?」


「そうね。私はあの時、隣の列車に乗っていたけど、瞼の裏の世界を通して回りを見ていたのよ。瞼の裏の世界、エフと呼んでいるわ。人はそれぞれ世界を持っているのよ。自分が主人公の物語を構成して内に秘めているの。今いる現実とは別に、個人が持ってる世界が他人と繋がってより大きな銀河のようなネットワークを形成しているの。だいたいの人はその存在に気づかずに、目の前にある現実を見ているけどね。」


 そこまで言うとコーヒーを更に一口飲んだ後、俺の事を指差してきた

「自覚は無いかもしれないけどあなたにもちゃんとあるわ。」

「どういう理由かは分からないけど、エフにアクセスできる人が一定の割合で産まれてくる。だいたいは産まれた時か、1~2歳までにエフにアクセスしてくるからエフにいれば新しくきた人はだいたい分かるわ。そしてエフにアクセスできる人で地域ごとにネットワークを作っているのよ。この界隈でアクセスできる人はみんな知っている人よ。」


「だからあなたに発見されるとは思ってもいなかったのよ。」

そう言うと彼女は少し恥ずかしそうに笑った。


「極まれに無意識にエフにアクセスできるようになる人がいるとは聞いていたけど、あなたみたいな人だったのね。だから君と目が合って見つめられた時はとてもびっくりしたわ。でも一瞬だけだったわね。あの後、あなたはいなくなって、探したけど見つからなかった。あれだけお互いに目が合っていたのにいなくなるなんて、ただこっちの世界に慣れていないだけだとすぐに分かったわ。だから直接会って話がしたかったの。位置はだいたい分かるから電車に乗ってキョロキョロしている姿を見るとあなたしかいないと思ったわ。」


 電車の中でキョロキョロしていた姿を思い浮かべて少し恥ずかしくなって俯いてしまった。


 それに瞼の裏にある世界と言われても、やっぱり信じられない。


 確かにあの時みた彼女は今目の前にいる富山 己雪という女性と瓜二つで、同一人物なのかもしれないが、納得する事はできなかった。


「いきなりそう言われても急には理解できないです。そんな瞼の裏に世界がある事も、その世界がどんな世界なのかも分からないです。一握りの人にしか見る事はできないとか、俺がもうその世界を見ているはずだと言われても、やっぱりただの妄想だとしか思えないです。」


「君は頑ななのだな。」

 そう言って彼女はちょっと困った顔つきになった。


「そういう程度の話ではないと思いますが・・・・・・、大抵の人は信じられないと思いますよ。個人の妄想だと言うでしょう。」

 困った顔つきになりたいのはこっちだ。この人はなんなのだろう?新手の宗教の勧誘か?

「では私が今からエフ行って君の世界をのぞいて来よう。そうすれば君の考えている事がだいたいわかる。そうだな、試しにこの店のメニューの中から好きなものを選んでくれないかな。それを迷った所から全部当ててみよう。」


 そういって富山 己雪さんは目を閉じ始めたので俺もメニューを広げた。

 それにしてもこんな変なことを言う人じゃなきゃ綺麗な人なんだけどな、体は細いと思ったけど  ちょっとぽっちゃりしてるのかな、ほっぺが柔らかそうだ。


 駄目だ、俺は最低だ。何考えてんだ。学生と言っていたけどどこの学校の人なんだろう?隣の駅に住んでいるという事は同じ学校の可能性もあるんだけど、見たことないなぁ。違う学年なのかな?そう思ってメニューの上から目を閉じている彼女の顔を見つめていた。


 すると彼女は目を開けて

「あのねぇ、君。人の顔を見ていないでメニューを選んでくれないかな。そんなに見つめられちゃ恥ずかしいじゃないか」


 そう言うとメニューを広げて顔が見えないようにしてしまった。

 俺はしまった、と思いながらメニューを選び始めた。


 何でもいいのか?


 喫茶店のメニューなんて大した量はないからな、当てるといっても大分範囲が狭いよな。サラダ、サンドウィッチ、ページをめくっていく。この店はデザートのメニューもいっぱいあるな。女性だから甘いもの好きなのかな?それだとデザートメニューは分かっていそうだな。


 そう思いながら最後のページを見ると、コーヒーの豆の種類が書いてあるページを見つけた。

「あなたのオリジナルブレンド」とか自分の好きな豆を好きな割合で混ぜてくれるらしい。なかなか無いサービスかもしれないが、素人にはどうやって混ぜればいいのかよく分からないだろうなぁと思った。いろんな産地の豆が書いてある。


 これはメニューを考えるだけなのだ。別に豆を選んでおいしさを求めるわけじゃない。規定メニューには無いオリジナルメニューを考えたのなら正解するなんてできないだろうと思った。

