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朱鷲の残照




 ―――ヴァイス・タグ。




 かっこつけて意味もなくドイツ語で表記したが、つまりホワイトデーである。

 この日に関する男児の感情は十人十色であろう。ある者は嬉々と。またある者は暗澹たる想いで。或いは嬉し恥ずかしでも面倒くさしかもしれない。

 しかしこれだけは真理であろう、厳格たる事実は存在する。




 返す宛があるだけマシ。




 その視点からすれば、我らが主人公の武蔵は間違いなく勝ち組であった。

 都合3つ。部活動の先輩から1つ、妹から1つ、そして差出人不明の郵送されたものが1つ。

 そう、3つもバレンタインチョコを得たのだ。

 残念ながら妹のくれたチョコは固形のカレールーであったものの、それでも3つ。充分な快挙といえよう。

 差出人不明のチョコは大きなホールのチョコレートケーキであり武蔵をドン引きさせたが、まあ快挙だろう。

 ケーキに混入していた長い髪の毛が調理中の事故混入であると信じたいところであるが、それでも快挙であるということにしておく。


「って、マトモなチョコが妙子先輩の奴だけじゃねーか!」


 武蔵は確信した。やはりあのおっぱい先輩こそ、俺のメインヒロインであると。

 昨今のメインヒロインはフラグを立てずとも勝手にルートに入るような者ばかりだが、初代ときめいちゃうメモリアルをプレイ済みな武蔵に抜かりはない。妙子より愛の篭ったチョコを渡されたからには、相応の覚悟で返礼せねばならぬと無い知恵使って灰色の脳味噌をフル回転させた。


「信濃へのお返しは俺の使用済みパンツでいい。あの拗らせたストーカー女は……手の混んだ物を貰ったことは事実だし、ちょっぴり高級な缶入りクッキーの詰め合わせでも送ろう。でも郵送し返すのも面倒くさいな、今度ウチに取りに来るようにメールしておくか」


 自分に対するプレゼントを自分で回収しに来い、という外道な要求をする主人公である。


「だが妙子先輩へのお返しに手を抜くわけにはいかない。フラグが立っているかは微妙なところだが、俺の勘ではもうあと一押しといったところだろう。胸キュンなイベントを起こせば、そりゃあもうメロメロメロンちゃんだ」


 武蔵は考えた。授業も聞かず、バイト先の店長とカバティしつつ考え抜いた。

 ―――そして、運命の3月14日。適当な教室を借りた仮部室にて、武蔵は勝負に出る。


「妙子先輩! ―――いや、妙子!」


「えっ? あ、はい」


 名を呼び捨てにされ、キョトンと目を丸くする妙子。

 武蔵は構わず言葉を続けた。


「これを付けろ、俺の妙子!」


「呼び捨ては気にしないけれど、『俺の』は止めてもらえないかな」


 窘めつつ、妙子は差し出されたゴーグルを着用する。

 それは今時珍しくもない、VR用のゴーグルであった。妙子の目の前に、仮想空間の光景が広がる。


「吊橋?」


 そこは細く長い吊橋の上であった。


「俺の女になれ、俺の妙子!」


「吊橋効果を狙ったのは解るけれど、私も一応空部部長よ?」


「誤算!」


 当然ながら、妙子は高い場所など平気であった。

 呆れつつゴーグルを外すと、目の前にはほぼ全裸の武蔵が仁王立ちしていた。


「―――と見せかけて! ホワイトデーのお返しは、俺自身です! 食べて!」


 唯一の衣服は腰に巻いた赤いリボンのみ。無論、端を引けばぽろりといく寸法である。


「さあどうぞ」


 妙子は躊躇なくリボンを引いた。


「きゃー! この人マジで引いたー!?」


「まぁ」


 ぱおーん!







「武蔵武蔵! 飛行機について教えて下さい!」


「やなこった」


 赤城の鉄骨をくぐり抜け隊事件から一週間。

 3月も半ばとなった昼下がり、今日もまた武蔵とアリアは騒がしく言い合っていた。


「いいではないですか! 同学年といはいえ、空部の先輩後輩でしょう!」


「妙子先輩に教えて貰えばいいだろう」


「―――…………。」


 なんというか、色々と言いたいことはあるものの、教えて貰っている以上文句は言えない、みたいな苦渋に満ちたお顔であった。


「まあ、なんだ……悪い」


「いえ……部長は面倒見もいい、素敵な先輩です」


 妙子は教えるのが下手だった。


「でも教えない。俺はもう競技から引退しているんだ」


「競技? 空部の大会でもあるのですか?」


「お前は何がしたくて空部に入ったんだ……?」


 アリアの唐突な空部への入部。てっきり何かしらの競技に参加したいが為だと考えていた武蔵だが、彼女はそこまで深く考えてなどいなかった。


「色々な飛行機に乗るの、楽しかったので」


「……そうか」


 あまりに原初的な欲求。

 それを否定する言葉を持たず、何故か眩しく思えた武蔵は目をつい逸らす。

 武蔵は目を逸らし、空から逃げてしまった。立ち向かわんとポーズはとってはいるものの、ゼロを再び戦場に舞わせる勇気が持てずにいた。


「ああーっ! 今、ちょっとバカにしましたね!」


「してないよ。お前が真剣なのはあい解った」


「え、あ、はあ」


 まさかあんな曖昧な動機を『真剣である』と評価されるとは思わず、アリアは戸惑ってしまう。


「わ、判ればいいのです! というわけで、私に―――」


「本当に忙しいんだ。特に今日はな」


「……おや?」


 どうやらはぐらかす為の詭弁ではないと気付いたアリアは、不思議そうに訊ねる。


「今日はご用事があるのですか?」


 用事があるならば無理強いは出来ない。その内容を訊ねるアリア。


「珍しい飛行機が種子島に来ているんだ。滅多にない機会だからな、見学を申込んでおいた」


「ほう。変なところで勉強熱心ですね。しかし個人で見学などさせてもらえるのですか?」


「いや、雷間高校空部の名義で申し込んだ。個人でも駄目とは言われないだろうが、空部ならば割と好意的に迎えられるし」


「職権乱用です」


「割と健全な申し込みだろ。俺にしては」


「普段は不健全であると遂に認めましたね。って、空部名義なら私も無関係ではないではありませんか!」


「お前は留守番してろ」


「部長も行くのでしょう? 私一人残って何をしていろと」


「いや、妙子先輩は今日も用事で行けないそうだ。お前も仮部室には行かず、さっさと帰れ」


「空部といいつつ、実質一人ではありませんか」


 やはり職権乱用であったと不満を示すアリア。


「先方も一人だけ来られても迷惑だろうし、ちゃんと他の学校の空部も合同でお誘いしている。雷間高校空部みたいな幽霊部活動ではない学校だから、それなりの人数になるはずだ」


