表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

青春スクエア ~弘瀬來の片思い~ 小学生編8

 十一月二十五日。

今日は李哉の十二歳の誕生日だ。

來達は李哉のサプライズパーティーを考えていた。

今日は平日なので授業が終わってすぐに來は李哉に言う。

「李哉、いいか? 俺が呼びに行くまで絶対に家に来るなよ? それに俺の部屋にも入るなよ。いいか? もう一回言うぞ? 俺が呼びに行くまで絶対に家に来るな。わかったな?」

何度も念を押して言う來の姿を見て李哉はクスリと笑う。

そして何回も「わかったよ」と言ってくれる。

來は同じ事を五回か十回ほど言ってようやく教室から出て行った。

まぁ、今日は李哉が家に帰る時間はいつもより遅くなるだろう。

クラスで人気者の李哉の誕生日なのだから、みんなが李哉にプレゼントを渡すだろうから。

その間に來は家に帰ってやる事がある。

夏に作ると約束した物を作るのだ。

全力疾走で家へと帰り、ランドセルを玄関に投げ捨てて台所へと行く。

「ただいま! じゃあ作ろうぜ!」

「待ちなさい! ランドセルを部屋に置いて来なさい! それに汚れてもいい服に着替えてきなさい!」

「このままでいいのに」

「良くない! しないなら教えないからね」

そう言われて來は渋々玄関に戻ってランドセルを手に階段を上って部屋へと戻った。

部屋の扉を開けようとした時。

反対側の涙の部屋の扉が開いた。

「おかえりー」

「んー」

「先に下に行ってるからね。あたしはあたしでやる事があるから」

「んー」

「アンタさっきからんー、しか言ってないじゃない」

「んー」

來は涙を無視して自分の部屋へと入る。

ランドセルを部屋へと投げ捨てて制服も脱ぎ捨てる。

そしてすぐに汚れてもいい服に着替える。

やはり冬なのに半袖のTシャツを着る事になった。

ケーキを作る事になるので逆に半袖の方がいいだろうと考えたのだ。

そう、今年の誕生日ケーキは來が手作りにすると夏に言ったのだ。

流石にケーキは自分一人で作るのは不可能なので雪に作り方を教えてもらうようにした。

だが、來が料理をすると聞いた雪は驚き、自分が作り方を教えると言い出した。

それを聞いてお菓子作りの得意な李菜が教えると言い出し、雪は助手という立場になった。

なので台所へ行き、來は二人の指示通りにケーキを作り始める。

いつも以上に真剣に、集中して來は李哉のためにケーキを作る。

あまりに真剣に作っているので涙のオタク話も全く耳に入らなかった。

そんな状況でケーキ作りは順調に進み。

ホールに生クリームを塗る作業に入っていた。

「そうそう、來君意外と上手いじゃない!」

隣で李菜がそう褒めてくれる。

このケーキだけはどうしても上手く作りたかった。

李哉のために作るこのケーキだけは、失敗したくなかった。

いつも以上に真剣に、集中してケーキを作っていたが、汗が目に入りそうになったので腕で汗を拭う。

「李菜さんやお母さんがいなかったらこんなに綺麗にならなかったんじゃない? 味だって上手いかどうか……」

部屋の飾り付けをしていた涙が來の隣に来てそう言うが、來の耳のは何一つ届いていなかった。

その姿を見て涙は少しつまらなそうに肩を竦める。

「ほら、來の邪魔しないで飾り付けをお願い」

「は~い」

涙はそう返事して飾り付けを再び再開する。

それとほとんど同時に來はクリームを塗る作業を終えて少し緊張を解く。

「ふぅ……」

「上手い上手い!」

「來にしては中々ね」

「中々言うな。中々」

「じゃあ次はホイップデコレーションしましょう。いい? コツはね……」

李菜がホイップのコツを教えてくれ、來はその通りにしてみる。

コツを教えるのを聞きながら飾り付けをしていた涙が口を開く。

「にしてもホント珍しいわねぇ。あの來がケーキを作るなんて言い出すんだから……」

「そうよね。あの來が、だからね」

「あの來君が、だから最初聞いた時は驚いたわ」

李菜に言われた通りにホイップのデコレーションをしていたが――

集中力が少し薄れていたので三人の声は耳に届いた。

どうきいても〝あの〟を強調しているようにしか聞こえない。

聞こえてはいるが、ここは堪えようと思って作業を続ける。

「あの不器用な來がねぇ……」

「家庭科の授業、すごく嫌っているあの來がね……」

「今まで何もしようとしなかったあの來君がね……」

いつの間にか作業をしていた手が止まっており、全身を震わせながら耐えていたが――

流石にもう我慢の限界だった。

「あのを強調すんな! あのを!!」

「ああ! 垂れる垂れる!」

「おっ、ととと……」

そんなこんなでホイップデコレーションも終えて、最終的には苺をトッピングする。

最後に李菜がバースデープレートに〝十二歳の誕生日おめでとう 李哉〟と書き、それを最後に來が真ん中に慎重に乗せる。

そして崩れないのを確認して誕生日ケーキの出来を確かめる。

ホイップもホールも、全部來が自分で作った。

そのケーキの見た目は、ケーキ屋で売っていてもおかしくないほどの出来栄えになっていた。

味は李菜が保証してくれるので、もしかしたらケーキ屋で出していても本当に可笑しくないだろう。

「上手く出来てるじゃない!」

「來君、ケーキ作りの腕がいいわ!」

「いやいや、あたし達がいなかったら絶対に出来が悪いって。もう絶対にケーキの形なんて保ってないって。絶対」

「うるせぇな姉貴! つーかお前は何もしてないだろうが!!」

「そんな事無いわよ~? この材料の買い出しは全部あたしがしたもの」

「あ~そうですか~それはありがとうございます~」

來は棒読みでそう言う。

涙が更に何かを言おうとしたが、それは雪の声によって遮られた。

「じゃあ後はみんなで飾り付けをしましょう! 來は、少し休憩してていいわよ。それと着替えもいるだろうし」

「わかった」

雪にそう言われたので、來はすぐに自分の部屋に戻って行った。

階段を上がり、自分の部屋に入って扉に鍵を掛け、すぐに李哉の部屋から見られないようにカーテンも閉める。

それからベットの下に置いていたプレゼントを取り出す。

出来たのは出来たのだが、まだ仕上げが出来ていない。

最後の最後にあるラッピングだ。

プレゼントの材料でほとんどお金を使ってしまい、ラッピングは一回分しかなかった。

絶対に失敗は許されない。

ケーキを上手く出来た今の來になら出来る。

そう強く思って最後の仕上げをする。

ちゃんとラッピングの見本を見ながらやってみたのだが――

結局はぐしゃぐしゃのラッピングにしかならなかった。

「――俺、ホントに不器用だな……」

自分でも嫌になるほどに。

もしかしたら涙の言った通りに自分一人では李哉のケーキをあんなに上手く作れなかったかもしれない。

少しずつそう思い始める。

