第四話 保健室の女神様
そんな翌日。
学校に着くと、やけに視線を浴びているように感じられる。
気のせいかと思いつつ、自教室に入ったら、余計にひどくなった。
もちろん、思いつくのは一つだけ。
彼女との逢瀬の事。
けれど、その割には、視線はそんなに強くない。
多少嫉妬の視線も混じってはいるが、それもそんなに強くはない。
むしろ、困惑、奇異、そんな感じの視線。
果たしていったいどんな事が、そう思いつつも、動けない。
あくまでも、こういうときは、向こうからアクションを起こしてもらわないと、こちらからは動きようがない。
まさか、いきなり
『僕が何かしましたか?』
なんて聞くわけにはいかない。
でも、この様子じゃ誰にも聞けそうもない。
そんな微妙な空気の中、時間が過ぎていく。
授業は次々と消化されて行き、いざ、昼食。
そのタイミングだった。
「あのさ、お前、今から誰かとお弁当食べるのか?」
不意にクラスメイトからたずねられた。
それは、どうやらクラス全員の総意らしく、じっと僕の方を見ている。
「えっと、まあ、そうだけど、それがどうかした?」
それに、多少びびりながら、とりあえず答えてはみる。
答えてはみるが、反応はない。
いや、何か信じられないことが、今目の前で起きている、みたいな表情はしているが、言葉を返してくれないのだから、仕方がない。
「なあ、お前、放課後は誰かと一緒にいるのか?」
とりあえず、待つしかないのか、なんと思っていたら、別の人が言葉を続けた。
けれど、こっちの方が驚きだ。
やはりこの状況で考えられるのは、彼女に関する事。
ということは、もしかして、僕と彼女が一緒にいるところを見つかってしまったんだろうか。
となると、隠れ家がばれている可能性も大きい。
うお、かなりやばいんじゃないのだろうか。
「えっと、まあ、一応」
でも、だからと言って否定は出来ない。
とりあえず、未だに状況を完璧に把握したわけじゃないのだ。
出来るだけ、踏み込んで、情報を手に入れたい。
「昨日、その人に何か相談されただろう?文化祭の事とか?」
思わず、背筋が凍った。
まさか、ここまで、ばれているとは思わなかった。
これは、かなりやばい。
もしかしたら、僕が誰かの痴情を見ていたように、僕と彼女の事を見ていたのかもしれない。
「……うん」
もう、ここまで来ているのだったら、下手に嘘はつけないだろう。
相談、というところまででは、なかったが、聞かされていたのは事実だ。
とりあえず、僕があそこにいなければ、確実に彼女はそんな事を言わなかったはずだし。
彼女としては、とりあえず、一人で悩んでいる、ような状況にしたくなくて、どういう形であれ、僕に聞いてもらいたかった、ようでもあったわけだし。
だからこそ、逃げたのだ。
「やはり……」
クラスメイト達がそれぞれ頷き合う。
だが、それはやはり奇異の視線。
もしかしたら、何かしら想定していることと多少違うのかもしれない。
こうなると、状況が分からないとこちらは困る。
「あの、どうかし……」
「てめえ、何で、彼女からの告白を断ったんだよ!!」
とりあえず、状況把握のために聞いてみたのだが、あっさりかぶされた。
怒鳴り声で。
というか、余計に謎。
わけがわかんない。
不意に現れたまた別の誰か。
「普通に話すだけでも羨ましいのに、告白だぞ、告白!!あんなに綺麗でお金持ちな彼女に告白されて、それを断るなんて、てめえ、何様だ!!」
激昂。
でも、状況が分かんない僕には、はてなマーク。
果たして、何故に、僕が彼女に告白されている事になっているのか。
そして、どうして、それを断っていると言う事になっているのか。
全くわけが分かんない。
そもそも、どうしてそこまでキレているのかも分からない。
実際、本当に告白されていたら、僕は間違いなくオッケーをだしていたはずだし。
美人は基本的に大好きだし。
いや、そもそも、その彼女が、彼女なのかどうかも分からないし。
言ってる本人は、告白されたのが誰か知ってるから、言ってるんだろうけど。
となると、それとなく有名人じゃないといけないから、まあ、おそらくは彼女になるんだろうけど。
それでも、良く分からない。
「ああ、うん、ごめん、とりあえず、ご飯を食べてくるから」
まあ、なんにせよ、とりあえず、逃げるのが一番だろう。
というわけで、逃げ出す。
そのついでに、歩きながら、状況整理。
とりあえず、彼女が彼女であるのは間違いないだろう。
彼女が二回続くから、軽く混乱するけど、彼女は彼女なんだから仕方がない。
で、今日一日の様子からすると、かなり広範囲に知られているみたいである。
そして、クラスメイトの口ぶりからすると、僕が彼女に告白されて、断っている、という状況。
ついでに、なんとなく、僕に対する質問が、微妙にリアル。
となると、考えられることは一つ。
いや、他に可能性はあるが、とりあえず、僕の中で浮かぶのは一つだ。
彼女が、お誘いが鬱陶しくなる前に、先手を打った、というべきだろう。
とりあえず、リアルに物言いをするには、僕達のやっている事を覗く、という方法があるが、それでは、告白とかの話は出て来ない。
となると、出所はやはり彼女しかないだろう。
ただ、どうして、そんな事をしたのか。
それが、分からないのだ。
そんな事を言う必要性がどこにあるのだろうか。
