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Ubasute(姥捨)

作者: 別府のもっさん

昔、皆生きて行く為に、老いた親を生きたまま、山に置き去りにする、風習がどこかに有ったそうな・・・



2042年元旦。

静かな朝。


家々に門松、しめ繩、年賀状を配達する郵便局員、のんびりした正月の風景、子供達は楽しく遊び、街や神社は、行き交う人達で賑わう。何故か年寄りは少ない。



時は遡り

2025年夏。

電力不足により都市部の混乱。


コンピューターの停止、誤作動等により、全ての都市機能麻痺状態になる。


電気、水道等、ライフラインの停止、制限・・・

この混乱により、経済問題はより深刻化し、政府の国民に対する、取り繕い的な政策等の破綻(はたん)が、秒読みとなった。

慌てた政府は、極端な法案、条令案等を掲げた。

特に終末的な法案は、七十才以上の国民に対して、国の行う調査及び健康診断により、病状を5段階に振り分け、3段階以上の病状等が見られる、老人に対し発令される、特例戸籍抹消法令である。


内容は、通知書を発行された時点で、生存していながら、戸籍等では亡き者とされる。


また、家族、親族の申し出が有れば、本人の意思は無視され、病気等で無くとも、例外として、発行される、要は国が認める、身内殺し許可法令。


発令された時点で、全ての医療行為、特に延命治療等を禁じられ、もし行うと、家族、親族に対して、罰則がかせられる、国は安楽死を推奨する。

しかし、医療機関以外での安楽死は、認められない上、安楽死には多額の費用がかかる為、ほとんどの家庭では、自然死を待つしかないのである。

そして八十歳の誕生日を迎えると、強制的に発令される。


政治は混乱し、超党派の若手議員達は、人道的見地から、猛反対をしたが、議員や権力者は特権とされ該当しない為、依然として力を持つベテラン老議員の数の力により推し進められた。



2028年春。

外は美しい桜満開の時。


どこの葬斎場も国に管理され、寝たきりや、弱った老人でごった返す、医療機関にかかれ無い為である。


異臭を消す為か、至る所で線香が()かれている。


黒塗りの棚で、まるで整理棚の様な、寝返りも出来ない寝床で、枕元の線香にむせる老人、病気に苦しむ老人、息は有るが意識は薄く、既に祭壇の前に寝かされ、葬儀を待つ老人。


その様子は、生きているのに葬られる、まさに生き地獄である。



国は、医療費の破綻、年金制度の破綻、国政の混乱の為、遂に弱い者虐め、いわゆる口減らし法案を決定したのである。


この法令により、親類はもとより、特に若い者達は、年寄りを敬遠するようになった。


町外れの葬斎場に、見舞いに来ている花山竹雄は、大学を出て、中華飯店華山を継ぐ花山家次男である。


花山家は、父親岩雄二十二年前既に他界、母親菊子九十七歳、額に軽い皮膚癌、意識有るが老衰の為、眠っている事が多い。長女咲子七十七歳、膠原(こうげん)病、寝たきり。の状況である。


共に通知書が発行され葬斎場に入っているが、特別納付金を払い、狭い特別室の薄い布団で寝ている。


竹雄には、一緒に見舞いに来ている、十歳年上の兄の岩松がいる、花村家長男であるが、婿養子に行っている。



竹雄が言った「兄さん、来年で七十歳になるんだな、しかし健康だから、通知が来る心配は無いね。」


少し考えてから、岩松が口を開いた「竹雄、実はちょっと前に、医者をやってる友達に、身体を見て貰ったんだが、少し心臓に疾患が有るらしいんだ。」


「えっ!」岩松の意外な言葉に、竹雄は言葉を失った。



暫くして竹雄が、声をひそめて「兄さん、黙ってりゃ国も分かりゃしないよ!」


竹雄を安心させる様に岩松が「そうだな!」と笑って見せた。


「こんな世の中になるなんて!兄さんに通知が来たら、俺も早々通知書を発行して貰うか・・・」悔しそうに呟く竹雄だった。



『トントン!』突然ドアにノックのが響いた、びっくりして二人は顔を見合わせた。


「はい。」と竹雄が、怖ず怖ずとドアを少し開いた。


「失礼します。」スーツ姿の男が入って来た。


一瞬慌てた竹雄だったが、落ち着いて男を良く見直した「あっ!和彦じゃないか。」懐かしそうに声を掛けた。



窪山和彦、竹雄の大学時代の親友である。


窪山は、岩松に会釈をしながら「竹雄、久しぶりだな!」


二人は握手をし、椅子に腰掛けて、懐かしそうに、昔話しに花が咲いた。



ふと話しが途切れた時「和彦、お前国会議院、いや厚生の副大臣だよな、この状況を・・・」言いかけた竹雄の言葉を(さえぎ)って、声を潜め窪山が言った。


「安心しろ、俺は内心この政策には、断固反対しているんだ。」

それを聞いた竹雄が、安堵(あんど)の笑みを浮かべ「そうか!」再び握手をした。


「しかし和彦、よくここが分かったな?」竹雄が言うと「・・・それが今の俺の仕事だよ。」窪山は、スッと立ち上がると、寝ている菊子達に向かって、済まなさそうに、そっと頭を下げた。