そして來は出来上がった李哉のプレゼントを見つめる。

手の平サイズのプレゼントだが、本当にこれを李哉に渡していいのかと疑問に思ってしまう。

それはラッピングのせいだけではなかった。

実は來の理想としていた見本通りの完璧なプレゼントが出来なかったのだ。

そのため、失敗作の中で一番上手いと思った物をプレゼントにした。

「やっぱ、これはないな……」

これを渡したら一体李哉はどんな反応をするだろうか。

もう一度プレゼントを用意しようにも、お金も時間も無い。

なんだって、今日は李哉の誕生日当日なのだから。

來はもう一度プレゼントを見つめる。

――本当に、こんな物を李哉に渡していいのだろうか。

最初は李哉を驚かせるために作り始めたが、これでは絶対に別の意味で李哉を驚かせてしまうだろう。

それではプレゼントを渡す箱がビックリ箱で、箱の中身もビックリ箱と同じようなものだ。

このプレゼントを李哉に渡そうか渡すまいかと考えていると――

窓をノックされる音が聞こえ、來は反射的にプレゼントを後ろに隠す。

「來、そろそろいいかな――」

カーテンを開けて李哉が窓から顔を覗かせる。

李哉は來の顔を見た瞬間、クスリと笑う。

そして突然大笑いを始めたのだ。

「ど、どうしたんだよ李哉……」

「來…どうしたのその顔…。クリーム塗れだよっ…!」

「え……?」

驚きながらも顔を服の袖で拭ってみると、確かに腕にはクリームが付いていた。

顔にクリームを付けていた事に気付き、來の顔が赤く染まっていく。

すぐさま一階に降りて顔を洗いに行こうかと思った時。

「來ーもう李哉君を呼んでもいいわよー」

丁度一階から雪の声が聞こえてきた。

その声を聞いた李哉は腹を抱えながら來に言う。

「じゃあ、そっちに行くね…。でも顔はちゃんと洗ってよ?」

「洗うに決まってるだろ! 家に入ったら玄関で待ってろよ!」

それだけ言ってすぐに立ち上がって部屋から出ようとしたが――

「絶対に玄関で待ってろよ!」

「わかってる」

部屋から出ようとした所で振り返り、もう一度來は言う。

「俺が行くまで玄関から動くなよ?」

「わかったって」

少し笑いながら李哉は答え、來はようやく階段を降りていく。

そう思ったのだが――

まだ來は階段を降りていなかったらしく、更に念を押す。

「絶対だからな!」

「わかりましたって」

流石に李哉は笑ってしまい、來は李哉の笑い声を聞きながら手にしていたプレゼントをポケットの中に荒く入れて洗面所へと急いだ。

階段を急いで降り最後の一、二段を踏み外してしまったが、そんな事は気にせずに洗面所の前に行く。

鏡に映った自分の姿は、顔や三角巾の被った頭にもクリームを付けていた。

服はなんとかエプロンで防げてはいたのだが。

髪も三角巾のおかげで洗わずに済んだ。

來はすぐに三角巾とエプロンを外して顔を洗い始める。

そこで李哉が家の玄関を開ける音が耳に届いた。

顔を洗い終えた來はタオルで顔を拭いてまだクリームが付いてないか確認する。

クリームはもう付いていなかったが、ケーキを作った時に着ていた汚れてもいい服だった事に気付いた。

こんな服でこのまま李哉の誕生日パーティーをするわけにはいかない。

そう思って來は洗面所から飛び出して玄関にいる李哉に言う。

「いいか、そこを動くなよ! 絶対だからな!」

流石に今回は更に念を押す事は無く、そのまま階段を勢い良く上がって部屋に飛び込む。

すぐに着ていた服を脱ぎ捨てて、気に入っているパーカーとジーパンに着替える。

着替え終えてすぐに玄関へ向かおうと部屋を飛び出そうとした時。

そこで來はさっき着ていた服にプレゼントを入れていた事に気付く。

その事に気付いて來はプレゼントを取り出してもう一度渡そうかどうしようかと迷う。

これを渡してもいいのか、どうなのか――

來はプレゼントを見つめ、そしてプレゼントをゴミ箱の上に持ってくる。

それでも捨てようかと迷ってしまう。

もしもこれを捨ててしまったら、今までの自分の努力は一体何だったのだろうか。

それに李哉は自分からのプレゼントを楽しみにしている。

だからこそ、こんなものは渡せない。

「――――」

どうしようかと思っていると――

「ただいまー」

「お父さん! おじさん!」

大喜の声と李哉の声が玄関から聞こえてきた。

もう全ての準備が出来たのだと気付き、來は手にしていたプレゼントをポケットの中に突っ込んで慌てて階段を降りて行った。

玄関へ行くと、そこにはスーツ姿の大喜と政哉の姿があった。

政哉は李哉のプレゼントを仕事の帰りに買ってきたようで、政哉の後ろにはプレゼントの袋が見えた。

李哉をリビングに入れていいのは全員が揃った時。

なので李哉をリビングのドアの前まで連れて行く。

來はすぐにはドアを開けずに、李哉に尋ねる。

「李哉、準備はいいか?」

來の声はリビングにも聞こえ、李菜達は同時にクラッカーを手にする。

來が李哉に尋ねると李哉の背後に立っていた大喜と政哉もクラッカーを手に持つ。

「もう準備は出来てるよ」

「じゃあ、いくぞ」

そう言うと來は勢い良くリビングのドアを開け放つ。

その瞬間、クラッカーの音がリビングと玄関に響く。

李哉はクラッカーの音に驚き――

「「「ハッピーバースデー! 李哉!」」」

その場にいた李哉以外の人物が声を合わせてそう言った。

ケーキの前には李菜が立って隠しており、クラッカーを鳴らしてそう言うと李哉にケーキが見るようにケーキの前から移動する。

李哉はそのケーキを見て更に驚き、嬉しそうに笑って來に聞いてくる。

「このケーキ、本当に全部來が作ってくれたの!?」

「もちろん」

「嘘よ、李哉君。本当は全部李哉君のお母さんが――」

「嘘教えんなよクソ姉貴!」

「プレートを書いたのは私だけど、それ以外は全部來君が作ったのよ」

「李菜に教えてもらいながらね」

そんな会話をしていると李哉の後ろに立っていた政哉が李哉の前に出る。

後ろに隠していたプレゼントを李哉の前に差し出して言う。

「十二歳の誕生日おめでとう、李哉。これ、プレゼントだよ」

李哉は政哉からのプレゼントを受け取って嬉しそうに笑い、お礼を言う。

「ありがとう! お父さん!」

李哉の言葉を聞いて政哉は嬉しそうに微笑む。

政哉がプレゼントを渡したのを見て李菜も李哉にプレゼントを渡す。

「私からはこれを」

「私達からはこれを」

李菜と雪からも綺麗にラッピングのされたプレゼントを李哉は受け取って嬉しそうに笑ってお礼を言う。

それを見て來は自分のプレゼントをこの場で渡す事が出来なかった。

絶対にみんなに笑われるだろうし、涙の事だからそれをずっとネタにして笑い続けるだろう。

それにみんなのプレゼントは店でちゃんとラッピングされた物や自分で綺麗にラッピングをしているので、その前で來のぐしゃぐしゃなラッピングのプレゼントを出すわけにはいかない。

