/2-1
/2
──ぴちゃぴちゃと肉を啜る音。
止まない雨が地面にぴちゃり。
そこは墓場だ墓場でぴちゃり。
そこは既に死者の聖地だ生者は帰って聖者は祈れ。
踊れ。踊れ。踊れ。
亡者が蠢き肉を食らう。
食らえ食らえ。くらりくらり。
終われ終われお前が終われ。
終わり始まり始まり終わり。
◆ ◆
交霊術死の詠唱は不快だ。
この世界に数ある魔術詠唱の中で、この分野こそ一番陰湿なのではないだろうかと、そんなことを本気で考えながら詠唱を続ける部下の姿を見る。
フードを被った少女はそんな視線を無視して彼女が作った祭壇に向かっていた。
やがて少女は被っていたフードを外してふーっと息を吐いた。
「終わったか?」
「終わりましたが、何も手がかりはありませんね。このレポートに残った思念では真意までは読み取れません。どうも、一心不乱に書き上げたようで」
「このレポートを書いている段階では書いている内容を考えていなかった、ということか」
分かっていたことではある。
恐らく理論を構築仕上げた後でこのレポートの執筆に取り掛かったのであろう。だとすれば、このレポートを書いている段階で考えていたことは、そのままレポートに記されているものと大差ない。
「しっかし先輩も酷いです。私が陰湿だなんて」
「そんなことは考えてないよ。本当にアルはよくやってくれている」
「いや、先輩は考えていることが口に出るタイプです。事実、私詠唱中に先輩の声でちょっと泣きそうになりました」
「なんて言ってた?」
「まったく、陰湿な詠唱だって」
「すまん。今度からは声に出さないようにするよ」
「いやいや、考えを改めるようにしてください」
アルは言いながらてきぱきと祭壇を片付け始める。
祭壇と言ってもそこに小さな台と魔法陣の描かれた羊皮紙だけだ。
「しっかしあれですねー。このレポートの作者さん、知名欲の塊ですねー先輩のお知り合いってこんな方ばっかなんですか?」
「そんなことはないし、それを言うならば自己顕示欲だ」
「いや日本語って難しいですよーもう分かりやすく知名欲で統一しません? せめて私達の間だけで」
「嫌だ。お前のアホみたいな言葉遣いを真似ていたら頭がおかしくなる」
背後から文句をいうアルを無視してレポートをもう一度読み直す。その理論はやはり空想の域を出ない代物で、現実とは程遠い仮説の中に打ち立てられていた。
そもそも、魔術を構成する式は簡単であっても複雑であっても、しっかりとした手順の下に成り立っている。ただその手順というのが些か普通では無いというだけだ。
例えばある整数Xに整数Nを代入することで答えを導き出すのが数学だ。それと比べると魔術とはプログラムに近い。Xという箱にNの魔力を代入する。それを処理する関数が魔術式で、返ってきた値はそのまま現実世界に還元される。だから魔術式は変換器であり、それを繰る魔術師もまた、魔力を現象へと変換する機械に他ならない。
どんな神秘を起こしたところで、そこに式があるかぎり、何らかの理論は必要不可欠だ。問題は、その理論と言うのがあくまでも魔術的な──魔術師が繰る非科学的な理論であるというだけの話。そこに理論も何も用いずにただ魔力を変換するだけで起こす現象を、魔術師は魔法と呼んだ。
「魔法……ああ、魔法と考えれば可能か」
魔法に宿る可能性は魔術の比ではない。
ただ魔法と魔術ではそもそもの過程が異なりすぎている。
根底にあるエネルギーは同じでも、変換器が異なるからだ。
「何よりもまずは目的か。彼の目的が分からなければ意味を理解するなんてことは不可能だし」
精霊の召喚と人体への憑依。
元々其処に居るモノを呼び出すなんて言う矛盾。
そして、一定区間からの魔力の排除。
「精霊を召喚する為に他の精霊を排除する──と言うことなら別にこの宇宙から切り離す必要はないはずだし」
「魔術は等価交換ですよ。宇宙の外まで飛ぶなんて言うのは式のない魔法の領域です。そこまでいくと、魔術には到達できない境地です」
背後から茶々を入れてくるアルを睨みつける。
「そんなことは分かってる。問題は、彼がそこまで馬鹿かどうかということだ」
「んー、でもそんなの、神域を目指すのと同義ですよ? 精霊の召喚と憑依は降霊術の範疇ですし、私にだってその方法さえ確立していればできなくはないのでしょうが、魔力を排除するやり方はその範疇外、転移です。降霊術も確かに部類的には転移と言ってもいいのかもしれませんが、その方向性が間逆ですよー」
「神域……あぁ、そういうことか」
「へ?」
「彼が目指していたのが神域だと言うのなら、成る程理解もできる」
「いやいやいや流石にそんな幻想に一生を費やすような人はいないですよ」
神域、とは簡単に言ってしまえば魔術師達の間で語り継がれてきた噂の一つだ。
この世界を創りだした神がいて、魔術という神秘がその神の力を使って行われるものならば、必ず神の住む世界も存在するのではないかという噂。要するに神域とは、その神の住んでいる領域のことを指し示す。そしてそこに到達する術が見つかれば、人間は神の仲間入りができるのではないか──
妄言と吐き捨てることは容易い。
だが実際その噂を信じ、探究する者も存在する。
仮に彼──フォルテ・オーケストラという魔術師がその探求者の一人であるならば、このレポートは今までとまったく違う意味を持つことに成る。