表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/22

第十三話 刹那の温もり

ぎりぎりセーフ……

だと思いたい。

うーん、直接的な描写はほぼないし。

招かれた夕食は、生まれて初めて見るものばかりの豪華な物だった。

質や量からして、おそらく、最初から誘うつもりだったことが分かった。

あの時、迷わず頷けた事をよかったと思う。

まあ、よくよく考えてみれば、あの場で、断るのは多少失礼に当たるような気もした。

せっかくの誘いだし、何より、たいした用事もないのに、せっかくの申し出を断ると、角が立つ、と言うよりも、関係性を悪化させかねなかったかもしれない。

もちろん、実際やらなかったことだから、どうなっていたかは、分からなかったが、あまり良い予感はしない。

「父と母が、ホント喜んでたわ、ありがとね?」

「そう言いつつ、僕の服を脱がそうとしているその手は何なんだろうね?」

にゅっと出てきた彼女、瑞穂さんの腕を掴み、解く。

今は、瑞穂さんの部屋で、小休憩となっている。

しっかりと、かなり高級マンションの一室を借りてるくせに、実家にもちゃんと部屋が残っているなんて、羨ましいものだ。

しかも、その部屋は、僕の部屋のゆうに二倍以上はある。

特別貧しい家じゃないとは思っているが、それでも、貧富の差をこうも感じる羽目になるとは思わなかった。

自分の家庭が、貧しいんじゃないかと、錯覚させられるほど、この家は豪華。

豪華すぎる。

気が滅入る、気が休まる暇も感じられないほど。

「まぁ、いいじゃない。食事後の恋人の部屋。窓の外は暗く、周りには邪魔する者はどこにもいない。しかも、防音設備はばっちり。恋人同士の語らいにはぴったりじゃないか?」