一番簡単なのは、彼女に聞いてみる。
だけど、下手すると、巻き込まれる可能性が大。
となると……
逃げるしかないだろう。
とりあえず、目的が文化祭なのだ、それが終わるぐらいまでは、逃げておけばいい。
まあ、逃げ場所は確保している。
というか、前々から確保してある。
いつだって、あの隠れ家に行けるわけじゃない。
僕よりも前に、人が来ていて、中に入れないときもあるし、雨が降っている日なんかもいけない。
中は雨が振り込まないけれど、その途中は校舎裏なんだから、当然雨ざらしで、中に入れるような状況ではない。
そんなときに行く場所はちゃんと確保している。
そこへ逃げ込めばいい。
というか、既に、足を運んでおり、今日のお弁当もそこで食べるようにしている。
「失礼します」
到着すると同時に、あっさり中に入る。
まあ、一応、先客、というか、そこには番人がいるから、挨拶はしておく。
「あら、珍しいわね。晴れの日のお昼にここに来るなんて」
「いや、ちょっといろいろありまして。今日もお客さんゼロですよね?」
「ええ、幸い、うちの生徒は健康体の人ばかりだからね」
そういって彼女はくすくすと笑うが、実際は、多少の病気なら、無視するから、誰も来なくなったのだ。
とりあえず、彼女は保健医。
うら若く、そして綺麗な女性。
というわけで、当然男子からの人気は高い。
そのおかげで、最初の頃は、かなり保健室は繁盛していたが、当然、やってくるのは仮病の生徒ばかり。
そして、恐ろしい事に、仮病の生徒にお仕置きをしたのだ。
とりあえず、僕は経験した事がないから分からないし、聞いてもただ震えるばかりで教えてくれないから分からないが、かなり恐ろしいことだったには違いないらしい。
ちなみに、僕も、仮病と言うか、人がいない時に、遊びに来たのだが、いろいろやりあった結果、ここに遊びに来る許可がおりたのだ。
今でもどうして許可が下りたのか不思議だが。
「まあ、私としては来てくれて嬉しいわ。こうも一人だと暇で暇で」
「仕事はどうしたんですか、仕事は?」
「私は優秀だから、ほとんど片付いてるのよ」
しかも、この人、美人な上に仕事も出来る。
その日の仕事をあっさりと片付けてしまう。
天が二物を与えたいい例だ。
「まあ、いいですよ。とりあえず、さっさとご飯食べてもいいですか?お腹空いているんですよ」
「ああ、だったら、デザート」
そう言って、彼女が出したのは、いかにも手作りと言わんばかりのクッキー。
とはいえ、この人がそんなものを作る玉じゃないのは分かっている。
「ファンの女子の子からもらった奴ですか?」
とりあえず、それだろう。
年上の美人でしかもカッコいいタイプは、この年頃の女子は意外と憧れられる。
で、そういう特殊な趣味な人間、というか、まあ、そっち系の人間から告白されまくり、という事態になる、らしい。
まあ、詳しくは聞いてないから知らないが。
「失礼ね。これは、れっきとした私の手作りだけど」
「……好きな人でも出来たんですか?」
思いついたのが、毒見。
失礼だと思うが、そうとしか思えない。
それに、この人だって独身で恋人のいない妙齢の女性。
そういう事になってもおかしくないだろう。
「いや、単に作りたくなっただけよ。それとも、貴方に食べて欲しくて作ったの、と言ったほうがいいかしら?」
それが、どうやら気に食わなかったのだろう。
絡み付くような視線で見つめながら、艶やかな声でそういう。
こんな風に言われて、惚れない人はいないだろう。
よっぽど趣味がおかしくない限り。
「ホント、貴方ってば可愛いわね。そんなに真っ赤な顔をして」
もちろん、僕も違わず、あっさりと赤面。
年頃の男の子には少々刺激が強い。
「これじゃ、私がデザートよ、なんて言った日にはどうなるのかしら、ねえ?」
ホントに悪魔だ、この人。
どういう反応するのか分かっていて、そういう事を聞いてくるんだ。
そして、その通りの反応をしているのを見て楽しんでいる。
ドSだ。
「まあ、いつまでもからかうのは可哀想だから、ほらさっさと食べなさい」
言われなくてもそのつもりだ。
「いただきます」
手を合わせて、さっさと昼食開始。
いつものごとく、普通のお弁当。
だけど、やっぱりそれが落ち着く。
「相変わらず普通のお弁当ね。なんなら、私が作ってあげようか?」
「まだ死にたくありません」
この人にお弁当を作ってもらっている事がばれたりでもしたら、確実にやられる。
たまに、この人の食べている自作お弁当を見た事があるが、どれもこれも、非常に美味しそうだった。
だけど、そんな危険を冒してまで食べたいもの、とは思えない。
「貴方も素直ねぇ。まあ、そこが可愛いんだけど」
彼女は、そういうと肩をすくめると、お茶をついで差し出す。
悪魔のような性格の人だけど、こうやって細かなところでもてなしてくれる。
そんなところがあるから、憎めないし、素敵な人だと思ってしまう。
美人だけど、それだけじゃない。
そう思わせる物がある。
そういう人って本当に憧れる。
「ありがとうございます」
だから、褒め言葉なのか貶し言葉なのか分からないけれど、とりあえずお礼を言っておく。
どっちだろうと、僕は嬉しかったわけだし。
「ほんと……おもしろい子ね、貴方は」
彼女はそういうと、おもしろそうに笑った。