思わずプレゼントの入っているポケットを握り締める。

それに――

みんなのプレゼントを受け取っている時の李哉の顔を見ると、とてもじゃないが自分のプレゼントなんかを渡そうとは思えなかった。

それ所かこのポケットに入っているプレゼントを今すぐにでも捨てようかと思い始める。

「じゃあ誕生日パーティーを始めましょう」

「三日後は來の番ね」

「もうめんどうだからこのままにしてない?」

「おい、俺は手抜きかよ」

「そんな事しないわよ。ちゃんとパーティーするわ」

そんな会話をして、みんなで來の作ったケーキに手を付けた。

確かに李菜が保証した通りに本当に店で出ていても可笑しくない味だった。

みんな來の作ったケーキを喜んで食べてくれた。

やっぱり一番喜んでくれたのは李哉だった。

いつも以上に嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。

自分の作ったケーキをそんなに喜んでくれるのなら、こんな失敗作のプレゼントは渡さなくていいと來は思った。

 誕生日パーティーが終わり、今はもう李哉は自分の家に戻っており、來も自分の部屋にいる。

そしてゴミ箱の前でまたプレゼントを捨てようかとしていた。

李哉に渡せないなら捨てればいい。

――そうは思うのに、どうしても捨てられない。

こんなゴミみたいなプレゼントをもらっても、みんなからプレゼントを貰った時のようには喜んではくれないだろう。

そんな事を思いながら深い溜息を付いた時。

「溜息なんて付いてどうしたの。來」

突然李哉の声が聞こえて驚き、思わず飛び上がってしまう。

手にしていたプレゼントを思わず本当にゴミ箱に捨ててしまいそうになり、咄嗟に後ろに隠して李哉の方を見る。

李哉は窓の淵に右肘を付いて頬杖を付いていた。

そんな李哉に驚きながらも言う。

「こ、声くらい掛けろよ!」

「掛けたよ。今」

「じゃなくて――ノックしろよ!」

「したよ、何回も。でも反応が無いから声を掛けたんだ」

「どうしたんだよ。何かあったのか?」

「忘れ物」

「忘れ物? 何だよ、それだったら普通に家ん中入って来ればいいじゃねぇか」

「そうじゃなくてね」

そこまで言って李哉は頬杖を付いたまま左手を來に向けて伸ばした。

來にはそれがどういう意味なのかわからず、首を傾げる。

李哉は來が察してくれると思ってずっと手を差し伸べていた。

しかし、いくら考えてもその理由がわからなかった。

するとやがて李哉は頬杖をやめて來の顔を見つめて口を開く。

「――僕まだ、來からのプレゼントもらってないよ?」

それを聞いてようやく理解した。

李哉は來の作ったあの失敗作のプレゼントを欲しがっているのだと。

「あっ、いや、あの、その……で、出来たのは出来たんだけどな…。李哉に渡せるような物じゃなくて――」

「それでもいいよ。だって、初めて來がくれる誕生日プレゼントだから。どんな物だって僕は嬉しいよ」

「――――」

本当にこんな物を渡してもいいのだろうか。

そう思いながら李哉の顔を見ると、李哉は真剣に來を見つめていた。

來は溜息を付く。

諦めて、もう何を言われてもどんな反応をされてもいいと思ってプレゼントを手にして窓の方へと行く。

そして李哉の差し出している手の上にぐしゃぐしゃなラッピングのプレゼントを置く。

最初に見た時よりも更にラッピングがぐしゃぐしゃになっていた。

ポケットに突っ込んだのと、ポケットを握り締めた時にそうなってしまったのだろう。

李哉はそれを見て少し笑ったが、優しく來に聞いてくる。

「開けてもいい?」

とても見せられるような物じゃないプレゼントを李哉が見るのかと思うと、少し返事に躊躇ってしまう。

だが、渡しておいて見るなというものないと思う。

「――――――いいぞ」

小さくそう言って俯き、李哉の反応をなるべく見ないようにする。

しかし、李哉がどんな反応をするかも気になり、ちらちらと李哉の様子を見てしまう。

李哉はそんな來を見てクスリと笑いながらも、ぐしゃぐしゃな包みをゆっくりと開けていく。

逆にそれが緊張感を高めるので、出来れば早く開けて中身を見て欲しい。

少し時間を掛けて包みを開けて、中身を見る。

李哉は中身を見た瞬間、驚いた表情を見せた。

やはり別の意味で驚かせてしまったと後悔する。

李哉は驚きながらも包みの中に入っていたプレゼントを手の平に取り出す。

來が必死に手を傷だらけにしながら作って渡したプレゼントは――

お守りだった。

と言ってもお守りなどと呼べるような物ではなかったのだが……。

布と布をただ糸で縫っただけの布。

しかも刺繍をしようとしたのだが、結局出来ずにマジックペンで〝李哉〟と書かれている。

とても、お守りとは言い難い物だった。

これでも一応失敗作の中で一番上手く出来た物だ。

刺繍はこの渡す物だけにしようとしたが、結局上手く出来ずにマジックペンで書いてしまった。

本当の作り方はミシンを使うのだが、雪や涙に絶対に知られたくなかったので仕方なく大の苦手な裁縫でする事にしたのだ。

李哉はそんなプレゼントを見て驚いた表情のままだった。

そして不意に李哉は來の手の方を見る。

それに気付いて來は反射的に手を隠す。

多分、今ようやく理解してくれただろう。

李哉のために苦手な――いや、大嫌いな裁縫を選んで一人で頑張っていた事に。

何回も何十回も何百回も何千回も針で指を突き刺していたのだと。

だから絆創膏をあんなに張っていたのだと。

「…來。僕のためにこれ…作ってくれてたの…?」

李哉は驚いた表情のまま、そう聞いてきた。

「――他に、誰のために作るんだよ」

「來」

まだ來は俯いていたが、李哉の言葉に少し顔を上げる。

來が李哉の顔を見ると。

李哉は今日見た笑顔の中で一番良い笑顔見せて言ってくれる。

「ありがとう。すごく嬉しいよ」

「そんなもんで喜んでくれるんだったら嬉しいけど……」

「一生大切にする! 來の誕生日、ずっと残る物をプレゼントするね!」

「……おぅ」

少し照れて李哉から目を逸らして來はそう答えた。

――來は知らなかった。

これが李哉の最後の笑顔だと言う事を。

來は何も知らなかった。

これから起こる事を知っていたなら來は……。

俺は――

お前を失わずに済んだのに……。




 十一月二十七日の下校時間。

來と李哉は冷たさを帯びた風を全身に浴びながら通学路を歩いていた。

ついに來の誕生日は明日に迫っていた。

顔には出さないようにはしていたが、來は完全に浮かれていた。

何よりも楽しみにしている物がある。

それは――李哉からのプレゼントだった。

李哉が一体何をプレゼントしてくれるのかが楽しみだった。

李哉はずっと残る物をプレゼントしてくれると言った。

それを聞いてから來はずっとその事ばかりが気になっていた。

「そういえば明日、來と僕がケーキ屋にケーキを受け取りに行くんだよね?」

「そうそう。……つーか、今気付いたんだけどさ。なんで俺の誕生日って毎年ケーキ買うんだ? 李哉は毎年手作りなのに……」

よく思い返してみれば確かにそうだった。

來の覚えている範囲では毎年來の誕生日はケーキを買っている。

李哉の場合は毎年李菜の手作りケーキだと言うのに――

「そ、そういう事は気にしない! それよりも來。明日は自分の部屋、片付けなよ。特に机の上。机は物置じゃないんだから」

「へぇへぇ、わかってますよぉ~だ」

「本当にわかってるのかな…? 明日片付けなかったら無理矢理にでもさせるからね。てか、何あのカオス部屋。一体何をしたの? 漫画や週刊誌ばっかりがあったし、しかも服も部屋に散らかってたけど……」