 アリアはいっそ関心した。この男、自分の目的に対しては実に迅速に行動する。


「そのバイタリティーを是非、新入部員の育成に向けてほしいものです」


「アーアーキコエナーイ」


 耳を手の平で塞ぎ、アリアの指摘をスルーする武蔵。

 アリアは武蔵の両手を頭から剥がし、見学への参加希望を申し出た。


「そういうことなら私も行きますから。解説お願いしますよ」


「専門家の説明を素人向けに再翻訳しながら見学しろというのか……」


 武蔵は若干憂鬱になった。これでは自身の勉強もままならない。


「ところで他の空部というのは? そんなものがあったのですか?」


「あるに決まってるだろ。種子島内に、学校が幾つあると思っているんだ」


 練習しやすい大規模な空港が近い学校は、空部の激戦区になりやすい。

 種子島宇宙港周辺の高校もまた、同様に空部の活動が盛んなエリアだった。


「島内の他の高校だ。鋼輪工業高等学校という空部強豪校でな」


 何故か不意に、遠くを見やる武蔵。


「……正直あまり気は進まないんだが、都合がついたのがあそこだけだった」


 苦渋の表情をする武蔵に、アリアはその理由をすぐに察する。


「どうせ、その学校の女生徒に手を出したから気まずいとかそんな理由でしょう? 他校にまで魔手を伸ばすとは流石ですね」


「違う。向こうが、俺にちょっかいを出して来るんだ」


「―――武蔵! 人として、言っていいことと悪いことがあることも解らないのですか!?」


「なんで俺が責められるんだよ……」







 武蔵お目当ての『珍しい飛行機』。

 それは、全幅400メートルにも及ぶ巨大な水上機であった。


「……これ、飛行機なんですか?」


 キャリーの後部座席に収まったアリアは、武蔵の頭を支えに空から海を見下ろす。


「やめろ。頭に体重をかかえるな。そこはハードポイント(負荷をかけていい場所)じゃない」


 頭を後ろから鷲掴みにされては溜まったものではない。グラグラと頚椎を揺さぶられつつ、武蔵は呻く。

 二人が降り立ったのは種子島の某港。件の飛行機は水上機であり、当然ながらフロートで海に浮かんでいる。


「大きい―――学校より大きく見えます」


 波止場より見えるは青い空、ぽっかりと浮かんだ小さな雲、そして大小の船に混ざったパースの狂った水上機。

 なまじ翼を広げている分、下手な船舶より巨大に見える飛行機に、思わずアリアは目を擦った。


「そうだな、単純な長さでいえば実際学校より大きい。翼で空を飛ぶ航空機としては、世界最大級だろう」


 見た目は巨大なブーメラン、とでもいうべきか。乱暴な表現だが、知識に乏しいアリアからすればなかなか的を射た比喩である。

 普通の飛行機でいうところの胴体はなく、ただ翼のみが構造のほぼ全てを占めるデザイン。いわゆる全翼機。

 空気抵抗を減らすべく、突起類はあまりない。それがスケールの割にノッペリとした印象を見る者に与え、大きさの特定をいまいち困難にしていた。

 高高度研究用プラットフォーム、カリーニン7。これがこの飛行機の名前である。


「よくもまあ、あんなものを作り上げましたね」


 人類のエンジニアリングの生粋を垣間見せられ、彼女は素直に感心する。

 しかしそれは武蔵の期待したほどではなかった。彼としては、「ぎょえらふぇえええっ!?」くらい驚いて欲しかったのである。


「なんだ、蛋白な反応だな。もっと驚愕してくれてもいいんだぞ」


「驚いてますよ。でも、大きさだけでいえばあれくらいの物が浮かんでいるのは珍しくないでしょう?」


 ―――ところで武蔵の先の言い様は、つまりところ『翼以外の手段で飛行する航空機ならば、同規模の巨大航空機は存在する』ということを示唆していた。

 武蔵は入港すべく陸に接近する輸送船に目を向ける。そこに浮かぶ船は、形状だけならば従来船と見分けがつかない。

 されどそれがただの船ではないことは一目瞭然であった。




 なにせ、その船は空中に浮いているのだから。




「超重飛行船でもないのに、あそこまで大きな航空機って初めて見ました」


 空飛ぶ船など珍しくないと証明するかのように、アリアはあっけからんと比較する。

 超重飛行船。それは近年実用化された、新たなる軽航空機のジャンルである。

 軽航空機とは気球や飛行船といった、全体の質量が空気より軽い航空機を指す言葉だ。よってこの超重飛行船なる物もやはり、空気より軽い船であることが額面からも判る。

 されど、その性能は従来の軽航空機とは一線を画いたものである。

 気球は言わずもがな、運輸業に向いた航空機ではない。そもそもほとんど自由に移動出来ない。

 対し飛行船はといえば、かつて飛行機の性能が乏しかった時代においては一般な交通手段として多く就航していた。しかしその巨大な割に小さな積載量と徹底した軽量化に起因する風に対する弱さから、あまりに漂流・行方不明となる船が多く、やがて廃れてしまった。軽航空機とは、かつて主流であったにも関わらず技術の進歩に押し流されて消え果てた航空機ジャンルなのである。

 だが超重飛行船は違う。その重量は数千・数万トンにも及び、大量の積荷を台風の中であろうと安全に運搬することが可能となった画期的な航空機である。

 そう―――鉄の塊である船が、空に浮かぶ。少し前まではファンタジーかSFでしかありえなかったその光景を実現したのは、当然ながら魔法でもなんでもなく純粋な科学力だ。

 浮遊機関。そう名付けられた新発明は、周囲の空間に『張力』を発生させる。船周囲に展開した張力は莫大な大気を内包し、その質量を以て船を空に押し上げるのである。

 これまでにない大重量の空輸を可能としたこの新発明。大陸内陸部への貨物輸送から、空飛ぶ豪華客船の運行、あるいは空に浮かぶ島の建造という環境破壊の少ない土地調達など、様々な利用法が実現している。

 だが、欠点がないわけではない。張力を発生させるべく調達する必要のある電力は莫大であり、従来の発電機ではとても賄いきれないのだ。

 よって、超重飛行船には現状核融合ジェネレーターの装備が必須となっている。専用の装備と技師を必要とする超重飛行船は水上船と比べるとやはり敷居が高く、コスト面から現在の輸送手段は海上と空輸の両用が基本となっているのであった。

 また、大気の質量を利用する軽航空機の宿命として、大気圧の低い高空では浮力が減退する。よって超重飛行船の実用限界高度はおよそ一万メートルまでとされており、船らしく乗員が甲板上で作業することもあることから実際の飛行高度は更に低いのが普通だ。

 空気抵抗や途方もない重量から速度も複葉機並であり、長距離移動では時間がかかりすぎる。よって旅客輸送には依然として飛行機が活用されている。

 そもそも日本は港に事欠かない島国であることから、超重飛行船の船としての活用は他国より限定的であった。


「超重飛行船の大きさは、世界最大でどれくらいなのでしょう?」


「ものによっちゃキロ単位だぞ」


「そ、そうなのですか? 数千メートルの船など聞いたことがありませんが」


 驚愕した様子のアリアに、武蔵は溜息を吐いた。


「何を呆けたことを言っているんだ。俺達が暮らす間助人島も、浮遊機関で浮かぶ船だ」


「えっ? あれ浮遊機関で浮いているのですか? てっきり昔から浮かんでいた自然物かと」


「ラヒ○ュタかよ」


 新南部十諸島。主人公達が住む九州南に文字通り『浮かぶ』この島々は、かつて日本地図のどこにも存在しなかった土地だ。

 だがそれも当然である。それら全てが、浮遊機関によって空に浮かぶ人工島なのだから。

 上に人が住めるほどの巨大な船。全長全幅はキロ単位、広さは1000ヘクタールに達する。これこそが、日本が新たに取り入れた土地調達手段であった。


「島を浮かべるってとんでもない話ですよね。初めて見た時はびっくりしました」


「浮遊島を見るのは日本に引っ越して来てからが初めてか?」


「はい。私の故郷では一度も見たことがありませんでした。空に浮かぶ島があるとは、流石アニメの国だと驚いたものです」


「アニメじゃない。ホントのことさ」


 アリアの故郷で浮遊島は一般的ではない。武蔵はその辺の事情も、多少は理解していた。


「そっちは平地が多いからな。年中土地不足な日本とは事情が違う」


 欧州の平野は日本とレベルが違うのだ。フランスなど、国家そのものが平地なのである。


「やれやれ、どうせ平らな土地の少ない島国だってえの」


「ですが日本は欧州と比べると島が多いので、浮遊島を浮かべることが法的に許される領海は広大だと聞いています。これから一気に国力を増すだろうってテレビで言ってました!」


「あーうん、そう上手くいくといいね」


 メタンハイドレートは依然採掘されず、地熱発電も危険性から結局頓挫。

 どうにも日本という国は美味い話がお流れとなるジンクスが昔からあり、今回もどうにも大成功するとは思えない武蔵であった。


「話が逸れましたが。どうしてそんな便利な浮遊機関ではなく、こんなオバケ飛行機を作るに至ったのです?」


 波止場のコンクリートを歩きつつ、隣の武蔵に訊ねるアリア。

 素直に答えようとした武蔵だったが、その言葉は女性の声によって遮られてしまった。


「そんなことも教えていないの? 空部としてのレベルが知れるわね」


 女性の声に聞き覚えのあった武蔵は、恐る恐る振り返る。


「……よお、時雨」


「アンタの怠慢よ。ふん、不抜けた男」


「なんなのですか貴女は急に」


 突然割り込んだ彼女に、アリアは抗議する。

 武蔵はそんな彼女を窘めた。


「気にするなアリア、ただの面倒くさいタイプのヤンデレだから」


 見も蓋もない見解であった。


「誰がデレよ。バカじゃないの?」


 アリアは気が付いた。この女性こそが、武蔵にちょっかいを出しているという奇特な趣味の持ち主であると。

 アリアはジロジロと女性を観察する。

 長く艷やかな黒髪。細くすらりと長い四肢。それでいて、起伏に富んだスタイル。

 目つきはややキツいものがあるが、文句の付けようのない美人であった。

 アリアは慌てて耳打ちする。


「凄い美人なのですが! 武蔵、ハーレム作りたいならまずこの人を口説くべきでしょう! 奇跡的に貴方に好意を抱いているようですし!」


「やだよ面倒くさい。こいつと関係を持ったら最後、俺の胃にバイタルパートを貫通する大穴が開くわい」


「なんですってぇ?」


 ぎろりと武蔵を睨む黒髪の女性。

 これは確かに胃に穴が開きそうだ、とアリアは思った。


「あーなんだ、今日は合同見学の誘いに乗ってくれて感謝する。短い時間だがよろしく頼む」


「……この見学会の提案については感謝するわ。部員達にもいい刺激になるだろうし」


 女性―――時雨はちらりと背後に目を向ける。

 そこには、数十名から成る鋼輪工業高等学校空部の部員達が見事に整列して控えていた。


「皆さんが全員空部なのですか? 大世帯ですねえ」


「貴方達が少なすぎるのよ。まさかこれで全員というわけじゃないでしょうね」


「あと一人いるぞ、3人家族だ」


 時雨の顔が引きつった。


「レジェンドクラスに出場することも出来ないじゃない……」


「あれは少ない分には出場出来たはずだぞ」


 限界までチューンナップされたエアレーサー(競技機)は、その過激なセッティング故に機械トラブルも多い。

 機体トラブルによる大会の波乱は、娯楽としては番狂わせを呼ぶ丁度いいスパイスかもしれない。だがレジェンドクラスに参加する5機中1機でもトラブったら失格、では失格チームが続出してしまう。

 それでは競技として成立しないことから、当大会では5機以下であっても出場が認められているのだ。

 極端な話、1対5でもルール的には許容されるのである。―――数の有利が戦術に大きく影響する近接格闘戦(ドッグファイト)において、5倍の差を覆せる選手は本当に極一部なのだが。


