第十九話 二人の未来
天高く馬肥ゆる秋。
すがすがしい風と、暖かい日の光が降り注ぐ。
素直に気持ちいいと言える天気。
「好きです、付き合って下さい」
こんな日こそ、告白日和。
答えが出てから、数日後。
とりあえず、告白日和な日を待った。
待ち続けた。
けど、そんな、小説のように都合のいい展開なんてなくて、伸び伸びになって、本日金曜日。
ちなみに、明日、明後日と、文化祭。
おかげで、学校中てんてこ舞いになってるんだけど、そんなの僕には関係ない。
とりあえず、クラスはかなり大忙しだけど、今日まで頑張ったから、今日ぐらい許してもらおう。
「こんな忙しい時に呼び出したと思ったら、何よ、それ」
半眼で睨まれた。
どうやら、僕は自由だけど、彼女はそうじゃなかったらしい。
モテモテな彼女は大変だ。
「奏穂の日記を読んだ。それで、答えが出たんだ。君に甘えさせてもらおうって」
でも、今の僕は無敵だった。
不敵だった。
神だった。
「さっきは、ああいったけど、正直、たぶん、今はルリっちよりも、瑞穂さんの方が好きなんだ。瑞穂さんと触れ合って、暖かさを感じられた。でも、ルリっちだったら、そうはならない」
言いたい放題。
何、この人、何様のつもり?
つか、死ねばいいのに。
そんな事言われても仕方ないだろう。
告白の時に言うような言葉ではない。
だけど、偽らざる気持ち。
これは、別にイエスをもらうための告白ではない。
踏み出すための告白なんだ。
「触れ合えない。触れ合った瞬間に拒否反応が出ると思う。瑞穂さんよりもひどく。でも、未来は分からない。瑞穂さんには負けるけど、これでも、僕は君の事を気に入ってるし、好きなんだよ?」
綺麗な人は基本的に好きだし、それに、奏穂が認めた子だ、性格はいい。
妄信なんてするつもりはないけれど、それでも、奏穂の見る眼を信じている。
僕を選んでくれた眼を。
だからこそ、彼女が認めたルリを認めたい。
もちろん、僕自身の眼だってある。
僕が奏穂を殺したとき、彼女は本当に怒っていた。
心の底から怒っていた。
だからこそ、信じられる。
彼女が良い人だと。
素敵な人なんだと。
見た目だけじゃない、心の中まで素敵な人だと言う事が分かった。
だから、彼女に賭けたい。
彼女と傍にいたい。
そう思ったんだ。
「だから、付き合って欲しい」
そして、だからこそ、出た答え。
悩みぬいて出した答え。
迷いはない。
これが正しいと信じている。
そして、信じている。
彼女の答えが、僕が思っているものだと、望んでいるものだと。
心の底から信じているんだ。
空を見上げる。
青く澄んだ空。
綺麗な青空。
何にも縛られてない自由の証。
奏穂、ようやく僕も解放されそうだよ?
幸せを求められそうだよ?
今までありがとう。
僕も君と一緒に居られて良かったと思っている。
幸せだったと思っている。
例え、儚い幻のような時間だったとしても、僕はそれを幸せだと思っている。
だから、ありがとう。
そして、さようなら。
もう僕の思いが君に向かう事はない。
君を忘れない。
絶対に何があっても、忘れやしない。
深く深く愛した君の事を忘れる事なんて出来ない。
だけど、さようなら。
君が願ったように、僕は自分の幸せを探すから。
自分の幸せを手にするから。
だから、さようなら。
たまにだけ、君に会いに行くよ。
さようなら。
「ユーキの気持ちは嬉しいわ」
彼女が口を開く。
名前は、もう呼び捨て。
もう瑞穂さんへの配慮がいらないから。
「昔は、憧れてたし、好きだった」
知ってる。
奏穂の日記には、そう書いてあったんだから。
僕の事を好きだと。
「今も、嫌いじゃないし、全てを知った今、憎しみも何もない。だから、救いたいと思った」
僕に手を差し伸べてくれた。
全てを知ったからこそ。
全て。
「でも……」
不意に入る逆接の接続詞。
それまでの言葉を否定する言葉。
「それは無理よ。私は、ユーキと付き合えない。そんな言い方されたんじゃ、オーケーなんて出せるわけがない」
振られた。
そう、僕は振られた。
「だいたい、貴方だってそんな気はないんでしょう、私と付き合う気なんかは」
だけど、それは予想の範疇。