「片付けりゃいいんだろ? 片付けりゃ。わかったよ!」

「やっぱり誕生日の時くらい、部屋は綺麗にした方がいいよ」

「わかったっての」

そう言って來は足早に歩き始める。

それでもやはり李哉にすぐに追い付かれてしまうのだが。

追い付かれたら來は諦めて普通に歩き出す。

「あ、そういえばね」

「ん?」

「來のくれたお守り。これかなり効くよ?」

そう言って李哉が見せるのは首から掛けている、先日の李哉の誕生日に來がプレゼントした物だった。

まるでゴミのようなそれを李哉が大切そうにしているのを見て少し來は強い違和感を感じるが――

少し溜息を付いて言う。

「効くわけないだろ。そんなゴミみたいなもんが」

「だから効くんだよ。前より運が良くなった」

「――気のせいだろ」

「そうじゃないよ。今日だって給食で余ってたプリン、じゃんけんで勝ったよ?」

「それはじゃんけんが強いからだろ?」

「それを來が食べたんだよ?」

「ああ、上手かったよ」

「それに、昼休みの時だってそうだよ。階段の一番上にいた下級生達が牛乳を零して――」

「ああ、あのガキ達は殺す」

それは昼休みの事だった。

給食を食べ終えて校庭で遊ぼうとして階段を李哉と一緒に降りていた時だ。

食べ終えた給食の食器などを給食場に戻しに行こうとしていた下級生が階段の一番上から牛乳の入っていたケースを落とし、その牛乳が來に掛かってしまったのだ。

何故だか李哉には一滴も飛び散っていなかった事は覚えている。

そのおかげでまだ制服が牛乳臭い。

「ほら、やっぱり効くんだよ」

「なんかその分、俺は不幸になるような気がするけどな」

「ま…まぁ、いいじゃないか…」

そんな事を話していると家に着いてしまい、李哉と別れて家の中に入る。

いつものように玄関を開けるとリビングから雪の声が聞こえて来る。

「おかえりー」

來は靴を脱ぐのと同時にランドセルを下ろして学ランを脱いでリビングへと行く。

リビングに涙がいなかったので少し安心する。

そして脱いでいた学ランを持って台所に立っている雪の元へ行って言う。

「母さん、これ洗っといて」

「どうして?」

「牛乳が付いたから」

「付いたぁ!? また付けて来たの!? 洗うの大変なのに! 今回は自分で洗いなさい!」

「そうじゃねぇんだよ! 下級生に階段降りてたら上からぶっ掛けられたんだよ!! 嘘だと思うんだったら李哉に聞いてくれよ!」

それだけ言い、牛乳臭い学ランを雪に渡して來は自分の部屋へと戻る。

階段を上がり、自分の部屋へと入る。

來の部屋は李哉の言った通りに漫画や週刊誌、服で埋め尽くされており、床など全く見えない。

更には物置のようになっている机の上には週刊誌が山積みにされている。

しかし來は何も気にせずにランドセルを投げ捨て、制服も脱ぎ捨てて着替えるとベットの上に置いてある漫画を読み始める。

――もしも未来を知る能力があったら。

それを來が持っていたとしたら、きっと今とは違う未来があっただろう。

ずっと、笑えていただろう。

――もしも過去に戻れる能力があったら。

この時に戻ってやりたい事がある。

やりたい所か、あの頃に戻ってもう一度やり直したい。

俺は絶対に忘れない。

十二歳になった日の事を――

 十一月二十八日。來の十二歳の誕生日。

昨日は李哉が一体何をくれるのかを考えて中々眠れなかった。

そのため、午前九時を過ぎてもまだ來はベットの中で眠っていた。

「來、起きなよ」

遠くから李哉の声が聞こえる。

來を呼ぶ声が、遠くから聞こえる。

「ん~~~~」

「來、起きて」

少しずつ李哉の声が近くなって来ているように感じる。

來はまだ眠く、布団を深く被りながら言う。

「ん~~、あと五時間……」

「來。早く起きないとケーキ、なくなるよ?」

「ケーキ……?」

ケーキという言葉を聞いてホールのケーキを思い浮かべる。

全部一人で食べたいな、などと思っていたが。

不意に今日が何の日かを思い出す。

李哉の言葉で瞬時に目が覚め、ベットから飛び起きる。

「おはよう、來。朝ごはんを食べてからケーキを取りに行こう?」

「メシなんかいいから早くケーキ取りに行こうぜ!」

「ダメだよ。ちゃんとご飯は食べないと」

「食べなくても死なないからへーきだって!」

「そんなに言うなら――」

一瞬で李哉のまとっている雰囲気が冷たくなり、來は最初窓が少し開いているのかと思ったが――

目の前にいる李哉が怒っている事に気付き、まるで石のように固まる。

そして李哉は冷たい声で言う。

「今すぐこの酷い部屋を片付けてもらおうか…? 十分で…」

とても冷たい声で言われ、背筋に寒気を感じて來は思わず口を閉じる。

少しの間無言になり、來はいつまでも何も言わずにはいられないと思い、口を開く。

「わかりました……」

大人しく李哉の言う事を聞いた方がいいと悟り、李哉と一緒に一階に降りてリビングへと向かう。

リビングへ行くと、雪がいつものように食パンとココアをテーブルの上に置く。

それをすぐさま口の中へと運ぶが――

パンが喉に詰まり、咽てしまう。

それを見ていた李哉が少し慌ててココアを差し出す。

來はココアを受け取って流し込み、朝食を早く終わらせた。

そして勢い良く立ち上がって李哉に言う。

「じゃあ行くぞ、李哉!」

「その前に頭、すごい事になってるよ。それに服も着替えておいで」

それを聞いて來はすぐに洗面所へと向かう。

洗面所の鏡に映る自分の髪型は、まるで山姥のような髪型だった。

確かにこの髪型で外に出るわけにはいかない。

そう思ってすぐに髪を水で濡らし、ドライヤーを掛ける。

髪型を整えた後、すぐに歯ブラシに手を伸ばして歯を磨き始める。

その時、トイレの流れる音が聞こえ、トイレから涙が出てくる。

來はそれを鏡越しに見ていたが、すぐに鏡越しでも視線を涙から外す。

やはり今日も涙はメデューサのような髪型に、目の下には酷い隈、更には目脂を付けている上に涎までも垂れていた。

更に手にはアニメキャラクターの抱き枕を抱えている。

抱き枕は先日の物とは違っていたが。

本当に女かと疑問に思う涙の姿がそこにはあった。

どうやら涙はまだ寝ぼけている様子で、ただトイレに起きただけで、何も言わずに階段を上がって自分の部屋へと戻って行った。

それを見送ってから口を漱ぎ、歯ブラシを置く。

涙が起きて来ないように、なるべく音を立てないように自分の部屋に戻り、服を着替える。

出掛ける準備を終えて來は部屋から出る。

つい、いつものように派手な音を立てて階段を降りようとしており、涙を起こさないように静かに階段を降りていく。

ここで涙が起きて来たらうるさくて敵わない。

そう思いながら静かに玄関へと行く。

玄関には靴を履いた李哉が待っていた。

來も靴を履き、涙の部屋まで届かない声の大きさで言う。

「じゃあ、行ってきまーす」

「気を付けて行くのよー?」

「はいはい」

それだけ言うと來は玄関から飛び出す。

その後に続いて李哉も玄関から出て来て、一緒に予約をしているケーキ屋へと向かって歩き始める。

來は今日が楽しみ過ぎて、かなり浮かれていた。

浮かれ過ぎて少しスキップもしている。

そんな來の姿を見て李哉がクスリと笑う。

「あー、今年はどんなケーキなんだろうなー」

毎年ケーキは雪か李哉が決めてくれており、來はケーキを食べる時までどんなケーキなのかを知らない。

ケーキを見るその瞬間が毎年の楽しみで、今年はどんなケーキなのかと気になる。

「どんなケーキだと思う?」

「そうだな……。去年はチョコレートケーキだったからな……今年は生クリーム! いや、ここは間をとってまたチョコレートケーキか?」

「――來、去年は生クリームだったよ…?」

「ん? そうだったか? 別になんでもいいじゃねぇか。美味かったならそれで」

「まぁ…來がそれでいいならいいけど…」

「なぁ、李哉。李哉の誕生日の時に言ってたプレゼントってどんなのなんだ?」

「それは――後でのお楽しみ」

そう言って李哉は人差し指を唇の前に立てる。

そういう事ならば李哉がプレゼントを渡してくれる時まで待つしかないようだ。

それでも嬉しいので今日は追及しない。

「それと、帰ったらすぐに部屋を片付けるんだよ?」

「昨日からしつこいなー。片付けるって言ってんだろ」

「片付けるは毎回片付けるけど、もう机の上を物置にしないように努力しようとは思わないの?」

「思わない」

「――そこは即答なんだ」

「即答しないでどうしろって言うんだろ。嘘でもはい、そうしますーって言っとけばいいのか?」

「いや、それもどうかと思うけど……。でも、努力はしなよ?」

「しない。絶対に」

「いや、だからしようよ」

「はいはい、しますよ~」

來は適当に棒読みでそう答える。

そんな來を見て李哉がクスリと笑い、つられて來も笑ってしまう。

やはり、李哉と一緒にいる時はとても楽しい。

色んな事を一緒に知っていき、色んな物を一緒に見る。

同じ時を一緒にこれからも過ごして、何があっても絶対に壊れない関係を築きたい。

そしてその時に、李哉に告白をして李哉を自分だけのものにする。

來はそう思っていた。

数十分ほど歩き、大通りに出た。

道路の反対側に予約をしていたケーキ屋があり、來はテンションを上げて李哉に言う。

「ほら李哉! 早く行こうぜ!」

そう言って來は走り出す。

「ちょっ…走ったら危ないよ!」

來は李哉の忠告も聞かず、車が来ているかも確認せずに道路に入る。

嬉しそうに笑い、目の前にあるケーキ屋だけを見つめて。

トラックが來に迫っている事にも気付かずに――

李哉はすぐにトラックの存在に気付き、來に声を掛ける。

「來! 危ない!!」

李哉の声でようやく來はトラックに迫って来ている事に気付いた。

しかし、その時には既に遅かった。

目の前に迫っているトラックがまるでスローモーションのように見え、激しく鳴らされているクラクションの音が遠くから聞こえるような気がする。

逃げなくてはいけない。

そう思うのに、身体が言う事を効かない。

どうする事も出来なかった。

――――

全ての音が消え去り、無音の世界が訪れる。

無音の世界の中、來は一体何が起こったのか理解出来なかった。

全く音のない無音の世界。

來の視線の先には――

血溜まりの中で横たわる李哉の姿があった。

「え――?」

何が起こったのか、わからない。

李哉を撥ねたトラック運転手は一度トラックから降り、李哉の姿を見る。

血塗れで倒れている李哉の姿を見て怖くなったのか、運転手の男は叫び声を上げてトラックへ乗り込んで逃げてしまった。

それを見ていた目撃者達は騒ぎ出し、救急車を呼ぶ人や警察を呼ぶ人の声が聞こえる。

だけれど來にはその声が全くと言っていいほど聞こえていなかった。

そしていつの間にか李哉の傍には男性がおり、応急処置をしているのが見える。

來にはまだ、何が起こって今がどんな状況なのか理解出来ていない。

ただ一つだけわかる事があった。

目の前の血溜まりの中で倒れている李哉が、ぴくりとも動かないという事だ。

(今、一体何が――)

瞬時に色んな事が起きて、頭が状況に追い付かない。

まるでテレビで流れている映像を見ているようにさえ感じられる。

全く、現実味を感じない。

どうしても客観的に感じてしまう。

そんな中で來はどうして李哉が倒れているのか、どうして李哉が血を流しているのかを必死に考える。

(どうして李哉が倒れてるんだ……? どうして血塗れで――……どうして――)

その時、どうしてこのような状況になったのか瞬時に思い出し、脳裏に浮かび上がって理解した。

來がトラックに撥ねられそうになった時、李哉が飛び出して来て來の背中を強く押し――

來を庇って代わりに李哉がトラックに撥ねられた――

それを理解した瞬間、來は李哉の元へ駆け寄って必死に李哉の名前を呼ぶ。

「李哉! おい、李哉! しっかりしろよ! 李哉!!」

しかし、李哉は答える所か閉じた目を開ける事もなかった。

「李哉! 李哉!!」

李哉は、全く動かない。

目を閉じたままで――

(うそ……だろ…?)

