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リベラにて ②

 自分の家。

 想像して入るのに玄関から入るのは不思議な感じがする。


 なんだろう?

 

 自分の意識の中なのによその家に来たような雰囲気がする。

 俺はなんだか自分の家だが靴を揃えて置いたり、ドアを静かに閉めたり、他人の家に上がりこむようなむず痒しさを感じながら自分の部屋へ上がっていった。


「こんにちは、馨くん」

「こんにちは、馨くん」

 自分に話しかける。


「今日も部屋に居るのか?」

「そうだね。ハルが睡眠をとるためにどうしたらいいか考えていたんだ。」

「そうか、ハルの事を考えていたのか。それでいい考えは浮かんだかい?」

「いや、睡眠という概念がなかなか難しいよ」

「毎日寝ているのに?」

「そう、寝ているけど自分が何をしているのかさっぱり分からない。ただ横になるだけ、眼をつぶっているだけ、寝ている人を見てもただそれだけにしか思えないでしょ?」

「そうだね。寝ている人とはまともな会話できないしね。」


「寝言と会話するかい?」

「いや、寝言じゃなに考えているのか良くわからないでしょ。」

「寝言に返事をして悪魔と会話するとでも思っているのかな?」

「そんなことはないさ、寝言というなら今のこの会話も寝言に近いかもしれない」

「おや、私の言葉が寝言に聞こえるというのかな?」

「そうだね。さっきから君は俺の意図していない返事ばかりしているから」

「気づいていたのか」

「そりゃあ、自分だからね」

 俺は自分と会話しながら自分ではない誰かを感じていた。


 それは眼を閉じてイメージした時から感じていた違和感からもひしひしと伝わって来た。

「いいだろう。ではさっそくエフの話を始めようか」

「そうか、君がエフの住人だったんだな」

「そうだよ、よろしく馨くん。ようやく来てくれたね。」

 彼はこちらを見つめながらそういった。自分と同じ顔、姿をしていて自分の想像の中に居るはずなのに自分とは違う誰か。


「そんな事はないさ。私は君だよ。」

「驚いたかな?君が口にしなくても私は君の考えている事がわかる。」

「ちなみにEFというのかな、富山 己雪さんがエフの住人といっているが、私にはそういう自覚はない。彼女がそう読んでいるにすぎない。私は君のなかに常にいる。ただそれだけだよ」

「そうか、自分の中のもう一人の自分、ただの二重人格みたいだな」

「ははは、そうかもしれないな。でも誰しも一つの顔だけで生きているわけじゃないだろう?学校での馨くん、桃香と話をしている時の馨くん、家で家族といる時の馨くん、君もいろんな顔を持っているはずだ。それは自分が一緒だと思っていても、どこか違っているはずだよ。」


「確かに、そういわれると常に同じではないかもね」

「そう、その多様性から私は生み出されている。その時々の感情というのはこの世界から個別に表に送り出されているのだよ。」

「なかなか奥が深いのかどうか、あまりピンとはこない。でもそんな事は考えなくても正直普通の生活はおくれるのだろう?」

「そうだね。特に意識する必要は無い。誰しもが持っている世界だけど、こちらに触れる事はまずないからね。自分でも理解できない、抑えられない感情というのはあるだろう?」

「葛藤とか?」


「まぁ、それも一つだね。」

「ではその感情は何故生まれるのだろう?」

「どうしてでしょうね?」

「原因論と目的論と心理学ではいろいろと考察されている。褒めて伸ばすなんて考え方も、褒める事自体が相手と対等の関係にはいないと考える事もある。」

「まぁ、いろんな考えがありますよね」

「その中でどの考え方に納得、共感して行動するかという事。結局はこれに尽きると思わないかい?宗教も同じさ、様々な考え方がある。その中で自分が何を選択するのか?」


「まぁ、でも、その時々で違うのではないかな?」

「そう、その違いがある事が私がいる根源ともなっているのだよ」

「では意識が統一されれば、あなたはいなくなるかもしれないのか?」

「そうかもしれない。それは私にも分からない。私と共存するのか、私を支配するのかそれは君が選んで構わない。」


「支配とはなかなか過激な事を言うのだな」

「肉体と精神は常に結びついている。気持ちが建っていないと体も砕ける」

「揺るぎない精神というのは体を支配することにも等しい」

「では共存するというのは?」

「君はどう思う?」

「どうだろうか?1本の柱よりも2本の柱の方が折れにくいのは常設だと思う。」

「なるほど、三本の矢のようなイメージか」

「でもね、三本の矢は三本あるから折れないんだよ。もし一本でもそれが強固であるなら一本の矢でも折れる事はない」


「それは屁理屈じゃないのか?」

「君は頑ななのだな」

「それは自分が良く知っているはず」

 そう言ってお互いを見つめていた。


 これは俺が一方的に不利じゃないのか?俺の心は相手に読まれている。そう思うと、じわりと汗が出てくるのを感じた。

「それが焦燥感というやつだ」

「君の心が体とつながっている証拠だよ。君の焦りが体に伝わって汗がでる」

「体は暑いのかな?喫茶店の空調が効いた中にいるのに」

「なるほど、よく分かったよ。実例をありがとう」

「こんな禅問答をしていても時間は足りないだろう」

 そう言って彼は部屋を出る。後に続いて俺も部屋を出た。


 するとそこは暗闇で彼の姿も見えなかった。ただ彼の声だけが聞こえてくる。

「見えないものに恐怖する。」

「君は今恐怖を感じるかな?」

「暗闇に怯えるのはよく見えないから」

「目に頼らず周りを感じよう。不気味に聞こえる足音も、昼も夜も同じ足音なのだ。」


「ただ昼は世間の雑踏にかき消されてかすれているにすぎない。風に揺れる木の葉のざわめきも、水の上を跳ねる魚の音も、そこに秘められた響きは常に同じポテンシャルを持っている。」