俺はグァテマラとエチオピア豆を7:3でブレンドする事にした。


 そこまで決まると彼女はメニューを閉じて目を開けた。

「ようやく決めたね、君は結構メニューを選ぶのに迷うほうなんだね」


 人の事を優柔不断とでも言いたいような目をしてこっちを見ている。

「当てられない答えを探すのですから、慎重に選んでいたんですよ」

「まぁいいわよ、結論から言うとあなたが選んだメニューはグァテマラとエチオピア7:3ブレンドね。君は酸味のあるコーヒーがお好きなのかな?」

「それにコーヒーのメニューに行くまで、サラダ、サンドウィッチ、デザートのページをみて私が甘党かどうか勘ぐっていたわね」


 メニューを当てられてしまった。


 それにその過程も当てられてしまった。

 良く注文されるブレンドなのだろうか?

 いや、だからといって当てられるものなのだろうか?

 それにメニューをどうやって選んでいたのかも当てられてしまった。

 それはページ順にめくっていっただけだから誰でも当てられるだろう。

 選んだ時に無意識に声に出していたか?

 いや、唇は乾燥してくっついたままだ。声は出していない。

 それとも顔の表情か?でも目を閉じていたからこっちの顔色をみるなんてできないはずだ。


 びっくりするのと同時に、考えている事を当てられた不気味さに思わず苦笑いしてしまった。

「いや、豆の事はよく分からないです。決めたメニュー、過程も当たっています。どうして分かるのですか?そのエフにアクセスすれば人の考えている事が読めるのでしょうか?」

「そうだね。君がメニューをまじめに見る前に人のことぽっちゃり系とか思っていたのもちゃんと分かっているよ。そんなに太って見えるかな?」

 若干、怒ったような顔つきをして最後の一言に「びくっ」とした。


「ごめんなさい、ごめんなさい」

 とりあえず誤っておこう、怒らせて面倒な事になるのは避けたい。

「別にいいの、自分でも分かってるから、別に口に出して言われた分けじゃないしね」

 彼女は冷静な顔をしてそう答えたあと、カップにあるコーヒーを飲み干した。

「それじゃあ、早速君の選んだメニューを注文してみようかしらね。どんな味になるのかしら?オリジナルブレンドは五杯分頼まなきゃいけないのよ。決めたのは君なんだから、一緒に飲んでね。」


 そういって彼女は俺がぼーっとして、気持ちが立ち返る前にウェイターへの注文を終えた。

「いや、注文するなんて思っていなかったから適当なブレンドですよ。いいんですか?」

 はっ、として「本当にその注文でいいのでしょうか?」と聞き返した

「いいのよ、変なブレンドだったら店長が聞きなおしてくるわ。それに同じコーヒー豆だものそこまで変な味にはならないわよ。」

 そういって彼女は笑った。

 俺のコーヒーカップにはまだ残っていた。少し冷めてきてしまっていたので「ぐいっ」と飲み干した。俺はオリジナルブレンドの出来よりも、どうして自分の考えている事が分かってしまったのか、それが不気味だったし、知りたかった。


「どうして俺の考えている事が分かったのでしょうか?」

「それはあなたのエフにアクセスしてあなたが考えている事を聞いていたからよ。」

「エフの世界は人それぞれあるわ、そして個人の中では現実の世界ともリンクしてるの。頭の中で考えている事は、エフの世界のあなたも喋っているのよ。この場合、瞼の裏とか、エフとか言って入るけど、頭の中で考えている仮想世界とでも言った方が分かりやすいかしら?」


 頭の中で考えている仮想世界、そんなもの俺は考えているのだろうか?それよりも頭で考えている事が覗かれるのはやっぱり気持ちのいいものではない。

「そしたら、今でも俺の考えている事は全部筒抜ってことですか?」

 俺は大分緊張した顔になっていただろう。少し冷や汗をかきながら聞いた。

「いつでも、という分けにはいかないわね。目を閉じてエフの世界にいかないと考えていることなんて分からないから。普段話している分には相手の目線や動作から推察するのは普通の人と一緒よ。少しは安心した?」


 俺はちょっとほっとして、少し緊張がほぐれた。

「それに、エフで言っている事が必ずしもその時考えている事と等しいとは限らないのよ。人の考えは何重にも折り重なっている事もあるの、考えていく中でいくつも選択肢が出てくる事もあるでしょう?エフにアクセスしてもそれが全て把握できるわけじゃない。まぁ訓練でそうした事もある程度理解できるようにはなるけどね。」


 そこまで話した所で、オリジナルブレンドのコーヒーが出来上がってやってきた。

 少し酸味とコクのある、それでいて多少甘みがある感じがした。我ながら適当に言ったけどおいしいものだなと思った。一口飲んで彼女の顔を見る。コーヒーを飲んでまんざらじゃないような顔をしている。

