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トオコとシンハ

前々回のつづきの話になります。

……気がつけば、あたりは無音になっていた。


いつのまにか手足を押さえつける力もなくなっている。俺は自由になった足で体の上に覆いかぶさっている重みを蹴り飛ばした。ずるりと濡れた感覚があったが、さしたる抵抗もなく重みが俺から離れる。


部屋の隅に、誰かが立っている。男だ。先ほどまでいた賊たちとは明らかに違う空気を纏った男だった。


男は闇にとけるような黒色の髪を布で束ね、ゆったりとした服を纏っている。なめらかな褐色の肌に凛とした顔つき。手には細身の曲刀を携えている。薄灯りの中でその姿はどこか神秘的に見えて、災厄を打ち払うという遠い異国の神を思わせた。


男が刀を持ったままでゆっくり近づいてくる。三日月のような鋭利なその刃には木目に似た不思議な波紋が浮かんでいる。その不思議な刃を見ていると、斬られるのではないかという思いと、斬られてもいいという思いが同時に生まれる。俺はただ、呆けたように男の姿を見ていた。


「おい、生きてるか」


静寂の中に、男の声が響く。途端に、俺の中から失われていた体温が再び戻ってくる。


「………」


正気に戻り自分の周りを見渡すと、あたりには赤黒いものがいくつも飛び散っていた。俺の体の上も同じもので汚れ、腹の上にたまって流れ落ちている。ひぃ、と俺が叫ぶと、男は部屋に置いてあったボロ毛布を投げてよこした。


「とりあえず、それで拭いておけ」


男の言葉にうなずいて、毛布を体にこすりつける。毛布は湿っぽくて少しカビ臭い。それが周囲の鉄のような臭いとあわさって、えづきそうになる。


「……あなたは?」


咳き込みながら、かすれた声で問いかける。


「別に助けに来たってわけじゃない。だが、おまえを殺すつもりもない」


そういいながら、男は布切れで刀についた血糊をぬぐう。


「俺は依頼を受けてこいつらを殺しに来た」


男はそう言って、床に転がっている元人間だったものを指差した。思わずそれを視界に入れてしまい、吐きそうになった。モンスター退治で多少は血にも慣れたつもりだが人間のものはさすがにキツイ。


「強盗でもないし奴隷商人でもない。おまえをどうこうする気はないから、心配するな」


男の言葉にうなずく。そうか、助かったのか、俺……。


安心したら、だんだん思考が冷静になってきた。さっきまでのことを思い出すとまだ寒気が走るものがあるが、体は擦り傷ができたぐらいでこれといって目立つ怪我はしていない。そっと足の間ものぞいてみたが、貞操も間一髪というところでセーフだったらしい。よかった、初めてがアレとか、繊細な俺の心にはちょっとディープすぎる。


ほっとしたところで、あらためて男を見た。思ったより若い。鼻筋の通ったなかなかいい男だが、年はまだ青年と言ったところだろうか。だが、意思が強そうな黒い瞳には頼もしさを感じさせる落ち着きがあった。


「あの……ありがとうございました」

「助けることになったのはもののついでだ。礼を言われるようなことじゃない」

「それでも、危ないところだったので」


男はひたすら頭を下げる俺の姿を見ると「そうか、よかったな」といってから、


「じゃあな、気をつけて帰れよ」


そういって刀を鞘におさめ、あっさり部屋から出て行こうとした。


「ちょ、ちょちょちょ……待って!!」


俺はあわてて男を引きとめる。


「……なんだよ」

「えっと、その……もう帰るの?」

「依頼は果たした。俺の仕事は終わりだ」


俺は親指と人差し指で男の袖をつまみ、くいくいっと引っ張った。


「えーと……もし街に行くなら、一緒に連れてって欲しいんだけど」

「………何故」

「だってほら、ひとりじゃ不安だし」


正直、あんな目にあった後だから一人は心細い。今は馬もないから歩きだし、盗賊やモンスターが出ても逃げられない。彼だって信用できるのかどうかは分からないが、とりあえず強そうだし、俺を襲おうとも売り飛ばそうともしないんだから、そう悪い人ではないんじゃないかという気がする。


「俺を雇うなら高いぞ。おまえ、金はあるのか?」

「…………………」


しばし沈黙が流れる。


「……金どころか服もない」

「……………じゃあ諦めろ」

「ああん、待って!いかないで!!」


ここに捨てていかれたら困る。非常に困る。俺は出て行こうとする男の腕にむぎゅっと抱きつき、力いっぱい引きとめる。


「こ、こら!何すんだ!」


男が慌てたように立ち止まる。顔がちょっと赤くなってる。ふーん、結構純情なのかも。


俺が腕を離すと男はバリバリと頭を掻き毟ってから、深くため息をついた。


「…………おまえ、街の者なのか?」

「いや、村を出て街に行く途中だったんですよ」


俺はここまでの話をかいつまんで男に話した。妹が病魔にやられて、街に治療に行くということ。妹と友人はうまく逃げたので、たぶん先に街についているであろうということ。全て話を聞き終えると、男はしばらく目を閉じてからひとつうなずき、言った。


