落とし物
廊下からこっそり来客を確かめると、それは昨日の恩人だった。
「お姉様、あの方です! わたしを案内してくれた人!」
隣で覗いているアステリア様に囁く。うれしそうに瞳を輝かせるシアと反対にアステリア様は何かを考え込むような顔をしている。
「本当に、あの人が?」
「ええ、間違いないです!」
そう…。と言ってアステリア様は黙ってしまった。その様子には気づかないようでシアはうれしそうに話しかける。
「わたし、あの人にもう一度お礼が言いたいので、行ってもいいですか?」
「そう、ね。 身元のしっかりした方なのは間違いないし…」
最後の方の言葉はシアの耳には入らなかった。
「こんにちは」
部屋に入っていくとその人はゆっくりとシアを見た。何かを確かめるような視線にわずかに首を傾げる。
「昨日は本当にありがとうございました。 あなたのおかげで家まで帰ることができました」
自然と浮かんでくる笑顔で告げると騎士も口元を緩めた。
「それはよかった。 しかし、そんな調子では城に入ったら大変じゃないのか?」
内心どきどきとしながら答える。訪ねてきたのならわかってるとは思っていたけれど、やっぱり知っているみたいだ。
「どちらになるかなんて、まだわかりませんよ」
「それでも、候補は君かもう一人かだという噂だ」
「噂は噂ですよ」
「そうだな、すまない。 そんな話をしにきた訳ではないんだ」
「?」
「これなんだが、もしかしたら、君のものではないかと思ってな…」
騎士が出したものは両手を合わせたほどの大きさの花を象った髪飾り。それは昨日シアが髪に飾っていたものだ。
「あっ、これ…」
「やはり、君のか…」
「落としてたんですね、全然気づかなかった!」
「…こんな大きなものを落として何故気づかないんだ」
「え、えっと…。 なんででしょう?」
「注意力が足りないと色々と苦労するぞ」
王宮ではと小さな声で添える。
「詳しいんですね。 やっぱり騎士様でも王宮で暮らしていると色々と大変なんですか?」
「グレイだ。 騎士様、というのは止めてくれ」
シアの呼び方に少しだけ顔をしかめてグレイ様は名前を教えてくれた。
差し出された髪飾りを受け取りながら緩んでいた頬をさらに緩ませる。
「グレイ様ですね。 わたしは…」
「アステリア、だろう?」
シアが名乗ろうとすると先んじてグレイ様がその名を呼んだ。
「…。 ええ、ご存知でした?」
うっかり自分の名を名乗るところだった。シアが胸をなで下ろしているとグレイ様は何かを探るような目でシアを見ていた。それは城の廊下で不審な娘を誰何したときに見せた目と同じような鋭さを持っていた。
「何処の誰だかわからないと返しにこれないだろう」
「そうですね。 ありがとうございました!」
その鋭さに気づいていないのか、シアは変わらぬ様子で礼を述べる。
「昨日からご迷惑ばかりかけてますね…。 わざわざ本当にありがとうございます」
「いや、大した事じゃない」
シアが重ねてお礼を言うとグレイ様は口元をわずかに緩めた。
しかしグレイ様は用件が済むとすぐに辞去した。残念に思ってもシアには引き止める言葉が見つからなかった。