「おい李哉……李哉ぁ!!」

すると救急車のサイレンの音が遠くから聞こえ、気が付くといつの間にか李哉の元にやって来ていた。

李哉がストレッチャーの上に乗せられ、救急車に乗せられる。

「君、この子の友達だよね? この子の名前は?」

「仲原――李哉」

「じゃあこの子の住所や電話番号を教えてくれる?」

來は混乱しながらも聞かれる質問に答え、李哉に応急処置をしてくれた男性と一緒に救急車に乗り込んで病院に向かった。

病院に向かう救急車の中、救命救急氏の人が李哉に問い掛ける。

「仲原さん、仲原李哉さん! 聞こえていたら返事してください! 返事が出来ないなら手を握ってください!」

だけども李哉は返事も反応もせず、救命救急氏は李哉の瞼を開かせて瞳孔を見たりしている。

來はどうしていいのかわからず、ずっと李哉の名前を呼び続けていた。

病院に着いても、検査室に連れて行かれるまでずっと、ずっと――

 來は一人でずっと検査室の前で待っていた。

しばらくして雪と大喜と涙が病院にやって来た。

涙は朝に見た時とはまるで別人のように女らしくなっていたが。

だが、李哉の両親は一緒には来なかった。

來が雪達の顔を見ると雪が聞いてくる。

「李哉君は!?」

「今検査室に――李哉のおじさんとおばさんは!?」

「それが……二人とも家から丁度出てて……。連絡しても出ないの……」

心配そうに涙が來の方を見ているのに來は気付いた。

すると医師が雪と大喜の所に来て二人に聞く。

「あの、仲原李哉君のご両親は……?」

「それが、連絡を取ってるんですけど繋がらなくて……」

「あなた方は仲原李哉君とご両親とはどんな関係ですか?」

「昔からの古い友人です」

「――では、少し話があるので来てくれませんか? お子さん達には悪いですけど少し待ってもらって……」

「わかった、あたし達は待合室で待ってるから」

涙がそう言うと雪と大喜は医師と共に行ってしまった。

残された來と涙は待合室に移動し、二人を待つ事にした。

様々な事が一度に起きて、來はどうすればいいのかわからない。

ただただ、來の中にあるのは果てしない後悔だった。

こうなったのは全て自分のせい、そうやって自分を責め続けていた。

(俺が……浮かれ過ぎてたから……俺が、ちゃんと周りを確認しなかったから、李哉が……)

そんな來を見て涙は、声を掛けられなかった。

しばらくして雪と大喜が來と涙の元に戻って来た。

來はずっと俯いて自分を責め続けていたので二人が戻って来た事に気付けず、涙が気付いて声を掛ける。

「お父さん、お母さん!」

涙の声に反応して來は椅子から立ち上がって雪と大喜の元へ行って一番心配な事を聞く。

「それで……? 李哉はどうなったんだよ!?」

「――――」

雪は何も言わずにその場を立ち去ってしまう。

「お母さん!」

涙は去ってしまった雪の後を追い掛けた。

その場には來と大喜だけが残り、大喜が震える唇から言葉を紡ぎ出す。

「――李哉君、頭を強く打っていて……もしかしたら、このまま一生目を覚まさないか、打ち所が悪かったら――」

大喜はそこまで言い、口を閉じた。

少しの間沈黙が訪れて、來は沈黙に耐え切れずに大喜に言う。

「……父さん、言ってくれよ」

「――このまま、死んでしまう可能性があるって……」

大喜はそれだけ言った。

そして少し顔を背けて肩を震わせている。

――自分のせいで李哉が死ぬ?

死ぬという言葉は漫画やアニメの世界ではよく使われるが、まさか自分の身近で使われる日が来るとは思ってもいなかった。

人の命の重さなんて、全くわからなかった。

ニュースなどで毎日何人の人が死んだと聞いても、なんとも思わなかったし何も感じなかった。

だけど、今ならわかる。

人の命はとても重く、死ぬと言う言葉はこんなにも残酷なものなのだと――




 それから数時間ほど待ち、夕方になってしまった。

空は曇っており、今にも雪が降って来そうな天気だった。

李哉と一緒にケーキ屋にケーキを取りに行こうとしていた時はとても綺麗に晴れていたと言うのに。

夕方になるまで待っているというのに、一度も李菜と政哉はこの病院には訪れない。

少し前に目元に涙を浮かべた雪と心配そうに雪に寄り添う涙が戻って来て、だけども雪も大喜も何も教えてくれようとはしないし、何も言ってくれない。

來は李菜と政哉が来るまでずっと待っていようと思っていたが――

大喜が徐に長椅子から立ち上がって言い出した。

「今日はもう帰ろう」

「え、でも――」

「今日は來の誕生日だろう。せっかく十二歳になる誕生日なんだ。ケーキも買ったんだから帰って誕生日パーティーをしよう」

「でも、俺が帰った時にもしも李哉が死んだら――」

「そんな事は無い。ちゃんと家で大人しく待っていれば李哉君は帰って来る。だから――家に帰ろう」

それでも來は頷く事が出来なかった。

家に帰っている間に本当にもしも李哉が死んでしまったら――

そう思うとここから離れる事は出来なかった。

そんな來に涙が肩に手を添えて優しく言ってくれる。

「來、大丈夫だから」

「でも……」

來はしばらく俯き、やがて小さく頷いた。

十一月二十八日は來の誕生日。

だからやむを得ず家に帰って來の誕生日パーティーをする事にした。

ケーキは大喜が取りに行く事になり、雪はいつも以上のご馳走を作り、涙はその手伝いをする。

その間來は自分の部屋でずっと李哉が無事であるようにと祈っていた。

一時間半ほどして來の誕生日パーティーは始まった。

しかし、どうしても楽しめなかった。

いつも來の隣には李哉が居てくれた。

だけど今日は――いない。

今日こそ一緒に居て欲しかった。

一緒に笑い合って、一緒にケーキを食べて、一緒に同じ時を過ごしたかった。

なのに、來の隣には李哉がいない。

「「「ハッピーバースデー! 來!」」」

みんなに祝福されても、全く嬉しくない。

考えている事は李哉の事ばかり。

李哉の事が気になって何も楽しくは思えない。

雪達は必死に來を元気付けようとしてくれているが、とてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。

本当なら誕生日パーティーだってしたくない気分だった。

だけどせっかくいつも以上に笑って元気付けようとしてくれている雪達を見て、そんな事は言えなかった。

なので來は楽しくない――初めて笑えない誕生日を過ごした。

ケーキを食べ、ご馳走を食べるといつもならすぐに誕生日パーティーは終わるのだが、今日は來が一度も笑ってない事に雪達が気付き、楽しい話をしたり、昔ビデオカメラで撮っていたものを見せてくれていたりした。