「おいしいわね。なかなかのブレンドじゃないの?こういう味嫌いじゃないわよ」

「お気に召されたようで。良かったです。」


 俺は少しほっとした。まぁこれを五杯は飲まないといけないので、美味しくなかったらどうしようかと一瞬どきどきしていた。

「どう?エフには興味湧いてきた?あなたもエフにアクセスできる力はあるはずよ。」


 そう言われてびっくりした。なんとなく目を閉じてみる。エフとは何なのだろう?目の前には暗闇しかなかった。かすかに光の残像がフラッシュして何か見えたような気がしたが、電車の中で見たような草原は見えなかった。


「ふふっ、興味ありそうね。今までエフには関わってこなかったのだから、そう簡単に見る事はできないと思うわ。明日の放課後は空いているの?」

「えぇ、まぁ」

「それなら明日もここで話をしましょう、一応私の連絡先を教えておくわ。あなたの連絡先を教えていただけるかしら?」

お互いに携帯を出して連絡先を交換する。

「ペン型の携帯なんですね。ペン型なんて珍しいですね。」


彼女の出した携帯がは珍しいペンの形をしていたので思わず聞いてしまった。

「そうかしら?それなりにファンはいるものよ。使ったことある?」

「いや、俺はタッチパッドのしか使った事ないですよ。ペン型は使いこなすまでに時間がかかるっていう話ですし、なんだか無くしそうで」

「そうかもね。でも慣れれば使いやすいわよ」

 そういって彼女はペンを器用にくるくると指の上で回してみせた。

「お互い連絡先も交換した事だし、私のことは己雪と呼んでいいわ。」

 彼女はこちらを見て笑顔で自分の名前を口にした。


 俺は一瞬ためらいながらも、

「俺は馨でいいです。よろしくお願いします。己雪さん。」

 ちょっと強張った感じの、照れて少しうつむき加減に答えた。

「あら、さっきまで威勢が良かったのに、意外に照れやさんなのね。」

「じゃあね、馨くん、今日話したEFの話は他の人にはむやみに話さないでね。話をしてもあなたが頭のおかしい人と思われるだけかもしれない。人の考えてる事を覗けるなんて言ったら気味悪がられるわよ。人によっては薬物をやってるんじゃないかと疑う人もいるでしょうね。」


「もう、こっちがそういう風に思っていますよ。」

 そういって少し冷たい視線を己雪さんに送ると

「あなたももうこっち側の人だから、どうこう言えないわよ。一度EFにアクセスできるようになると、何もしていなくてもEFとあなたとの距離がどんどん縮まるわ。意識してEFにアクセスできるようにコントロールできるようにならないと辛いわよ。それに使い方を間違えると精神が崩壊しておかしくなる場合もあるの。無自覚に深入りして取り返しのつかなくなる前に訓練しましょう」


 そう言われてちょっと、俺は怖気づいてしまった。

「まぁそう、怖がる必要も無いわ。私がみっちり教えてあげる。」

「なんで見ず知らずの俺にそうしてくれるんですか?」

 巳雪さんの言葉が優しさから来ているのだと感じたが、その優しさが逆に怖かった。

「エフにアクセスできる人は、ほんとに限られているの。秘密を共有できる数少ない友人を見つけたから、ってところかな、それにせっかく友人になれそうな人を見つけたのに勝手に精神崩壊されるようじゃ、寂しいからね。」


「ありがとうございます。」

 俺はまだ今の状況が良く分からなかったが、とりあえず巳雪さんは悪い人じゃなさそうだ。これからお世話になるかもしれない、と思い感謝の気持ちを伝えた。

「今日はもう遅いわ、そろそろ帰りましょう。家はどっちなの?」

「隣駅の方です。」

 ぼーっとして乗り過ごした事は少し恥ずかしかったのでなんとなくぼかして伝える。

「そう、じゃあ私とは逆方向ね。今日のお会計は私のおごりにしとくわ。」

 気づくと五杯分あったはずのコーヒーポットは空になっていた。


 そんなに時間が経っていたのだろうか?陽はもう傾いて空は茜色に近づいていた。

「いえ、結構頼んでいますし、ちゃんと払いますよ。」

 俺は社交辞令的に財布を取り出しお金を出そうとする。

「いいのよ、今日は私が出すわ」

 もう一度、巳雪さんは同じことを言ってお会計を済ませて、店をでた。

「また明日ね、馨くん、もしEFにアクセスできたとしても長居しないで目を開けるようにね」

そう言い残して己雪さんと別れた。


 とりあえず今日は家に帰ろう。もっと早く帰るつもりだったのに遅くなってしまったな。正直エフとはいったいなんなのだろうか、明日も会って話を聞くのだから、何を聞くのか少し考えとかないと。そう色々と考えながら帰路に着いた。

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