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お姉ちゃんになりました

兄の「笹川透」視点の話。

俺は笹川ささがわ とおる。35歳、無職だ。


俺がニートを始めたのは18歳のとき。それまで俺は近所でも評判の優等生だった。決して天才ではなかった俺はそれなりに努力して県で一番の中学、高校に入り、志望大学に一発合格した。でも、そこで何かが切れちゃったんだよな。そこからはもう、やる気みたいなものがなくなってただ食って寝て適当に時間を潰すだけの生活になっちまった。


俺の父さんは出張は多いがなかなか稼ぎのいいサラリーマン、俺の母さんは医薬品の研究にたずさわるキャリアウーマンだ。母さんは俺がドロップアウトしたのが気に入らなかったようで、最初は風当たりが強かったが、計画外の妊娠で妹が生まれたことですぐに態度が軟化した。というよりは、俺にかまう暇がなくなったんだよな。出産後はすぐ職場に復帰して育児の余裕なんてなかった母さんにかわって、しばらくは俺が妹の面倒を見た。妹とはいっても19歳も離れてるんだ、半分娘みたいなもんだな。まあ、妹からすりゃ、働きもしないダメオヤジなんてノーサンキューっていうんだろうけど。でも、昔はお兄ちゃんお兄ちゃんってすごく懐いてたんだぜ。



で、今、そのかわいい妹との関係が非常に危うい状況にある。妹が俺のことをいぶかしげな眼でめちゃくちゃ睨んでるんだ。さっきから何度言っても信じちゃくれないんだよな。俺がお前のお兄ちゃんなんだ……って。


「ばかにしないでよ!そんなはずないでしょ!」


いや、そうはいっても事実は事実なんだよ。俺が真帆ちゃんのお兄ちゃんなんですって。


「うちの兄はね、中年のおっさんなの!無精ひげで小汚くてたまに足が臭いの!最近ちょっとお腹もでてきてるごく普通のおっさんなの!」


中年は否定しないが、そこまで言われるとちょっと傷つきます。特にお腹のことは言わないで。デリケートなお年頃なんですから。真帆は自分がからかわれていると思っているのかヒート状態で、咎めるような口調で矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。


「それが、あなたみたいな女の人が『お兄ちゃんです』とか何の冗談?!やっぱりこれ、なんかあの人のいたずらなんでしょ!いい年して高校生騙して楽しい?いったいいくらで雇われたわけ!?」

「真帆……冷静になって考えてみて欲しいんだ。おまえのお兄ちゃんは女の人を雇うようなお金は持ってないだろ?母さんはお兄ちゃんにおこづかいなんてくれないぞ」

「そりゃそうだけど……じゃあなんであなたはうちの兄に協力してるのよ?!とりあえず兄を出して。それと、つまらないことしてないでとっとと家に帰してよ」


俺としても帰してやりたいけど、俺自身が今どこにいるのか分からない。というか、なんで俺はこうなってるんだろうな。俺はうちのリビングでゲームしてただけだぞ。夜の散歩中に変なやつにもらった古いゲームソフトをダシにして、半分ひまつぶしで妹をかまいつつ、ついでに隣の幼なじみくんとも友好を深めさせてやろうとしただけなんだ。本当にそれだけなんだ。


それが、気づいてみりゃキツネに化かされたみたいにいきなり森だか山ん中だかわからないところに突っ立ってて、体は巨乳になってる。そして妹からは「お前誰だ」と言われる始末だ。いったい何が起こったんだ?


俺は確かめるように両手で自分の胸を触ってみた。とろけるような柔らかさなんだが、弾力がある。持ちあげるとずっしりとした重みが手のひらにのしかかる。そして温かい。これは……癒される。我ながら、すごく癒される。いつまでも触っていたいこの感触。


いやいや、今はそんな場合じゃなかった。間違いなく、この温もりは体温だ。詰め物をしているわけじゃない。ってことは、やっぱり俺の胸が膨らんでるのか。中年のおっさんの胸が膨らんでるとか気持ち悪いな。でも、妹たちは俺が俺だと分かってないみたいだ。ひょっとして、胸以外もいろいろ変わってるんだろうか。


「ちょっと、なんで黙ってるの?なんか言ったらどうなの?」


とにかく、ここは俺だということを証明して、妹を落ち着かせることが先決だな。


「スターエンド・ディステニー」

「……は?」

「お前が中学校1年生の時にこっそり書いていた漫画のタイトルだ」

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


真帆は一瞬不審な顔をしたが、すぐに思い当たったのかビクン、と勢いよく背中をのけぞらせた。トモくんがきょとんとした顔で真帆を見つめる。


「ある星が滅亡して、最後に生き残った王子様とお姫様がもし生まれ変わったらまた会おうと約束する。そして、地球に生まれ変わるが、二人は記憶をなくしていて年も離れている」

「な、なんでそr・・・・・・・・・あがががががが」


真帆は顔を真っ赤にして口をパクパクさせはじめた。昔、真帆が夜店ですくってきた金魚が餌をもらうときにこういう感じだったなあと思いだす。


「お姫様のほうが昔持っていた不思議な力が勝手に発動して、少しだけ記憶を思い出したところで、残念ながら作者が飽きてしまったのか未完のまま終了となっている。ちなみにサブタイトルは『地球ほしが二人を導く瞬間とき』」

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬうううううううううううううううううう」


「真帆ちゃんって漫画描いてたんだね」とトモくんが言った途端、平手が飛んで彼が吹っ飛ぶのが見えた。真帆は金剛力士像のような顔で鼻の穴をふくらませて唸っている。こうかはばつぐんだ!俺はたたみかけるようにとどめを放った。


「この漫画は現在、家のとある隠し場所に収納されている。そこには他にも真帆が捨てるに捨てられないさまざまなアイテムが封印されており、そしてその場所とは……」

「ちょいぁああああああああああああああああああああ」


秘密の告白を続ける俺に、真帆は奇声をあげながら飛び蹴りをかましてきた。真帆の脚先は俺の側頭部に当たり、俺の首が「ごきり」と鳴った。いい蹴りだ。実にいい蹴りだ。


「もう!信じる!信じるから!お兄ちゃんでいいから!!!」


うんうん、ちょっと首が痛いが、信じてもらえたようで何よりだ。俺は世間のことには疎いが、我が家のことには誰よりも詳しい男なのだ。なんたって、家族の中で一番家にいる時間が長いし。


「信じてもらえたところで言いたいことがある」


トモくんが赤くなった左頬をさすりながら起き上った。真帆は歯を食いしばって真っ赤な顔をしている。ちょっとこっちをにらんでいるようにもみえるが、細かいことはいいだろう。


「まず、これはどういう流れなのかはよく分からんが、とにかく俺がやったことではない」


二人は特に反論もなさそうだ。俺は続けた。


「とりあえず、この木ばっかりの場所を抜けて人のいそうな場所まで行こう。ここがどれだけ田舎かは分からんが、事情を話せば誰かに電車代ぐらい借りられるだろう。ひとまずそれで家に帰れる」


そういうと、俺は比較的明るく感じる方向に向かって歩き始めた。

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