「そうだったな・・・」窪山の気持ちを察した竹雄は、窪山の肩をそっと叩いた。


「それじゃあ、そろそろ失礼するよ。」窪山が、挨拶をして部屋を出た。


「外まで送るよ。」竹雄が部屋を出て声をかけた。


「いや、ここでいいよ。」振り向いた窪山は、笑顔で片手を少し上げると、周りを気にするように、足早に葬斎場を後にした。


竹雄は、窪山の後ろ姿に、何か覚悟めいた雰囲気を感じた・・・。


・・・数日後


新聞に、その記事は、載っていた。


『豊生党衆議院議員、厚生労働副大臣 窪山和彦氏、謎の失踪!自宅に遺書めいたメモ、自殺か!?』


朝、いつもの様に、新聞を開いた竹雄は目を疑った!


「どうしてだ!」


「あの時の後ろ姿は、こうゆう事だったのか・・・」竹雄は、悔し涙を流した。



国の姥捨政策は、粛々と続いて行く・・・



2031年秋。

コスモスが咲き乱れ少し肌寒い頃。



花山家の墓前に、たたずむ一人の後ろ姿。


「みんな極楽で、ゆっくりしてるかい。」竹雄が、優しく寂しそうに呟いた。


「竹雄、遅れてすまない、花を買ってきたぞ。」岩松がやって来た。


「いいよ兄さん、ありがとう。」竹雄が言いながら、受け取った花を墓前に供えて、二人で手を合わせた。



先に立ち上がりながら、竹雄が言った「しかし兄さん、良かったな。」


「ああ、俺も覚悟はしてたんだが、国の診断を、無事にパス出来た時は、正直ホッとしたよ。」岩松が嬉しそうに言った。


竹雄も、嬉しそうに頷きながら「母さん達も、亡くなって二年になるんだな。俺近頃思うんだけど、あの法令のお陰で、国の財政難が解消され、国民の生活も楽になって・・・」竹雄が言いかけると「竹雄、政府の押し付け政策に、惑わされちゃいかん!こうなったのも、元はと言えば、政府が元凶なんだから。」岩松が諭すように言った。



「その通りですよ!」どこからか、聞き覚えの有る声が聞こえた。

「次の国民の審判で、白黒つけてやります!」言いながら、スーツ姿の男が現れた。



「和彦?和彦じゃないか!」竹雄は、目を疑った。


「幽霊じゃないぜ。」窪山は、笑って足を叩いて見せた。墓前に手を合わせたあと、岩松に挨拶をした。


「お兄さん、ご無事でしたか!」窪山は、嬉しそうな面持ちで、岩松の手を握った。


「もしや窪山さん、あなたが私の病状診断書を?」岩松は、長年の謎が解けて、嬉しそうに笑った。


「姿を隠す前に、最低限出来る事を、やったまでですよ。・・・それから私は、モグラの如く、皆の目をかい潜って、支援者を頼りに、地固めを行ったんです、でももう大丈夫!」窪山は、自信に満ちた笑顔で、二人に、大きく(うなず)いて見せた。



「和彦、俺達に手伝える事が有れば言ってくれ!」竹雄と岩松は、窪山の手を取って言った。


「ありがとう!とにかく、俺を信じて応援して下さい!」窪山は、二人の手を握り返して、力強く言った。



やがて、新聞や週刊誌は、記事を書き立てた。


『自明党衆議院議員、前厚生労働副大臣 窪山和彦氏、謎の失踪より三年、突然の再出馬!』



そして窪山の活躍により、翌年の衆議院選挙は荒れに荒れ、何人かの良識ある老議員以外の、ベテラン老議院達が、たちどころに落選し、抵抗しながらも、普通の老人へと身を落とした。


当然ほとんどの落選老齢政治家達は、自分達が立ち上げた姥捨政策により、葬り去られた。



2037年春。

花々が芽吹く頃。


厚生労働大臣 窪山和彦は、特例戸籍抹消法令の撤廃を発表した。



心機一転、とは言っても『温故知新』の心を大切に、自明党新政府は、政策を一新した。


しかし政策の中には皮肉にも、前代未聞の悪法とされた特例法令からも、取り入れられる部分は有った。


それは、必要以上の医療行為及び延命処置の禁止、安楽死の許可等である。


与野党の協力による、法改正等が急ピッチで行われた。



「兄さん、やっと、国も落ち着いてきたよ。」自宅で新聞を読みながら、棚の写真立てに向かって、竹雄が呟いた。


「五年前、兄さんが心臓発作で急死した頃から、国の政策もかなり良くなり始めたよ、窪山も頑張ってるしね!・・・そういえば、和彦の座右の銘、温故知新だったな〜。」



穏やかに時は流れて行く・・・



2042年元旦。

静かな朝。


家々に門松、しめ繩、年賀状を配達する郵便局員、のんびりした正月の風景、子供達は楽しく遊び、街や神社は、行き交う人達で賑わう。


年寄りは少ない。



結果的に、国の安定をもたらした、あの悪夢のような出来事も、平静を取り戻した、いや昔以上に安定した世の中になった今、忘れ去られようとしている。



安定する毎に、我が(わがまま)で他人任せになる国民達が、この先、歩んで行く道は果たして・・・



粛々と世の中は流れて行く・・・




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