迷子
絢爛な王城の中。
シアは広すぎる廊下で困っていた。
「どうしよう。 大広間ってどっちなのかな?」
昨日アステリア様とした会話を思い出す。けれど城内で迷ったときどうするか、などというアドバイスは聞いた記憶がない。
アステリア様との約束は充分に果たせたと思う。後は帰るだけだったのに、門の位置はおろか、出て来た広間の位置もわからない。完全に迷っていた。
「こんなに広いのに人もいないし…。 どうしようこのまま帰れなくなったら…」
想像したら怖くなってきた。城の廊下は広すぎて誰もいない空間に閉じ込められてしまいそうな気がしてくる。
「おい」
「きゃあっ!」
突然廊下の陰から声がした。
「こんなところで何をしている」
陰から出てきたのは黒い制服を纏った騎士だった。黒い制服な上に髪や目も黒い。シアが気づかないのも無理はなかった。
出てきたのが騎士だとわかってシアはほっとした。騎士もシアのドレスを見て招待客だとわかったらしく声が少し軟らかくなった。
「何故こんなところにいるんだ?」
「帰ろうとして迷ってしまって…」
「迷った? 城門は正反対だぞ」
騎士は最初、シアの言葉を疑ったようだ。しかしシアの瞳を見てそれが嘘ではないと判断してくれた。
「仕方ないな。 案内するから、ついてこい」
騎士が先に立って歩き出す。シアはやっとこの回廊から抜け出せると知って安心した。
「ありがとうございます。 このまま外に出られなくなっちゃうかと思いました」
「たしかに広いけど、迷うほど複雑な構造はしてないんだけどな、本当は」
慣れたら夜でも迷わないと騎士は笑う。
城門近くまで送ってくれたら騎士は中に戻ると思っていたら、騎士はシアの乗ってきた馬車を呼んで、乗るまで傍に付いていてくれた。
「本当にありがとうございます」
城に来る機会なんてもうないので、ちゃんとお礼を言っておきたかった。
馬車の中でシアは頬が緩んでくるのを押さえられなかった。早く帰って今日のことを大切な人に話したい。最初に言う言葉を何にしようか、胸がどきどきしていた。