「まあ俺は出場しないから、試合に出るとしてもコイツと部長の二人だがな」


 時雨が武蔵を睨む。

 その瞳には、色々な感情が篭っていた。


「苦労するわね、新人さん」


「ええ、本当に。あ、私はアリア・K・若葉と申します」


「白露時雨よ。鋼輪工業高等学校の空部部長をやっているわ」


 アリアと時雨は妙な友情を感じてた。バカな男に振り回され仲間である。


「今日はよろしく。何かあったら気軽に聞いてね」


「ありがとうございます。短い時間ですが、よろしくお願いします」


 アリアは時雨の常識的な対応に感動した。多少変な恋愛観を持っていようと、多少変な性的欲求を拗らせた男よりはマシだ。


「―――ああ、転校する学校を間違えました」


 しみじみと呟くアリア。

 時雨に続き、鋼輪工業空部一同が「よろしくお願いしまーす!」と唱和する。

 慌ててアリアは部員達にも頭を下げる。しかし声が自分だけであることに疑問を抱き、ちらりと横を見る。

 そこには武蔵はいなかった。


「君の瞳はR3350エンジンのように美しい―――どうだい、今度俺と夜景の美しい島でディナーでも」


「え、あの、困ります……」


 女子部員を口説いていた。

 時雨のこめかみに血管が浮かぶ。


「いーい度胸じゃない、武蔵―――! 私は空冷エンジン以下ってわけ?」


「あ、時雨。お前メール無視したろ、バレンタインのお返し用意しているからちゃんと取りに来いよ」


「何が悲しくて、自分でお返しを受け取りに行かなきゃいけないのよ!? てゆーか送ってないし! ケーキなんか送った覚えないし!」


 一連のやりとりの末に、鋼輪工業の面々は1つの結論に至る。

 『部長、男の趣味悪いな』と。







「このカリーニン7は成層圏を調査する世界最大のプラットフォームとして建造された、超大型水上機です。空部の皆さんならすぐに解るでしょうが、極めてアスペクト比の大きな長い主翼を持ち、翼厚は薄くデザインされています。ただ薄いといっても翼弦長が単純に長いので、翼厚も十メートルあり内部は場所によっては二階構造を有しています。内部で生活しているのはロシアの優秀な科学者達で……」


 白衣を着た乗組員の男性が、どこか気だるげに学生たちに解説する。

 海上に浮かび揺れる超巨大水上機。その威容は見るものに奇妙な迫力を与え、空部の面々はむしろ自分が小さくなってしまったかのような錯覚をすら覚えていた。


「なるほど、内部での生活はやはり制限が多いみたいだな。やっぱり超重飛行船と違い、体積に制限が大きいのか……。設計は水中翼船中央設計局? んげっ、あのゲテモノ製造局かよ」


 武蔵がふむふむと真面目に聞いていると、隣から裾を引く少女。

 目を向ければ、アリアが真剣な顔で告げた。


「さっぱりわかりません」


「……だろうね」


 学者の解説は学生向けの基本的な内容だったが、それでも空部部員を前提としている。アリアには荷が重いのは容易に察せた。


「超が付くほど初心者向けに翻訳してください」


「図々しい新入部員だ。まあいい、なにがききたい」


「そうですね、ではこの飛行機の概要を」


「お前話聞いてなかったのか」


 呆れつつ、武蔵は出来る限り噛み砕いての説明を試みる。


「いいか、そもそも超重飛行船は一万メートルまでしか昇れない。記録挑戦ならばもう少し上まで行けるが、どの道すぐに限界が来る」


「ふむふむ」


 解っているのかいないのか、態度だけは殊勝なアリア。


「そして宇宙船。名前の通り宇宙を進む船だが、こいつはせいぜい100キロメートル以下には降りられない。一時的に地上に降りたり昇ったりは可能だが、長期的な滞空は不可能だ」


「何故ですか?」


「空気抵抗があるからだよ。十万メートルなんてほとんど宇宙みたいなものだが、それでも薄い大気が存在する。この大気の抵抗は長期間となると馬鹿にはならず、やがて宇宙船は失速して墜落してしまう」


「ならエンジンで加速すればいいではないですか」


 素人考えのようだが、実は正解である。

 減速してしまうなら加速すればいいのだ。低軌道を周回する人工衛星等には、そうやって高度を保っている物もある。

 しかしそれも程度の問題。更に低く高度が低いとなれば、やはり無理が生じてしまう。


「宇宙でエンジンを吹かすには、推進剤という燃料みたいなものが必要となる。こいつを何ヵ月にもわたってふかし続けるのは現実的ではない」


 燃費がいいリニアエンジンといえど、加減速や姿勢制御以外でそれほど使い続けてはやがて推進剤が尽きる。燃料がなければ飛べない、それがライト兄弟の時代から続く技術の限界であった。


「つまり、高度一万メートルから十万メートルは、長期的滞在が不可能な空白地帯なんだ」


「なるほど。その空白を埋めるのがこの飛行機、と」


「そういうことだ。核融合ジェットエンジンを搭載し、高度三万メートルを数ヵ月に渡って飛び続ける巨大飛行機。この内部は研究設備だけではなく、乗員の個室や娯楽施設までもが完備されている。まさに、内部で生活するための飛行機なんだ」


 設備としては原子力潜水艦が近いかもしれない。しかし乗り込むのは学者、内部施設は軍用以上に余裕を持って設計されていた。


「でも、そこまでして空を研究する必要があるのですか? 宇宙に出られるならいいじゃないですか」


 このあたり、素人にはピンとこないだろうな、と武蔵は思った。


「いいか? この世に、研究をしなくていい場所なんて存在しないんだ」


 そんなことに予算をかけて、何の意味がある?

 こんなことを言う輩がたまにいるが、研究者からすれば失笑レベルの愚問である。


「将来的にどこに有意義な基礎技術が眠っているかわからない以上、人はこの世のあらゆる場所を探索しなくてはいけない。無駄なデータであるならば、それが無駄だという立証になる。実験の失敗ならば、それが失敗するという成果となる。成功失敗は、学術的な問題ではないんだ」


「そういうものなのですか?」


「まあ学術的には、な。予算が降りやすいのはやっぱり成果の出せた研究なのだから、あまり綺麗事ばかりいえるわけじゃないが」


 それでも釈然としていない様子のアリアに、武蔵は適当な例を挙げる。


「電波を発見したヘルツは、その意義に考えが至らずまったく使えない研究だと思ったそうだ。飛行機だってそうだ、当初は使い道のない道楽のオモチャだと考えられていた。それが間違いであることは、今さら説明しなくてもいいだろう?」


 それを、基礎化学と呼ぶ。

 あまりに根本的故に、それだけでは一見なんら応用用途の見い出せない種の研究。しかしそれは何かに繋がり、人の生活を激変させうる可能性の芽なのだ。


「つまり、将来のために研究しておこうということですね」


「一言に纏められるのは癪だが、そういうことだ」


 基礎科学とは投資事業である。投資というのは目に見えて解りやすい成果が出にくいこともあって、時に軽んじられてしまうものだ。

 しかし投資を軽視する国は、いつかそのツケを払わせられる。時に国民の人命で、時に国体という形なき財産で。

 だからこそ、その重要性を知る者は基礎技術を決して軽視しない。


「お前も精々投資を怠らないことだな」


「何に投資しろというのです?」


「自分に、だ」


 学生の頃遊んでばかりいると、社会人になってから苦労する。

 それを学生に本当の意味で理解しろというのは酷であろう。だが、厳然たる事実である。


「はいはい、武蔵はしっかりと投資して将来ハーレムを築きたいのですよね」


 判ってますよ、と肩を竦めるアリア。

 しかし、武蔵は返事をすることはなかった。







「意外と楽しかったです!」


 見学後。上機嫌なアリアに対し、武蔵はピシャリと告げる。


「後日、レポート提出な」


「まじですか」


「当たり前だ、見学の学は学習の学だぞ。空部の活動で来た以上はちゃんとやる。別に大した内容じゃなくていい、そこまで期待はしていない」


 予想外の宿題に唸るアリア。時雨はそんな武蔵を懐かしそうに見つめ、自校の部員達に命じる。


「貴方達もレポート提出よ。アリアさんと違って空部歴も長いんだから、いい加減なものは許さないから」


 はいっ! と威勢良く返事をする部員達。


「おっ、カリーリン7が離水するみたいだぞ!」


 誰かが動き出した巨大水上機を指差す。


 部員達は素早く整列し、カリーニン7に向き合った。


「な、なにが始まるのですか?」


「いいから適当に合わせとけ」


 少し離れ、武蔵とアリアも背筋を伸ばして立つ。


「一同―――帽降れ!」


 時雨が号令を掛けると、部員達はびしりと不動のまま気を付けをした。


「えっ? 帽子を振らないのですか?」


「帽子被ってねえし」


 飛び立つカリーニン7を無言で見送る二つの空部。

 やがて、巨大な水上機は徐々に高度を上げ雲の向こうへと去っていった。







 数日後の金曜日。期限を終末と定めていた件のレポートだが、アリアが提出したのは見事にタイムリミットギリギリであった。

 無論それは問題ではない。期限内であらば、当日であろうと一週間前であろうと評価など変わらない。というより、定められたルール内であれば評価など上下させてはならないものだ。

 そもそもが、このレポートはけじめとしての意味合いが強い。武蔵も妙子も部員を評価するほど偉い立場ではないし、評価せねばならないほど部員が多いわけでもない。

 故に、レポートなど体裁が整ってさえいれば特に何も言うつもりはなかった。……整っていれば、だが。


 『あんな大きな飛行機が飛ぶなんて凄いと思いました。以上』


「なめとんのか」


 週末の放課後。

 アリアから提出されたレポートを5秒で読み終えた武蔵は、そのペラ紙を破り捨てたい衝動に駆られた。

 駆られたというか、ちょっと破いた。


「やめて下さい。私なりに頑張ったのですよ!」


 慌てて制止するアリア。破くのは流石に酷すぎると武蔵も反省し、くしゃりと紙を丸めてゴミ箱へと放り投げる。


「さて、今日も部活動がんばるぞぉー」


「貴方は人として色々な部分を悔い改める必要がありますね」


 アリアは破棄されてしまったレポートを、改めてもう一度認め直す。

 30秒で完成するレポートである。世の大学生達が憤怒しそうである。


「期待していないとは言ったが、想像以上だ。いや想定以下というべきか」


「そこまで人の仕事にケチを付けるのですから、武蔵はそれはもう見事なレポートを書いたのでしょうね」


「ほれ」


 武蔵は分厚い紙の束を披露した。


「……なんですかこれ」


「レポートだ」


 カリーニン7に関する概要、意義、技術的特徴その他エトセトラ……やはり文章や画像として公開されている情報のみならず、直接見て初めて知ることというのは多い。

 武蔵はそれらの情報を事細かに思い出し、詳細な資料として仕上げていた。

 レポートを斜め読みし、なるほど判らんと納得した後にアリアは恐る恐る訊ねる。


「武蔵って、実は頭良かったりします?」


「バカが空を仕事に出来るわけがないだろ……パイロットは例外なくエリートだぞ」


 よく漫画やアニメに『不良パイロット』や『荒くれパイロット』といったキャラクターが登場するが、彼らも冷静に考えると例外なくエリートなのだ。

 学業運動能力共に超一流の候補生。そんな学生達が容赦なく脱落していく過酷な訓練過程。それを乗り越えた経歴が、生半可なものであるはずがない。

 多くの国民の命運と、価格高騰し続ける高性能最新鋭機を預けられる立場なのだ。途方もない競争率を勝ち抜き、想像を絶する勉学を修めてきたエリート中のエリートのみが操縦桿を握られるのである。