「ただ暗闇の中で感じるだけで価値観が変わる事に違和感を覚えるべきだろう。」

「安穏とした精神をもって世界を感じよう。そこで構築された君の世界は唯一無二の価値観で揺ぎ無い。自分が物語の主人公だと思えばいい。」


「誰しもが自分の物語の中で生きている。知らないものに恐怖する。始めて見るもの、動くのか、硬いのか、柔らかいのか、何色なのか、一度知って理解すれば何も感じないのだろう。」


「まずは一歩を踏み出して相手を理解する事が大切だ。それがどんな状況でも同じ価値観で測るための秘訣だ。」


「ただし自分が同じ価値観で考えていたとしても、他人も同様の価値観とは考えない事も大切だ。自分と相手の価値観のギャップを利用する事も君の世界を構築する手助けになるだろう。」


 暗闇の中で感じていた。

 恐怖も高揚感も、焦燥感も、大きく手を広げても何もぶつかる事は無かった。手を伸ばして背伸びをして見る。窮屈な場所にいるよりもここは無限の空間であるように感じた。


 声が聞こえる。


「目を閉じてごらん、そこに何が見えるだろうか?」

 誰だろう?


 何故だか己雪さんの顔が浮かんでいた。

「眼を閉じて見ているのは目の裏にある血管や皮膚を見ているという説がある。だがそこにエフは存在する。」

「見えるものと見えないものの境界線の中に隠れた何かが君を見つめているだろう。」

「エフの住人は君が想い望む姿で君を見つめている。」


「それをコントロールする事からはじめよう。彼らに恐怖してはいけない。恐怖をコントロールするのだ。」

「その恐怖は君が思い描いているに過ぎない。自分の価値観を理解して、自分の感情を安穏とした世界の中に浸そう。」


「無の世界ではない、全てが失われた世界と想い感傷に浸るのもいいが、既に君はここに存在している。何もないところから生まれてきたと思って、そこに還ろうとしてもそれは無理だと悟るべきだ。」


「君が骸になろうとも、君以外の全てが骸になったとしても、骸は消えない。形あるものをエネルギーへと質量変換を行ったとしても、無にはならない。」


「ならば、今あるものを最大限に活かしていこうではないか。エフもなくならない、君がどう思おうとそこにある世界は淡々とそこにある。そして君に寄り添って君の願う姿で君の事を見つめている。」


「決してなくならないが、それを支配する事はできる。人が持つエフの世界を支配するのだ。私は支配と言ったが協調でも構わない」


「ただ人の持つエフを往来することで君は新しい自由を手に入れる事ができる。」

「他人の理解と表裏一体だ。EFを理解することで、その人なりを知ることができるが、それがその人の全てではない事も頭に入れておく必要があるだろう。」

 俺は言葉の一言一句をじっくりと聞いて考えていた。


 そして眼を開けるとそこには、家の玄関で目の前には彼が立っていた。

「分かったよ。」

「そうか、決めたんだな」

「あぁ、俺は君と協調する道を選ぶ」

「わかった。」

「君ならそういうと思っていたよ」

「ようこそ、君をエフに招待しよう」


 そして彼は玄関のドアを開ける。

 俺は玄関のドアから外に出ると、そこには己雪さんが立っていた。

「ようこそ、エフの世界へ」

「ここがエフの世界ですか?」

「そう、意外とあっさりしたものだろう。」

「これで君とは声を出さなくても会話ができるな」

「そう・・・・・・、ですね」


「ふふっ、不思議な感じがするかな?正直、声に出して眼を閉じている相手と会話するのは気まずかったよ」

 己雪さんはちょっと照れ隠しに笑っていた。

 初めて会った時のように、黒いブラウスに白い帽子をかぶっていた。

「服装、エフの中だと違うのですね」

「まぁね。これもおしゃれだよ。君も着替えてもいいんだよ」

「そうですね。とりあえずはこのままでもいいです。」

「まぁ、任せるよ」


「じゃあ眼を開けて戻ろうか」

「分かりました」

 エフから戻る。俺は眼を開けて戻る前に彼に一言言おうと思って振り返ったがそこに彼の姿は無かった。一瞬の戸惑いがあったがその事を理解した。

 眼を開けて前にいる己雪さんを見る。

 彼女は笑って「おめでとう」と言ってくれた。

「でもね、馨くん。今はまだエフにアクセスできたに過ぎない。これから先、エフとうまく付き合ってくにはもっと自分と対峙していく必要があるから覚悟しておいてね。」

「わかりました。ありがとうございます。」


「じゃあ、今日はこれで終わりにしよう。また連絡するから」

「よろしくお願いします。」

 そう言ってリベラを後にした。

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