第七話 欲望のサンクチュアリ
そして、いざ、やってきました、地獄の坩堝。
戦いのサンクチュアリ。
「大丈夫。負けない。勝つんだ。勝って貞操を守りぬくんだ!!」
そう自分に言い聞かせて、大魔王の居城の門をくぐり、インターフォンを鳴らす。
とりあえず、オートロック式みたいだ。
まあ、女性の一人暮らしだし、見てくれは恐ろしく整っているわけだから、これぐらいの防犯意識はあって当たり前だろう。
まぁ、公立高校の校医が住むには、多少豪華すぎると思うが。
『はいは〜い。どうぞ』
インターフォン越しに僕の姿を確認した彼女は、あっさりとドアを開ける。
そこから、エレベーターに乗って、彼女の部屋へ。
ふむ、なんと言うか……
僕には縁の無い世界だ。
一応、一軒家に住んではいるが、ごく平凡の普通の家。
おそらく、こんなアパートを借りるよりもずっとずっと安上がりな家だろう。
そう考えるとなんとなく切ないが、それでも父さんは一生懸命頑張って働いているんだ。
それを応援するのが子供の仕事じゃないだろう。
そんな事を考えながらだったので、ずいぶんと呑気な足取りなってしまい、彼女の部屋の前に付く頃には、既に彼女が出迎え……
「うおいっ!!何してるんですか?!さっさと中に入ってください!!」
彼女の姿を確認すると同時に、部屋に押し込む。
「いやん、もう、やる気まんまん?お姉さん嬉しいわ」
「何世迷い事言ってるんですか!?」
冗談も休み休みにして欲しい。
というか、なんちゅう格好で外に出てるんだ。
おかげで、見た瞬間は一瞬あまりの事に、何事も無かったかのように振舞いそうになったじゃないか。
「もう、こんなところではじめちゃうの?うん、でもいいわよ、もう私も我慢……」
「うがぁぁぁ!!さっさと服着る!!何で下着姿で待ってるんですか!?」
この人には常識がないのか、常識が!!
冗談にしても程があるぞ。
いくら自室の前だからと言って、下着姿で出てくるのはどうかと思うぞ。
傍から見たらただの露出狂の変態だ。
まあ、飢えた野獣どもなら大喜びだろうが。
「いや、だって、ほら?私ももう我慢できないから?」
「我慢できなかったら、下着姿で待つんですか!!どこの変態ですか!!」
18未満視聴禁止のビデオに出てくる人と同じじゃないか!!
あんなのはあくまでもフィクションのはずだぞ!!
「あら、いいじゃない。変態なら、どんな事でもオッケーなのよ?私は、あなただけの変態さん。ほら、いくらでもマニアックな……」
「人格疑われそうな事を言わないでください!!ノーマルでいいんです!!ていうか、ノーマルがいいんです!!」
「いいじゃない。世界が変わるわよ?」
「結構です!!」
なんちゅう人だ、この人は。
純情な青少年をどうしようというつもりだ。
僕はそこまで汚れるつもりはないぞ。
「もう、分かったわ。仕方ない。ノーマルでいいわよ」
彼女は、ため息を付くと、そういう。
どうやら、なんとか分かって……
「ノーマルでいいから、早速はじめましょう?」
「はうっ?!」
しまった。
そうだ、そもそも、大事なのは、そこじゃなかった
なんだか、いつの間にか、奪われること前提みたいな感じになってたけど、元々は、それを回避しようと一生懸命考えていたはずだ。
なのに、いつの間にか、話が摩り替わっていた。
もしかして、この人……
「さあ、邪魔する者は誰もいない。君の言う通り、恋人の部屋での初体験と言うシチュ。文句はないはずよね?」
