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相沢楓という男がいた。
彼は研究者としてとても優れた魔術師だった。
だった──と言っても別に彼が死んでしまったというわけではない。現在彼がどこで何をしているのかは、三谷の知るところではないが、以前、彼はイギリスでハープと言う名の魔術師とともに『神域』と言う名の幻想を研究していた。
手法は土人形。到達地点は生命の創造。
完成されたゴーレムとは擬似的な生命だ。
プログラミングされた命令をこなす人造の使い魔でありながら、しかし洗礼されたゴーレムはそれだけに留まらない。
コンピュータで言うAI──俗に言う人工知能を有したゴーレムは、土と魔力で形成されていながら、生物のように自身で思考し、行動することができる。そこまで洗礼されたゴーレムは、生物と他ならない。神が生命を生み出したと言うならば、二人は神の域に足を踏み入れたと言ってもいい。
しかし、故に、彼らは教会の怒りをかった。
本来神秘の行使は神とその眷属──その教えを受けた聖職者にしか許されない行為である。そんな教会側の思想を基に、彼とその相方であるハープは処刑の憂き目にあった。
結果として、教会に属する異端狩り組織の一人によって、彼らはその研究の全てを消去された。
相沢楓は所持していた探求の剣を、ハープは地震の魔導知識の大半を奪われた。
「そんな凄そうな人が先輩のお知り合いに?」
「一時期イギリスに滞在していた時期に知り合っただけだ。彼らの研究は一部の魔術師の間では有名でな。教会との抗争も含めて今では一部の研究者の中では語り草だよ。一時期は聖人の介入すらも視野に入っていたらしい」
「しっかしあれですねぇ。教会とか聖人とか、単語だけで聞くとまるで物騒な響きがないのに、組織というのは恐ろしいですねぇ」
「そもそも教会と言っても表側と裏側では思想も組織も全く違うものだからな。特に日本の教会で職務を全うしているような人間の殆どは魔術や神秘の実在すら知らされていないだろうさ。ましたや聖人など、滅多に表に出てくるものでもないしな」
「そんなもんですか……一回会ってみたいものですけどねぇ、その聖人さんとやらに」
不敵な笑みを浮かべて言うアルの頭を小突く。
「聖人なんて会って楽しい物じゃないさ。特に俺達のような魔術師が会っていいものじゃない」
まったく、同じ神を信仰する同類である事には変わらないというのに……。
「まあ、所詮は他人事だ。俺は別に目立った事はしていないし、何かやらかさない限り教会が動くこともないだろうさ」
ましてや、ここは極東の島国な上、様々な宗教が根ざしている。
余程の原因がない限り、一人の魔術師のためにこんな僻地に聖人含む教会の主戦力が来ることはないだろう。
「でも、先輩の手元には今レポートがあるじゃないですか」
「それならまだ教会に知られていないだろうし心配はないだろう。そもそもフォルテ・オーケストラ自身世俗とは離れた身だ。彼の研究が教会に漏れていたとは考えられん」
「だといいんですが。私は教会と抗争することになったら即刻逃げますからね? 私は基本戦闘には向いていないので」
「さっきまで聖人に会いたいなんて抜かしてた奴が何を言っているんだ」
アルの自分勝手な言動に三谷は小さく苦笑する。
一度、会話が止まり、アルは所用と言う事で一度どこかに姿を消した。
一人残された三谷はソファに横たわってレポートの記述内容を頭の中で反芻する。
「せめて術式の目的くらいは記述してくれていたら良かったものの」
何度目の愚痴か分からない不満を、もう一度呟く。
「あぁ、そう言えば」
ふと、思い出した。
彼の部屋に在った空っぽの箱。生前の彼曰く、その箱こそが彼の研究の成果その全てであると。
もう一度、あの箱を調べる必要がある。そんな考えが湧いて出た。