対峙 ③
眼を開けると周りが騒がしくなっていた。
いったい何が起きたのか分からなかったが、生徒会室の方でざわざわしていた。
階段を降りて生徒会室に向かおうとする。
何故かフラフラとよろめいてしまった。
気づくと頭から血が出ていて、ひどく痛い。
周りを見渡すと壁に血痕がついていた。
びっくりして、その血痕をよく見ようとするとハルが話しかけてきた。
「馨さん、大丈夫ですか?」
ポケットにある携帯を出そうとする。
だが携帯は何故か床に落ちていた。
「ハル、これはいったいどういうことなのだろう?」
「覚えていないのですか?馨さんは凄い勢いで壁に向かってぶつかっていっていたんですよ。」
「まるで壁に何かがいるかのような雰囲気でした。」
俺はまったく記憶が無かった。
「馨さんが壁に向かって突進していました。私は声をかけたのですが、馨さんは気づいてくれませんでした。どうしたら良いか分からず己雪さんに連絡を入れました。」
「そうだったのか、すまなかったな、ハル」
「馨さんが無事でよかったです。」
「本当に助かったよ、ハル。お前は本当に優秀だな」
「ありがとうございます。」
俺は携帯をポケットにしまい、額の血をハンカチで拭った。
そして未だにざわつく生徒会室へ向かった。
そこには橘がすごい形相で他の生徒を殴りつけていた。
その周りを他の生徒たちが囲む。
室内はどよめき橘の怒号と殴られている生徒の嗚咽が響いていた。
俺は近くの生徒に先生を呼ぶように伝えて、もう一人には写真を撮るようにいった。
そして俺は橘に向かって大きく叫んだ。
「やめろ!」
橘がこちらをみる。
「なんだてめぇは?」
「千葉かぁぁぁ、てめぇ生徒会でもねぇのになんでここにいるんだよ」
そう言ってこっちに歩み寄ってきた。
そして橘の拳が俺の顔に飛んでくる。
痛かったが俺は冷静に受け止めた。
そしてもう一度
「やめろ!」
そう大きく言った。
周囲の生徒はざわめきをやめ黙ってこちらを見ていた。
橘の興奮は収まらず俺の胸ぐらを掴む。
俺は橘の眼を見ていた。
橘はそのまま大きく俺を引き寄せ突き飛ばした。
俺は後ろに数歩下がり踏みとどまる。
横にいる桃香の顔が見えた。
桃香は顔を塞いで泣いていた。
俺は橘の元へ行き、「お前終わったな」そう一言告げた。
橘は逆上して俺に向かって拳を上げてきた。
その瞬間に俺は橘の懐に飛び込み突き飛ばした。
不意をつかれた橘は後ろによろめき倒れた。
そして大声で俺の名前を叫んだ。
しかし俺の名前を仁王立ちで叫ぶ姿を先生が見ていた。
「橘!」
「何をやっているんだ、お前たちは。」
「全員職員室まで来い!」
橘は呆然としていた。
今までやってきた事は内々に処理してきたのだろう。
他の皆もまた先生の一喝に呆然としていた。
「ぼーっとしているんじゃない!さっさと移動しろ!」
先生がもう一度一喝するのを聞いてぞろぞろと移動し始めた。
橘はそれでもまだ動かなかったが、先生が手を引いて無理やり連れて行かれていた。
生徒会でもない俺が何故あの場所にいたのか?
先生には凄い勢いで尋問された。
普段は優等生の橘が他の生徒を殴っていたと聞いてにわか信じられなかったのだろう。
イレギュラーな状況を作り出していた俺にとばっちりが来ていた。
俺は幼馴染の桃香の様子を見に行っていた、という事にして説明していた。
先生が桃香にそれを確認すると、桃香は呼んでもいないのに自分が呼んだと言ってくれた。
おかげで俺は解放された。
ハルが橘の悪さを集めて学校にメールしていた。
そんな所もあって橘の立場は大分危ういものになっていそうだった。
残った生徒会のメンバーは普段から橘が何をしていたのか詳しく聴取を受けていたようだった。桃香が出てくるのを待っていたかったが、先生にすごい形相でにらまれ早く帰れと怒鳴りつけられたのですごすごと帰るしかなかった。
ただやっぱり気にはなったので学校近くの喫茶店に入り「待っている」とメールをした。
どれだけ待っただろう。日も暮れて街灯が灯っていた。
桃香が連絡をしてきた。
「馨?」
「終わったか?」
「うん」
「喫茶店くる?」
「今から行く。」
少しして桃香がやってきた。
桃香の眼はまだ充血していた。
涙の後が顔に刻まれてくしゃくしゃな顔になっていた。
「どうして生徒会室にきたの?」
「どうして橘のこといってくれなかったんだよ。」
「だって・・・・・・」
桃香は黙って俯いてしまった。
「まぁ、あんな勢いで怒鳴り散らしていたらしょうがないよな」
「うん」
「今日はなんで橘は怒り狂っていたんだ?」
「わからないわ。途中までは機嫌よかったのよ。でも途中で上総くんの仕事をしている態度が気に入らないって怒り始めたの。馨が来たときに殴られていたのが上総くんよ。そこまでは良くある事だから、みんな黙って聞いていたわ。上総くんもごめんなさい、って言いながら耐えていたの。普段ならそれでまた元に戻るんだけど、今日はそこから更に暴れだしたの。急にタックルしたり凄い勢いで殴ったりして。さすがにまずいと思って止めようとしたけど、誰もまともに体が動かなかった。」
「そうだったのか」
「馨が来てくれて助かったわ。ありがとう」
「そうか、役に立ったのなら良かったよ」
「どうして生徒会室にきたの?」
もう一回桃香が聞いてきた。
「桃香の事が気になって外で待っていたんだよ」
嘘はついていない。
外の階段でみんなが帰るのを待っていた。
橘と桃香の関係を知りたかった。とはいえなかった。
「なんで・・・・・・」
桃香は言葉に詰まっていた。
「そうだ、俺の優秀な相棒を紹介しよう」
「相棒?」
「そう、名前はハル。人工知能プログラムのハルだ。」
そういって俺は携帯を見せた。
桃香は携帯の画面を見せられてキョトンとしていた。
画面をみると真っ暗で何も映っていなかった。
「ハル、桃香だよ。挨拶をして」
俺はハルに促した。
「はじめまして。桃香さん。ハルです。」
「ハル、お前人見知りなんかしたのか?」
「馨さん以外の人とまともに喋るのは初めてで・・・・・・」
ハルのグラフィックは恥ずかしそうに後ろを向いた。
「はじめまして、桃香です。よろしくね」
桃香はそんなハルをみて少し微笑みながら挨拶した。
「ハルが橘の悪事を暴いてくれたんだよ」
「まぁ、ありがとう。ハル。」
「馨が助けてくれたと思ったけど、ハルだったのね。」
「おいおい、俺だって殴られていたかったんだぞ」
「ふふっ、そうね。ありがとう。馨。」
「そうだ、海に行く返事を聞いていなかったな」
「そうね。」
「行こう、嫌な事は忘れてさ、柚子ちゃんと、望と四人で。」
「あと、ハルちゃんもね。」
「ありがとうございます。」
「よし決まりな、柚子ちゃん誘っておいてくれよ。」
「わかったわ」
「じゃあもう今日は帰ろうか」
「そうね」
そうしてその日は桃香と別れた。
橘と桃香の関係は分からず仕舞いだったが、橘の所業を晒してからはもうどうでもよくなっていた。