僕は、幸せを求める。
だからこそ、この行動が必要だった。
彼女に振られることが必要だったんだ。
「まあ、今はね。ルリっちも知ってるんだろう、奏穂の気持ちを?」
「普通に呼び捨てでいいわよ、もう。その質問なら、イエスよ。鈴穂さんに遺書を渡されたわ、私宛の」
中々、僕の勘も鋭いようだ。
用意周到な奏穂の事だ、きっと何かを残していると思った。
今、僕が持っている日記も、彼女が僕に残したものだし。
苦しむだろう、僕のために残した日記。
僕を救うために、僕を引っ張りあげるための日記。
だからこそ、鈴穂さんは僕にくれたわけだし。
そうでなければ、一緒に燃やしたはずだ。
だから、ルリにもそういうものがあると思っていた。
ルリは、全てを許してくれた、受け入れてくれた。
だけど、全てを許せるのは、全てを受け入れられるのは、他の誰でもない、奏穂の言葉がなければ、きっと無理だったと思う。
奏穂の言葉が、思いじゃなければ、きっとルリの心には届かないから。
他の誰かでは、ダメなんだ。
僕が、幸せを求められたように、答えが見つかったのが、奏穂のおかげのように、ルリにとっても、そうなんだと思う。
だから、たぶん、ルリも全てを知っていたからこそ許せたんだと思う。
救おうとしてくれたんだと思う。
「だから、告白しようと思ったんだ。今は、好きじゃない。だけど、未来は分からない。その未来にかけるために」
これだけの女っぷりを発揮した彼女だ、きっと僕は好きになると思う。
さっき言ったように、彼女は素敵な人なんだ、未来はきっと好きになるだろう。
だからこそ、ここで告白しておかないといけない。
奏穂の事をおざなりにしたままなんて言うのは許されない。
きっと、二人とも永遠に苦しみ続ける。
今は、もう僕に対する恋愛感情が薄くなっているルリ。
だけど、奏穂との約束もある。
その二つに揺れ動く。
そして、僕もまた、奏穂の願いと自分の思いに揺れる。
そのせいで、二人して、永遠に奏穂から解放されずに、もがき苦しみ続ける事になる。
そんな事を願っていないはずの奏穂の願いが、僕達を苦しめる。
だからこそ、ここで告白する。
しかも、絶対に振られるように。
それは、ここで全てを終わらせるための物。
本当のところ、奏穂が何を願っているのかは、分からない。
だけど、僕は、彼女の日記の中で、日記を読んでる内に、浮かんだ。
彼女は、もしかすると、僕が一緒になるのは、僕が恋人として選んでいいと思っているのは、ルリだけなんじゃないのだろうか、と。
自分が認める、許せるルリだけなんじゃないのだろうか、と。
近くて遠い、親友ルリ。
鈴穂さんや瑞穂さんではなく、ルリ。
でも、それは、奏穂の選んだ道。
彼女が残した道。
僕達が選んだ物ではなくて、選ばされる道。
そんなんじゃ、きっと僕達は、いつでもどこでも、ずっとずっと奏穂の事を考えてしまう。
ルリがどうなのかは知らない。
だけど、僕が望むのは普通の幸せ。
バカみたいな幸せ。
だからこそ、奏穂に縛られているような、彼女が残した道を選べない。
例え、ルリの事を好きになったとしても、それは、自分の気持ちじゃないと意味がない。
時間をかけて、ゆっくりと好きになっていかないといけない。
そうして、初めて、僕達は奏穂を関係なしに、奏穂を殺した事、失った事から解放されて、向き合えると思う。
「全く、考える事は同じね?」
彼女は笑う。
彼女もきっと、そんな答えが出ていたんだろう。
大切だからこそ、大好きだからこそ、もう奏穂の事に縛られないように。
大好きな人の事を、大切な思い出として、胸のアルバムにしまう。
それは、冷たいとか、そういうんじゃない。
大切だからこそ、これ以上彼女を繋ぎ止めない、彼女のために、自分も幸せになる。
あまりにも早く死んでしまった事を、悔いにさせないために。
自分の中にいる奏穂に。
「私も、答えは同じ。ユーキとの未来に賭けてみたいと思ってるわ。だから……」
彼女は、笑う。
笑って、続ける。
「明日、明後日の文化祭、一緒に回らない?」
これにて第三章終わりです。
次回エピローグ。
ただ、かなり焦ってやったので、誤字があるかも……
って、結局間に合わなかったかww