第二話 見当違いの嫉妬
翌日の昼休み。
無事に朝一番のホームルームは耐え切った。
何がどうなるか戦々恐々としていたが、お咎めはなかった。
まあ、まだ安心は出来ないが。
いつ、喋られるか分かったものじゃないのだ、気を緩めるべきではない。
「ねえ、ちょっと、いいかしら?」
でも、その前に弁当の準備、と思ったところで、聞きなれた声。
思わず、びくっと反応する。
冷や汗がだらだらと出てくる。
おまけに、周りから熱視線。
生きた心地がしない。
これが、有名な美人さんと付き合ってるのを妬まれて、なら、まだ報われるけど、実際は変態疑惑をかけられての尋問のために呼び出されているだけなので、報われない。
「あら、ちょうどお弁当なのね?一緒に食べながらお話、なんてどうかしら?昨日の場所で」
「うん」
だからと言って、まさか逃げるわけにもいくまい。
逃げたら後が怖いし。
彼女の後について歩く。
まあ、行き場所は確定してるんだから、わざわざ後を追わなくてもいいんだけど、なんとなく雰囲気でそうさせられてしまう。
おまけに、視線が痛い。
とりあえず、誰だ、こいつ、みたいな目で見られてるし。
しかも、かなり妬ましそうな目だし。
思いっきり叫びたい。
妬ましいと思われるような関係じゃない、と。
まあ、状況を分かっていないから仕方ないんだろうけど。
第一教棟を抜け、それぞれ靴をはきかえると、第二教棟の校舎裏へと向かう。
まさか、昨日の今日で来るとは思わなかった。
にしても、それより、どうして彼女が僕をここに呼んだのか、それが気になる。
とりあえず、こちらの言い分を聞いてくれるのだろうか。
それとも……
私刑だろうか?
前者だといいんだけどなぁ、と思いつつ、歩を進める。
そして、いつもの秘密基地の中へと入る。
鍵は昨日の内に壊れたせいで、かけられない。
しかたないだろう。
というか、こんなところを誰かに見られでもしたら、たまらない。
絶対に良くない噂が飛び交うぞ。
彼女はそれが分かっていて、やっているんだろうか。
男と二人きりで密室へと向かう。
誤解されても仕方のない状況だ。
まあ、僕にはそんな勇気がないから、間違いなんて物さえ起きないだろうが。
「とりあえず、話しは食べながらでいいわね?」
「うん」
それは、構わない。
かなり気を張っていたせいで、お腹はもうぺこぺこ。
というか、基本的に育ち盛りの男の子は、常にはらぺこなのだ。
持ってきた包みをあけると
「いただきます」
そう言って手を合わせるとスタート。
これは、もうちっちゃな頃からの癖だから、どうしようもない。
それに、言わないとなんとなく居心地が悪くなる。
「いただきます」
彼女もそうなのかは知らないが、しっかりと手を合わせて、そういうと食べ始める。
小さいながらも色とりどりのおかずが並び、見ただけでバランスのよさそうなお弁当だと思う。
育ちが違うと、こうも違うものかな。
そう思いつつ、自分の弁当を食べる。
バランスもさほど良くないし、味も普通。
まあ、それが嫌いだというわけじゃないけれど。
食べられるだけ幸せ、なんて事を言うつもりではないけれど、僕にはこういうお弁当の方が好きだ。
落ち着くし。
「で、質問。あんたは、こんなところで何をしてたわけ?まさか、本当に覗いてただけ、なんてわけないでしょうね?」
不意の質問。
でも、僕にとっては願ったり叶ったり。
「電車通学でね、学校が終わってもしばらく電車がないから、ここで暇つぶし。うるさいところが嫌いだから、静かなこの場所で退避してるの。別に誰かの何かを覗きたくているわけじゃない。そこに窓があるし、声も聞こえたりするけど、基本的にここでは、宿題とかしてるから、そっちは気にしないようにしている」
いい訳をさせてくれるのなら、渡りに舟だ。
とりあえず、いいわけさせてもらおう。
まぁ、うまく行くとは思えないが。
「ふーん、そう。分かった」
案の定、手ごたえはあんまり良くない。
「聞いた通りの人間ね」
彼女はにやりと笑う。
背筋がぞっと冷える。
なんとなく捕食者がえさを見る眼と同じだ。
「クラスで孤立しているわけじゃないけど、特別誰かとつるむわけでもない。それなりに勉強でもスポーツでも活躍するけど、目立つわけでもない。扱いやすそうに見えて、扱いやすくはない。ただ、教師からは高い評価をもらっている」
どうやら、クラスと言うか、いろんな人から、僕の話を聞いたのだろう。
まさしく僕、といった感じだ。
「そうやって弱い小動物のように見せかけているのは、もちろん演技よね?」
くす、と笑うと、そう続ける。
いやはや、怖いものだ。
「いや、演技なんかじゃないよ。正真正銘、怯えているんだから」
ただ、訂正させてもらえるのなら、多少演技はしていても、本当に僕は怯えている。
本当に怯えているからこそ、弱い小動物の真似ができるわけだし。
「ふーん、まあ、いいわ。とりあえず、あんたの言っていることは信用してあげる」
それは、どっちの意味だろうか。
一瞬、分からなかったが、おそらく両方だろう。
もし、どちらかなら、限定の言葉なり何なりをつけるだろう。
それをしないんだから、どちらとも、と考えるのが自然だ。
「にしても、ここはいいわねぇ」
その証拠に、話題が変わっている。
いや、もしかすると、何かの前置きなだけなのかもしれないが。
「あんたの言う通り静かだし、それに割と広い。いつから使ってるの?」
「入学してちょっとからかな。誰かに入られないように、一応鍵を内側から閉めてる」
いきなり、誰かとご対面、では困るから。
実際、何度か、生徒がここを開けようとしたけど、鍵がかかっているため開かなくて、諦めていった。
鍵をかけてなかったらと思ったらぞっとしない。
「ふーん、学校側から許可は取ってるの?」
「ううん、無許可。ただ、ここは長い間使われてないって話を、担任にそれとなく聞きだしてるから、見つかることはまずないかな」
許可なんて取るわけないし、リスクはちゃんと回避する。
当然だ。
下手して、困るのは僕なわけだし。
「じゃあ、私がここを使っても、構わないわけね?」
つまり、僕に明け渡せ、ということなのだろう。
ずいぶんとわがままな。
「別にいいけど、荷物を全部持って帰るのに多少時間がいるから、すぐ、ってわけにはいかないよ?」
とはいえ、別に異論はない。
秘密基地がなくなるのは辛いけれど、それでごねられて、後々面倒な事になるよりかはましだろう。
ただ、ここにおいてある荷物は多くはないとは言え、決して少ないわけでもない。
一回二回では持って帰るのは無理だろう。
明け渡すことに関しては、異議はないが、多少の猶予は欲しい。
「それなら、構わないわ。置いておいても」
とはいえ、彼女はあっさり否定。
ということは、全部強奪?
ガキ大将もびっくりのジャイアニズム?
それとはちょっと違うかもしれないが、あまりにも横暴。
「はい、それがあんた用の合鍵。今までどおり、私に気にせず、好きなときに使って頂戴。私も勝手にさせてもらうわ」
と思ったのだが、どうやら風向きがおかしい。
どうにも、僕にも利用権があるようなそぶりだ。
いや、あるんだろう。
こうして、合鍵を渡すのは。
けれど、それはまたどうして?
聞いてみたい。
だけど、聞けない。
なんだか、今日は想定外の事が多すぎて、そんな余力がない。
というわけで、諦めてさっさとお弁当を食べてしまおう。