 武蔵が目指すのは民間だが、その難易度が変わるわけではない。


「でもその最終目標は―――」


「ハーレムだ! 酒池肉林! 酒池肉林!! おっぱい!!!」


 清々しいほどに俗物的であった。


「あの、以前から気になっていたのですが。そもそも一夫多妻など日本の法律では認められないでしょう?」


 事実婚ならば可能だが、武蔵はしっかりと『ハーレム婚』と明言している。

 籍を入れるとなれば、現行の日本の法律ではまず不可能なのだ。


「ああ。確かに非合法だ、『日本の法律』ではな」


 しかしそんなことは想定内だと言わんばかりに、にやりと笑ってみせる武蔵。

 得意げにいうことではないだろう、とアリアは一歩彼から距離を取った。


「もしかして、将来的には海外に移住するつもりなのですか?」


「その通りだ。だが、俺の移る国は『海の外』ではない」


 どういうことだろう、と首を傾げるアリア。日本は島国である。地続きの国境など存在しない。


「あっ! 解りましたよ! 浮遊島を独立国家と主張して、日本国内で新国家を名乗るつもりですね!」


「俺は大戦中の海上要塞をたった4人で国家と言い張る某公国か!?」


 ドーバー海峡に浮かぶ、世界最小の独立国家(自称)である。

 この某公国、国民は4人だが軍人はうち1人。つまり軍人率25%の超軍事国家である。


「まあ新国家というのは間違いじゃない。セルフ・アークって知ってるか?」


「どこかで聞いた気がしますが。なんでしたか?」


「国家だよ。日本主導の出資で建造される、歴史上初の宇宙国家だ」


 セルフ・アーク構想。それは、昨今の宇宙開拓を更に押し進めた大計画である。

 現時点でも多くの宇宙コロニーが稼働中だが、それら全てが国家あるいは大企業に帰属する、地上のどこかの国の所有物という扱い。それ故にしがらみや面倒事も多々あり、前々から問題視されていた。

 いっそ、宇宙に独立国家を作った方が早い。そんな構想はかねてからあったものの、大幅に法律を改定し、様々な方面とすり合わせをせねばならないことから実行は見送られていた。

 だがいつまでもその場しのぎの対処療法で済ませるわけにはいかない。政治家達は利権という凌ぎを削り合い、遂に宇宙空間に新国家を作り上げることを決定したのだ。

 無論、地上の影響を全て排除出来るわけではない。そもそも地球の国家団体が出資するのだ、それに比例した配当はあり―――つまりは、最も出資する日本国の首輪付きということとなる。

 法律も日本国憲法を踏襲しているし、コロニー内の時刻はグリニッジ標準時に同調する。コンセントの電圧は230ボルトと、かなりフランケンシュタインじみた人工国家といえるであろう。

 だがそれでも、どこにも属さずお伺いを立てずに自主的活動が出来るというのは、これまでにない画期的なことであると評価されている。

 様々な実験的試みを内包する新国家構想。それが、セルフ・アークであった。


「長いです。それがハーレムとどう関係があるというのですか」


「セルフ・アークは多くの国家から人が移住して構築される国家だ。当たり前だが、国が違えば風習が違う」


 ある国ではお酒はハタチになってから。

 またある国では牛を食べてはいけません。

 またまたある国では売春は合法。

 またまたまたある国ではピザは野菜。

 文化とは千差万別。国際化によって大きく平均化されてきたとはいえ、依然としてそこには大きく深い海峡が存在する。


「そういった文化の違いを内包すべく、セルフ・アークでは様々な制約が解除されることとなっている」


「最後のなんか違くなかったですか?」


「これは婚姻に関するものも含まれる。結婚可能な年齢も性別もバラバラなところを、ある程度『なんでも有り』にするそうだ。勿論道徳的な範疇に収まる範囲で、という但し書きがついているが」


