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空虚の城  作者: 東野飾
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例えば魚が空を泳ぐ。

例えばスバメが地を駆ける。

群れと明らかに異なった行動を取る者に待つ待遇は、差別的な視線だけだった。

だから彼は極力人前に出ることをせず、一人っきりの暗闇に閉じこもる事を選んだ。

小さな箱がある。

箱に入っているのは彼が生涯かけて培った叡智であり、彼の人生のそのものだった。しかし、現在、箱の中には何も残っていない。箱の中は空虚な無。そこには何かが在った形跡すらもない。

はて、と首を傾げて三谷はそれを手にとった。

片手で持ち上げられるほどに軽いそれをためつすがめつして、やがて箱には本当に何も残っていないことを確認すると、箱をそっと地面に置いた。

陰湿な部屋だった。

長年カーテンが開けられていなかったのか、ジメジメとした空気とすえた埃の匂いが鼻をつく。窓を開けると外の風がカーテンを揺らして埃を巻き上げたため、すぐに閉じた。

万年床になっていたのであろう、敷きっぱなしになっていた布団は冷たい。そこに人の体温は感じられない。蹴飛ばされた毛布が、唯一そこで誰かが寝ていたのだという証として残っていた。

積まれた書類には生前、この部屋に住んでいた男の書きなぐった文字と記号。恐らく本人以外には対した価値もないであろうそれを、三谷は手にとって流し読む。

書かれていたのは降霊術を基板とした彼の研究。精霊を召喚し、人間の中に憑依させる魔術の研究レポート。しかしそんなことをして一体何になるというのか。そもそも精霊とはそこかしこに存在しているもので、魔術師とはとても関わりの深いものだ。それは召喚するまでもなく既にそこかしこに限界している。ただそれを人の眼球と脳が認識できないというだけの話。確固たる形を与え、それを視認できるようにするという研究ならば、確かに意味はあるのかもしれない。それは即ち神話の再現だ。形ある精霊は、神話の時代から現代までの時間の流れの中で消失した。そこにもう一度形を与えることができればあるいは、神話の世界を再現することだって不可能ではないだろう。

レポートの一枚目に記述された式はさして難しいものではない。昔からある簡素な魔法陣と、そこに精霊の力を流しこむ代わりに自身の魔力を注ぎこむように工夫して描かれただけのものだ。ただ、不可思議な点があるとするならば、この式では呼び出されるのは天使でも悪魔でもないということ。召喚魔術における召喚対称はその都度変わってくるものではあるが、このレポートに記された元となっている魔術は天使の召喚の為の物だ。だが彼が描いた理論では、天使を呼び出すことは出来ないだろう。この式はまず世界に満ちた魔力を全て断つことから始まっている。そして絶たれた魔力の行き着く先は天界であり、この宇宙の外側だ。宇宙から離れた魔力がどうなるのか、そればかりは分からないが、ともかくそのこの宇宙から離れた魔力というのが鍵になる。大気に蔓延する精霊の力を一定の空間内から全て遮断・転送した後に残るのは何もない空虚な空間だけだ。そしてそこに自身の魔力を流しこむということはつまり、その空間をもう一つの自身──つまるところもう一つの体内とすることに繋がるのだとレポートには記されている。それはしかし空論でしかない。勿論ある程度魔力の流れを遮断することは不可能ではないが、宇宙の外へとそれを追いやってしまうというのは、大規模な儀式と大規模な魔力が必要となる。何より、召喚魔術とは召喚対象と儀式空間とを繋げるためのバイパスを作ることが主目的となる。しかしこの理論で言えば、まず最初にこの宇宙と外を繋げるための道作りが必要不可欠になってくる。そんな道を作るのは不可能に等しい。事実、この式はそんな道を繋げることなどできないし、もし可能だとするならば、もっと複雑で大規模なものが必要となってくる。

世界は等価で成り立っている。

いわゆる等価交換というやつで、これは主に錬金術の範疇で研究されている分野ではあるのだけれども、簡潔に言えば質量が五百の物質を作り出すためには、同じ質量を持った素材が必要となるということだ。魔術に対しても同様で、その現象を引き起こす代償として、我々は自身の中で生み出した魔力を放出する。つまるところ魔術師とは変換器のようなもので、魔力を変換して現象へと還すのが魔術師の本来の在り方だ。そうして起こった現象を、人々は奇跡と呼び、魔術という名を付けた。

彼が夢見た魔術の必要素材は、人間が、ましてや個人が賄える物ではない。だがこの羊皮紙の束は、どうも三谷の目を引きつけて話さなかった。

それが果たして研究者であった彼が、唯一三谷を友人と呼んだからなのか、もしくはもっと別の理由があるのかは分からない。ただなんとなく、心の何処かに引っかかりを覚えた。

しばし逡巡した後、結局その羊皮紙の束を封筒に入れた。恐らくこのレポートに書かれている事柄を理解することは出来ないだろうと思いながら、彼はレポートを大事そうに抱えて部屋を出た。

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