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トオコ、街へ向かう

前話の続きです。

「………起きろ、いつまで寝てんだ」

「ふぎゃ」


寄りかかっていたものが急になくなり、俺は硬いものに頭をぶつけて起きた。寝起きは最悪だ。抗議するように睨むと、シンハが俺の頭を小突く。


「ほら、街に行くんだろうが。さっさと出るぞ」


そう言って外に出ていくシンハ。俺は慌てて後を追った。


シンハの馬は俺たちのいた宿から少し離れた場所につながれていた。木の陰になってはいるが、昨夜はきっと雨に打たれたのだろうと思うと、少し気の毒になった。馬は体色が黒くつやつやして、サラブレッドよりは足が太くがっしりしている。たてがみは長く、野性的な風貌だ。


シンハが馬にまたがり、俺にも乗れと促す。


「2人で乗っても大丈夫?」

「こいつ、体力あるからな。速度さえ出さなきゃ、問題ない」


馬って脚が弱いイメージがあったが、結構丈夫なんだな。


俺は馬の背によじのぼり、後ろからシンハの腰に抱きつく格好で座った。シンハの体は腰も腹も引き締まっていて、贅肉の感触がない。さすがだ……。



雨はすっかり上がり、俺たちの上には穏やかな日差しが降り注いでいた。風も爽やかでとても気持ちがいい。乗り慣れない俺を気遣うかのように馬の足取りもゆっくりとしている。


「シンハは街についたらどうするんだ?」

「俺は依頼人に報告に行く。さっきの宿で一家の遺品も見つけた」


依頼人は殺された家族の縁の人、と言ってたっけな。賊が退治されても殺された人は戻らないが、遺品が戻っただけでも幸いなのかもしれない。もっと他にも被害にあった人はいたのだろう。そう思うと心が痛む。俺も危うく同じようになるところだったんだな。


「その後は?」

「決めていない……だが、また港街から船に乗るかもな」

「他の大陸に行くのか?」

「さあな……だが、船に乗るのは好きだ。知らない土地を見るのはワクワクする」


その気持ちは少しわかる。この世界は怖いこともたくさんあるが、きれいなもの、楽しいこと、優しい人……そんな素敵なものがたくさんあることを今の俺は知っている。そんな素敵なものを発見できるのは幸せだ。


「シンハの生まれた大陸は、どんなところ?」

「暑いぞ。そして乾燥している」


前の世界でいうと、どんな感じの場所なんだろうか。エジプト?アフリカ?それともアジア?


「美味しいもの、たくさんある?」

「こっちよりは調味料が充実してるかな」

「ふーん、いつかは行ってみたいな」


調味料が豊富ということは、その組み合わせ次第でたくさん味が作れるということだ。こちらの世界では素材が乏しくてなかなか満足のいくものが作れないが、ものによっては元の世界の味も再現できるかもしれない。



俺たちは馬の背に乗り、順調に移動を続けた。ゆっくり動いているにもかかわらず襲ってくるようなモンスターもおらず、道のりは非常に平和だった。そう、平和すぎて眠くなるぐらいに……


がくんと体が滑り落ちるような感覚がして、ハッと気がつく。体が傾いていることに気付き、慌ててシンハの体をつかみなおす。


「おい、寝るなよ。落ちるぞ」

「ごめん、気持ちよくってつい……」


前のほうから呆れたようなため息が聞こえる。うう、仕方ないだろ。3時間ぐらいしか寝てないし。朝早く、眠いところを無理やり起きたんだよ。


「おまえ、一回降りろ」


そういって馬からおろされる。眠気覚ましに歩かされるのかと思っていたら、


「前に座れ」


そう言って、横座りの恰好でシンハの前に乗せられた。


「これなら、勝手にずり落ちることもないだろう」


そりゃそうだけど、手綱を持つシンハの腕が俺を抱きかかえてるみたいな恰好で……これ、なんかお姫様みたいで恥ずかしいんだけど!シンハのほうを見ると、俺と目が合わないようにこころもち上の方を見ている。ひょっとして、照れているのかな。


馬が再び歩き出す。俺たちを落とさないようにゆっくりと。


「また寝始めたら、スピード出して起こしてやる」

「普通に声かけて起こしてくれよ」


シンハの胸元は少し汗ばんで、シンハの匂いがする。太陽で焼けた砂みたいな……そこに少し香辛料をこぼしたみたいな、そんな不思議な匂いだ。嗅いでいるとちょっと安心する。


俺は視線を上にずらした。しっかりした首筋と喉ぼとけ。形のいい顎。少し乾燥した唇。男らしい野性味のある顔立ちだが、まつ毛は結構長い。じーっと見ていると、胸の奥がきゅっと窄まって、急に全身の血流が増えたような気がした。


………………いやいやいやいや、ない。いくらいい男でも、俺に限って胸キュンとか絶対ないぞ。


頭を振り、代わりに俺の「元の姿」を思い浮かべる。そうだ、コレが俺だ。俺からすれば、シンハなんぞまだまだこわっぱだ。俺のほうがいい男………ではないけど、少なくともこいつよりジェントルマンだし!


そんなことを考えていたおかげで、その後は街に着くまでずっと眠くなることもなく過ごせたのだった……。




出発してから丸一日が経ち、街が見え始めたのは翌朝になってからだった。夜は死霊が出るんじゃないかとビクビクしたけど、泊まるような場所もないし、シンハが「殺害現場から離れたから大丈夫だろう」って言うんで、我慢して移動した。物音がする度にシンハにしがみついて震えてたんで、「臆病者」って馬鹿にされたけどな。


街に着いた時はびっくりした。朝っぱらだってのに、入り口のところに何人か集まってるんだから。その中にはトモくんの姿もあった。よかった、無事に街についていたんだな。


「おーい、トモくん」


トモくんに手を振ると向こうも気づいて、びっくりした顔をした。周りの人に何か声をかけてから、こちらに向かって近づいてくる。


「知り合いか?」

「妹を連れてってくれた友人だよ」

「ふーん」


シンハが胡散臭そうなものを見るようにトモくんを見る。まあ、トモくんまだ子供だからな。シンハから見れば頼りなさそうに見えるのかもしれない。


「シンハ、ありがとう。友達とも会えたし、俺行くよ」

「そうか」


トモくんが俺のそばまで駆け寄ってくる。俺はシンハの腕を抜けて、馬から降りようとする。


「おい、トオコ」

「うん?」

「街までの護衛料のことだが」


そういいながら、シンハが腕をまわして俺の腰をつかむ。たくましいシンハの腕につかまれ、降りようとした俺の尻は再び馬の上に引っ張り上げられ、がっちりホールドされる。シンハがもう片方の手で俺の顎をつかみ、強い意志を宿した黒色の瞳が俺の前に近づいてきて…………


炎のように熱いものが唇に押しつけられた……気がした。


「それが頭金だ。あとの支払いも忘れるなよ!」


そういうとシンハは衝撃で意識のぶっ飛んだ俺を馬から降ろし、目も合わせずに馬で走り去った。残されたのは茫然と立ちすくむ俺と、同じく衝撃に固まってしまったトモくんの二人だけ。


「……………透さん、あの、さっきキ………」

「……………頼む、真帆には内緒にしといてくれ」

「……………はい」


俺たちはその後ずっと会話もないまま、真帆の待つ宿に向かったのだった。

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