その中には文化祭の時のものも入っていた。

文化祭の時の映像が流れた瞬間、來は椅子から思わず立ち上がっていた。

雪達は驚いて一斉に來の方を見る。

「――悪いけど、自分の部屋に戻ってる」

それだけ來は言い残してリビングから出た。

あの文化祭でやった劇を見たくはなかった。

今まさに、李哉を失おうとしているのだから。

來は階段を上がり、自分の部屋に入ってすぐに扉に鍵を掛ける。

暗い部屋の中、電気も付けずに來は部屋の中で立ち尽くす。

不意にカーテンが開いていたので向かいの暗い李哉の部屋が見える。

いつもなら李哉の部屋には電気が灯っており、話していただろうに。

そう思うと來は反射的に窓の方へ行き、カーテンを勢い良く閉めていた。

そしてその場に蹲る。

自分のせいで、李哉がトラックに撥ねられる事になった。

このままもしも李哉が死んでしまったら、それは自分で殺したも同然の事だ。

李哉の事が心配で、李哉の事しか考えられない。

何かをしようとも思えない。

來はただ、李哉が無事に目を覚ます事を祈っていた。

部屋でただ時が流れるのを待っていると――

カーテンの隙間から光が見えた。

それを見て來はカーテンを開けてみる。

李哉の部屋には電気が付いてなかったが、カーテンの閉まっていないリビングから光が漏れていた。

それを見て來は李菜か政哉か、または李哉が帰って来たのだと思い、部屋から飛び出した。

すごい勢いで階段を降り、その音に涙達は驚いてリビングから顔を覗かせた。

けれどそんな事は気にも留めずに玄関で靴を履き始める。

「ちょっ……今何時だと思ってるの!? もう九時過ぎて――」

そんな事を言う雪の声も最早來の耳には届いておらず、そのまま玄関から飛び出してしまった。

外に出て來はすぐに隣の家――李哉の家の前に来て呼び鈴を押す。

早く、早く李哉がどうなったのかを聞きたい。

そう思っていると、玄関の扉が開かれる。

そこに立っていたのは――

李菜だった。

しかしかなりやつれた顔をしており、顔色も少し悪い。

いつもは優しい微笑みを浮かべ、陽だまりのような表情をしている李菜。

だが目の前に立っている李菜はまるで別人のようだったので、一瞬李哉の事を聞くのに戸惑う。

「あ、あの……大丈夫、ですか…?」

「來君…? どうしたの……?」

虚ろな目でそう言われ、來は一瞬李哉の事を聞こうか聞くまいかと迷った。

しかし、このままでは心配できっと眠る事だって出来ないだろう。

李哉がどうなったのか知りたい。

來は意を決して李菜に聞く事にした。

「李哉、あれからどうなったんですか……?」

來の質問に、李菜は突然表情を変えた。

急に悲しそうな表情をし、目元からは大きな大きな雫を浮かべて次々と頬を伝っては流れ、泣き出してしまった。

「どうして、どうしてこうなってしまったの……? どうして私は何もかも失わないといけないの?」

――失う。

その言葉を聞いて來の中に嫌な予感が渦を巻く。

(もしかして――)

自分が病院から離れて、楽しくも無い誕生日パーティーをしている間に、もしかして李哉は――

その予感が外れる事を來は祈った。

だが、李菜が來に縋り付いて言って来た。

弘瀬來を一生縛り付ける言葉を――

「――返して、返してよ……。李哉を返して!」

李菜の言葉は、來から逃げ道を奪う言葉だった――

來は何も言えず、ただ縋り付いて泣いている李菜を離して頭を下げる事しか出来なかった。

李菜に背を向けて來は気付いてしまう。

李哉はもう、來の元には帰って来ないのだと――

それに気付いたのと同時に空からは白く、冷たくて儚く消える雪が降り始めた。

來には最早寒ささえ感じられないほどに頭が一杯だった。

冷たい雪が來の頬に触れ、瞬時に來の熱によって解けてしまう。

なんだか來はまだ李哉が何処かにいるように思い、雪の降る中駆け出した。

学校やよく一緒に行った本屋、この間行った映画館など。

色んな所へ行ってみたが、李哉の姿は何処にも無い。

そんな事、本当はわかっていた。

この世界中何処を探しても、仲原李哉は居ないという事は――

來は行く宛てももう思い付かず、ただゆっくりと歩いていた。

雪は大分積もり始め、來は無意識に李哉のプレゼントを作っていたひみつの場所へと来ていた。

――初めて、この場所に来た時の事を思い出す。

あの時、この丘で李哉と一緒に鬼ごっこをしていた時の事だった。

李哉を追い掛けているうちに、この場所へとやって来た。

星と月が綺麗に見える場所で、街のネオンも綺麗に見えた。

それが六歳の時の事。

それから何か嫌な事があった時や、李哉とケンカした時などにはよくここに来た。

ここには、李哉との思い出がたくさんあった。

いつも後ろを振り返れば、そこには李哉が居てくれた。

また振り返れば李哉がいるような気がして、來は振り返る。

だけど、やはり李哉は何処にも居ない。

そして來は丘から街を見下ろす。

ここの景色は大好きだった。

空の星と街のネオンが輝いて見えて、とても色鮮やかだった。

それは李哉のプレゼントを作っていた時もそう思っていた。

しかし、今一人で見る景色は――とても色褪せて見えた。

隣に李哉が居てくれた時はとても輝いていた景色が、とても色褪せて見える。

――こんな世界は、嘘だと思いたい。

大切な人がいない世界で、これからどうやって生きていけばいいのか、來にはわからない。

「――うそ、だろ…?」

もしも、アニメや漫画の世界のように言葉を口にしただけで世界が変わるのならば、來はとうにやっているはずだ。

それが出来ないのはこの世界がアニメや漫画のような世界ではなく、來が特別な力を持った人間ではなく、ただの人間で何の力も持っていない小さな子供だからだ。

「こんなの…夢に決まってる…。そうだろ……?」

來は李哉に問い掛ける。

今日の出来事が全て夢ならば――どんなに良いだろうか。

どんなに探しても、どんなに名前を叫んでも、どんなに待っていても、李哉は來の元には戻っては来ない。

「李哉、どこだよ? 本当は近くに居るんだろ? 俺を驚かせようとして隠れてるんだろ…? そんなのはいらないから――俺の前に出て来てくれよ…。俺の泣き顔が見たいんだろ? だからこんなサプライズを用意したんだろ…? なぁ、李哉!」

