第三話 奇妙な逢瀬
それから、奇妙な彼女との逢瀬が始まった。
いや、別に、そこになんらかの恋愛感情がついてまわるわけじゃないから、逢瀬、とは言わないだろうが。
それでも、彼女とはちょくちょく会った。
まぁ、基本的に、放課後はいつもいるし、お弁当の時も、ほぼここ。
彼女は、ほとんどいつもここに来ているから、会うのは当然だろう。
けれど、逢瀬が続いたからと言って、仲が良くなったわけでもない。
多少、会うたびになんらかの会話はするが、それでも、そんなたいしたことは話さない。
普通の会話なんて、一言二言だ。
仲が進展するような状況ではない。
ここに呼び出されたときの事も、誤解は綺麗に解けている。
帰ってすぐ、質問攻めにあったけれど
『彼女の落とし物を拾ってあげたら、そのお礼を言われただけだよ。いい人だね。わざわざお礼の物まで用意してくれたんだから。まあ、すっごく大切だったものだったらしいけど』
そう言っておしまい。
お礼の物をもらった事を多少妬まれたし、何をもらったか見せろと言われたが、食べ物をもらって食べてしまったと言ったらもうおしまい。
拍子抜けするほどあっさりと引き下がった。
多少の嫉妬だけ。
自分の口がうまかったのか、それとも、単に僕と彼女がどうこうなるとはやはり到底思えなかったのか、どちらしろ助かったのは助かった。
おかげで、僕は比較的平和に過ごしている。
比較的、という言い方になるのは、たまに彼女が荒れるからだ。
もちろん、理由は一つ。
鬱陶しい告白。
告白があった日はたいてい荒れる。
というか、会った日は全て荒れていた。
おかげで、その日は口撃の嵐。
こっちの精神力を根こそぎ奪ってくれる。
もしかすると、そのために、ここに僕が来るのを許可しているのかもしれない。
彼女の噂のどれ一つにも、口が悪いとか態度が悪いとかそういった話は聞いた事がない。
と言うことは、外面は思いっきり猫。
だから、本当の姿を知っているのは、僕しかいなくて、そんな僕だから、建前を気にせず言いたい放題に言える。
要するに愚痴要員と言ったところか。
それなら、どうあがいたって、進展があるはずがない。
まぁ、僕個人としては、鑑賞さえ出来ればそれでいいから、別に構わないのだが。
凡人には凡人らしい夢を。
有名なアイドルと一緒にいる。
それだけで十分だ。
それ以上を望んで散るのもばかばかしい。
まあ、それだけの覚悟を持った感情じゃないから、というのもあるのだが。
なんにせよ、今の状況で十分なのだ。
「これからが、問題ね……」
不意にぽつりともらした。
いつものごとく、今日も今日とて二人して、隠れ家に来ているのは、僕と彼女。
だから、当然彼女となる。
ちなみに、もうそろそろで文化祭。
それだけで十分分かる。
学外からのナンパやら生徒からのお誘いの話しだろう。
まあ、人気者の彼女なら仕方ないだろう。
ちなみに、僕の予定は決まっていない。
とりあえず、クラスの出し物に参加はするが、そんなに長時間縛られたりはしないし、誰かと一緒に回るわけでもない。
おかげで暇。
彼女とは対称的だ。
まあ、適当にぶらついた後、ここで昼寝でもしてればいいだろう。
ああ、侘しき学園生活。
もう少し誰かとつるむことを考えたほうが良かったのかもしれない。
なんて思いもしないでもないが、仕方ない。
こういう時、騒ぎたかったら、いつも騒いでおかないと。
いつもクールか、いつも大騒ぎか、どっちにつくしか出来ないのだ。
ケースバイケースなんてことは無理なのだろう。
残念。
「とりあえず、この男を仮の恋人にしたてあげてみようかしらねぇ」
びくっ!!
思わず身体が震え上がる。
なんとも恐ろしい事を考えるのだろう。
他の誰かなら諸手を上げて喜ぶだろうが、僕には到底そんな風に思えない。
特攻精神はないのはもちろん、そんな明日がどうなるもや知れない日々に足を踏み出すような酔狂な性格ではない。
確実に殺される。
「でも、この男じゃ、誰も認めないだろうし、私自身も演技とは言え、恋人にするんだったら、もっと好みのタイプの方がいいしねぇ……」
ぐさっ!!
今度はぐさりとくる一言をどうも。
でも、忌避すべき自体にはならなくて済んだだけましか。
いや、もしかすると、もっと状況が危うくなる可能性もある。
時計を見る。
まだ、多少は早い。
ただ、駅構内で暇を潰せないわけでもない。
良し。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
逃げよう。
僕は、そそくさと帰る準備を整えると脱出。
嫌な予感がするときは逃げるに限る。
まあ、その可能性はずっとずっと低いのだが、それでもゼロじゃない。
なら、出来るだけの事をして忌避すべきなのだ。