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夏休みの一時

 家に帰ってから己雪さんに電話をした。

「己雪さん、今日はありがとうございました。」


「本当、あそこで止められて良かったわ。ハルちゃんにお礼はいった?」

「はい、本当ありがとうございます。」

「一つ聞きたいのですが良いですか?」


「何かしら?」

「橘も俺も、現実の世界で暴れていたようです」

「そうね。エフであれだけ暴れていたんだもの」


「分かっていたのですか?」

「そうね、エフと現実のあなたは繋がっているわ。現実のあなたの心が揺らげばエフの中のあなたも揺らぐ。逆にエフの中のあなたが揺らげば現実のあなたも影響を受けているのよ」


 俺は己雪さんの言葉をかみ締めていた。

「怖いですね」


「そうよ」

「エフの世界は他人とも共鳴するわ。共鳴するだけでなく相手に影響を与えることもあれば、影響を受ける事もあるわ。だから他人のエフを交わる時は最新の注意が必要よ」

「まぁ、私が教えなくてもエフの怖さを実感したのね。」


「そうみたいです。」

「でもまだまだいろいろな事があるわ、一度アクセスできるようになったらもう一生うまく付き合っていくしかない」

「はい」

「軽はずみな行動は気をつけることね。」

「すいませんでした。」

「それじゃあまた、いろいろな事を教えてあげるわ。かおるくん。」

「よろしくお願いします。」

「それじゃあ、おやすみなさい」




 次の日学校に行くと橘の噂は学校中に広まっていた。

 望が俺を見つけると飛んできた。

「お前昨日殴られたって本当か?」


「もう知っているのか?」

「そりゃ構内中その噂で持ちきりだからな。」

「桃香ちゃんは無事か?」


「あぁ、あと昨日海の話OKもらってきたから」

「おぉ、なんてタイミングで話をしてくるんだよ」

「場所の選定とか、セッティングは任せた」

「任された」

そう言って望は満面の笑みを浮かべた。


「そういや柚子ちゃんは・・・」

「誘ってもらうように頼んでおいたよ」

「さすが馨くん、違いますね」

「さて、望くん、」

「今日試験の結果が返ってくるわけだけど」

「そういえばそうだったね。」

「君はどうだったのかな?」

「いや、まぁ。サイコロの神様が知っているよ」

「まぁ、結果が楽しみだねぇ」

 俺はちょっと意地悪気味に言ってみた。


「なんだよ。ミスター平均点のわりにえらそうだな」

「まぁ、今回は少しがんばったからな」

「付け焼刃程度でどうにかなるなら苦労しないよ」

 そういいながら試験の結果を待った。


 結果はというと・・・・・・

「ねぇ、ミスター平均点さん。今回はどうしたんでしたっけ?」

「もちろん平均点狙いに決まっているじゃないか」

 俺はいつも以上に頑張ったつもりでいたが、あえなく惨敗していた。


「ふふふふふ、これはいいネタを頂きましたね。」

「うるせぇよ。今回平均点が高かっただけだよ」

「あら。馨さん。そういうのは良くないなぁ」

 望の茶番は続く。

「俺は今回は頑張ったよ」、そう言った人達に対して俺はなんて言おうか頭が痛い…




 夏休みに入り俺と桃香、望、柚子ちゃんは海に来ていた。

「さすが望。いい場所見つけたな」

「ふふふふふ、もっと褒めていいよ」

「馨はまた何もしてないのね」

 桃香が俺の事を白い目で見てくる。


「こういうのは分業がいいんだよ」

「あら、馨は何を分業してくるのかしら?望くん、馨が分業してくれるっていうから荷物全部持ってもらいましょう」

「あら、悪いね馨くん」

「よろしくね、馨くん」

「はい、これ」

「おい、はい、これって持ちきれねぇよ。ってか分業ならお前も持てよ」

「何をいってるのよ。私と柚子ちゃんの水着姿拝むのにこれでいいと思っているの?」

「柚子ちゃんはともかくお前の水着姿なんか見飽きているよ」

「あら、じゃあ馨には見せてあげない」

 なんだよ、全く。


 俺は両手いっぱいの荷物を持って砂浜に降りていった。

 いろいろ言っていたわりには、みんな楽しんで遊んでいた。

 望は柚子ちゃんと遊ぶのがどうやら至極幸せのようで、終始満面の笑みを浮かべていた。


 遊び疲れて夕暮れが近づく頃、俺と桃香は堤防の上を歩いていた。

「ありがとうね」

 急に桃香が言った。


「なんだよ。あれだけ荷物持たせておいて」

「違うわよ。」

「えっ?」

「橘のこと。」

「あっ」

 俺はそう言って黙ってしまった。


「私ね。橘に無理やりキスされたの。」

「そうか」

 俺はただ聞いて受け入れる事しかできなかった。


「あいつの事は全然好きじゃなかった。でも逃げられなかった」

「そうか」


「だから馨が部屋に来て橘に向かっていってくれた時はうれしかった。」

「そうか」


「私だいぶ荒れていたでしょ?」

「そうだな、あの時の電話はきつかったよ」


「だからね。お礼」

 そういって桃香は俺の頬にキスをした。


「おいっ…」


「高いからね」


桃香はいつも頬を指で差してくる時のような笑みを浮かべていた。

俺は動揺していた。

でも体は先に動いていた。

後ろを向いた桃香を呼び止める。


「桃香」

「何?」

 振り返った桃香の事を力いっぱい抱きしめた。


「良かった。ほんと良かった。」

「何よ。今更」

 そう言われて、俺はエフで見た桃香の姿を思い出した。


「綺麗だよ」

 自分でも恥ずかしかったが、桃香はもっと恥ずかしいのか顔を真っ赤にして伏せていた。


「桃香。」

 そう言ってまだ抱きしめた。

「ありがとう、馨…。」


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