「あ、ああ、あああ……」
完全に追い込まれた。
逃げ道は……
ない。
間違いなく僕は、今日、ここで……
彼女に食われる。
「で、でも、やっぱり、家に来てすぐって言うのは何だし、こう、最初はテレビとか雑誌とかを見たりして、お話してから、ゆっくりとそういう雰囲気に持っていきながら、自然と、と言うのがいいなぁ、とか思ったりするんだけど?」
「あら、そんな事しようとすると、どうやっても不自然な流れになるのよ?どう考えても、雑談の延長上にエッチがあるわけないもの」
「はうっ!!」
ああ、ダメだ。
この人に口で勝てるわけが無い。
どう考えても無理だ。
食われること確実だ。
でも……
「そ、その、は、初めてだから、その、なんていうか、微妙な初々しさと言うか、こうアクションを起こそうとするんだけど、起こしきれなくて、そういうなんというか、えと、羞恥心との葛藤とかもしてみたいんです。その、やっぱり、がっつくのは良くないですし」
やっぱり、いきなりは、無理。
絶対死ぬ。
恥ずかしさで死ぬ。
「うーん……」
彼女が腕組みをして、考えるそぶりを見せる。
ただ、腕組みのせいで、元々豊かな二つのエベレストは更に強調され、なんだか、もう見たら、その場で『負け』という二文字をでかでかと見せ付けられているような感じがする。
この人のことだから、絶対わざとだろう。
「まぁ、そういうシチュもありと言えば、ありね。うん、萌えシチュエーションというのかしら?」
と、そんな事を考えているうちに、彼女の方に答えが出たらしい。
しかも、僕に有利なほうに。
「というわけで、服を着てくるから、リビングのソファーに座って待ってなさいね?リビングはまっすぐ行ったところだから」
彼女はそういうと、さっさと別の部屋に向かって消えてしまう。
一瞬、逃げ出そうかと思いが浮かんだが、即座に振り払う。
そんな事をしたら、後でどうなるか、それを考えるだけでも恐ろしい。
仕方なく、彼女の言う通りに、そのまま奥に向かい、リビングに入る。
そこは、なんだか、彼女のイメージ通りの部屋だった。
物がたくさんあるわけでもなく、だからと言って全くないわけでもない。
全体的にシックにまとめてある。
大きな薄型テレビに、多種のAV機器に、二人がけのソファとテーブル。
本棚には、いろんな種類の本がある。
まぁ、目の端に、『年下の男を逃がさない法則』なんていうタイトルの本を見つけてしまったが、すぐに視線をはずしたから、詳しくは分からないが。
というか、なんちゅう本を買っているんだ、あの人は。
そもそも、ああいう本は全くあてにならないと言うのに。
とりあえず、ソファに腰を落とす。
途端に、ふわっと甘い香りがする。
部屋全体にも、かすかな甘い花の香りがしていたが、それともまた違う香り。
おそらく、その香りの正体は彼女の香水。
スキンシップで襲われるときいつも香っていたのを覚えている。
でも、なんだか、こうしていると、本当に女の人の部屋に来ているんだな、とつくづく思う。
さきほどまでは、彼女とのかけあいでそんな事を考える暇なんて無かったけど、こうしていると、嫌でも意識してしまう。
「はーい。お待たせ」
そんなふうに思ってるさなか、戻ってきた彼女はぎゅっと後ろから抱き付いてくる。
こんなときに、そんな事をするのはやめて欲しい。
思いっきり意識してしまうじゃないか。
って、いや、それで正しいのか?
