襲い来るUMA(っぽいもの)!そして能力覚醒?!
柏 智明の視点より。
衝撃が頭を揺らし、ぼくは膝をついた。すぐに立とうとするが、めまいがして立ちあがれない。やばい。またあいつが来る。気持ちばかりがあせるが、体は動かない。冷や汗が流れる……
少し前、ぼくは隣人宅のリビングで透お兄さんがゲームを始めたのを眺めていた。そして、気がついたら知らない場所に来ていた。隣には同じように真帆ちゃんがいて、そして透お兄さんだと名乗る知らない女の人がいた。その人はどう見ても透お「兄」さんではなかったけど、真帆ちゃんがお兄さんだと言っているから、ぼくもそう思うことにした。
今どこにいるかは不明だけど、とりあえず人のいる場所に行って電車代を借り、家に帰る。透お姉さん(仮)の意見は妥当だと思った。ぼくたちは目指す方向も分からないまま、とにかくひとつの方向に向かって歩き始めた。いつかは出られるはず。でも、あてずっぽうに動いているせいか、一向に木々が途切れる様子はなかった。ひとりではないからまだ頑張れたが、だんだん心細くなってきて、足もだるくなりはじめた。
そんなときだった。あいつが襲ってきたのは。
一見すると、それは大きな球体だった。一抱えもあるぐらいの茶色っぽい塊が、物陰から突然すごい速さで飛び出て透お姉さんの後頭部にぶつかった。完全にふいうちをくらった透お姉さんがグエッッと呻いて倒れ込む。
球体は透さんを倒すと、方向転換してぼくのほうへ向かってきた。それを右に避ける。何とかぎりぎりかわしたが、踏んだ場所が悪かったのか足が滑って尻もちをついてしまった。そこに二度目の突進が来る。今度は避けられない。肩のあたりにぶつかる。
相手はさほど大きくないが、素早くかなり力強い。ボールのような見た目と動きにもかかわらず全身が筋肉なのか、ぶつかってみるとタイヤのように硬い。
「何これ、ツチノコ?!」
鱗でテカった丸い体。その上にとってつけたような蛇の頭がつながっている。ボールを飲みこんだ蛇みたいな姿だが、かなり気味が悪い。
立ち上がれないぼくを弱者とみなしたのか、そいつは連続して何度もぶつかってきた。頭を狙ってきたのでとっさに腕でガードするが、相手の勢いを殺しきれずはじかれてしまう。痛めつけられた腕がやがてうまく動かなくなると、まともに頭にぶつかってきた。
硬いもので頭を殴られるような重い衝撃でグワングワン脳がゆさぶられ、次第に上も下も分からなくなる。頭の中がめちゃくちゃになって、どうしたらいいかわからなくて。体力が失われるにつれて、背筋につうっと冷たいものが流れ始める。
(もうだめかも……)
意識が飛びそうになったその瞬間----
ぼくの中で何かが目覚めるのを感じた。
今なら絶対何かができるという、漠然とした、根拠のない、でも確かな自信。それがぼくの奥のほうから湧き出てくる。そうだ、まだ諦めちゃいけない。
もう少し…そう、もう少し。
ぼくは痛みをこらえ、できる限り頭の中の「なにか」に対して神経を研ぎ澄ませた。ぐちゃぐちゃになっていた頭の中がだんだんクリアになり、やがてはっきりと明確なひとつの答えがそこに浮かび上がってくる。
それは……
【ジャンピングボア レベル2】
…………はい????
ちょっと待とうか。そうだ、もう1回だ、もう1回。
さっきなんかすごいことができそうな気がしたんだよ。今のはたぶんちょっと集中が足りなかった。
だから、もう1回トライだ。
ぼくは自分の内側から湧き上がってくる力がうまく形をとるように、意識を集中させた。
【ジャンピングボア レベル2】
…………。
なにこれ。なにこれ。
いや、言葉の意味が分からないわけじゃない。
理由は分からないけど、はっきり分かるんだ。「ジャンピングボア」はこいつの種類で、「レベル2」が強さを表してるってこと。でもそうじゃない。そうじゃないんだ。
さっきのなんかできそうなことって、コレ?
こいつの名前が分かるってそういう超能力?
今こいつの名前が分かって何の役に立つの?
それって今必要?ねえ、いま本当に必要なこと??
「そうじゃ、ないでしょぉぉぉぉぉぉぉ!!」
あんまりながっかり能力に思わずつっこんだが、頭がクリアになったおかげか腰につけているナイフのことを思い出した。右手でナイフを引き抜き、鞘を投げ捨ててめちゃくちゃに振り回す。全く手ごたえはないが、相手は躊躇したのか一旦攻撃が止まった。
「よっしゃ、このやろー!!」
その隙にいつの間にか立ち上がっていた透さんがジャンピングボアの後ろから飛びかかり、細い腕でぐいぐい抑え込む。不意を打たれたボアが、腕の中でじたばたと暴れる。
「いでででで、噛まれた!」
透さんの腕からボアが飛び出てくるが、そこにはどこかからぶっとい木の枝を調達してきた真帆ちゃんが待ち構えていた。そして決まる見事なフルスイング。野球部が見てたらきっと彼女を勧誘したことだろう。
真帆ちゃんにぶっ叩かれたジャンピングボアは一直線に飛び、樹齢何年かは分からないがその辺にいっぱい生えているなかなか立派な広葉樹の幹にぶつかってそのまま地面に落ちた。木の枝を抱えた真帆ちゃんが駆け寄り、追撃を加える。容赦ない攻撃。
「ふーー、やっと動かなくなったかな」
ジャンピングボアは口から血を吐いてぐったりしている。ピクリとも動かない。今後、真帆ちゃんを怒らせるのはやめておこうと心に誓った。
「大丈夫か、トモくん」
透さんがぼくに手を貸してくれる。あ、手のひらがすごくやわらかい……
「透さんこそ、大丈夫ですか。噛まれてたみたいですが」
「そうだな、ちょっと確認しとくか」
透さんがボアの死骸に近寄り、おそるおそるといった様子で上あごをつかんで開く。
「うーん、テレビで見た感じでは、この辺の歯茎みたいなところを押すと、毒液が出てたんだけど。出てこないからこいつ毒ないのかな?」
ぼくも近寄って覗き込んでみた。あ、完全に死んでるな、これ。目玉が飛び出しそうになってる。
「これ、やっぱりツチノコかなあ。捕まえたら懸賞金出るんだったか?死んでたらダメか」
これはツチノコじゃなくてジャンピングボア……といってもぼくにしか分からないのか。そういえば、さっきの微妙な超能力はまだ使えるんだろうか。もう死んじゃったからダメかな?
能力が発動した時の感覚を思い出して、意識を集中してみる。何も出ない。
距離が遠いのかもしれないので、念のためもう少し近くでやってみる。ちょっと嫌だけど、背中を指でつついてみたりして……
【ジャンピングボアの死骸 価値:★】
出た。さっきとちょっと違うけど出た。この能力、触るぐらい近くないと出ないのかな?そうだとするとますます微妙な気がする。
そして、価値は★1個なのか。これ、★の数が多いほうが価値が高そうなんだよね。透さんはレアものだからとなんとか持って帰ろうとしているけど、あまりたいしたものではなさそうだ。見たことない蛇だけど、この辺ではよくいるとかそういう感じなのかなあ。
「触ったモノの名前の分かる」微妙すぎる超能力。
今後もたびたびこの能力のお世話になる羽目になるとは、この時のぼくは思いもしないのであった。