「つまり、どんなに泣いて叫んでも助けは来ないから、慰み物になる覚悟をしろ、と?」

挙句に、この状況。

もう何度目になるのか分からない程の貞操の危機。

そういうことなんだろう。

「ちゅっ」

わざとらしく音をたててのキス。

ただ唇を重ねるだけの行為なんだから、音がするわけはない。

何故、彼女がそうするのかは、分からない。

僕は、それを拒否しない。

ただ、身体を寄せてくる彼女を抱き締める。

豊かな二つの膨らみを持っているくせに、折れそうなほどの華奢な身体を抱き締める。

「今日は逃げないんだ?」

「逃げても無駄でしょう?どうせ、鍵も掛かってることだろうし、逃げられないんなら、逃げませんよ」

二人は恋人。

それを、彼女の両親にも言っている。

だから、もういいだろう、と思った。

まるで、何も知らない無垢な少女のように、相変わらず心は、今から行う行為に怯えている。

だけど、それも、数をこなす内に気にならなくなるだろう。

人はそうやって慣れていく。

傷や痛みを乗り越えて前へと進んでいく。

「てやっ!!」

僕も、そうして進んで行く。

彼女と共に。

彼女と一緒に。

だから、彼女をベッドに押し倒す。

僕が初めて起こした受身じゃない、僕自身の能動的な行動。

そして、そっと彼女の唇にキスをする。

唇の次は、頬、そして、瞼、髪とキスの雨を降らせる。

「随分手馴れてるのね?」

そんな僕を見て、彼女は苦笑混じりにそういう。

「恋人を前にして言うことじゃないだろうけど、こういうことぐらいは、奏穂と、経験済みですから」

彼女と身体の繋がりは全くない。

彼女には、そんな体力なんてないし、僕自身も恐れていた。

人アレルギーにも近い症状があった僕だけど、彼女は大丈夫だった。

いや、心を許している彼女だから大丈夫だった。

だけど、いざ、更に一歩進んだ時、もっと深い繋がりをもうとしたとき、その時の自分がどうなるのか分からなくて怖かった。

大丈夫なはずの彼女ですら、拒否反応とも取れる症状が出たらと思うと、踏み出せなかった。

彼女を傷つける事、そして、自分自身に降りかかるだろう虚しさを思うと、怖かった。

心を許しているはずの彼女ですら、深い繋がりを持てないという現実を見たくなかった。

観る勇気がなかった。

だから、深い繋がりは、望めなかった。

そして、その代わり、出来る限りのスキンシップは取った。

それだけの事。

「ホント、その通りね。てか、姉としても、ちょっと嫌だわ」

深い深いキス。

ただ唇を合わせるだけの物とは違い、もっとお互いを絡ませ合うようなキス。

それは、嫉妬から来たものなのだろうか。

自分の妹に嫉妬してしまったのだろうか。

そんなことは、分からない。

だけど、彼女のそれは、もっともっと深い繋がりを欲しているように思えた。

深い深いキスのただ中、彼女の頬を、髪を右手で撫でながら、あいている左手で、彼女のブラウスのボタンを外しにかかる。

自分でも驚くほどの器用振り。

ずっとずっと、こんな事には不慣れで、一生不慣れなものだと思っていた。

だけど、そんな予想とは裏腹に、事は淀みなく流れていく。

彼女が拒絶しないのもあるだろう、だけど、僕自身もその手は、緊張で震えることも、何もなく、ただするりするりと解いていく。

やっぱり、僕も庵原夕貴という一個の人間であると同時に、ただの男と言うこと。

無意識のうちに、自然とそう出来るようになっていたんだろう。

「なんだか、改めて、こうすると恥ずかしいわね?」

一度唇を離すと、彼女はそういうと、苦笑する。

けれど、そうはいいながらも、彼女は既に、僕のシャツのボタンを外し終わっている。

「そうですね。うん、ホント恥ずかしい。穴があったら入りたいぐらいですよ」

「あら、下ネタかしら?」

「ぶっ」

思わず吹いた。

いや、確かに、彼女の言う通り、聞き方によれば、下ネタと取れない事はない。

けれど、さすがに、こんなときに、そんな事を言わないで欲しい。

「ホント、意地悪ですね」

「それが、私だもの」

彼女はそう言って笑う。

まあ、確かにそういわれればそうなんだけれども。

そして、そんな彼女を僕は素敵だと思っているわけだし。

最後のブラウスのボタンを外すと、淡いピンクのブラと白く滑らかな肌が顔を出す。

こぼれんばかりの豊かな二つの膨らみは、それだけで生唾物だろう。

僕自身、今にも口から飛び出しそうなほど、心臓が脈打っている。

初めて彼女のマンションに誘われて、押し倒されたとき。

あの時は、何も感じなかった。

だけど、今は違う。

今、僕の中にある牡としての本能には、しっかりと火が灯っている。

ミニのタイトスカートをするすると脱がせる。

僕も既に、ボクサーパンツのみ。

彼女を脱がしながら、僕も少しずつ脱いでいた。

ベッドにいる彼女は、上下薄いピンクの下着を纏うだけの姿。

秋になり、もう肌寒いはずの季節。

なのに、それでも、パンストを履いていなかったのは、彼女なりの配慮だろう。

もしかすると、彼女自身も、こうなる事を期待していたし、予測していたのかもしれない。

そして、履いていると手間取る事を予想して、脱いだのだろう。

その心遣いに感謝したい。

ここまで、せっかくすんなりと着ていたのだ。

それを、ここで止めてしまうのは、もったいないし、興ざめにもなりかねない。

だから、未然に防いでくれた彼女のその気持ちに感謝したい。

「ありがとう」

その気持ちを載せて深い深いキス。

キスの合間に残りを脱がして、僕自身も全てを取り払って、素肌同士で感じる温もりを絡ませながら深い深いキス。

僕達は深い深いキスをした。


割と深夜に近い時間。

ようやく、僕は、目覚めた。

「おはよう」

それに合わせて、くすりと笑いながら、彼女はそういう。

初めての行為後、僕はあっさりと眠りに落ちた。

とはいえ、それは、初めての行為のための疲れだったのか、それとも、単なる女性恐怖症から来るものだったのか、僕には分からない。

そう、僕には、分からない。

けれど、直接ずっと僕を見てきた彼女なら分かるだろう。

「うーん、やっぱり、あれね。未だに異物感が残るわ。これが、初体験の痛みって奴?」

「そんな事聞かれても、僕には分かりませんよ」

本日初体験な僕に、そんな事を聞かれても、分かるわけがない。

「でも、まぁ、良かったわ。初体験が夕貴で。他の奴だったらと考えたら、もう、ぞっとしないわ。それこそ、姉さんが付き合ってきたようなゴミみたいな奴だったら、あれね、自殺物よ」