雪が來の頬に触れ、まるで涙のように伝って滴り落ちる。

――どれだけ待っても、李哉は來の前には現れない。

「李哉…そういえば俺、まだお前からのプレゼント――もらってない……」

そこでようやく雪の冷たさを感じ、指先や唇が震え始める。

誰も答えない問い掛けを誰も居ない場所へ、來は投げ掛ける。

「俺、お前に言ってない事がたくさんある……」

まさか文化祭で演じたあの〝弘瀬來〟と同じ状況になるなんて、夢にも思っていなかった。

心の何処かでずっと恐れていた事が、現実になってしまった。

だけど來は別にありがとうとか、さようならとか、そんな事は伝えられなくてもよかった。

あるとしたら、この十二年言えなかった言葉を――來は寒さで震える唇で、そっと紡ぎ出す。

「李哉…俺さ、お前の事が――」

自然と涙が目の端から零れ落ち、頬を伝って流れていく。

そこから先の言葉を、結局最後まで伝えられなかった。

一度だけ伝える事が出来た。

あの文化祭の舞台の上で――

でもあれは気持ちが昂っていたので言えた。

しかもそれを李哉は告白として受け取ってはくれなかった。

本当の意味では、李哉に好きだという言葉を伝えられなかった。

とても簡単に言えるようで言えない〝好き〟という言葉を――

そして今も、そこから先の言葉が出て来なかった。

來は好きという言葉が言えない怒りと後悔を拳に宿し、その拳を雪へと殴り付ける。

それでも怒りと後悔、悲しみは來の中から消えてはくれない。

來は怒りと後悔、悲しみの痛みに耐えるようにして悲痛に満ち溢れた声で叫ぶ。

「李哉ぁぁあああ――――――!!!」

聞くだけでも胸が痛むような來の叫び声は、静かに募る雪によって李哉への想いと共に掻き消されてしまった。

この日は全国的に雪が降り、その年で初めて降った雪でもあった。

そしてこの日、十二歳になった少年は大切なものを失ってしまった。

それは家族よりも、何よりも大切なもので、自分の命よりも大切なものだった。

だから、出来る事ならば自分の命と李哉の命を取り替えたいとさえ思っている。

少年が失ったものは、それほどまでも〝愛していた〟ものだった――




 あれからどうやって家に帰ったのかも覚えていない。

雪に九時過ぎなのに外に出た事について叱れたのかさえも覚えていなかった。

ただ部屋に戻った瞬間に泣き疲れて眠ってしまい、目が覚めて時計を見た時にはもう翌日の八時だった。

今日は平日で、学校に行かなくてはいけない。

この時間では完全に遅刻だ。

來はベットから飛び起きてカオスと化している部屋の中から制服を探し出してすぐに着る。

だが先日雪に洗ってもらうように言った学ランが見つからず、タンスの中を引っ掻き回してようやく見つけ、それを着て投げ捨ててあったランドセルを手にする。

そして慌てて階段を降りて行き、朝食を食べる暇がないのでそのまま玄関へと向かう。

慌てて靴を履きながら來はリビングの方に向かって言う。

「李哉! なんで起こしてくれねぇんだよ!? これじゃ完全に遅刻じゃねぇか!!」

李哉が来るまで待てず、來はそのまま外へと飛び出した。

このまま走って学校へ向かっているといつもなら李哉が朝食の食パンを手にして追い掛けて来るのだが――

今日はそれがなかった。

「くっそ! なんだよ、今日は俺を置いて先に学校に行ったのかよ……!?」

そう言いながら間に合うように全力で走って学校へと向かう。

すると、段々と頭が冴えてきて昨日の事も思い出してくる。

完全に思い出した時には、地面を蹴って走っていた足も止まっていた。

「……何、言ってんだよ…俺。李哉はもういないってのに……」

そう、李哉はもう――何処にも居ない。

だけどもまだ何処かに居るような希望を抱くが――

昨日の李哉の姿を思い出すとそれはないと否定する自分がいる。

学校のチャイムが遠くから聞こえたが、それでも來はその場に立ち尽くしていた。

――例えようの無い喪失感と悲しみ。

心の奥でずっと恐れていた、李哉のいない世界が今現実になってしまっている。

どうして――李哉が隣に居ないだけでこんなにも世界は色褪せて見えてしまうのだろうか。

そんな事を考えながら、來はようやく学校にへと足を向けた。

 結局遅刻してしまい、谷山に怒られたが全くと言っていいほど何を言われたのか覚えていない。

李哉の事ばかり考えていて、谷山の言葉が耳に入って来なかったのだと思う。

休み時間になると文化祭で仲良くなったクラスメイト達が來の元にやって来て聞いてくる。

「なぁ、來。李哉今日学校に来てないけど――知らないか?」

「しかも珍しく弘瀬君、遅刻して来たし……」

「遅刻だけはしない弘瀬君なのにね」

「――知らねぇよ」

來は冷たくそう言って、クラスメイト達を突き放す。

來の様子がいつもと違う事にクラスメイト達は少し気付いたが、それでも気にせずに何でもない話を李哉の席に集まってみんながする。

少ししてチャイムが鳴って授業が始まる。

來は仕方なくその授業の教科書とノートを取り出して授業を受ける。

しばらくして黒板に書かれている事をノートに取っていた時の事。

字を間違えてしまい、筆箱から消しゴムを探すが、どこにも無い。

來はすぐに隣の席に手を伸ばして言う。

「李哉、消しゴム貸してくれ」

そう言って消しゴムが手の上に置かれるのを待つ。

いつもなら手を出したらすぐに消しゴムを手の上に乗せてくれるのだが、今日はいつまで待っても乗せてくれない。

「李哉――」

早くと言おうと隣の席を見ると――

來の隣の席は空席。

そこには李哉の姿は無かった。

「――――」

來は消しゴムを受け取ろうと出していた手に力を入れて拳を作る。

もう、李哉の存在は來の生活に刻み込まれていた。

李哉がいないと――來はまともに生活も出来ない。

李哉が居てこその來の生活だったのだ。

李哉がいないと――何も成り立たない。

その悲しみとまだ李哉は何処かに居ると思っている自分に苛立ちを感じる。

そして不意に気付く。

李哉がこの教室に居なくても、教室の空気がいつも通りだという事に。

さっき李哉の話題をしていた時もそうだ。

クラスメイト達はみんな、特に気にもせずいつも通りに笑っていた。

どうしてそのように笑っていられるのか、來にはわからなかった。

それは來が李哉の死ぬ姿を目の前で見たせいもあるだろうが――

教室の空気が、なんだか李哉なんて存在は最初からなかったかのように感じられた。

教室の風景も――李哉と一緒なら綺麗に輝いて見えていた。

なのに今では、とても色褪せている所か色が無いようにさえ見えてしまう。

まるで自分一人だけが世界に取り残されてしまったかのような錯覚さえ感じてしまう。

そんな事を考えていると、いつの間にか授業が終わっており、來と李哉の席にクラスメイト達が集まって話をしていた。

「それで、その芸人のネタがさ――」

クラスメイトの男子がお笑い芸人のネタをやって見せ、周りにいたクラスメイト達が笑い出す。

――多分、それが先週の事ならば來は笑っていただろう。

だけど今は、笑えない。

もう今までどうやって笑って来ていたのかさえも忘れてしまった。

何を見ても、聞かされても、面白くない。

心が楽しさを全く感じない。

來の心は昨日――降り積もる雪によって凍り付いてしまったからだ。

周りのクラスメイト全員が笑っていて、自分だけが笑っていない。

その光景を見て怒りを感じる。

みんな――李哉がいなくなって気にするのは最初だけで、今では全く気にしていない姿を見て、まるでみんなに裏切られたような気持ちになった。

來は椅子から勢い良く立ち上がり、机に右手を叩き付ける。

その音に驚いて周りにいたクラスメイト達だけではなく、教室内にいたクラスメイト達がみんな一斉に來を見る。

來は自分の周りにいたクラスメイト達を睨み上げる。

その瞳に宿っていたのは――怒りと深い悲しみ。

そして凍り付くような冷たい眼差しだった。

まとっている空気は眼差しに負けないほどに冷たく、何処か怒りを含んでおり、今まで感じた事の無い威圧感を放っていた。

そんな來の姿を見たクラスメイト達は、思わず言葉を失って数歩か後ろに引く。

みんなの見た來は――今までみんなの知っている來の姿ではなかった。

まるで、別人のように感じられた。

 放課後になり、來はランドセルを手にして教室から出る。

下駄箱で靴を履き終え、正門を出て行く。

そのまま一人で雪の降り積もった通学路を歩く。

しばらく下を向いて歩き、やがて歩を止めて來は小さく呟く。

「……俺、何してんだろ……」

そして右隣を見てみる。

もちろんそこにはいつも隣に居てくれた李哉の姿は無い。

隣に李哉が居てくれた時は毎日が楽しかった。

世界が綺麗に輝いて見えていた。

だけど今は――隣に李哉は居ない。

何も楽しいと感じられない。

――本当は嫌な学校に通う必要だってあるのだろうか?

