柚の花
友達に「短い」と言われたので、自分なりに長めにしてみたのですが、「なげぇ、ウザい」と言われたらどうしようと思ったので、文字数そんなに変わってないです。
桃が負けた。
信じられなかった。桃が油断した一瞬のうちに形勢が逆転した。桃の怪我の状態から見ても、手加減をされていた事がわかる。よほど桃の事をなめていたのか、自分の首を絞める事になっていたが。
悔しい。僕らが二人でかかって完全に勝てなかった唯一の相手、大峰 怜理。
先程から考えるのはそればかりだ。あちこちで噂され、否が応にも耳に入ってくるのだ。無理もない。
胸の奥に違和感を感じ、咳が出てしまう。
「!!」
咄嗟に口を押さえた方の手にべっとりと赤黒い血が付いていた。
またか。僕は姉の桃みたいに体は丈夫じゃない。少しの緊張やら興奮で体調を崩すとか何とも面倒だ。
一つため息をつくと、手を洗ってから医務室に行くことにした。
「痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃ!!」
医務室ではちょうどと言っていいものか、先生が大峰の肩に深々と刺さった小型槍を抜いているところだった。
血は飛び散っているし、大峰の悲痛なうめき声は響いているし、地獄絵図と言っても過言ではないだろう。何故麻酔を使わないのかは謎である。
僕がいる事に大峰が先に気付いた。
「あ、神園 柚だ。」
フルネームで呼ばれた理由はわからないが、僕と桃を見分けるとは、すごい洞察力だ。先生たちですら制服がスカートかズボンかで見分けている。座っているときは分かりにくいので、結果よく間違えられる。
大峰は俺の目だけ見て答えた。まぁ、似てないと言われれば無理もない。
「おねぇちゃん大丈夫だった?怪我させてたらゴメンね?」
お前が手加減したから、ほぼ無傷だよ!と言いたいのをぐっと堪える。それよりも何よりも「おねぇちゃん」という言葉が深々と突き刺さる。それはもう大峰の肩に刺さっていた槍よりも深く。
「いいなぁ~。双子って。私、妹はいるけど滅多に会えないしなぁあああ!」
先生が再び手に力を入れ抜こうとしたため、語尾が少々発狂する形となった。
実際、僕らは双子じゃない。桃の母は今の育ての親だが、僕の母はその時の父の不倫相手なのだ。これを知らないのは桃だけだ。今の母はその事を知って今でも怒っている。つまり僕がどれだけ悲惨な立場にいたのかを桃は知らない。桃は僕の「おねぇちゃん」だが漢字だと「義理の姉」ということになる。
ようやく槍が抜けたようで、先程から響いていた大峰の断末魔は消え去った。止血はしていたのだが包帯に血が滲む。
「じゃ、少し寝るよ。柚って案外、無口なんだね。」
大峰はベッドに横になり、よほど疲れていたのか数秒もたたない内に、意識が消えていた。
無口って言われてもなぁ、自分じゃしょうがないし。小さい頃からの癖だし。
「ねぇ、大峰さんと仲良いの?」
今まで自分と同じように沈黙を保っていた先生が口を開いた。
仲がいいって言っても今日初めて話したし、あいつが異様にフレンドリーなだけだと思う。
「これ知ってる?」
先生が大峰の包帯を少しめくり、あるものを見せた。
「本人は痣って言うけど、それにしてはねぇ。何か知らない?」
先生が興味深そうに眉を寄せた。
僕はその時咄嗟に知らないと答えた。
痣とは何とも見え透いた嘘だな。どちらかと言うと紋章のような、三又の槍をかたどったような、黒い線が入っていた。
そう、ワールドエンドブレイドに選ばれた使い手しか持たない紋章だ。
それはもう何故医務室に来たのか忘れるくらいの衝撃だった。