「いや、そこまで言わなくても」

確かに、彼女の気持ちも分からないでもないが、それはちょっと言いすぎなんじゃないだろうか。

こうして、僕を持ち上げてくれるのは、本当に嬉しいが、僕自身、そんなに偉い人ってわけでもない。

分不相応な持ち上げられ方をすると、やっぱり居心地が悪い。

まぁ、それでも、確かに、鈴穂さんの周りをうろちょろしている男達は、ゴミみたいなもんだけど。

まぁ、彼らにしてみれば、ひどく心外だろうが、それでも、やっぱり、評価はそれに落ち着く。

「だから、私は幸せ。いい想い出が出来たわ」

彼女はそう言って笑う。

だけど、その笑顔はどこか寂しげ。

何かを覚悟したような、何かを終わらせようとしているような笑顔。

そう、まるで、それは、僕が……

「だから、夕貴もいい想い出を作りなさい?」

僕が、奏穂を殺した時の物と同じ。

絶望を心に宿した瞳。

「今の私には、夕貴を救えない。奏穂に縛られている夕貴は救えない。だから、今日は私と夕貴の、最後の思い出のために仕組んだの。父と母と姉に協力してもらったの」

そう言って、彼女は悲しそうに辛そうに笑う。

本当は泣きたいくせに。

泣いて縋りたいくせに。

それを良しとせず、気丈に振舞う。

その姿は、あのときの、殺してしまった後の僕の姿と、だぶる。

辛くて悲しくて泣きたくて、泣いて縋りたくて、だけど、それをしなかった。

出来なかった。

ただただ、誰が見ても分かる作り笑いをしていた。

作り笑いをして謝った。

謝って、死んでしまった彼女のもう一度だけ見て、そして、病室を出た。

あのときの自分を見ているかのようだ。

「父と母は二つ返事だったわ。元々、夕貴に会いたがってたし、謝りたがってた。姉さんも同じ。私じゃどうしようもないことなんて分かっていた。だから、手伝ってくれたの。このたった一時のために」

周到に用意した罠。

そういうわけではない。

いくらでも、退路はあった。

けれど、彼女にとっては、今の彼女に出来る最大の博打。

大勝負。

「もし、僕が受けなかったら、拒否したら、どうするつもりだったの?」

それは、決して起こりはしなかったイフ。

だけど、どうしても気になる。

彼女にとっての大勝負。

たった一時の、一瞬のまやかしとて、それでも、その幸せがあるからこそ、彼女は捨てた。

僕のために、僕を救うために、彼女はそれを選んだ。

だけど、もし、僕が彼女を受け入れなかった。

逃げ出したら、どうしたのだろうか。

「無理矢理押し倒してやろうかとも思ってたけど、たぶん、出来なかったでしょうね。出来ずに、お別れを言ってたと思うわ。さっき言った事と全く同じ事をね」

だけど、それは悲しすぎる答え。

たった一時のまやかしですら手にする事の出来なかった悲しい道。

それならば、僕は安心できる。

自分が取った選択肢を。

だけど、それと同時に不安。

これから先が、彼女のこれからの未来が、不安でたまらない。

ほんの一瞬でも手に入れてしまった温もり。

それをむざむざと手放す。

手にしなければ、分からずにすんだはずの温もり、知らずにすんだ喪失感、絶望感。

それを感じさせてしまうのではないか。

更に辛くさせてしまうのではないのだろうか。

「ふふ、暖かいね」

彼女がぎゅっと抱き締めてきた。

秋は深まり、夜、特に深夜となれば、一気に冷え込む。

だから、こうして、素肌で感じる温もりは、心も身体も温めてくれる。

芯から暖めてくれる。

「私の心配してくれているんでしょう?大丈夫よ。私は負けない。大切な夕貴を幸せにしてみせるから」

僕はぎゅっと彼女を抱き締め返す。

「夜があけるまでは、僕達は、まだ恋人だよね?」

そして、そういうと、キスをする。

夜が明ければ、もう僕達は恋人ではいられない。

ただの、校医と生徒に戻る。

もちろん、親しさは変わらないだろう。

だけど、もうこんな深い繋がり合い方はしないだろう。

だから、せめて……

奏穂が死んで初めて、この腕で抱きしめた、キスをした彼女を、深く深く愛したい。

繋がっていたい。

まだ、もう少し、夜明けまでには時間があるのだから。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