 男性同士、女性同士、3人婚、果ては人工知能との結婚まで。そこに愛があると判断されればなんでもオーケー。

 そんな無茶苦茶な法案が真面目に議論され、通過する見込みなのである。

 まさしく実験国家ならではであろう。これが良好な結果を示せば、あるいは地上国家でも反映されるかもしれない。そんなある意味無責任な各々の思惑による計画なのだ。

 アリアは武蔵が何を企んでいるか、おおよそ理解してきた。


「するとなんですか。セルフ・アークでは一夫多妻制などという前時代的な婚姻形式が認められると」


「異文化を前時代的いうな。これだから白人は」


「ハーフですが」


「とかく、セルフ・アークでは多重婚が認められる。つまり複数人の女性を娶っても合法なわけだ」


 これこそ、武蔵が考え抜いた起死回生の一手であった。


「事実上日本と変わらない生活環境のまま、合法的に奥さん沢山。げっへっへ」


「それで、何人候補が集まっているのです?」


「まずお前だろ? それと妙子先輩と……」


「待てやコラ」


 武蔵は簡単に言ってのけたが、無論一夫多妻など現実的な発想ではない。世界的に一夫一婦が主流となったのは、現代の社会構造がそれに適している為である。

 人の歴史は戦争の歴史とはよくいったものであり。一夫多妻制もまた、戦争から起因し成立した文化であった。

 戦争が物量によって左右された時代。彼の国では多くの男性が徴兵され戦死し、残された女性の多くが未亡人となってしまった。

 戦後となり、政府は減った国民を増やさねばならならなくなる。更にいえば、未亡人となって収入を失った女性達への救済措置も必要となる。

 それらを共に解決する手段、それこそ一夫多妻制であった。

 女性軽視思想ととられることもあるが、逆に女性の収入獲得の受け口を広げるという救済措置としての側面もある。文化には相応の理由が存在するのだ。

 よって、自国の価値観を盲信し他国に押し付けてはならない。大概、そういうことをすると面倒くさいことになる。マジで。

 むしろ、一夫多妻制の実施において負担が大きいのは男性側である。複数人の女性を満足に養わねばならない男性側の負担が尋常ではないのは想像に難くはない。

 だがそれでも、武蔵はやり遂げるつもりであった。そこには譲れない夢があり、憧憬の未来があった。

 戦わねばならない時がある。成し遂げねばならない天望がある。それが、武蔵という男であった。


「日替わりでエロいこととかしたいっ……!」


「身体目当てですか、語るに落ちましたね」


「愛も心も体も欲しい。複数人分欲しい。沢山欲しい」


「サイテー過ぎて戦慄を覚えます」


 先日知り合った鋼輪工業の空部部長は、この男の何処に騙されたのだろう。

 アリアは時雨部長の将来に一抹の不安を覚えるのであった。







 最近の空部の活動は、以前とはうって変わり実に空部らしいものとなっていた。

 新入部員のアリアがやる気なのだ。妙子もそれに応えるべく空回りし、それをフォローする形で結局武蔵が面倒を見る羽目になるのである。

 よって、放課後は種子島宇宙港へ移動するのが日課となっていた。


「でも、毎日この往復は大変ですね」


「自分でキャリーにも乗れず、俺に運転手させている奴が何か言っている件」


「けど実際大変よ、放課後に港まで来るのって。やっぱり本格的な部室(空母)欲しいわ」


 深々と溜息を吐く妙子。最近アリアに引きずられる形で活動を再開しだしている空部だが、それで充分な予算が付くわけもなく部室は相変わらず教室の間借りだ。


「部室? 学校に滑走路を敷いてもらうとかならともかく、部室があっても結局、ここ(宇宙港)と学校の往復になるのでは?」


 赤とんぼの空冷エンジンを見様見真似で整備しつつ、アリアが訊ねる。


「部室じゃなくて部室(空母)だ。空部は遠征試合とかする都合上、1チームに1隻空母を所有するものなんだ」


「航空母艦ですか。確かにアレがあれば、学校でも練習が出来ますね」


 なまじ知識がないからこそ、あっさりと納得するアリア。

 知識があればあったで色々と疑問が湧くであろうが、ここでは割愛する。


「でも船を丸ごと所有するなんて、お金が凄くかかるのでは?」


「中古でいいのよ、お古で。それに揚陸艦みたいな空母モドキでもいいの、扱うのは1チーム5機程度なんだから」


 自衛隊のおおすみ型輸送艦とか回ってこないかしら、と夢想する妙子。

 その可能性を武蔵はあっさり否定する。


「あれは退役したあと、既に他の学校に確保されちゃってます。現行の輸送船が退役するのはかなり先かと」


 つまり、真っ当な軍用船を確保出来る可能性はもうほとんどないのだ。


「はあ、そこら辺に空母落ちてないかしら」


「落ちてたって勝手に拾っちゃ駄目でしょう……」


「アリアさーん!」


 呼ぶ声に、3人の視線が一方向へ向く。

 そこで手を振っていたのは、生徒会長の朝雲花純であった。


「あ、カスミ! よく来てくれました!」


 アリアが花純を笑顔で出迎える。

 転校生と生徒会長。初めて見る組み合わせに、武蔵は首を傾げた。


「なんだ、どういう知り合いだ?」


「どういう、と言われても。友人ですよ、普通に」


「はい。私とアリアさんはお友達です」


 にこり、と綺麗に笑う花純。

 天使かな? と武蔵は思った。美人だがクセの強い面子を相手にしていると、こういった正統派大和撫子系美少女が眩しいのだ。

 武蔵はアリアの手を引き、格納庫の隅へと移動する。


「なんですか。ここは警備員もいることを忘れないで下さい」


「俺をなんだと思っているんだ。ちょっと相談がある」


「手短にお願いします」


「まあなんだ、ああいう清楚なお嬢様の美少女もいいもんだな」


「カスミはいい子です。そんなの指摘されるまでもありません」


 友人を褒められ、何故か胸を張るアリア。


「手を出したいから、弱みとかあれば教えてくれ」


「カスミの純情を穢すな!」


 アリアは武蔵にアッパーを放った。




「あの、喧嘩はいけませんよ?」


「違うのですカスミ。ちょっと害虫を駆除しただけです」


「人を虫扱いしちゃ駄目ですよ?」


「まあこのゴキは置いといて。例の物、ですね?」


「はい。朝雲重工の総力を以て捜索した結果、該当する機体を発見しました」


「そうですか! いやぁやはり持つべきものは権力を持つ友ですね!」


「アリア、お前も大概アレなこと言ってるぞ!?」


 アッパーのダメージから復活した武蔵が叫んだ。

 花純の手配したトラックが格納庫に侵入してくる。翼を外された状態で、荷台に固定された戦闘機。

 アリアのいうところの『例の物』であった。


「おい、なんだこいつは?」


 武蔵が訝しむ。

 状態は良くはない。軽く見ただけでそのボロボロさは明らかであり、飛行可能な状態にするには相応の労力を要するであろう。


「この飛行機……それなりに大型。主翼は逆ガル、コルセアかしら?」


「塗装が剥げてますが、日の丸が付いてますよ先輩。逆ガルといえば流星―――いや違うか」


 損傷の激しさから、空部員であっても機体の特定は難しかった。

 そもそも何故アリアの手配で、突如飛行機が運び込まれてくるのか。事情を当然知っているであろう当人に視線が集まる。


「ふっふっふ。驚きましたか?」


「登録とかどうせ俺がやるんだから、ちゃっちゃと説明しろ」


「もうリアクションとか、普遍的な手順を踏んで欲しいのです……」


 急かされ、アリアは渋々と事の成り行きを話し始めた。


「この飛行機―――ゼロ戦との出会いは、私がまだ小さかった頃です」


「今でもアリアちゃんは小さくて可愛いわよ?」


「アリアさん、その語り口は長くなる気がしますよ?」


「つーかこれゼロ戦か? 違うだろうよ?」


「一言目から茶々入れないで下さい!」


 妙子、花純、武蔵の言葉に吠えるアリア。

 彼女は機体によじ登り、主翼を確認する。


「ああ、ありました。見て下さいここ!」


「凹んでいるな」


「誰か踏んだのね」


「幼い頃の私です!」


 日本軍機は紙や布が使われていた。

 日本軍機を揶揄する為によく使われるフレーズだが、実はそういった柔らかい素材を飛行機に採用するのは珍しいことではない。

 当然ながら飛行機は軽ければ軽いほど高性能だ。よって現在の航空機にも体重をかけただけで凹んでしまう箇所やペラペラの外装しか有さない部分は多々有り、そういった場所には普通警告文が書かれている。

 日本軍の飛行機に紙や布を使用していたのは、それが当時最も適した素材だからである。現在では強化プラスチックやセラミックという選択肢もあるが、やっていることは何ら変わりないのだ。


「お祖父ちゃんの飛行機だったのですが、私が翼に乗ってしまい随分と怒られました」


「そりゃあな。……そもそもそれ以前のボロさだが」


 バイトで色々な飛行機を見てきた武蔵には判る。この風化の仕方は、長らく野ざらしにされたものだ。

 時には嵐の中をも飛ぶ飛行機、雨風で早々朽ちるものではない。しかし薄い外装や脆弱な構造はやはり堅牢というわけでもなく、長期間の野外駐機など好ましくはないのだ。


「仕方がないでしょう。お祖父ちゃんが亡くなって以来、整備する人がいなくなってしまったんです。それでこのまま壊れていくくらいならいっそ、維持出来る人に譲ろうと両親が昔オークションにかけたのですが……」


「その先でも禄に手入れされず、結局こんな状態になっちゃったのね」


「無責任なオーナーです」


 憤慨する花純だが、武蔵としてはなんとも言い難い話であった。


「アイツみたいな物好きがまだいたとはな」


「アイツ?」


「なんでもない。部品を失ったボロボロの機体を、手間暇かけて修繕した奴を前にも見たってだけだ」


 ふぅん、と気のない声を漏らすアリア。


「とにかく、私の飛行機との出会いーーーこのゼロ戦が、私の始まりだったのです」


「報告では、この飛行機は『烈風』という機種だと聞いているのですが……」


 微妙な雰囲気の沈黙が降りた。




「というわけで、このゼロ風を私の相棒にしたいと思います!」


「なにがというわけで、なんだ。未だにキャリーもまともに乗れない癖に。あとゼロ戦と烈風混ざってる」


「だからこそですよ。小型機ライセンスをさっさと取って、単独飛行出来るようになりたいのです」


 解体状態の烈風を背に、アリアは両手を広げそう述懐した。

 それを半目で見やる武蔵。自動操縦に関する操作は覚えたことで単独通学が可能となったアリアだが、細かい移動や未登録の町へ向かう際は依然変わらず武蔵が送り迎えをしている。

 だが、こうも毎度タクシー代わりに使用していてはアリアとしても気まずい。


「それに貴方にあまり貸しを作ると、将来的に『身体で差し押さえるぜゲッヘッヘ』とか言われそうですし」


「今要求したろうかロリっ娘」


「同い年なのですが!?」


「アリアちゃん、この烈風を愛機にするつもり? 飛行機選びって、それなりに難しいのよ?」


 困ったように眉を寄せる妙子。

 競技用の飛行機選びにはそれなりの経験が必要となる。おおよそ平均的な性能を持ち、どれを選んでも同じキャリーとは違うのだ。

 軽戦闘機(ファイター)重戦闘機(ストライカー)偵察機(クルーザー)護衛機(エスコーター)攻撃機(アタッカー)爆撃機(ボマー)駆逐機(デストロイヤー)……その特性は機種の数だけあり、パイロットと相性の良い機体を探すのは簡単なことではない。

