第六話 女神様の誘惑
「暇ね。とりあえず、一発どう?」
いつもと変わらず母手作りの弁当を食べていると、彼女から急なお誘い。
「真昼間からやることじゃないと思いますが?」
僕としてはたいへん魅力的なお誘いだが、真昼間からしたい事とは思えない。
「いいじゃない。男と女が密室で二人きりになったらやることなんて一つなんだから」
「学校が初体験は、ちょっと嫌ですね。男はロマンチストなんですよ?」
とりあえず、僕達の関係は何かが変わったわけじゃない。
冗談は普通に言い合うし、セクハラを受けたりする。
だけど、それだけ。
そりゃ、言われる事のセクハラ度数は以前に比べるとひどくなったが、特別な肉体的接触があったわけじゃない。
さっき言った通り、肉体関係を結んだわけでもない。
キスだって、口移しをされてから、一度もしていない。
まあ、僕がさせていない、というのが正しいんだけど。
結局、僕と彼女はどこまで行っても、生徒と教師という関係だ。
いくら校医だと言ったって、勘定に入れるのは教師なのだ。
認められるような関係じゃないし、ばれたらやばい事になるのは間違いない。
だから、こんなところで無防備に何かしたいとは思わない。
それに、先ほど言った通り、僕達の関係は何かが変わったわけじゃない。
恋人になったわけでもない。
そりゃ雰囲気によってはキスなんてものをするだろうし、それ以上だって行くだろう。
僕の理性はそんなに強いわけじゃない。
流されでもしたら確実にアウトだ。
「そうね。じゃあ、今日の夜、どうかしら?」
「残念、裏を取ってくれるだけの友人はいないから、泊りがけのお出かけは出来ないんだ」
まさか、バカ正直にこの人の家に泊まりに行くなんてことを言う事はできない。
残念ながら、うちの母親はそこまで甘くはない。
「仕方ないわね、次の休みはどうかしら?」
「それも、残念ながら無理だよ。先生の家は知らないから、自分から行けないし、かと言ってどっかで待ち合わせなんて言うのも論外だし。先生みたいな綺麗な人はどんな事をしたって目立つからね」
まあ、仕方がない。
生徒と教師がそんな関係になろうと言うんだ。
簡単に行くわけがない。
「じゃあ、仕方ないわね」
彼女はそう言って嘆息する。
まあ、仕方ないのだ。
大人同士だったら、問題なかっただろうけれど、実際はそうじゃないのだ。
ことはそううまく運ばない。
「いただきます」
「え?」
いきなり、そういった彼女は、僕の膝の上に座る。
「結局ここじゃないと出来ないんだったら、ここでやればいいのよ。雰囲気なんて関係なしにね。じゃないと、私が欲求不満になっちゃうわ」
「ちょ、タンマタンマ」
腰を浮かして、抜け出そうとする。
けれど、がっちりとホールドされているせいか、逃げ出せない。
以前もそうだが、どうしてこうもこの人は逃げ出せないように絡め取るのがうまいのだろうか。
「これじゃ、強姦だよ!!」
「あら、女が男相手にやっても、強姦にはならないのよ?」
確かにそうらしい話は聞いた事がある。
あるけど、なんとも不公平だ。
いや、まあ、確かに基本的に女が男に力では勝てないんだから、そうなるのも自然なんだろうが、そうなっている現実が今目の前にあるのだ。
もう少し柔軟にして欲しい。
「いいじゃない。私も美味しく戴くから、貴方も美味しく戴く。おかしなことは何一つもないわよ?」
「その美味しく戴かれるのが嫌なんです!!」
「きゃっ!」
いすのバランスを崩して、床に背中から倒れこむ。
あまりの痛みと衝撃に一瞬呼吸が出来なかったが、このままの状態でいるよりかはましだ。
いきなり落ちた事で、緩んだ拘束から抜け出す。
「残念、簡単には逃がさないわよ?」
が、あっさり捕まり、そのままベッドに押し倒される。
なんともたくましい人だ。
「すみません。こういうことは彼女としかしないって決めてるんです」
とりあえず、最後の反抗と言わんばかりにそう言ってはみるが
「あら、失礼ね。私の事を恋人と思ってくれてなかったの?寂しいわ」
あっさり返される。
「いえ、こんな風に相手の気持ちを無視した行動をする人を恋人と思うのはむぐっ!!」
それでも反抗を試みたのだが、あっさりキスで口をふさがれる。
やってることがどれもこれも男のすることだ。
「ダメな口ね。そう言う事ばっかり言ってると、ホントに無理矢理しちゃうわよ?それとも、ホントはそうして欲しいとか?」
「そんなわけないでしょう!」
失礼な。
僕はMなんかじゃない。
「で、どうする?ここで今するか、それとも、私の家に今日泊まりに来るか、それとも休みの日に来るか、どれがいい?もし、どれも嫌と言ったら、襲うから」
とはいえ、ドSな彼女と居る限り、僕はどうしても受けになってしまうんだろう。
選択肢が無茶苦茶だとさえ言わせてくれないんだから困ったものだ。
距離が近づいたせいか、彼女は止まってくれそうもない。
前言撤回だ。
確かに、僕達の関係は変わっている。
彼女の方が変わっている。
それにどういう意図があるのかは、やはり分からないが。
放課後の廊下。
僕はとぼとぼと歩く。
とりあえず、保健室にはいけない。
行けば、確実に食われる。
一応、約束はするだけしておいた。
空手形にする気はまんまんだが、それをやると後が怖い。
だから、たぶん行く事になるだろう。
どうにか、予定が出来ないだろうか。
それこそ、僕が絶対に出なくてはいけない予定が。
そうじゃないと、今週の日曜日。
その日に、確実に僕は純潔を散らす事になるし。
ああ、悲しいかな、生贄の供物。
自業自得とは言え、こうもあっさり今まで守りに守った貞操を、捧げてしまうとは。
まあ、僕も年頃の男の子だし?