うーん、いまいち僕には判断が付かない。
「でも、ちょっと待ってね?今、飲み物とって来るから」
そんな僕の内心を分かっているんだろう。
ひょいと離れると、すたすたとキッチンの方へと向かう。
なんというか、やはり、うまいと思う。
くっついては離れ、離れてはくっつく。
しかも、その時間が長すぎず短すぎず、ちょうどいい塩梅で、事を運ぶ。
本当に、男心をくすぐるのが上手だ。
きっと、男性経験も豊富なんだろう。
まぁ、僕は、男性経験がない人の方が、実は好きなんだけど。
いや、だって、比べられそうだし。
明からに、僕は、男子平均以下だから、比べられるとかなり凹むし。
「はい、どうぞ」
「うん、ありがっ、じゃねぇ?!なんで、そんな格好してんの?!」
飛び込んできたのはさっきとは全く違う、異様な姿。
油断してた分、破壊力は倍増。
「あら、ここは、やっぱり台所から出てくるときは、裸エプロンでしょ?まあ、さすがに、刺激が強すぎるかと思ったから、下着にしといたけど?」
「ぐあああああぁぁぁぁ」
思わず頭を抱える。
油断した僕がバカだった。
そうだ、彼女はそういう人だったんだ。
ああ、もう……
ちくしょう。
「ああ、もう、どうして、そうなるの!言ったでしょ、ノーマルだって!!ノーマルなんだから、服着てよ、服を!!普通にいつも通りの会話するんだから、格好も普段着じゃないと意味無いじゃん!!」
「もう、文句が多いわね。分かったわよ、ちゃんと服を着てくるわよ」
「お願いします。まじで、お願いします」
とりあえず、状況をこれ以上悪化させないために、それは絶対に避けられない。
そのためなら、なんだってする。
まぁ、操云々は除外されるけど。
「とりあえず、文化祭はどうするの?」
「やることもないし、かと言って誰かと約束したわけでもないから、適当に避難しときますよ」
「んじゃ、保健室に来なさい」
「食わないですよね?」
戻ってきた彼女は、僕のすぐ傍に腰掛けると、あっさりと僕を捕まえ、いつもと変わらぬ調子で話しかけた。
「まぁ、さすがに、人手が多いから無理ね」
基本、この人は下半身の話し以外は、割と話しているとおもしろい。
まぁ、下半身の話しと言っても、襲う襲わないの話し限定できついんだけれども。
「それに、今から食べれるし?てか、食べるし?」
「ちょっ、いきなり!?」
まぁ、きついと言うよりも、対応に困るというのが正しいところなんだけれども。
こうして、あっさり覆いかぶさってくるし。
「まずは、キスを戴き。ちゅっ」
そして、今度は唇を奪う。
わざわざ分かりやすく音を立てて。
なんと言うか、まあ、ある程度分かっていたとは言え、こうも予想通りとは……
「あの、もう少しこう、ゆっくりとしてくれませんか?こちとら、初めてで恥ずかしいんですが?」
「あら、私も初めてよ?てか、恥ずかしいんだったら、さっさと済ませたほうがいいんじゃない?」
「なんですとぉ!?」
こんなときに、そんな衝撃発言をしないで欲しい。
というか、初めてってどういうこと?
それだけ美人なのに?
もう、大人なのに?
「そもそも我慢なんて出来ないし」
そんな疑問を込めての言葉は、全く別の答えで返ってきた。
どうやら、後者に対するものだと思ったらしい。
というか、そうだとしても、初体験なのに、その積極性はどうかと思う。
彼女らしいと言えば彼女らしいが、初めてなら初めてらしい態度を見せてもらいたいと思うのは、男の勝手だとでも言うだろうか?
「まずは、上からね?ああ、大丈夫、ちゃんと私も脱ぐから」
そんな僕の思惑とは裏腹に彼女はどんどん推し進めて、あっさりと僕の上着を取り払う。
既に、僕に抵抗しようと言う意思は無い。
なんだか、めんどうくさい。
とりあえず、もう、好きなようにしてください。
そんな感じだ。
「あら、抵抗しなの?うーん、それはそれで寂しいわね」
そんな僕を見て、彼女は、肩透かしを食らったような顔をしている。
とりあえず、抵抗している人相手に燃えると言うのは、人としてどうかと思う。
どうして、彼女が女で僕が男なんだろう。
逆だったら、絶対に強姦罪で訴えられるのに。