 故に、妙子はもしアリアが飛行機を購入する際は同行するつもりだった。その予定が完全ご破産である。


「それにこの烈風、飛ばせるようにするのは骨が折れるぞ」


「なんとかなりませんか?」


「俺じゃ無理だ。ハカセならイケるだろうが、あの人は気まぐれだからな」


 自他共に認める超一流のメカニックたるハカセ。彼ならばこのオンボロも再び空を舞えると、武蔵は確信している。

 しかしそれには色々と問題がある。ハカセをその気にさせることもそうだが、予算とか時間の都合とか色々打ち合わせねばならない。


「よし、それ売って最新のいい飛行機買おうぜ!」


「鬼! 悪魔! 武蔵!」


 武蔵の提案に、アリアは猛反対する。


「私はあの飛行機で大会に出場すると決めたのです! 曽祖父の夢を、私も見たいのです!」


「ちょっと待てなんで俺の名前が罵倒語として使用されたのか説明しろ。さもなくば売るぞ」


「だから売らないで下さい! このゼロ戦―――いえ、本格的にレイ戦と呼びましょう」


「ゼロ戦でもレイ戦でもねぇよ。烈風だよ」


 したり顔で知ったかぶりするアリア。

 武蔵と妙子は、なんとも微妙な顔をしてみせた。

 すぐに顔を寄せ合い、小声で囁き合う。


「レイ戦ってゼロ戦のこと? あまりそんな呼び方しないわよね」


「むしろ素人っぽいです」


 零式(れいしき)艦上戦闘機。当然ながらZEROは英語であり、当機をゼロ戦と呼称するのは間違いだと主張する一派もいる。

 しかしながら後の検証により、当時の搭乗員達からもゼロ戦と呼ばれていたことが判明している。よってレイ戦とゼロ戦共に間違いではない、という考えが現在の主流だ。


「しかも私のゼロ戦は……」


「烈風だっつうの。いい加減認めろ」


「……ゼロ戦は、終戦直前に開発された最新最強の戦闘機だそうなのです!」


「烈風だからな! 別物だからな!」


 烈風はゼロ戦の正当な後継機である。そういう意味では、アリアの言も間違いではない。


「とにかく機体を見てみない?」


「そうですね部長。アリア、ちょっとそのゼロ戦……ププッ。レイ戦を見せてみろ。査定してやるから」


「だから売るなぁぁ!」







「こいつは……!」


 借倉庫に収まった銀翼を見上げ、武蔵は驚きを禁じ得なかった。

 巨大な胴体。外翼のみが水平な、独特の逆ガル翼。機首に収まるは、究極の手工芸とさえ呼ばれるハ43空冷エンジン。

 朽ちて尚、威風堂々の新鋭機。アリアは胸を張って、武蔵達に披露してみせた。


「このゼロ戦が、私が曽祖父から受け継いだ機体です!」


「仮組みしてみたが、なかなか迫力あるな……!」


 アリアを無視し、武蔵は唸る。

 無視され、彼女は憮然と抗議した。


「烈風はゼロ戦と親戚みたいなものでしょう? ならこれもゼロ戦の一種ですよ」


「別種よ、アリアちゃん。現実を直視しなきゃダメよ」


「というか。お前、これで空部の活動に参加する気か? マジで?」


「なんですなんです。私の愛機に何か文句でもあるのですか?」


「なーにが『愛機』だ。乗ったこともない癖に」


「アリアちゃん。この烈風っていう戦闘機は―――未完成品なのよ」


 躊躇いつつも、妙子は事実を正直に告げることにした。


「見たところ、搭載エンジンは信頼性の低いハ43。機体そのものだって試験段階で荒削り。競技用に改造するとなれば、相当苦労するはずよ」


「そ、そうなのですか? というか外から見て、エンジンの種類とかよく判りますね」


「ハ43なんて私も見る機会はないわ。でも誉エンジンは見る機会があったから、それ以外のエンジンだってことは判る」


「……私は、どうしてもこの飛行機で飛んでみたいのです」


 特定の機体に対する思い入れ。そんなものは、当然ある。

 競技から離れた武蔵とて依然ゼロ戦に乗っているし、妙子も自分の愛機を信頼している。

 アリアがこの烈風の名すら知らなかったことなど問題ではない。愛機との出会いは唐突であり、なし崩しであり、一目惚れであったりするものだ。




 飛行機を愛する理由など、かっこいいとか、そんな程度で充分なのである。




「―――翼面荷重は低く設計されているし、艦載機だ、一応素直な初心者向けの部類ではあるとは思う。だがレシプロ戦闘機としては最高クラスの高性能機だ、赤とんぼみたいにはいかない」


「武蔵君!」


 咎める色を含んだ妙子の声。武蔵の言葉は、あるいはアリアの烈風機乗を容認するものだった。

 武蔵は妙子をあえて無視し、アリアを見据えた。


「だがこいつに乗るのなら、相応の覚悟をしておけ。そうでなくとも、飛行機はお前を裏切るぞ」


「飛行機が私を裏切る……ですか?」


「『夢は人を裏切らない、いつだって夢を裏切るのは人だ』なんて不抜けたことを言う奴もいるが、そんな精神論を超越した先に現実はある。どれだけ時間と労力を割いて整備してもトラブルは生じるし、どんなに訓練を重ねても天才には敵わないかもしれない。その時になって、飛行機に八つ当たりするような真似はするな」


「つまり、片思いで終わることも覚悟しろと?」


「そうだな、そういうことだ。飛行機は丁度、美女に例えられるし恋愛に例えるのは適切な表現かもしれん」


「私、女なのですが」


「女同士だって俺は好きだけど?」


「私も可愛い女の子は大好きよ!」


 妙子がアリアをハグする。

 アリアは重大な事柄に気が付いた。自身の純潔を狙う獣は、一人ではなかったのだ。


「いえいえいえ! 私はノーマルですとも!」


「…………!」


「そこときめくな! 別にお前を選ぶと表明したわけではない! 男なら誰でもいいわけじゃないのです!」


「あの、練習しないのですか?」


 花純の問いに、空部員達は我に返った。







「英語が出来るだけマシだと思うんだな。基本は出来ているから、あとはひたすら飛行時間を稼ぐんだ」


「ぶっちゃけ飽きました」


「そうか、頑張れ」


 赤とんぼ(九三式中間練習機)を操るアリアと、その後部座席に収まる武蔵。

 ライセンス取得へ向けた訓練は、ひたすら反復練習し続ける段階へと移行していた。


【アリアちゃん、随分上手くなったわね】


【はい、お見事です】


 付き添って飛ぶのは妙子の操るレッドドルフィンと、花純の乗るマジステール。共にジェット機だが、低速性能に優れた練習機だ。


【生徒会長さん、航空機ライセンス持ってたんだ】


【花純でいいですよ、部長さん。色々と昔から習い事をしていたので、幾つか資格を持っているのです】


「お嬢様にとって小型機免許は嗜みなのか……」


「今の時代、お嬢様の教養といえばピアノとバレエと戦闘機です」


「マジか」


 アリアの言葉に、武蔵は目を丸くして驚いた。

 昨今のお嬢様事情がそんなことになっているとは驚愕である。


「しかしT−4(ドルフィン)はよく見かけるが、マジステールなんて初めて見たぞ」


「3機とも赤いですね。レッドチームです」


「全部西側練習機だがな」


 赤とんぼもマジステールもT―4も、皆等しく赤系統の塗装である。生産時期や生産国が異なる3機だが、練習機が視認しやすい色に塗られるのは古今東西共通事項だ。

 赤い機体=エース機というのは、フィクションか第一次世界大戦だけの話なのである。

 グライダーのような長い主翼と、特徴的なV字の尾翼を有するマジステール。独特のシルエットを持つ機体だが、その外見とは裏腹に練習機というジャンル内でも高い評価を与えられた傑作機だ。


「いいなーマジステール乗りたいなー、マジすげぇぬぉりたいなー」


「今のって粗悪な洒落ですか?」


「うるせ」


【あとでお貸ししましょうか?】


「是非是非!」


 談笑しつつ練習を続けていると、突如入電が入った。


【チャンネルチェック。チャンネルチェック―――】


「ハカセ?」


 無線機の声など音質の低さから個人特定はかなり困難なものだが、それでも聞き慣れた声ならばピンとくる。

 武蔵はチャンネルを確認する声の主が、バイト先の店長であることをすぐ看破した。


【―――より―――、応答せよ】


「こちら―――、どうぞ」


【武蔵か? ちょっと急用だ、携帯が通じなかったから電波飛ばしたが今大丈夫か? どうぞ】


「急に腹が痛くなったので無理です。どうぞ」


【カリーニン7がトラブったらしくてな、目視点検の依頼が入った。空の上にいるならちょうどいい、見てきてくれ。どうぞ】


「今はオフです。どうぞ」


【やれ。どうぞ】


「あんた免許持ってるの知ってるぞ。自分で行け。どうぞ」


【とっておきの爆乳系映像資料を報酬として提供しよう。どうぞ】


「こちら武蔵。訓練を中止し現場へ急行する! I have control(操縦寄越せ) !」


「ゆ、You have contr―――ひやあぁぁぁ!?」


 急上昇に転じる赤とんぼ。困惑しつつも、それに追走する2機の練習機。


【む、武蔵くん!? 複葉練習機じゃあんな大型機には追い付けないわよ!?】


【映像資料ってなんですか? バクニュー?】


「トラブルの影響でカリーニン7の飛行高度はかなり下がっているとのことです、この機体でも並走自体は可能なはずです妙子先輩。花純、映像資料っていうのは飛行機関連の貴重なものであって、お前が想像したようなものではないぞホントだぞ」


 元よりそんなものを想像したわけではない花純は、コックピットにて首を傾げる。

 ともかくとして。仕事現場たる巨大水上機とランデヴーすべく、3機4人は現場空域へと急行するのであった。







 成層圏研究用巨大プラットフォーム、カリーニン7。

 学校の校舎より巨大なブーメラン、というべき特異なサイズと形状を有する機体は現在、種子島にほど近い海上を低速飛行していた。


「この速度域でも安定して飛行出来るのか、さすが全翼機だな」


 海上を這うように飛行するカリーニン7は、地面効果の助けもあって極めて低速での飛行に移行していた。巨大な機体と海面という代わり映えのしない比較対象もあって、その速度はほとんど静止しているかのようだ。


「こちら空の銀翼事務所より派遣されました者です。カリーニン7、応答願います」


【こちらカリーニン7通信士。よく来てくれました、早速ですがお願いします】


「核融合ジェネレータのコントロールシステム不調とのことですが、何か続報は?」


【エラーを解析しましたが、どうやらセンサー類に異常が生じているようです。物理的な破損かもしれません】


 カリーニン7には核融合ジェットエンジンが搭載されている。名前が物騒だが、要するに核融合反応によって生じた熱で空気を膨張し、背後に吐き出して推進力を得ているのだ。原理自体は普通のジェットエンジンと大差ない。

 その核融合ジェットエンジンを制御するエンジンコントロールユニット、これにステータスを提供するセンサーの破損。これは些細なようで、かなり厄介な問題であった。

 航空機用軸流式ジェットエンジンは繊細なエンジンである。タービンやファンが高速回転している都合上、内部に強力な慣性や遠心力がかかり簡単に出力を上下させることが出来ない。また、急な出力操作はエンジンストールを誘発し内部で発生する燃焼活動が不全状態に陥ってしまう。

 つまり、ジェットエンジンというのは『安定した状態』で『長時間同出力で回し続ける』ことが得意なエンジンなのである。頻繁にエンジン出力を調節し、エンジン始動と停止を繰り返す自動車にジェットエンジンが搭載されないのはそんな理由からだ。


「単に『強力すぎるから』というわけではないのですか?」


「強力なだけなら、小型のジェットエンジンを積めばいいだろ。軽くなって燃費ウハウハだ」


 そんな扱いにくいジェットエンジンだが、無論技術的対策はされてきた。といっても、エンジンそのものを改良したわけではない。

 ソフト面―――エンジンが止まってしまうような無茶な操作を受け付けないように、制御ソフトウェアを改良することでジェットエンジンの弱点を克服してきたのだ。


「それってつまり、ジェットエンジンの扱いにくさは今も昔も変わらないってことですか?」


「そうだ。初期のジェット機はしょっちゅうエンジンが止まっていたらしいが、この制御ソフト、エンジンコントロールシステムがなければ現代の飛行機だって似たようなもんだ」


 むしろ『制御システムがあるんだし、ちょっとくらい過激なセッティングでもいいよね』と言わんばかりに性能面にリソースを振られている。ジェットエンジンの発達はソフトウェアの発達と共にあったのだ。


「だがその制御システムも、センサーが正しいデータを提供しなければ正常稼働しない。カリーニンの機関士は、そこに異常があると睨んで外部からの目視点検を依頼したってわけだ」