そういう事に興味がないわけじゃないよ?
しかも、相手は、男子学生と一部の女子学生の憧れの的なのだ。
嬉しくないわけもない。
ただ、どうにも、こう流された結果、というのが、釈然としないんだよね。
困ったものだ。
「で、どうすればいいと思う?」
で、結局は人頼み。
封印していた、というか、避けていたあの場所へと向かい、ぼけっとしていた彼女に、そう投げかけた。
「……あんた、つくづく変な奴ね」
が、あっさりだめだしを食らった。
だが、僕に言わせてもらえば、確実に彼女の方が変なのは間違いない。
「ていうか、私がやった事に関してはスルーなの?」
「気になるのは気になりますが、今は貞操を守るほうが大事なんです」
確かにそれは重要と言えば重要だけれど、そんなことは大事の前の小事。
今、気にする事ではない。
「全くあの人は、何も分かっていない。確かに、生徒と教師である前に一人の男と女。そういう気持ちになってもおかしくなんてない。ていうか、素直に嬉しい。可愛い女の子や綺麗な女の人は嫌いじゃないからね」
確かに、嬉しいのは嬉しい。
たいへん喜ばしいことだ。
あんな高性能な新型機が、こんな量産型汎用機を好きだと言ってくれるのだ。
嬉しくないわけがない。
ただ、だからといって、いきなりワンステップもツーステップも飛ばして行くのはどうかと思う。
「でも、やっぱり、男と女であると同時に生徒と教師。そう簡単に許されるべきカップリングではない。ていうか、ばれたら、かなりやばい。なのに、あの人と言うと、自分の欲望ばかりを押し付ける。ああ、困ったものだ。嘆かわしいことだ」
もう少し、こちら側をいたわって欲しい。
こんな純情で純真であるいたいけな少年が相手なんだ。
そんな手篭めにするような形で持っていって欲しくない。
というか、あっさり食べようとして欲しくない。
「というわけで、恋人のふりしてくれない?」
「嫌に決まってるでしょう」
というわけでの提案なんだけど、あっさり却下。
まぁ、全く毛の先ほど期待していなかったし、以前自分が考えていた事態になりかねないというか、絶対になるのが分かっている以上、大きすぎるリスクを払いたいとは思わない。
「ふむ、となると、とりあえず、予定をでっちあげるしかないな。しかも、どうしても出ないといけないぐらいの……」
というわけで、まあ、ここらへんに落ち着くしか無いだろう。
「祖父母を殺すか?いや、いっそのこと両親を危篤もいいな。でも、あの人のことだから、いろいろと調べまわるだろうしな。となると、ガセでは捕まってしまうか……」
だからと言って、答えが出るわけでもない。
あの人のことだから、どんな手を使ってでも、僕を部屋に呼び込むだろう。
既に僕が
『じゃあ、休みの日に遊びに行きます。なので、地図を描いてください』
そう言っている以上、逃がすつもりはないだろう。
確実にてぐすねを引いて待ちつつ、逃げ出そうものなら、あの手この手で絡め取る事間違いなしだ。
となると……
うわ、勝てる気がしない……
「いっそのこと、操捧げたら?あんたみたいな有象無象な輩には分不相応な恋人だと思うわよ?いつ逃げられるか分かった物じゃないし、今の内に捕まえておいたら?それこそ、捨て身で」
つまり、身体を餌にしろと。
そりゃ、僕だって彼女の言っている事ぐらい分かっている。
あんな素敵な人と付き合おうというんだ、それ相応の覚悟をしないといけないだろう。
でも、だからと言って、やっぱり身体を差し出すのは……
「ほらほら、行った行った。あれこれ悩んでたって仕方ないわよ。もう真正面からぶつかって、対抗するしかないのよ」
とはいえ、だからと言って逃げ出す手段は無い。
それに、仮に運良く今回逃げられたとしても、次も逃げられるとは限らない。
絶対に毎週休みごとに誘ってくることは間違いない。
なら、彼女の言う通り、真正面からぶつかっていくしかないだろう。
そうすれば、もしかすると、それこそ、天変地異の前触れかのように運良く、守りきれるかもしれないし。
うん、頑張ってみるか。
「んじゃ、帰るわ。相談ありがとね〜」
「え?!私のネタ振りの奴は無視なわけ?!」
まぁ、やっぱりそれはそれ。
大事の前の小事。
というわけで、今はあの人との決戦の事に集中しよう。