「事情はわかったが、俺はただ働きはしない。おまえは報酬として何を出せる?」

「お金はないです」


とにかく現状の俺はまさに体一つしかない状態であり、金どころか装備品のひとつもない。街に行ってトモくんたちと合流できれば村でもらった銀貨が少しあるが、真帆の治療費もいくらかかるかわからない。


「……………腹が減ったな」

「……はい?」

「よし、おまえ、なんか作れ。うまかったら街まで連れてってやる」



そんなわけで、俺はメシを作ることになった。台所に水瓶があったので、手を洗うついでに体も拭いて血を落とす。奥の部屋に誰のかは分からないが服があったので、それも頂くことにした。ちょっと大きいが気にしない。廊下におかみさんらしき人の死体が転がっていたけどなるべく気にしないことにする。


さて、何を作るか。まずかまどに火を入れる。薪に火をつけるのは結構大変だが、村で料理してたせいでこれでもだいぶ慣れた。ガスコンロに比べりゃちょっと時間はかかるし、火力もあまり調節できないんだけどな。


台所には小麦粉と脂と塩漬け肉、少量の野菜とチーズがあった。さすがに小麦粉は挽きが荒いが、わりといいもの食べてたんだな、こいつら。食べられそうなものはもらっちゃおう。


小麦粉を水で練り、少し寝かす。その間に葉野菜と肉を細かく切り、チーズをちぎる。練った小麦粉は小さく分け、手で延ばして、その皮の中に野菜と肉とチーズを包んだ。具がしょっぱいから、皮は少し厚めだ。鍋があったのでそれに脂をひき、少し火で温めてから先ほどの餃子もどきを投入する。



「うん、うまい」


男は焼き立てアツアツの餃子もどきを口に入れ、ほふほふしてから飲み込んだ。お腹がすいていたというのは本当だったのか、飲み込んだ後に毎回嬉しそうな顔をする。ちょっと子供っぽくてかわいい。たいした料理ではないが、作り手としてはそこまで喜んでくれるなら作りがいがあったというものだ。


俺も食べてみたが、餃子って言うよりちょっとピザみたいな感じだ。餃子みたいな肉汁があふれ出る美味しさはないけど、チーズが入ってるからパサパサせずに具はまとまってる。すごくうまいってほどでもないけど、まずくはないかな。まあ、相手が喜んでいるからいいか。


「………連れてってくれます?」

「ああ、うまさに免じて護衛料は特別にツケにしといてやる」


ツケと言われても、いつ払えるか分からないんだけど。でも、彼は頼りになりそうだし、これで街までは無事に行けそうだ。


交渉が成立したので、俺たちはしばらくお互いの話をした。男はシンハという名前で、別の大陸の出身だと言った。別の大陸へは港街から船が出ているのだという。彼はこの辺の人たちとは人種が違うように見えたが、別の大陸には彼のような容姿の人たちがたくさん住んでいるんだろうか。俺たちの元いた世界がそうだったように。そう考えると、この世界もかなり広いものなのかもしれない。


シンハは俺の向かう街で人に雇われ、この賊を退治に来たということだ。雇ったのは少し前に賊の被害にあった商人一家の縁の者とのことだ。詳しくは教えてくれなかったが、彼の行き先が俺と同じというのは幸いだ。


話をしているうちに、餃子もどきを全部食べ終わる。足りないかと思ったが、皮が厚めだったおかげか結構お腹にたまったな。


「さて、ちょっと休むか」

「ええ?!すぐに出ないの?」


抗議の声を上げる俺。真帆たちと早く合流したいし、こんな死体ゴロゴロの場所で長居したくないです。


「出てもいいが、日が昇ってからのほうがいいと思うぞ」

「えーー、なんで?」

「賊に殺された人がその辺で死霊になってるかもな。賊のほうは死んだばかりだからまだ大丈夫だが」


う……このゲーム、アンデットモンスターとかもいるのか?俺そういうの苦手なんだけど。


「俺一人なら馬で駆け抜けるつもりだったが、おまえがいるんじゃ速度が出せない。運が悪けりゃ囲まれるだろうな」

「朝出発でいいです……」


日が昇るまであと3、4時間というところだろうか。俺たちは奥の部屋に移動して休むことにした。シンハが俺に毛布を譲ってくれる。


「俺は扉のところで寝るから。おまえはベッドで寝ろ。一緒の部屋だが何もしないから安心しろ」

「やだ、俺もそっちで寝る……」

「一応気を使ってやってんのに、なんでわざわざこっち来るんだよ」


だってさっき死霊とかいう話聞いたら……ねえ?俺はかまわず毛布にくるまった状態で床に座り、シンハの腕にもたれかかった。


「ねえ、シンハ」

「なんだ。うるせえな」

「トイレ行くときはついてきてください」

「……ガキかおまえは」


たくさん怖い目にあったせいかすぐに寝られる気がしなかったけど、体のほうは疲れていたらしい。俺は毛布越しにシンハの体温を感じながら、すぐに深い眠りに落ちていった………

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