「一度着水すればいいのでは?」


 降りてしまえば、それ以上落ちることもない。

 まったくもってその通りなのだが、そうもいかないのが現実だ。


「こんな巨大飛行機、簡単に降りられるわけじゃない。港のスケジュールもそうだし、そもそもちょっとした修理修繕は飛びながら行うようになっているんだ」


 先日の寄港とて、何ヶ月も前から計画されていたものだ。普通の船ならばともかく、これほど特殊な機体の受け入れは念入りな準備が必要なのである。

 赤とんぼは、問題が起きている翼に内蔵されたエンジンに接近する。


【乱流に気をつけてね、武蔵くん】


「了解。―――あれか?」


 センサー群に何か衝突したのか、ピトー管などがへし折れていた。これではエラーを吐くのは当然であろう。


「当該箇所に物理的な破損を確認。バードストライクでもしましたか?」


【そのような記録はありませんが……部品の交換でなんとかなりそうですか?】


「ちょっと待って下さい。ありゃ、電気ボックスが脱落してやがる」


 破損は機体外装を破り、内部の電子機器を諸共巻き込んでいた。

 これでよく飛行し続けられるものだ、と武蔵は関心した。図体がでかいだけあって、助長性もかなり確保されているのだ。


「右主翼、6番エンジンインテークのやや内側に損傷。降りる必要はないですが、これはメーカー呼ぶしかないかと」


 武蔵でも頑張れば換えの機器を構築出来そうだが、安全に関わる部分を適当な部品で代用するわけにもいかない。正規の部品を取り寄せ、専門家に交換させるべき内容だ。


【そうですか、参ったな……】


「これ以上こちらで出来ることはなさそうです。離脱しても宜しいですか?」


【ああ、ありがとうございます。詳しいデータは後で送っておいて下さい】


「了解」


 カリーニン7より少し離れ、翼を振る赤とんぼ。

 そして離脱しようとした瞬間―――若者達は、巨大機より奇妙な音を聞いた。

 甲高い嘶き音。それがジェットエンジンの鳴き声だと、知らぬ者はここにはいない。


「どうしましたか!?」


【え、エンジンが! 正常だった他のエンジンがフルスロットル状態に陥りました!】


 なんでまた、と武蔵はカリーニン7の上方へと舞い上がった。

 赤々と炎を吐く9つの巨大核融合エンジン。しかしカリーニン7は加速することもなく、むしろ不安定さを増す。


「あれ、エンジン出力が上がってますよね? なのにどうして変化がないのですか?」


「自動車でいえば、徐行運転中にいきなり5速に入れたようなもんだ! トルクが足りずにむしろ減速してる!」


 航空機のエンジンにも、速度ごとに適した最適な状態がある。しかしその最適な状態を保っているコントロールシステムが破損しているのだ。

 よって、エンジンが異常動作することは不思議ではない。しかしその影響は破損したシステムが担当する、1器のみに限定されていたはずだ。

 何故急に他のエンジンにまで影響が及んだのか。機関士も武蔵も、その答えにたどり着けなかった。


【なんでもいいので調べて下さい! 外部からなら何か判るかもしれません!】


「解りました! 先輩、花純、二人も手伝ってくれ! アリアも何か気付いたら教えてくれ!」


【【「了解!」】】


 散開し、カリーニン7周辺を飛行する3機。同時に内部の担当者達も慌てて異常原因を確認する。

 このままでは失速し、そうなれば当然墜落する。日本に巨大飛行機が不時着出来る広大な地面などなく、不安定なエンジンのまま海面に落ちれば確実に『コケる』。

 この怪物機が水の抵抗に抗いきれず、盛大に前転するなど悪夢以外の何者でもない。


「確認しますが、それぞれのエンジンは独立したシステムで稼働しているんですよね!?」


【勿論です! 完全にパラレルな制御系となっており、実際今まで他のエンジンに影響は及んでいませんでした!】


 武蔵は考える。エンジンコントロールユニット以外でエンジンに影響を与える場所。それも、生きているエンジン8発全部に対して。

 燃料供給ポンプ。フライバイワイヤ。或いはヒューマンエラー?


「スロットルの操作ミス、なんてことはないですよね?」


 アリアなりに考察するが、当然武蔵はその程度考慮している。


「操作ミスしたってコンピューターが有害な操作は拒否する。こんな暴走状態には陥らない」


「そもそもエンジンが暴走することなんてあるんですか? 普通エンジントラブルって出力低下か停止ってイメージですけど」


「あるにはある。ミグ25って戦闘機が、全力飛行をするとエンジンが止まらなくなるって欠陥を抱えてた。―――まあ今も尚謎多き戦闘機だ、本当かどうかは知らないが」


 人類史上最初の、最高速度が音速の3倍を超える戦闘機。それがミグ25だ。

 しかしこれはかなり詐欺臭い数値である。何故なら、このマッハ3,4という驚異的な数値は極めて限られた状況のみで有効な速度だからだ。

 機体表面の熱に耐えきれない、エンジンが燃料を吸い上げ停止しなくなる、等と色々妙な伝説を有するアレな戦闘機なのである。


「その飛行機と同じ状況が起きている、ということは?」


「核融合ジェットだ、そもそも油を燃やして飛んでない」


「核だって暴走するでしょう? メルトナントカって」


「核分裂炉ではな。核融合の場合、制御を失ったらそのまま停止するものなんだ。そうでしたよね、機関士さん」


【…………。】


 核融合炉について、この場で一番詳しいであろうカリーニン7の機関士に同意を求める武蔵。しかしその返答は沈黙であった。


「あの? ―――まさか」


 武蔵の脳裏で、幾つかの情報が繋がった。

 カリーニン7は名前の通りロシア製。ミグ25の虚偽に満ちたスペック。そして、機関士の沈黙。

 西側は、核融合技術について出遅れている。可能性としては度々、与太話として挙げられていた。


「まさか、こいつ―――核分裂炉?」


【……間接冷却式です。大気汚染はしていないので、ご心配なく】


 武蔵は頭を抱えた。まったくもって、そういう問題ではないのだ。

 核分裂炉は核融合炉より技術的ハードルが低いが、危険性は融合炉の比ではない。炉はシールド(放射線防御)され冷却も直接ではなく間接式。とはいえ微弱な放射能漏れは免れられず、多方面が騒ぐのは目に見えている。

 核分裂炉採用の露見だけで、政治的一大事だ。更に問題はその域を超え、現実的一大事に達している。


「種子島の海が大変なことになるぞ……」


 露出した炉心から溶け出す燃料棒。汚染される種子島近海。

 日本海には多数のロシア製原子力潜水艦が破棄されているとされるが、炉心のシールド強度は航空機のカリーニン7が劣るはず。なにより、人里が近すぎる。

 なんだって自分がこんな事態の当事者になるんだ、と武蔵は泣きたい気分であった。


【あの、このことはご内密に―――】


「いや、この無線オープンだから」


 無線機越しに呻き声を上げる機関士。

 なにはともかく、武蔵は今回のトラブルの原因を見た気がした。


「お訊ねしますが、核分裂炉が使用されていることを知っているのは一部ですね?」


【それはまあ、こんなことおおまっぴらに公表出来ませんから】


 そしてそれは、機体の建造現場にも言える。

 全幅400メートルの巨大飛行機だ。製造に関わる企業は多岐に渡り、その詳細を製造に関わった全員が把握しているはずがない。


「きっと、アビオニクスが核融合炉を前提としたものだったんだ。それを無理に分裂炉に転用したから、何かしらの条件を満たした際に間違った指示がエンジンコントロールユニットから出力されてしまったんじゃないか?」


 推測に過ぎないが、独立しているはずの各ユニットが同時に不調となるとなれば、設計段階のミスとしか思えないのだ。


「ハカセ、聞いてました? コードの解析をお願いします」


【もうやってるよ。こりゃあれだ、おそロシアだな!】


 昔より随分とマシになったとはいえ、ロシアの電子機器が雑なのは伝統である。


【ちょ、どうやって!? それは機密―――】


【機密を後生大事に抱えて死ぬか?】


 ぴしゃりと問うハカセに、機関士も黙る。

 軍人ならば機密は命より重い。しかし彼は民間人であった。


【……武蔵、結論からいえばお前の読み通りだ。ソースに無茶な改変の跡が見られる】


 飛行中の機体からどうやってソースを盗んだかはともかくとして、ハカセの技能を疑う余地はない。


「対処法は?」


【結論からいえば、修理方法はない。よってエンジンを更に誤作動させ、緊急停止シークエンスの発動を誘発する】


 ハカセの提示した解決法は、以下の通りである。

 エンジンが暴走状態に陥り、水上に着水出来ない。ならばエンジンを完全停止させればいい。

 カリーニン7はエンジン停止状態でも充分安全に着水可能。その誤作動を誘発すべく、エンジン上部の小さな垂直尾翼後部のセンサーを破壊する。


【センサー自体は脆弱なパーツだ、後方から撃ち抜けば模擬弾でも破壊出来る。今乗ってる赤とんぼには模擬弾は入ってるな?】


「入ってます。9発のエンジン全部をそれで止めればいいんですね?」


【そうだ。楽な仕事だろう? 最初から停止しているのは5番エンジンだから、反対側の4番から狙え】


 内容は簡単だが、責任は重い。

 割に合わないと文句を垂れつつ、武蔵は射撃位置に付いた。

 背中を丸め、操縦席に備え付けられた小さな望遠鏡タイプの照準を覗く。

 エンジンの奔流に巻き込まれないように慎重に、武蔵は射撃位置についた。


「Target tide(目標後部捕捉) on……Gun(機銃発射)now!」


 練習機の良好な操縦性と脆弱な火器は、この場に限っては都合がいい。

 7,7ミリ機関銃が火を吹き、殺傷力のない模擬弾頭を連射する。武蔵の正確無比な射撃は空力的というよりアンテナ支柱としての意味合いの強いカリーニン7の垂直尾翼を猛打し、センサーを破壊せしめた。

