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ここはゲームですか?

悩み多き妹「真帆」の視点より。

「………さいってー…」


寝て起きたら今までのことは夢だった…そんな展開をちょっと期待したっていうのに、まったくそんなことはなかった。それどころか、朝っぱらから無理やり現実を見せつけられるようなアクシデントが発生している。


この、ごわごわのズボンを持ちあげてことさらに主張しているコレ。まったく持ち主の意思に配慮することなく、全力で自己主張しているこの存在が我が身の一部であるなどとは思い難いのだけれども、誠に遺憾ながら我が身の一部であることは昨日既に確認済みであってもう疑いようがない。


「これって、どうしたらいいの……」


扱いが分からないので、とりあえず「しずまりたまえー!しずまりたまえー!」とか語りかけてみる……




時間がたって、やっと静まってくれたので部屋の外に出た。柏くんと兄は既に起きていて、二人だけで椅子に座って何やら真面目な顔で話をしていた。


「おう、おはよう。起きるの遅かったな。やっぱり調子悪かったのか?」

「真帆ちゃん、大丈夫?」

「うん……まあ、大丈夫だよ」


この家の人たちは、もう仕事に出たのだろうか。農村みたいな雰囲気だし、朝から畑仕事をしているのかもしれない。疲れていたとはいえ、勝手に遅くまで寝てしまって、申し訳なかったな。


「さっきトモくんと話してたんだよ」


手招きされて、わたしも二人の近くに腰を下ろす。


「俺、まるっきり女になっちゃってるんだよな?」

「うん、そうみたいね」

「鏡を見てないので自分ではイメージがわかないが、別人みたいなのか?」


わたしは変わってしまった兄をあらためて上から下までながめてみた。太くて長いまつ毛、吸いまれそうな不思議な魅力のある瞳。すっと通った鼻筋。白くてなめらかな頬とうなじ。髪の毛はショートだけれど艶があってさらさらだ。そして、全身すらーっと細いのに出るところは出ているというか。ちょっと悔しいことに今の兄は結構美人だと思う。


「うーん、でも別人ってのはちょっと違う気がしますよ」

「そう?」

「確かに前の透さんとは違うんだけど、昨日から真帆ちゃんには雰囲気が似てるなーと思ってたんですよね。並んでいると、姉妹っぽく見えるような」

「そうなのか?」

「わたしは自分ではよく分からないけど」


ふーむ、と細い指をあごのところにあて、首をかしげる(元)兄。そういうしぐさもまた、どこか蠱惑的に見えるような気がする。中身はおっさんなのに。


「それはそうとして、実は昨日、戦闘中に、トモくんには何か能力が芽生えたらしい」

「能力ってなに?」

「超能力みたいなやつだ」

「……ほんとに?それってすごいんじゃないの」


超能力といえば、瞬間移動したり、テレパシーで会話できたり、空を飛んだりとか。普段なら冗談だと思うところなんだけど、急に性別が変わる人がいるぐらいだから、この際そういうのがあっても驚くことじゃないのかもしれない。


「あ、ひょっとして、それって日本に帰る役に立つ?」

「いやそれが……微妙な能力で」

「あ、そうなの?」

「どうも、触ったものの名前とかレベルとかがわかったりする能力らしい」

「それって具体的にはどういうの?」

「昨日のツチノコの本当の名前は『ジャンピングボア』で『レベル2』だそうだ」

「うーん、たしかにそれは微妙……というか地味?」


そういうと、柏くんがあからさまにがっくりした。ごめん…でも蛇の名前なんて分かってもなあ。わたしたちが学者で、この辺りの生物を調査するのが目的とかだったら、ひょっとしてすごく役に立ったのかもしれないけど。


「で、この能力、人間にも使えるようなんだ」

「ふーん。人間だとどういう風になるの?

「えっと、トモくん、もう一度俺を見てくれないか」


兄が差し出した手を柏くんが両手で握る。そして、しばらく集中しようとするかのように目を閉じて、まぶたをぴくぴくさせてから、こう言った。


「トオコ 人間(女) レベル1」

「え?トオコって誰?『とおる』じゃないの?」

「うん、俺の名前は『トオコ』らしい。これってどこかで見た覚えがないか?」


えっと、確か昨日やってたゲームのキャラにつけた名前だったっけ。トオルが女性になったからトオコ。非常に安直なネーミングセンスだよね。


「俺たちはゲームを始めた途端、この場所に来てしまったんだよな。俺はいつの間にか女になってて、トモくんの能力では俺の名前はゲームのキャラにつけた名前と同じらしい」


柏くんがうんうんとうなずく。


「昨日は今まで見たこともない生物に襲われるし、レベルなんてものがあるみたいだし……なあ、これってなんだか現実がゲームみたいじゃないか?」


言われてみればそう思えなくもないけど。いろいろおかしいことがおこりすぎだよね。


「こんなこと言ったら、普通は『ゲームのやり過ぎ』『妄想乙』って笑われるんだろうけど」


柏くんがちょっと自信なさげな顔で続ける。


「ぼくは、なんかここが、ひょっとしたらゲームの中なんじゃないかって気がしてきてるんだ」

「うーん、それはさすがに……」


確かに変なことは多いんだけど、突拍子もなくてにわかには信じがたいように思う。


「ねえ、柏くん」

「なに?」

「一応、わたしのことも調べてみてくれないかな」


わたしが差し出した手を、柏くんが握る。そして、今度は真面目な顔でじーーっと手の合わさったところを見ている。幼なじみとはいえ相手は男の子だし、あまり真剣な顔で手を握られるとなんだか落ち着かないな。


「マホ 人間 レベル2」

「俺よりレベルが高いのか?」

「ひょっとしたら昨日のジャンピングボア、真帆ちゃんが倒したからなのかなあ。レベルっていうぐらいだから、ゲームみたいに経験値で上がるんじゃないかなって」

「ああ、あれかあ。レベルが上がったときは効果音でも鳴ってくれたら親切なのに」

「いきなり何もないところにファンファーレが鳴ったらびっくりですよ…」


二人ともレベルのほうが気になっているようだけど、さりげなくわたしだけ性別が出なかったほうがわたしは気になる……。ひょっとしてわたしの異変も、このゲーム?のせいなんだろうか。そういえば、わたしのキャラクターを設定する途中でゲーム画面がフリーズしてたよね。


「まあ、まだ確信を持ったわけじゃないけど。ひょっとしたらそうかもしれないって気がして」

「それって……もしかしたら、ゲームクリアしないと家に帰れないってこと?」

「それは分からないが……」


わたしはゲームの始まりの場面を思い出した。確か、森のモンスターを倒せとか言っていたような気がする。またあのツチノコみたいな変な敵と戦うことになるんだろうか。できればあまり気持ち悪くないタイプだといいな……。そして噛まないやつ。


「そういえば真帆、おまえはどこかおかしいところはないのか?」

「え、あ、うん、大丈夫だよ」

「昨日様子がおかしかったけど、何か困ったことがあったら言えよ」

「うん……わたしは大丈夫」

「そうか、ならいいけど」


おかしいところはあるんだけど、やっぱり言いづらい。まあ、もしこれが病気とかじゃなくてゲームのせいだとしたら、ゲームをクリアすればきっと治るんだよね?



その後、帰って来た娘さんに対して柏くんの能力を使ってもらったら「ロッタ 人間(女)レベル1」と出た。ロッタちゃんか……ってつぶやいたら、自分の名前を聞き取ったのか、目をキラキラさせて嬉しそうにうなずいていた。柏くん、能力役に立ってよかったね。

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