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神保町で火事があった話

少し前に神保町で火事がありました。

ビルのとても高いところで、もうもうと黒煙が上がっていました。


不謹慎かもしれませんが、自分は2003年に見た同時多発テロのことを

思い出しました。


それと同時に、あんなに高いところの火を一体どうやって消すのかと思いました。

絶体絶命じゃないかと思いました。


しかし煙は、自分が煙を見た僅か数十分後に既に止まっていました。


一つ、人の持つ叡智の素晴らしさを感じました。

もちろん、火事があった時の事を考慮して設計されていたのだと思うのですが。


なんとなく僕には、それが何か苦しみの炎のように感じました。

そして、その炎は誰にも手に負えないぐらいに暴れ狂っているように見えましたが、

直ぐに消滅してしまったのです。


苦しみはさけて通れないものです。

しかし終わらない苦しみは無いのだと思います。

そう思ったのです。


実際の所、火事が消えたからといって苦しみが終わりという訳にはいきません。

むしろ苦しみは始まるのでしょう。


しかし、数年、数十年経てばきっと、それをネタに笑い話ができるぐらいになっていると思います。

苦しみにただただ耐えるという事は、受動的で消極的な姿勢なのでしょうか。

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