 途端、エンジン音が明確に静まっていく。ハカセの読み通り、安全装置が働いたのだ。


「おっしゃあ、俺やるじゃん!」


「よし、私の指示通りです!」


「DA! MA! RE! 勝手にお前の成果にするな!」


 とぼけたことを宣うアリアに怒鳴る。無線機からは妙子と花純の賞賛の声が送られた。


【武蔵くん、やるぅー!】


【お見事です。さすがですね】


「いやぁそれほどでも? あるけどさー」


 美少女達に褒められて鼻の下を伸ばす武蔵。

 その直後、カリーニン7は地獄の断末魔が如き悲鳴を上げた。

 金属が嘶く、それが何重にも重なった生理的嫌悪を呼ぶ音。飛行中にも関わらず、それは空に鳴り響き全員が動揺する。


「な、なんだ!?」


「すっごく嫌な音がしましたよ!? やっぱり武蔵ですね! 爪が甘い!」


「んだとコラ! 俺はちゃんと仕事したっつーの!」


 その音が機体への負荷によるものだと、解らない武蔵ではない。

 だがそれは本来有り得ないはずの現象であった。


「ハカセ、どう思います?」


【機体強度が足りていないんだ。だから、全力稼働するエンジン部分と停止状態のエンジン部分が、引き裂かれるような軋みを上げているんだろう】


「滞空証明通ってるはずなのに、なんでそんな!」


【少数のみ建造された機体だからな、設計不備の洗い出しが不十分だったとも考えられるが……なにせロシア製だしなぁ】


 間違った意味で、安心と信頼のロシア製である。武蔵は頭を掻きむしった。


「とにかく、他のエンジンも同様の方法で止めましょう!」


【待て、そこに他の空部員もいるんだよな? ならせめて同時に破壊してみろ。一つずつ止めていくよりはマシなはずだ】


 武蔵は妙子の駆るレッドドルフィンを見やる。妙子は視線の意味を正しく理解した。


【私は大丈夫よ。空部部長だってとこ、見せてあげるわ】


【私も、ただ撃つだけなら大丈夫だと思います。参加させて下さい】


「カスミ、大丈夫なのですか?」


 心配そうに訊ねるアリアに、花純のマジステールは翼を振って答えた。


【遊戯程度ですが、エアレースの試合もしたことがあります。行けます】


 自分の技量を過信するわけでもなく、しかし確固たる意志を示す花純。

 武蔵はそこに、彼女が生徒会長たる所以を見た気がした。


「判った。二人共、頼む!」


 豪快な螺旋を描きカリーニン7の後ろに潜り込む妙子と、教科書のように堅実な手順で射撃位置に付く花純。

 性格の違いを垣間見つつ、武蔵はタイミングを測る。


「カウントゼロで撃つぞ」


「くっ、私だけ何も出来ないのですね―――」


 前部座席で悔しがるアリアに、武蔵は提案する。


「なら今から変わろうか、操縦桿の引き金を引くだけの簡単な仕事だ」


「あ、義務的に一応悔しがってみただけなのでお気になさらず」


「お前ほんといい性格してるな!?」


【武蔵くん、まだぁ?】


 急かされ、慌ててカウントを開始する武蔵。


「―――4、3、2、1―――」


 声とならない射撃開始の瞬間。3機の練習機は殺傷力のない偽りの牙を炎と共に吐き出し、見事エンジンを停止させることに成功させるのであった。


「やった!」


「まだだ! まだ4発残ってる!」


 全9発中、トラブルで1発停止、意図的な誤作動で4発停止。それでもまだ4発残っている。

 依然として出力のアンバランスさは変わっていない。すぐに残りの4発も止めねばならないのだが、カリーニン7はそれを待ってはくれなかった。

 再び鳴る金属音。一段と大きなそれは、正しく断末魔。

 やばい、そう思った時には叫んでいた。


総員離脱!(Break!) 散開(Break!)しろ!」


 さすがは空部というべきか、その言葉を理性の前に本能で理解し離脱するレッドドルフィン。

 花純もまた、覚束ない挙動ながら離脱を試みようとしている。

 そして武蔵もまた、決断を迫られていた。

 カリーニン7は空中分解する。それは、既に武蔵の中では確信に近い予感であった。

 すぐに離脱すべき。しかしそれは、目の前の飛行機に乗る人々を、そして種子島の人々を見捨てるということ。

 逡巡を振り切ったのは、前部座席に収まる少女の声であった。


「武蔵?」


 振り返りつつ、名を呼ぶアリア。

 その声色に不安の色を見出した瞬間、武蔵は離脱せんと操縦桿を引き―――


【―――武蔵、9番エンジンを頼むわ】


 聞き覚えのある声に、再度射撃体勢へと戻った。

 声の主を武蔵は知っていた。彼女の実力も、その後輩達が例外なく精鋭であることも。

 故に躊躇は消える。天空より降下してきた3機は武蔵と呼吸を見事に合わせ、残り全てのエンジンを同時に射抜いた。

 全エンジンが緊急停止し、滑空へと移行するカリーニン7。その側を、3機がフライバイする。


「その声、時雨か!」


【ふぅん? 声だけで聞き分けてくれるのね。ま、お役に立てたかしら?】


「ああ、助かったよ。愛してる」


【ばばば、ばっかじゃないの!? インポ野郎!】


「お前口悪くなったな」


 突如現れた編隊の先頭を飛行する、大柄な戦闘機。時雨の愛機たる四式戦闘機『疾風』。

 そしてそれに続く軍用機達。疾風の両脇を固めるように寄り添うのは、2機の似たシルエットを持つ戦闘機。

 日本軍において珍しい水冷エンジンを搭載した、三式戦闘機『飛燕』。そしてそれを空冷エンジンに換装した『飛燕改』である。

 3機は見事な編隊を組んだまま、カリーニン7の着水を見届ける。さながら3機は、1つの完成された生物であった。


【練習飛行中に変な会話が聞こえて、来てみたわ。相変わらずの名探偵体質ね】


「行く先々で殺人事件が起こるような体質じゃないと信じたい」


 銀翼を何時の間にか沈みかけていた夕日に照らし、悠然と飛行する戦闘機達。

 アリアは元より、見慣れているはずの武蔵すらその非現実的な光景に目を奪われていた。


「か、かっこいい」


 呟くアリア。彼女の中で、漠然とした目標はこの時明確な形に結実した。


「鋼輪工業高空部、さすがに練度が違うな」


【あんな角度から撃ち抜くなんて、相当な腕ね】


【まさに針の穴に糸を通すような、神業です】


 事前知識のあった武蔵はともかく、妙子や花純のみならずアリアすらも鋼輪工業空部の技量に圧倒された。

 あれが本当の空部ならば、雷間高校の空部など正しく同好会であろう。ただ、空を飛んで遊んでいるだけのお遊びサークルだ。


「すごい、すごいです!」


 無知故か、アリアがきゃっきゃと無邪気に喜ぶ。


「飛行機って、あんなに綺麗なんですね!」


「お前もあんな飛び方をしたいのか?」


「します! 出来るようになります!」


 どれだけの差があるかも知らぬが故に、アリアは安易に決意する。

 しかし武蔵はそれを悪いことだとは思わなかった。


「ならまずはライセンスだな。さっさと試験をクリアしてしまえ」


「はいなのです!」


 嬉々と頷くアリア。

 彼女はいつまでも、鋼輪工業空部の飛び去った空を見つめていたのであった。






 後日。


「というわけで、晴れて免許も取れたので―――鋼輪空部との練習試合を申込んでおきました!」


「何やってんのお前!?」


 そう報告する彼女の生徒手帳には、真新しい小型機ライセンスのカードが収まっていた。




超重飛行船

浮遊機関によって飛行する、空飛ぶ船。従来の飛行船は軽飛行船と呼ばれる。


浮遊島

空飛ぶ島。メガフロートと似た発想だが、海水による劣化もなく環境への負荷も極小なことから、日本政府はこれを推進し建造していっている。

この島を見た日本人の多くが、真っ先にあの言葉を呟く。

「バ○✕!」


NB-36H カリーニン7

ロシア製の超巨大高空研究用プラットフォーム。超重飛行船や宇宙船には不適切な高高度を研究すべく建造された。

全幅400メートル。9発の巨大なエンジンを搭載した全翼機。一応民間所属だが、ロシアのことなのでそれも怪しい。

建造当時の技術的問題から、東側では実用化されていた核融合エンジンの搭載を見送り核分裂炉を搭載した。間接的に冷却する方式なので、大気汚染はほとんどない……らしい。


T―4 レッドドルフィン

日本の中等練習機。ドルフィンは正式名称ではない。

作中に登場した機体はどこかからレンタルしたもの。イルカかわいいよイルカ。お前を消す方法。


CM.170 マジステール

グライダーのような長い主翼とV字の尾翼を持つ、フランス製の初等練習機。

つまりパイロット候補生が最初に乗る機体なので、凄く扱いやすい設計となっている。花純が操縦できたのもそれ故。

作中においては、初飛行より90年たっている爺さん。世界初のジェット機として設計された練習機である。


十七試艦上戦闘機 烈風

アリアの家に保管されていた、彼女曰くゼロ戦。

完全なノーマル状態であり、劣化が激しく飛行不可能。



鋼輪工業高校空部所属機


四式戦闘機 疾風

白露時雨の愛機。でかくて強い。


三式戦闘機 飛燕

鋼輪工業の双子が駆る戦闘機。水冷。


五式戦闘機 飛燕改

鋼輪工業の双子が駆る戦闘機。空冷。

本当は名前がない戦闘機だが、作中においては締まらないので飛燕改と呼称。


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