学校へ行かないと李哉が怒ったりうるさかったので仕方なく行っていた。

その李哉が居ない今、学校へ行く必要はあるのだろうか。

「はっ……バカみてぇ……」

今日の行動一つ一つを思い返して小さく笑う。

しかしその笑みは楽しいという笑みよりも、悲しそうな笑み。

本当は表情に笑みが無い。

正確には、声だけしか笑っていない。

もう――今までのように笑う事は出来ないと自分でもわかっていた。

來はただただ声だけで笑い、冷たい眼差しで世界を見つめる。

その冷たい瞳は、まるでこの世界を否定するようで――

しばらく來はそうしていたが、再び歩き出す。

李哉の事ばかり考えているといつの間にか家に着いていた。

來は何も言わずに靴を脱いで自分の部屋へと向かう。

リビングから心配そうに雪と涙が覗いていたが、気にも留めずにそのまま階段を上がっていく。

部屋に入るとランドセルを投げ捨て、制服も脱ぎ捨てて私服に着替える。

着替え終えて來は自分の部屋を見渡す。

――自分の部屋も随分と色褪せて見え、まるで違う世界のように見える。

それだけならいい。

この部屋には、李哉との思い出が在り過ぎる。

それに今年は小学校最後の年だからと言って、たくさんの思い出作りをしたので繊細に李哉の事を思い出せる。

この部屋にいると、振り返ればそこに李哉がいつものように微笑んで居てくれるように思える。

ここに居れば――李哉が戻って来るような気がする。

「――李哉は、もういない」

自分の考えを声に出して否定する。

――この部屋には、居たくない。

ここに居れば、李哉と一緒に笑っていた時の事を思い出すから。

李哉の事を嫌でも思い出すから。

今だけでも、李哉の事は考えたくない。

考えれば考えるほどに後悔と悲しみと怒りで押し潰されそうになるから。

「っ……!」

來は耐え切れずにジャケットを手にしてそのまま部屋から飛び出した。

李哉との思い出の無い場所へと行こう。

そうでなければ、來は李哉を殺したのは自分なのだと責め続けて――いつかは壊れてしまいそうだからだ。

派手な音を立てて階段を降りたので雪と涙が驚いてリビングから顔を覗かせて來を見る。

雪と涙の顔を見る余裕など無く、來は靴を履き、そのまま家から飛び出した。

來は無我夢中で走った。

撒き付いて自由を奪おうとする後悔や怒り、悲しみを振り払おうとして。

李哉が死んだ事を認めたくない一心で。

あの部屋には――いや、あの家は李哉との思い出で溢れている。

もうあの家には居たくない。

帰りたくない。

來は息が切れても、足が動かなくなっても走り続けた。

李哉との思い出の無い、行った事の無い場所へ向かって――




 気が付いたら時には、知らない公園のブランコに腰を下ろしていた。

どうやってここまで来たのか、ここが何処なのかわからない。

帰り道もわからない。

――帰り道はどうだっていい。

あの家には帰りたくないのだから。

それよりも一番の問題は――

ここまで走って来る間もずっとそうだったが、今でもそうだ。

何を考えても結局は李哉に辿り着いてしまう。

來は公園のブランコで項垂れる。

すると――

空からはまた白い雪が降って来た。

來はそんな事も気にせずにただただ李哉の事だけを考えていた。

――忘れる事など出来るわけが無い。

簡単に忘れられるような人ならば、涙が出るほど心の底から愛したりなどしない。

「李哉……」

愛しい人の名前を呟いて來は自分の身体を抱き締める。

その時にジャケットのポケットに何かが入っている事に気付く。

何が入っているのか気になり、來はポケットに手を入れて入っていた物を取り出す。

それを見て少し驚く。

ジャケットのポケットに入っていたのは――

携帯電話だった。

來は何も持って来る気などなかった。

出来る事ならば死のうとさえ思っていた。

携帯電話など持って来て、一番迷惑な物を持って来てしまったと思う。

自分が携帯を持って来ていると知ったら、雪達が自分を心配して何回も電話をしてくるだろう。

電源を今すぐに切ろうと思い、携帯を開く。

その時、思わず心臓が止まるかと思った。

――待ち受け画面が、夏にキャンプで楽しくバーベキューをしていた時に撮った写真だったからだ。

李哉も自分も、楽しそうに笑って映っている。

來は思わず、液晶画面に触れる。

そしてすぐに待ち受け画面をデフォルメに変える。

少し迷って電源を切ろうかとしていた時、雪から電話が掛かって来る。

マナーモードにしていたので音は鳴らなかったが、手の中で携帯が震える。

來は液晶画面を冷たい眼差しで見つめ、そのまま電源を切った。

電源を切ると來は携帯を手にしたまま、再び項垂れる。

しばらくそうしていたので、頭や肩に少し雪が積もり始めた頃――

「そんなとこで何しとるん? なんかあったんか?」

男の声が聞こえたが、來は反応しなかった。

ずっと李哉の事ばかりを考えており、男の声が聞こえていなかったからだ。

「家出して来たんか? 青春真っ盛りやなぁ。ゆうても俺やってまだ青春時代か」

そう言って男は笑い、來の隣のブランコに腰掛ける。

それでも來の耳には男の声は入って来ていなかった。

「けどな、こんな所におったら風邪引くで? それでもええんか?」

男は來に話し掛けるが、やはり來は答えない。

すると男はにやりと笑い――

積もっている雪を掻き集めて雪玉を作り始めた。

雪玉が出来ると男はそれを來に向けて投げた。

男の投げた雪玉は來の右耳に当たり、そこでようやく來は男の存在に気付く。

気付きはするが、そちらに視線を向ける事はしない。

「なぁ、無視せんでや。話そうで。俺、アンタと話したいわ」

「――俺は話す事無い」

「お、ようやく返事してくれた。なぁ、なんでこんなとこにおるん?」

「知らない」

「知らんって――自分で来たんやないんか?」

「どうやって来たかも覚えてない」

「――なんかショックな事でもあったんか?」

「――関係ないだろ」

「確かに関係は無いわな。関係無いけどな――なんか気になるんだわ。なぁ、教えてくれんか?」

男の存在を鬱陶しく感じ、來は鋭く睨み付けて追い払おうと男の方を見る。

そして男の顔を見て心臓が止まるかと思うほどに驚いた。

もしかしたら呼吸をするのを忘れていたかもしれない。

実際に息苦しかったので、多分そうなのだろう。

それほどに驚いた。

「李哉――」

來の視線の先には、李哉に似た顔の男性がいた。

年は高校生くらいの男で、見る限りにチャラい服装をしており、チャラい雰囲気があった。

男は嬉しそうに笑い、來に言う。

「お、ようやく顔見れたわ。一瞬泣いとるんやないか思うたわ」

笑顔が、李哉に似ている。

李哉も高校生くらいになったらこのような顔になるのかと思いながら男の顔を見つめる。

「なんや? 今度は俺の顔ガン見かい。まぁええけど」

そう言って男は笑う。

方言で喋っていると言う事はこの辺りに住んでいる人ではないのだろうか。

そんな事を考えていると――

男が來の顔を覗き込んで来て聞いて来る。

「ほんで? 何があったん?」

「――別に」

「こんな雪ん中で人待っとるわけや無さそうやし。人待っとるんやったら頭に雪乗るほど待っとった言う事になるで?」

男から目を逸らしたいが、どうしてもそれが出来ない。

声や話さえしなければ李哉と似ている。

口を開いた瞬間、李哉と別人だとすぐにわかるが。

じっと、男の顔を見つめていると――

「何? 俺の顔に何か付いとる?」

「――別に」

そこでようやく男から目を逸らす事が出来た。

それでもやはり男の事が気になってしまう。

恋愛感情ではないが、李哉の顔にあまりにも似ているので気になる。

――世の中、同じ顔の人は三人居ると言うが、それは本当だと思う。

その時。

「上杉さん!!」

別の男の声が聞こえ、李哉に似ている男が声のした方に視線を向ける。

どうやら隣に居る男の名前は上杉と言うようだった。

「ん? どしたん。ヤブ」

「どーしたじゃないッスよ! 上杉さんが待ってろって言うからおれら、ずっと待ってたんッスから!!」

「――そんな事俺、言うたか?」

「言ったんスよ!」

「言うた記憶がないんやけど……」

「だから言ったんスよ!! どーせナンパでもしてるんじゃないかって思ってたッスけど――マジッスか?」

「せやってな、こないな雪ん中でこないなとこにおるんやで? 声掛けたくなるやろ? 普通は」

ヤブと呼ばれた男は溜息混じりに來を見て呟く。

「あーあ、上杉さんに捕まったんスね。可哀想に……」

「ああ? なんか言うたか? ヤス」

「いっ……言ってないッス! それとヤブッス!」

「ほんで、なんでこないなとこおるん?」

「――――家に帰りたくないから」

「それ、家出じゃないッスか!」

「うるさいわ! ヤク!」

「スンマセンッス! あとヤスッス!――いや、ヤブッス!」

(――うるせぇな、こいつら)

來はそう思いながらもとりあえず二人を見ていた。

少しの間上杉とヤブは言い合っていたが、やがて來に上杉が聞いて来る。

「そんで、名前なんて言うん?」

「――弘瀬來」

「ほんなら來。俺達の仲間にならんか?」

「仲間……?」

「そ、俺らギャングやってんやけどな――メンバーが俺入れて四人しかおらんわけ。あ、ギャング言うてもサークルみたいなモンやから」

「上杉さん、ギャングとサークルって全然違うッスよ」

「なんか言うたか、ヤベ」

「言ってないッスよ! それとヤブッス!」

「ギャング……」

「言うてもな、ただの集まりみたいなモンやからダチ感覚でおりゃええんやて」

そう言われて來は考える。

このままここに居てもきっと雪達が捜しに来るだろうし、あの家に無理矢理連れ戻される事になる。

あの家にだけには帰りたくない。

そうなるのだったら――

「いいけど、別に」

「せか! ほんならこれで五人やな」

「いいって――この子家出して来てるんッスよ!? 寝る所とかどうするんッスか!?」

「そんなん俺んちでええやろ」

「それはそうッスけど……」

「ほんじゃ決定。ほな來、こっち来りゃええ。そないな寒いとこおらんで」

そう言って上杉はブランコから立ち上がり、來の方に手を差し出す。

――この人は李哉とは違う。

顔以外は何処も似ていない。

それなのに――

どうして俺は、この人の手を取ったんだろう。

どうして俺は、この人と生きる道を選んだのだろうか。

それは――独りが嫌だったから。

独りでいると嫌でも李哉の事を考えてしまうから。

少しでも李哉の事を思い出さないようにと思って――

でも忘れる事なんて出来ないのに……。

特に上杉さんの顔を見る度に、俺は――

俺はお前を思い出す――










                                              ~To be continund~

來の序章は、これで終わりです。

彼の全ての物語は、ここから始まりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