まぁ、それなりに証拠を集めないといけないし、丸裸にされた挙句、体中をあちこち調べまわされるらしいから、それはそれでかなりの屈辱だろうけど。
しかも、名前まで表に出るから、とりあえず、かなり精神的にはきつい。
だからこそ、泣き寝入りがあるんだろうけど。
無理矢理やられて唯でさえ、死にたくなるぐらいの傷をつけられたのに、更に塩を刷り込まれる。
本当に、どこまでも救われない。
おまけに、たまに、捨てられた腹いせに、襲われた、なんていって、昔の男を訴える奴もいるわけで、おかげで、肩身も狭くなる。
たまったもんじゃない。
とはいえ、これは聞いた話。
どこまでが本当なのか知らないけれど。
とはいえ、もし、それが本当なら、やっぱり救われない話だ。
でも、まあ、それなら、やっぱり、僕は男で良かったんだろう。
いや、そういう事で、何かを決めるのは間違いなんだろうけど。
「こら、何考えているのよ?これだけ魅力的な女性が目の前に裸でいるって言うのよ?もう少し反応したらどうなのよ?」
と、不意の言葉で我に帰る。
「うひゃぁぉ」
それと同時に、びっくり。
目の前にいる彼女は、言葉どおり真っ裸。
もう、恥ずかしいところが視界一杯に広がっている。
僕自身も、いつの間にかに、真っ裸にむかれていた。
「いや、驚くんじゃなくて、ほら、興奮するとかしなさいよ」
そう言って彼女は、でん、と効果音が付きそうなほど胸を張る。
恐ろしく豊かなそれは、もう見る物を圧倒する。
圧倒するけど。
「反応しなさいよ!!」
怒られた。
思いっきり殴られた。
いや、まあ、恥をかかせたわけだし?
なんだろう。
ここまでくると、さすがに肝が座る。
というか、冷静になってくる。
いや、なんだか、青少年としてあるまじき行為だとは思うけれど。
「あら、残念。ほうら、やっぱり無理でしょう?」
「うぇ?!」
と思ったのもつかの間。
不意に振ってきた声に驚く。
てか、二人きりだと思ったら、そうじゃなかったの?!
思わず、そう思った言葉が、口に出そうになったが、なんとか押しとどめる。
けれど、その声、どこかで聞いた事がある。
しっとりとして、どこか呑気で、やる気がなくて、現実からつまはじきにされて、最近付き合っていた彼氏に、
『ごめん、やっぱり、俺には無理だよ。君みたいな人の相手は』
なんて言われて振られた……
「口に出して言ってるわよ、このバカ!!」
「ぐわばっ!!」
痛い。
てか、どうやら、言葉に出していたらしい。
「なんで、こんなところに、いるんですか、振られ女医」
「うるさい!!あんなクズ男こっちから願い下げよ!!ていうか、これ以上余計な事言うと、診断書に要入院って書くわよ!!」
「うわっ、職権乱用!!あそこに入ると、下手したら廃人扱いじゃん!!」
「だったら、余計な事を言うな!!」
「いいじゃん!!こんなわけの分かんないハメ方しておいて、文句の一つや二つや三つ!!」
「っ!?」
「……分かっていたのね」
一人は押し黙り、もう一人はやはり、と言った表情。
もちろん、押し黙ったほうは、万年欲求不満変態ドS校医。
もう一人は、良縁に恵まれない振られ女医。
「ばればれですよ。既に、僕には貴方のデータが入っているんですよ?」
そう、既に彼女のデータは手に入れている。
まぁ、盗んだわけじゃなくて、普通に話しをしていただけだが。
「柳鈴穂。この街の私立病院心療内科の研修医。妹が一人居て、その妹は校医。そして、僕の担当医」
そう、彼女は僕の担当医。
だから、話している内に、いくつものデータを手に入れた。
「柳瑞穂。我が高の校医で、姉が一人居て、医者」
これは、彼女のデータ。
こっちは、日常会話で聞きだした話。
だから、想像するのは簡単。
同じ柳姓で、共通するところが多い。
それを気にしないわけが無い。
それこそ、こんなに猛烈アタックを受けていて。
「柳先生?で、これはどういうことですか?」
にっこりと笑う。
けれど、先生はドン引き。
なんだか、怖いもの扱いで微妙に凹む。
でも、多少傷ついても、譲れないことは確かにそこにある。
「ちゃんと答えてくれますよね?」
というわけで、さくさく話してもらおう。
うぁぁぁ〜
中途半端なところで切れたぁ……
てか、初登場でこう言うのってどうだろう?